表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/14

8.

早朝。薄い布を透かして朝日が差し込んでくる。毎朝の事ながら、瞼越しに遠慮無く突き刺さるこの眩しさにはまだ慣れそうにない。


「うう・・・眠い・・・」


眩しさに眼をしょぼつかせながら、のそのそと身支度を調える。

堅い肌触りのシャツに厚手の毛織りベスト。ごわごわしたズボンとちくちくする靴下、丈夫さだけが取り柄のようなブーツにズボンの裾ごと足を突っ込んで、最後に白衣に似た裾の長い長袖の上着を羽織れば完成だ。肩までの長さの髪は縛って帽子に入れてしまう。

この間、約一分。半分寝ているのもあって流れ作業な面もあるが、着る服を考える必要がないというのは楽で良い。毎朝時間との熾烈な睨み合いをしなくて済む。

女子としては終わっていると思うけど。

化粧も出来ないから、顔を洗うだけで他にすることはない。スッピンを晒すのには抵抗があったけれど、無い袖は振れないので早々に諦めるしかなかった。

それなのに、毎朝せっせと早起きに勤しんでいるのは、私に任せられた仕事の為だ。

そう、私は今、この異世界で働いている。軍医の助手として。


猫の額ほどの狭い自室を出て、今現在の私の職場である診療室に向かう。

こちらの人は割とみんな早起きだ。時計がないから正確には分からないけれど、ほぼ日の出と共に活動しているから、4時ぐらいには起きているんじゃないだろうか。欠伸を噛み殺す私と違って、朝からきびきびしゃきしゃき働いている。


足枷付きの監禁状態から解放されて、外に出歩けるようになった私は、自分のいる場所がどういうところか、ようやく分かるようになった。

ここはリティマユ国との国境にもっとも近い砦だ。

元々は一個小隊が駐留する、小規模な国境警備隊のようなものだったらしいが、隣国との関係が悪化するにつれて本格的な要塞が必要になり、地方領主の別荘を改造して今の砦になった、ということのようだ。

そのせいか、ほぼ円形に造られた砦の中心にある建物は、どこか優美な雰囲気を残している。おかげでその周りに建てられた兵士用の宿舎や訓練所との落差が激しい。

訓練所も、かつては美しい庭園だったんだろう。端の方に撤去され忘れた大理石の彫像が残っていて、そのすぐ側でごつい兵士さんたちが、季節は冬になりつつあるのに裸の上半身からもうもうと湯気を立てながら訓練に勤しんでいる。上半身裸なのは一緒でも、片や美青年、もう一方はむさ苦しい筋肉。実にシュールな組み合わせだ。

そんな様子を横目でちらちら眺めながら、気持ち駆け足で診療室へ。診療室は、訓練所に隣接されている。

セアドラ曰く「怪我人にすぐ対応出来るでしょ」とのことだ。確かに。もっとも、それに続いた「俺は優しいからね」という言葉は全力で無視したけれど。


鍵を開けて扉を開ける。薄暗い室内にさっと朝日が差し込んで、細かい埃がきらきらと輝いた。窓にかかっている布を外し、部屋の空気を入れ換える。甘苦く重たい匂いが清々しい冷たい空気に押し出されていく。

続いて水瓶を確認。んー・・・あとで水汲みに行かなきゃ駄目かな。足りないかも。

とりあえずはいいか、と小鍋に水を掬い取り、棚から小さな円筒形のものを取り出す。

半透明のガラスで出来たそれは、一見大きめのカプセルだ。サイズは親指ほど。

丸っこく、中は空洞で、光に透かすと何か小さなものが中心にぶら下がっている。

一番近い印象としては豆電球。細い金属の糸が両端から伸び、その中心に何か小石のようなものがくくりつけられている。

それの端を、爪で軽く弾く。すぐさま反応があった。

半透明のガラスの表面には無数の線が刻まれていて、そこに薄く光が走っていく。


「いつ見てもファンタジー・・・」


本当言うと、じっくりそれを見ていたいのだけどそうもいかない。慌てて小鍋の中に落とす。カチン、と小さな音。水の中で、白っぽい光が徐々に赤みを帯び、それと同時に水が熱を帯びてくる。

そう。このなんともふぁんたじーな道具。実は湯沸かし器なのだ。

ガラスの容器を振器しんき、中の小石みたいなのは練石れんせきというらしい。

この練石は素子そしというエネルギーを吸収、蓄積する性質があり、振動による共鳴反応でその溜込んだ素子を吐き出すのだという。

説明されてもいまいち理解はし辛く、要するにこのちっこいのが太陽光発電機と蓄電池を兼ねているって感じかな、と自分の知っている知識に置き換えて無理矢理飲み込んだ。


ていうか、素子って何よ?物理か。科学か。


まだ魔力がーとか、魔法がーとか言ってくれた方が、「ああ異世界だもんね」で納得できるのに。妙にリアリティがあって逆に反発してしまう。


そうなのだ、この世界。魔法がないのである。


ファンタジーと言えば魔法と不思議生物といろんな人種じゃないの!?という私の予想は脆くも砕け散ったというわけだ。

私からすれば魔法っぽいこの道具とかも、素子術そしじゅつとかいう立派な技術であるらしい。法則があり、出来ることと出来ないことがある。

振器に刻まれた回路はいわばICチップのかわりで、練石に溜め込んだエネルギーの方向や種類をコントロールし、ついでにスイッチの役割もある・・・という、ことなんだと思っている。正しいかどうかは知らない。


もう魔法で良いよ、と考えることに疲れた私の脳味噌が囁くので、私の中では素子術イコールほぼ魔法、という認識だ。


つらつら考えている内に、小鍋の中が沸騰してきた。

先日作った手作りお箸で振器をつまみ出す。前はスプーンで取り出していたけど、これが意外と難しい。お箸の方が簡単。

当然ながら、こっちにお箸というものはなく、作ったときや使って見せたときには、セアドラも驚いていた。相当指先が器用に見えるそうだ。慣れると楽だけどね、お箸って。

摘み出した振器は乾いた布の上に置いておく。既に光は消えていて、後は残った熱が冷めるのを待つばかりだ。

ちなみにこの練石、なんとも便利なことに、一度素子を出し切っても、勝手に大気中の素子を吸収して貯めるらしい。まさに半永久電池。このエコロジーさは羨ましい。是非持ち帰りたい。

問題は、持ち帰りたくても帰り方が分からない、ということだが。

ふう、と溜息を吐いて、ぶんぶんと首を振る。ええい、消極的になるのは、止めだ止めだ。

振りすぎて若干クラクラしながら、鍋のお湯を使い古した感のあるポットに注ぐ。

ポットの中には既にハーブの一種を入れてある。名前は違うけれど、レモングラスのようなスッとする爽やかな香りが特徴で、セアドラは毎朝このお茶を飲む。繁殖力が強いので、毎朝摘んでも問題ないそうだ。


空気を入れ換え、お茶の用意をし、机の上を拭いたり棚の整理をしたりしていると、そのうちにセアドラが現れる。私の仕事はあくまで助手なので、たいした仕事はなく雑用が主だ。

薬の調合や管理は、セアドラのいるときに彼の指示の下で行う。そもそも、ハーブや薬草なんかの名称や外見が違いすぎて、いくら漢方を学び、製薬会社の研究所に勤めているとはいえ、まるで役に立たないのだ。その分、未知なものが多くて好奇心が刺激される。

認めるのは少し悔しいけど、意外にも仕事は楽しい。これで早起きする必要さえなければ最高なんだけど・・・照明器具がそれほど発達していないここでは、日のある内に仕事を済ませなくてはならず、必然的に朝が早くなる。


押しつけられるように仕事を始めて、そろそろひと月。

私はなんだかんだでここの生活に慣れつつあった。



説明回。魔法っぽいけど魔法じゃない、そんな法則によって成り立つ世界。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ