2.
目を覚ますと、また違う景色だった。
今度は、石造りの質素な部屋。割と小さいが、調度品が置かれ、多少の生活感がある。寝かされていたのも無骨ながらきちんとした寝台だ。
寝ている間に運ばれたんだろうと思うと、ちょっと嫌な気持ちになった。
寝顔を見られたんだろうなぁ、などと想像してうっかりダメージを喰らう。
いや、いやいや!意識がなかったんだから仕方がない!不可抗力!気にしない!
必死に自分に言い聞かせてから、私はゆっくりと体を動かしてみた。
・・・うん、良かった。普通に動く。
昼寝から覚めた時みたいに頭の中はすっきりとクリアだし、体の方も、ちょっと筋肉痛みたいな鈍い痛みはあるけど、全身が融けるみたいなあの痛みはない。
「・・・・・・なんだったんだろう、あれ」
硫酸浴びたらこんな感じだろうか、という痛みだった。
熱くて冷たい、痒いと激痛の間のような判断付けがたい痛み。体の中で細胞がぐずぐずに融けるみたいな、気持ちの悪さ。正直、二度としたくない。
ぞっとしない想像に溜息を吐くと、私はゆっくり上半身を起こした。
くら、と眩暈がして、慌ててシーツに手をついた。
無理もない。
あの尋問してきた男が言っていたのが正しければ、三日は何も食べていないし、前回目を覚ましたときも何も食べていない。とすれば、少なくとも4,5日は絶食状態だったということだ。明らかにカロリー不足。唇もかさかさ。喉が渇いて少し痛い。
早急に糖分と水分の補給がしたい。
きょろ、と辺りを見回すが、離れた位置にあるテーブルに水差しと無骨な木のカップが置いてあるのが見えただけで、食べられそうなものはない。
仕方なく、水分だけでも補給しようかと固い寝台から立ち上がろうとしたとき、
じゃらり。
聞こえた重い金属音と足首に違和感。
慌てて下半身を覆っていた薄布をはぎ取り、そこで目にした物に私は絶句した。
「なっ!なに、これ・・・っ」
左の足首にがっちりと嵌められた、頑丈そうな足枷。
その足枷にこれまた頑丈そうな鎖が付いていて、それは寝ていた寝台に面した壁に繋がっている。
目が覚めたら虜囚とか、笑えない。
多少は冷静さを取り戻していたおかげで、取り乱しはしなかったものの背筋がすっと冷えるような恐怖に思わず震える。
繋がれて喜ぶ特殊な性癖を持ち合わせていない私は、しばらくガチャガチャと鎖を引いたりしてみたが、まあ無駄な努力というもので、当然取れるわけがなかった。
「そりゃそうよねぇ、取れたら意味ないって・・・」
はあ、と溜息が零れた。
とりあえずマシな点として鎖が割と長く、部屋の中だけなら動き回るのに無理はなさそうだということだろうか。
片足だけ、というのも助かる。両足だったら常に兎跳びをするか、摺り足でちょこちょこ動くしかなかっただろう。
動けないような拘束よりはいい、と自分を慰め、寝台を下りる。
そこでようやく、自分の服が替わっていることに気がついた。
すとん、とした長袖のワンピース・・・みたいな感じ。全体的にだぶだぶで、足首まで長さがある。印象としては寝間着だ。
「・・・・・・病院。そう病院に運び込まれたんだと思えばいい意識不明の重体でだから恥ずかしくない恥ずかしくない恥ずかしく、ない・・・っ!」
着替えさせたのは誰かとか、そう言うことは考えないことにして、まずはもっと大事なことがある。
一度目を閉じ、意を決すると、私はそうっと寝間着の下を確認した。
・・・・・・見慣れたブラとショーツがそこにあった。
(辛うじてセーフ・・・!ぎりぎりだけど!ほんっとギリギリだけど!!)
下着まで替えられてたら、立ち直れないところだった。
それでも裸を見られたことに変わりはなく、羞恥と屈辱で頭が煮えたぎりそうになる。
ううう、と意味もなく唸ってから、私はようやく当初の目的を思い出した。
水だ。
よろり、とテーブルに近づき、水差しをカップに向けて傾ける。
中身は案の定水だった。
不純物も特になく、変な匂いもしない。たぶん、飲める・・・と思う。
少しだけ口に含み、味も普通の水だと確認すると、私は思いきって全部飲み干した。
・・・染み渡る、ってこういう事を言うんだろうな。
乾ききっていた喉に流れる水は甘く心地よく、気付けば水差しに直接口を付けて呷っていた。
全部飲み干して、ようやく一息吐く。
少し気持ちに余裕が産まれたところで、改めて部屋を見回してみる。
灰色の石組みが露出した壁に、小さなテーブルと椅子が一つずつ。
アンティークな細長い箱が一つ。印象は宝箱、という感じ。
あとは寝台があるだけのシンプルこの上ない部屋だ。
高い位置にある、くり抜いたみたいに小さな窓からは、繁った木の先端が見えた。
外の様子は見えないが、木の先端が見えるということは、それなりに高いところにこの部屋はあるんだろう。
外がどうなっているのか、俄に好奇心が疼いたが、私は背が小さいから、つま先立ちになっても窓をのぞき込めないのだ。
よし、椅子を持ってこよう、と椅子を持ってみて驚いた。なんと持ち上がらない。
よく見ると、どういう理由なのかはさっぱりだけど、椅子の脚が床に固定されている。ついでにテーブルも。
・・・これ、太ったりしたら椅子に座れないんじゃないかなあ。テーブルと椅子の隙間、固定なわけだし。
私にはやや広い隙間を眺め、どうでもいいことを思った。
とりあえず、窓から外を見ることは諦めるしかない。
となると、だ。
ちゃりちゃりと鎖を引き摺りながら、私は頑丈そうな部屋の扉に近づいた。
上の部分に小さな窓があって、一応外が見える。石組みの狭そうな通路。
こちらの窓は低いからかしっかり格子がはまっていて、閉じ込められていることを嫌でも意識させられ、ちょっと気が滅入ってしまう。
「誰かー・・・いますかー・・・」
そろりと小さな声で呼んでみる。
返事、なし。
「だーれかー、」
ちょっとだけ声を大きくしたとき、通路の端から人の頭が現れた。
下から徐々に上がってくる感じからすると、あそこは階段があるんだろう。
俯きがちにしていた頭がひょい、と上がる。なんだか物々しい格好をしているが、割と呑気そうな顔の青年だ。
その青年と、ばっちり目があった。その瞬間、相手の目がくわっと見開かれたので、ちょっとびびってしまう。なにその開き具合。地味に怖いんですけど。
「えと・・・こ、こんにちわ?」
「わああっ!?」
びびりつつも第一印象は重要、と努めてにこやかーに挨拶してみたら、悲鳴を上げられた。失礼すぎる。叫びたいのはこっちだというのに。
「あのですね、私、状況がさっぱり分からなくてですね、ちょっと色々お聞きしたいんですけれども・・・」
「しゃ、喋っ・・・ていうか起きた!た、隊長ぉっ!!」
人の話聞けよ。
と、若干胡乱な目になってしまったが、相手は私の心情などお構いなしだ。
わああ、と大騒ぎをしながらバタバタと来た道を引き返してしまう。
「あ!あ、ちょっと待って!」
慌てて引き留めようとするが時既に遅し。
廊下には再び沈黙が戻り、私は格子の隙間から伸ばした手をだらんと垂らして項垂れた。