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4.

尋問部屋。

その何とも不穏な響きに、全身を緊張で強張らせたまま担がれて移動することになった私は、部屋を出るところで突然待ったをかけられた。

まあ、正確には私を担いでいた隊長が、だけど。


「念のため、目隠ししておきましょう。はい、これ」

「っ!?」


唐突に、ばさりとシーツが頭から被せられた。思わず身を捩りかけたが、「暴れたら縛る」という隊長のお言葉を思い出してぴしりと固まる。


「・・・目だけ覆えば済むだろう」

「隊長、彼女自身を見られないようにする意図もあるんですよ?そんな格好の女性を兵士が見たら、無駄な騒動を招くじゃないですか」

「ふん。下らん」


なにやら言い合っているが、一応意見の合意には至ったらしい。シーツで視界を覆われたまま、体が上下に振動した。


「う、わっ」

「口を閉じていろ。うるさく騒ぐようなら口を塞ぐ」

「し、静かにしますけどっ!ちょ、これ不安定過ぎて・・・っ」


落ちそうで怖い。どこかにつかまりたいけど、つかまるとこがない。

狼狽える間にも、隊長はこっちの不安など全く気にもせずにずんずんと歩いていく。


「う、あ、ひっ」


し、振動が!お腹に肩が!食い込む食い込む!苦しいって!

精一杯腹筋に力を込め、落ちないようにへばりついていたら、ものの見事に気持ちが悪くなって、尋問部屋に付く頃には、私は気絶の一歩手前だった。


******


そして、ついに尋問部屋である。

素っ気ない木の机に堅い木の椅子。

狭っ苦しい部屋にはそれしか無くて、何となく、刑事ドラマの取調室をイメージさせた。

・・・まあ、することは大体同じだもんね。

座り心地の悪い椅子に腰を落ち着けて、私はそろりと正面に座る男に視線を向けた。

私の視線を感じてか、男がニコリと笑みを浮かべる。実に、胡散臭い笑み。

思わず顔を顰めてしまった私に、男はなにやら嬉しそうな顔をする。

・・・・・・嫌だなあ。嫌ぁな予感しかしないよ、この人。


「さてと。マリカ、だったよね。僕の名前は覚えてる?」

「えーと・・・セドリックさん?」

「残念。セは合ってるけど。まあ、覚えて無くても無理はないか。セアドラだよ、セアドラ。今度は忘れないでね」

「はあ・・・」


セドリックではなかった。何となく女性名っぽい響きの名前だけど、目の前の男には意外としっくりする。

艶のない薄茶色の髪、細めの瞳は緑がかった茶色。全体的に細く見えるのは、ごつい隊長が横にいるだけではないだろう。軟弱ではなさそうだけど、逞しさも感じない。

感じるのは、そう、性格の悪さだ。なんか、陰湿そうと言うか執念深そうと言うか。

そんな風に私が割と失礼な感想を抱いていると、セアドラは何が楽しいのかにこにこと笑みを湛えたまま、何かを机の上に置いた。


「あっ!私の鞄!」

「ああ、やっぱり君のか。見たこと無いからそうだと思った。悪いけど、中は改めさせて貰ったよ。危険なものが入ってたら困るから」

「危険なものなんか入ってません」

「残念ながら、それを判断するのはこちらだよ。まあ、ほとんどなんなのか意味不明だったから、何とも判断付かなかったんだけど」


そう言いながら、セアドラが鞄の中から取りだしたのは私のスマートフォン。電源が落ちてるのか、画面は真っ暗だ。そこにセアドラの顔が映り込んでいる。


「これは鏡?小さいけど、この表面はガラスだね。こんなに滑らかで歪み一つもないものは見たことがない」

「・・・・・・」


その瞬間、私の中で形を成しつつあった一つの答えが確信にかわった。

今時、スマートフォンを見てそれが何か分からない人なんか、いない。

それこそ、アマゾンの奥地ですら携帯電話を使う原住民がいるくらいだ。

このセアドラって男も、隊長と呼ばれた男も、原住民よりもっと文明的な格好をしている。であれば、なおさら彼らが携帯電話を知らないわけがない。

ということは、だ。


「まさかの異世界・・・」

「うん?何か言ったかい?」


怪訝そうに聞き返してきたセアドラに小さく首を振って、私は落ち着け、と自分に言い聞かせた。

いや、まあ。いろいろね、おかしいなあとはね、思ったさ。

そもそも鎧着てるとか武器が銃じゃなくて剣だとか、建物がまるで中世のお城みたいな石造りだとか。

映画のセットじゃなきゃなんなんだ、と言いたくなるようなものばかりで。

おまけにセアドラも隊長も明らかに外国人顔なのに、なんで普通に言葉が通じてるんだとか。私は、割と英語が得意な方だけど、だからといって母国語並みにぺらぺら喋れる訳ではない。息をするように自然になんか喋れない。

なのに、彼らとなんら苦労することなく喋っている。彼らが日本語を喋っている様子は無いのに。


・・・ああ、嫌だ。

怖い。


渦を巻くように不安が込み上げてくる。じわじわ、じわじわ、黒い渦に飲み込まれていく。


何が起きた?なんで私はここに?

どうしたら・・・


「おいっ!」

「っ!?」


パンッと乾いた音が間近でして、私はびくっと肩を揺らした。

目の前に、隊長の怖ろしいお顔があった。


「あ・・・・・・」

「何を惚けている?自分の立場を弁えろ。お前は疑いをかけられているんだ。死にたくないならさっさと正直に全部話せ。痛い思いをしなければ言う気が起きないというのなら」

「はいはいそこまでそこまで。隊長、あんまり脅さない。相手は女の子でしょ-。もうちょっと気遣ってあげようよ。ねえ?怖かったよねえ?」


怖ろしい顔で怖ろしい脅し文句を口にする隊長を止めたのはセアドラで、最後の言葉は私に向けてだった。

危うくネガティブな思考でパニックに陥りかけるところだった私は、ゆるゆると首を縦に振って頷いた。


「こわ、かった」

「ほらほらやっぱり。隊長、もういいから黙ってて。ちゃーんと俺が聞くこと聞くから、隊長は口出し禁止。分かった?」

「だったら早くしろ。ちんたらするようなら俺が代わりに聞き出してやる」

「うわ。聞いた?ということで、隊長に割り込まれないようにさくさく話してね。俺も、若い可愛い女の子が拷問されるの見たくないし」


協力してね、と笑う顔はいっそ無邪気でもあった。

怖かったのは、自分の気付いてしまったあれこれで、隊長ではなかったのだけれど、セアドラは上手い具合に誤解をしたらしい。その上で、上手いこと隊長の発言を利用している。

慣れた感じだ。見事な飴と鞭。たぶん、強面の隊長にびびらせて、当たりの柔らかいセアドラが上手く聞き出す、そういう役割分担なのだろう。もし嘘を吐いていたり、黙り込むようなら、そのときは本当に隊長がでるのかもしれない。

一瞬、呆気にとられ、なにやら可笑しくなった。

結局、彼らも同じ人なんだ。そう思ったら、この状況の、得体の知れ無さに対する不安が薄らいだ気がした。

これでカツ丼が出たら完璧なのになあ。出るわけ無いけど。


「私に分かることなら、話すよ」


ゆっくりとそう答えれば、セアドラが大きく破顔した。

「じゃあよろしくね。なるべく早く終わらせたいから、ちょっととばすけど、大丈夫?」

「はい。こっちとしても早く終わった方がいいですし」


その瞬間、セアドラがにやりと悪い笑みを浮かべた。

・・・・・・嫌ぁな予感。

思わずたった腕の鳥肌をさすり、私は自分の発言を早速後悔していた。




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