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3.

人の話を聞かず、慌てまくっていた青年だけど、しばらくしたら戻るだろう、という私の予想は甘かった。

待てども待てども全く帰ってこない。足音が聞こえないか、そわそわと扉に張り付いていたけど、待てたのは精々が30分程度。体力がごっそり抜け落ちていて、早々に寝台の上に寝転がる羽目になった。


「隊長、とか言っていたから、ぜっったい!すぐに誰か来ると思ったのに・・・」


当てが外れた。

ちっと行儀悪く舌打ちすると、することもないので寝台の上で軽くストレッチ。

びき、と筋肉の軋む感覚に「う」と顔が歪む。

中学生くらいの時、インフルエンザにかかって、高熱で一週間ベッドから起き上がれなかったときとそっくりだ。

体力は落ちる体は強張るで、治ったのになかなか日常生活に戻せなくて苦労した。

あのときほど、予防接種をすべきだと実感したことはない。

注射嫌い、とか言ってる場合じゃなかった。

おかげで、それ以降は毎シーズン欠かさず予防接種を受け、インフルエンザとは無縁の人生だったのだけれど。

一通りのストレッチを済ませ、これ以上はかえって体の負担になる、と思ったときだった。

期待していた足音が聞こえてきた。

ほっと思わず笑みを浮かべてから、いや待てよ、と冷静になる。

ここがどこだか分からないし、是非とも状況を知りたいところだけれど、よくよく考えてみたら、私、この状況下で碌な人に会ってない。


一人目、人殺しの現場で髪を鷲づかみにされ平手打ちされ、殺すと脅された。

二人目、胡散臭い医者っぽい人。なんか疑われた挙げ句、尋問紛いな質問攻めをしてきた。名前が・・・なんだったっけ?セから始まる名前・・・セドリックだったか?

三人目、人の顔見るなり悲鳴を上げて去っていった青年。


こうして考えてみると・・・うん、見事に碌でもないな。

信用できそうな、というか私の身の安全を期待できそうな要素がひとつもない。

・・・あれ、どうしよう。この状況って私、すっごいまずくない?

さああ、と血の気が引く音が聞こえるようだった。

ひいっと声にならない悲鳴を上げつつ、意味もなく辺りを見回し、シーツを持ち上げて何とか隠れられないかと被ってみる。

って、駄目に決まってるじゃんっ!

逆ギレ気味にぺいっとシーツを放り投げる。

そ、そうだ、寝台の下は?

定番だけどいけるかも!

わたわたと転げ落ちるように寝台から下り、狭い隙間に無理矢理体をねじ込ませる。

うぅ、きつい。でも何とかいけそう。

いつもはコンプレックスにしかならないけど、今ばかりはこの小さい体で良かったと心から思う。

近づく足音に怯えつつ、何とか体全部を寝台の下に隠しきった。

できるだけ、できるだけ奥の方に身を潜め、息を殺しながら隙間から扉の方を覗う。

ガチャガチャと鍵の開く音と共に、ゴトゴトと重い足音が進入してくる。

寝台と床の隙間から見えるのは見事に足だけで、六本の足が狭い部屋をあっという間に詰めてきた。六本・・・ということは三人か。


「あ、あれ!?隊長、いないですよっ!?まさか逃げっいだっ!!」

「馬鹿者。どこに逃げると言うんだ。大体よく見ろ、部屋にいるだろうが」


慌てたような少し高い声。

続いてごん、と響く音はなにか鉄拳制裁的なものか。

低くドスのきいた声と鉄拳制裁という暴力に、私の心臓が煩く跳ね回る。

こ、怖ぁあああああぁぁぁっ!


「まあ、なんといいますか、ずいぶん子供染みた可愛らしい事をするというか」


ふふ、と笑う声に、少し聞き覚えがあった。

あれ、と思うより早く、ぎしりと寝台の軋む音がして「ひっ」と思わず悲鳴が漏れる。


「お嬢さん、隠れんぼはあまり上手じゃないね」

「~~っ!」


寝台と床の僅かな隙間に突然、人の顔が覗いて、私は息を呑むなり思いっきりのけぞった・・・つもりで、頭を強か寝台に打ち付けた。

目の前が一瞬くらんだほどの痛みに、声もなく悶えていると。

ひょい、と。

本当にあっさり、ひょいっと寝台が持ち上げられ、私は頭を抱えて這いつくばった格好のまま、見事に硬直する羽目になった。


「・・・こいつは何がしたいんだ?」

「隠れていたんでしょう。きっと怖かったのでは?」

「鎖が下に続いてるのにか?一発でばれるだろうが」

「まあまあ。そこまで気が回らなかったんでしょう」

「・・・馬鹿なのか」

「可愛いじゃないですか」


硬直した私にお構いなしに、頭上で勝手な会話が繰り広げられる。

馬鹿なのか、って。それに対し可愛いじゃないですか、って。

フォローになってないし!

失礼極まりないのに否定できないのがまた悔しい・・・。

いっそ死んだふりでもしていたかったが、潰れた蛙のように這いつくばったまま見下ろされ続けるのはさすがに恥ずかしく、よろよろと体を起こすと、ぺたりと床に座ったまま顔を上げた。


『・・・・・・』


なぜか、全員沈黙。

私は、改めて見た相手の厳つさに気絶寸前だったからだけど。

こっわ!何この人顔面こっわっ!あちらの業界の人でしかない顔の怖さなんですけど!?

誰が、などと言わずもなが。

セドリック(仮)でも、うっかりな青年でもない、残りの一人だ。

ドスの効いたお声にとっても良くお似合いな、実に実に厳めしい・・・というより実に凶暴そうなお顔だ。眉間から右目の下にかけて、斜めに刻まれた傷が凶相を更に引き立てている。座り込んだ姿勢だから余計になのだろうが、見上げるような体格の良さに威圧感も半端無い。

ああン?、とか凄まれたら瞬時に全財産投げ打ってしまいそう。

それにしても友好感の無さっぷりがひどい。

警戒心と見下され感を痛いくらいに感じる。・・・まあ、見下ろされてるから余計にそう思うのかもしれないけど。


「・・・おい、いつまでそうしてるつもりだ」


沈黙を破ったのは強面だった。隊長、とか呼ばれてた気がするから、部下がいるんだろう。

命令口調があんまりにも堂に入っていて、私はびくっと肩を震わせてしまった。


「ああほら隊長、あんまり脅さない。可哀想に、震えてるじゃないですか」

「喧しい。意識が戻ったら話がしたいから、立ち会えと言ったのは貴様だろうが。俺にだって予定がある、ちんたらしてる暇はないんだよ」

「ええ、無理をいったのは先刻承知です・・・よ、と」

「っ!」


悲鳴を上げる暇もなく、ひょいっと脇に手が差し入れられ、持ち上げられた。

持ち上げられて足が一瞬地面に付いた、と思った次の瞬間、まるで荷物のように隊長と呼ばれた男に手渡される。


「なあああっ!?」

「アンカス、足枷の鍵を外せ。このまま移動する」

「は、はいっ!」

「お、降ろして下さいっ!」


肩に担ぐように抱えられ、背中に手を突っ張って何とか上体を起こす。


「駄目だ」


端的な返事と共に、隊長が首をこちらに向けた。

・・・う、わ。顔、近っ。

厳めしい、男の顔が息の掛かりそうなほど間近にあって、私は緊張と羞恥に顔が赤くなるのを感じた。


「お、重いし、自分で歩けますっ!」

「重い?ふん、甲冑着た野郎を担いで戦場を歩くこともあるんだぞ。それに比べれば軽いもんだ。大体、お前が逃亡しないとは限らんしな」


ごもっともな発言に思わず口を閉ざした私に、隊長はふん、と鼻を鳴らした。


「いくぞ。セアドラ、場所はどこにするんだ」

「そうですねぇ、まあいつも通り尋問部屋でいいと思いますよ」

「分かった」

「じ、尋問部屋ってなんなんですかっ!?」


怖すぎる単語にぎょっとして、担がれた肩の上で身を跳ねさせた。

反射で動いた膝が硬い何かに当たって、う、と隊長がくぐもった声をあげる。 


「・・・暴れるな。縛り上げられたいか」

「す、すみません・・・」


どうやら私は、隊長さんの胸に膝蹴りをお見舞いしていたようだ。硬かったから鎧か何か着ていたんだろう。

ダメージはさほどなさそうだけど、不愉快にはなったらしい。

脅し文句にすっかり萎縮した私は、最大限身を縮めて大人しくするしかなかった。


ドナドナ。

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