表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/14

6.

それから約一週間。

私の近辺は拍子抜けするほど平穏だった。

どれだけひどい扱いをされるんだろうか、もしや牢獄行き?という予想は当てが外れ、目が覚めたときと同じ塔の一室に戻された。食事も味気ないものではあったけど一日二度、きちんと出る。

足枷は相変わらず付けられてしまったけれど、部屋から出る予定もないし不自由はないからまあいいや、と早々に文句を言うのは諦めた。というより、私の監視兼世話係で付けられたのがアンカス青年で、彼は私の喋っている言葉が理解出来ない。なので、私が何を言おうが無駄なのである。

この状況を理解するためにも、質問したいことがいっぱいあるのに。

いや、スパイ疑惑がかけられているから、あえての人選なのかもしれない。私が情報を引き出せないように。

・・・などと悩んだのは一日だけだった。

私につけられたアンカス青年、彼はとてもお喋りだったのだ。


「今日のごはんはパンとスープだよー・・・ってまあいつものことだけど。はい、ちゃんと食べるように。この間こっそり残したでしょ。まずいのは分かるけど勿体ないからダメ」

「あーそれにしても、前線に飛ばされっぱなしにならなくてホント助かったなぁ。俺、隊長と違ってあんまり強くないから、ここに配属されるって聞いたとき、あ、俺死んだって思ったんだよね。まあここも危険っていや危険だけど、もろ前線じゃないし今んとこ睨み合い程度に落ち着いてるから安心だよ」

「この間ネズミに俺の服囓られてさぁ・・・唯一の着替えだったのに。しかも囓ったの乳首の所だから、もう笑っていいのか泣けばいいのか」

「そういえば、君、五日前の攻勢の時その場にいたんだって?あのときは俺も駆り出されたけど、やーひどかったな!お互い良く生きてたよね」


などなど。

下らない雑談や愚痴に混じって、割と重要そうな情報をぽろりぽろりと喋ってくれる。

・・・・・・思うんだけど。彼は怒られないのだろうか。こんなにぺらぺらと喋ってしまって。

私の言葉が分からないから、私も彼の言葉を理解していないと思っているんだろうか?

相づちすら打たない私に、扉の向こうで延々と喋り続けているアンカスをちらっと見つめて、ぬるいスープと堅いパンを口にする。相変わらず、まずい。

パンはパサついて堅い上に少しかび臭いし、ぬるいスープは野菜の切れ端が浮かぶだけの薄い塩味。まずくてまずくて、全く食欲は湧かないけど、これしか食べ物はない。

出されるだけマシなんだろう、ということくらい、私にだって分かる。

一番最初の出来事や、セアドラの発言、アンカスの発言を組み合わせれば、嫌でも分かってくることだ。

ここは、戦場なんだ、ということが。

それで、私のいるここが前線に対しての拠点みたいなものだろう、と私は推測している。指揮を執ったり作戦を考えたり、物資を蓄えたりしているところなんじゃないだろうか。

どういう理由で起きている戦争なのかは良く分からないけど、この場所は前線から離れた位置にあるようだし、すぐさま攻め込まれるということはなさそうだ。

ガジガジとパンを囓りながら、私は少ない情報を私なりに理解しようとしていた。

まず大前提として、異世界ということ。

それで、私が出現する羽目になったここが戦場だということ。

敵対しているのはリティマユという国だということ。

私はそのリティマユのスパイだと疑われていること。

私は、どうやらリティマユ語を流暢に喋っているらしいこと。

それと、情勢はどうもこちら側が有利なようだ、ということ。

そうでないなら、このアンカス青年はよっぽどの大物か間抜けだろう。全然ぴりぴりした緊張感がない。

この位、だろうか。肝心な所が色々抜けているせいで、ぼんやりとしか分からないのがどうにもすっきりしない。

やっぱり、一度セアドラか隊長に状況を説明して貰いたい。説明してくれるかどうか、いまいち期待は出来ないけど。

顎が疲れた割に全然減っていないパンを膝の上に置いて、ふうと溜息を吐いたときだった。

アンカス青年のおしゃべりが不意にやんで、扉の向こうが騒がしくなった。


「あっ!ぐ、軍医殿!」

「やあ、アンカス。楽しそうだけどお喋りは程々にね。今回は見逃してあげる。隊長にも言わずにおくけど、次、あったら覚悟するように」

「は、はいっ!」

「それじゃ、俺は彼女に用があるから、アンカスはもう下がっていいよ。食器の回収は後で誰かをよこすから」

「はっ!失礼致します!」


じゃら、と金属の擦れる音に続いて、バタバタと慌ただしい足音が遠ざかっていく。足音が聞こえないくらい遠ざかってから、扉の鍵が開く音が聞こえた。

現れたのは、見知った顔。


「元気そうだね。食事中に訪ねて申し訳なかったかな」

「別に、平気です・・・というか、私の立場上、文句なんか言えないと思いますけど」

「ふふ、それはそうだ。君が冷静で助かるよ。感情的にわめかれたら鬱陶しくてどうしようかと思っていたからね」


やっぱりこの人性格悪い。遠回し遠回しにねちっこく嫌みなことを言う人だ。

顔を出した途端に口を開いた男・・・セアドラを、私はどうしようか一瞬悩み、結局立ち上がって迎えることにした。

前回見たときと変わらない、草臥れた衣服。襟なしのシャツの上に白衣に似た上着を羽織っている。甘苦い、青臭くもある薬の匂いが彼の動きに合わせてふっと漂ってきて、私は僅かに眼を細めた。

苦手なタイプだと思うのに、この匂いは馴染み深いうえに妙に懐かしさをかき立てて、うっかりすると警戒心が薄くなりそうだ。困る。

無意識に腕で体を抱き締めながら、私は恐る恐る口を開いた。


「それで・・・わざわざここまで来た用件はなんですか」

「君の処遇について、一応の結論が出たからね。それを伝えに来た」


まあ座りなよ、と促され、私は迷った末に寝台に腰を下ろした。この部屋で唯一の椅子は彼に譲ろう。固定されているから顔を合わせて話をするには横座りするしかないけれど、まあ仕方ないと諦めて貰いたい。私のせいじゃないし。

寝台に座ってから手で椅子に座るよう指し示したら、セアドラは一瞬、困ったような顔をして椅子に浅く腰掛けた。

なんだろう。礼儀知らず、だったとか?そういえば、普通は目上の人が座ってから座るものだった。でもいまさら立つのも変だし、私は気付かなかったふりをすることにした。


「君の容疑は白に近い灰色ってところで一応は結論が出た。この一週間、君が誰かと接触する様子も、誰かが接触してくる様子もなかったしね。近隣住民の調査もして、君が嘘を付いてはいないことも一応確認が取れた。ということで、君の容疑は一応晴れた、というわけだ。良かったね」

「はあ」


一応が多いけどね!

良かったと完全に安堵するには曖昧で微妙な言い回しに、こちらも曖昧に頷く。

要するに、警戒度は低くなったけどまだ容疑者だぞ、と言いたいわけだ。

仕方ないのだろうけど、疑り深くてうんざりする。


「それでだ。君はどうやら知り合いもいないようだし、まだ若い女性を放り出すのも気が引ける。ということで、君にはしばらく俺の下で働いて貰うことになった」

「はあ・・・って、はいっ!?」

「君は医学の心得があるんだろう?戦場で医者の存在は重要なんだ、手伝いがいるのはありがたい」

「それは、そうでしょうけどっ!でも私、薬の知識はあっても医師免許は持ってないですから、医療行為は全くの専門外です!」

「つまり薬の知識はあるわけだ。それで十分だよ。君はあくまで俺の助手をしてくれればいい」


しまった言質を取られた。私の馬鹿っ!

うぐ、と言葉に詰まった私を見て、セアドラは実に楽しそうに笑った。ほんっと、性格悪いなこの人!


「それとも自由放免で放り出されたい?でも君はここの地理を知らないよね?ここらの近隣住民はとっくの昔に避難しているから、最寄りの人里までは歩いてどのくらいかかるのかなぁ。おまけに戦場だし、そこら中に気の立ってる兵士がごろごろしてる。そんなところに物を知らない若い女性がふらふらしていたら・・・どうなるか位、想像付くよね?俺としては、だいぶ君に親切にしてあげているつもりだけど」


懇切丁寧な説明をどうも。

嫌味な言い方にこちらも嫌味に返したくなるのをぐっと堪え、私は冷静になれ、と自分に言い聞かせた。

セアドラの言うとおり、私はここでの常識を何も知らない。地理も知らなければ、言葉だって彼らにとっては敵国の言葉しか喋れない。ちょっと考えれば、詰んでることくらい誰だって分かることだ。


「・・・私が、貴方の助手を務めなきゃいけないのはどれくらいの期間?」

「そうだねえ、とりあえずは休戦に持ち込むまでかな。先日の一戦でだいぶあちらの戦力は削ったけど、何しろしつこいから、あの国。なかなか諦めない。それでも、半年はかからないと思うよ」

「半年・・・」


長いのか短いのか。微妙に判断に困るところだ。

沈黙した私を眺めて、セアドラはにやにやと笑っている。どうせ断れないと踏んで、私がぐるぐるあがいているのを楽しんでいるんだろう。本当に、つくづく性格の悪い男だ。

いらいらするのを必死で堪えて、深呼吸を一つ。落ち着こう。

どう考えても私の方が不利だけど、このまま唯々諾々と従いたくはない。五分五分の立場は無理でも、なんとか交渉の余地を見つけなければ。

ぐるぐると考える内に、ふと浮かんだ一つの予想。

根拠がないのが不安だけど、他に交渉できそうなとっかかりを思いつかない。

一か八か。私は自分の勘に賭けてみることにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ