5.
あれから、何時間経ったんだろう。
「もう、無理・・・っ」
「無理じゃないですよ。さあ、もう一度・・・素直に口を開いて下さい」
「やだあ・・・っ」
セアドラは・・・・・・全く容赦がなかった。
私の名前、年齢、家族構成、どこから来たのか、何故あんなとこにいたのか、等々。
基本的なことから、それを聞いてどうするんだ?というようなことまで実に事細かく・・・うんざりするほどのねちっこさで聞かれまくった。
途中、食事やトイレなども挟みつつ、延々、延々、時には同じ質問も、聞き方を変えて何度も何度も。
気が狂うかと、初めて本気で思った。
ぺったりと木の机に頬を押しつけながら、私はそりゃー世の中で冤罪も発生するよ、と実感する。
狭い部屋に閉じ込められて、ただでさえ不安なのに。
疑われて、嘘を吐いていないかずーっと聞かれ続けるのって、辛い。
そのうち自分が間違えてるんじゃないか、って気になって、相手の言うことに頷いてしまいたくなる。
これは恐ろしい。
「マリカ?黙っているなら・・・隊長と代わりますか?」
「・・・なんでしょーか・・・」
最終兵器、隊長を持ち出されて、私は渋々顔を上げた。
段々、もうどうにでもなれ、という投げやりな気持ちが生まれてきていたけれど、まだ隊長の存在は恐い。どんなに胡散臭い笑顔でもねちっこくても、セアドラの方がまだマシだ。
隊長のあのお顔とお声で凄まれたら、私はあっさり白旗をあげる。間違いない。
「マリカ、貴女は自分は間諜ではない、と言う。そしてこことは違う世界から来たという。
俄には信じがたい話ですね」
「・・・でも本当なんですってば」
「嘘を吐いているようには、ね。確かに思えませんけれど。貴女の持ち物も、全く見たことの無いものばかりだし、貴女の語る世界は作り事にしては現実味がある」
「じゃあ信じて下さい」
「でも、疑問なんですよ」
セアドラは、カタンと音を立てて椅子から立ち上がると、ゆっくり私の方へと屈み込んだ。
「だったら・・・・・・どうして貴女は、敵国であるリティマユの言葉を、そんなに流暢に喋るんです?」
これには、私の方が驚いた。
「え・・・私、皆さんと違う言葉を、喋っているんですか?」
「ええ。私たちが普段使っているのは大陸公用語で、そちらも聞き取りは出来ているようですけど、貴女は先程から・・・というより、最初からリティマユ語しか話していない。私や隊長は、職務柄リティマユ語も喋れますが、普通はリティマユ語などその国の人間しか喋れません。アンカスは、貴女の言葉を全く理解しなかったでしょう?」
そう言われて、気付いた。
私が閉じ込められていた部屋であった青年、人の話を聞かない失礼な子だと思っていたけど、そういうことだったのかー・・・。
なるほど、と納得した私に、セアドラはすっと眼を細めた。なにか、探るような眼付き。
この人は、こういう顔をするとすごく冷酷な印象になる。友好的な態度は所詮見せかけだと言っているようで、とても・・・・・・居心地が悪い。
「貴女から受ける印象は、とてもちぐはぐだ。嘘を吐いているようには見えないのに、敵国の言葉を流暢に喋る。そのくせ、自分がどの言葉を喋っているか理解していない。とても、とても奇妙だと思いませんか?」
「・・・・・・」
何も言えなかった。
反論する為の材料も根拠もなく、ただ違うんだと言い立てたところで、彼らは私を信用したりはしないだろう。
「私、本当に何でここにいるのか・・・なんで、私がそのりてぃ・・・なんとか語を喋ってるのかも、分からないんです。嘘でも誤魔化しでもなく。信じて下さい、としか言いようがないんですけど・・・」
それしか言えない私に、沈黙が重くのし掛かる。
私、どうなるのかなぁ。
スパイなんかじゃ無いんだから、何とかなるでしょって甘く考えすぎてたのかも。
この人達にとって、私はどこまでも疑わしい存在なんだってことにようやく気付いた。
スパイ・・・スパイか・・・。
イメージできるのはイギリスの女ったらしなあのスパイ映画だけなんだけどなあ。
・・・うん、私とはほど遠い。ほど遠すぎて疑われてるという現実味が薄れてきた。
机の木目をぼんやり指でなぞりつつ、うーむと考えていたら、重苦しい溜息が聞こえた。
ぎくりとして顔を上げたら、腕を組んで眉間に皺を寄せた隊長と眼があった。
も、もしやずっと観察なさってたんですか隊長!
どうしよう。変なことしてなかったかな!?縛られたり痛いのは勘弁して下さい隊長!
あわあわと狼狽え出した私を見て、隊長の眉間の皺が深くなる。はああ、と深い溜息を吐かれ、私の動揺もメーターを振り切りそうだ。
「・・・まあ、いい。とりあえず聞くべき事は聞いた。今日のところはこれで終わりにしよう。セアドラ、部屋に戻しておけ」
「了解。じゃ、マリカ。部屋に戻ろうか」
「あ、あのっ!それで、私はどうなるんですかっ?」
これだけは聞かねば。身の安全の確保のためにも!
と意気込んで聞いてみたが、セアドラはすぐには答えてくれず、ちらりと意味ありげに隊長に眼をやった。
つられて恐る恐る覗うと、隊長はやはり恐ろしいお顔で眉間に山脈を築かれていらっしゃった。
うん、間違いない。お怒りですね!何でか知らないけど!
瞬時にしぼんだ意気込みと共に、私は素早く視線をあらぬ彼方に向けた。
お怒りが噴火しませんようにと心の中で祈る。
「・・・貴女の処遇の関しては、また追っていずれ。とりあえずは、貴女の発言が正しいかどうかを審査します。それまでは、大人しくしていることを勧めますよ」
隊長の山脈から何を読み取ったのか、セアドラは妙に意味深な間を取ってからそう答えた。
というか、隊長の山脈からそれだけ読み取れること自体がすごいな!私なら直視すらごめん被りたいから、読み取るほど凝視するなんて絶対不可能だ。
「はあ・・・そうですか。そうですね、大人しくしてます」
騒いだら縛って転がす、という無言の脅しを感じ取った私は、あっさりと頷いた。
痛いのも恐いのもごめんだ。多少の不自由くらい目を瞑ろう。
うん、と一人納得して頷いたのだけれど、なぜだかセアドラは妙な顔をしている。
「・・・貴女の反応はいまいち掴みづらいですね」
「はい?」
いまいち良く分からない、というのはむしろこちらの台詞ですが。
お互いに何言ってるんだこいつ、という視線を交わして、私の人生初の尋問部屋体験は一応の幕を下ろしたのだった。