8話
コフタロンシステムに戻ると、いきなり名前を叫ぶことになる。非常に面倒だ。
「コフタロンシステムヘようこそ。お名前をどうぞ」
「名前の前に良い? イスタヴァだっけ? 彼女もいるんだけど」
「では、名前を言った後にイスタヴァの方の名前もおっしゃってください」
どこからか聞こえてくる謎の音声に僕は自分と彼女の名を叫ぶ。
「弓削 玲泉! 稟堂 輪廻!」
「ユゲ様とイスタヴァのリンドウ様でございますね。一致いたしました。ご用件をどうぞ」
毎回こんなことをしなければならないのかと思うとため息しか出ない。ため息を吐いた後、天井に向かって声を出す。
「部屋へ戻りたいんだけど」
「かしこまりました」
直後、部屋へと跳ばされた。
稟堂はすぐにシャワーを浴びると言い始めた。シャワーまであるのかと感心。僕も稟堂の後に借りることにした。どんなシャワーなのか楽しみである。数分後、稟堂は戻ってきた。濡れた髪が非常に色っぽい。
「どんなシャワーだった?」
「見てくれば分かる」
稟堂はそっけない返事を返す。
「何だよ冷たいな。じゃあ行ってくる」
「変なことしないでよ」
顔を赤くしてそのようなことを言ってくるが、変なこととは何のことだろうか。
「何だよ変なことって」
「……ばかっ」
何故怒っているのか僕には理解できなかった。シャワールームに入ると、思っていたより広かった。てっきり僕はシャワーしかないと想像していたが、ちゃんとバスタブもあるんだな。水はどこから来ているのかなど、そういう細かいことは気にしないでおこう。
髪を洗って、体を洗おうとしたとき、僕は気付いた。
「こ、このボディタオルは……稟堂も……使っていたんだよな……」
男としてはこの状況、どうしても見逃せない。使うしかない! 僕は心で誓った。こいつで体を洗うぞ! うおおおおお!
「レイセン?」
「うわあああっ!」
いきなり脱衣所から稟堂の声がして、僕は思わず叫んでしまう。
「えっ? 何!? どうしたの?」
「何でもないよ! なっ、何か用?」
焦りを隠しつつも話しているが、焦っているのが丸分かりだ。だが、幸いにも稟堂は気付いていない。
「あの、バスタオル。ここに置いておくから」
「お、おう。ありがとう」
「勝手に私のボディタオル使わないでよ」
まるで浴室内どころか僕の頭の中まで見えているかのようなことを聞いてきて、心臓が飛び跳ねる。
「だ、誰がっ! お前のなんか使うかっての!」
「そ。なら良いんだけど」
こ、これは僕の予想だが、ここであいつのタオルを使ってみろ。確実に僕の運命は破壊される。
何を言いたいかと言うと、稟堂は一度だけ運命を変えている。僕の学校にいると言う運命に変えた。つまりあいつは、いつでも運命を変更できると考えても良い。
仮に、僕の運命をこれより悪い方向へ変えられてみろ。きっと待っているものは理不尽な死。隕石が降ってきたり、川に突き落とされたり、バイトすらできなく餓死する未来しか見えない。
そう。このボディタオルは僕と稟堂の運命を変えてしまう生命線。残念だが、絶対に使わないでおこう。
「僕のボディタオルもくれないかな」
天井に向かって、僕は叫ぶ。すぐに空から声がする。
「タオルは脱衣所にございます」
「ありがとう」
脱衣所に出てみると、本当に僕のタオルがあった。ああ、稟堂はこれを渡しに来たのか。てっきり僕はバスタオルだけかと思っていた。
自分のボディタオルで体を洗い、頭と顔を洗い、僕はシャワーから出た。
本当に残念だ。あのボディタオル、使いたかった……。
体を拭いているときに気付いた。あいつの言っていた変なことって、これか……。
部屋に戻ると稟堂はベッドの上で眠っていた。ずっと僕を待っていて疲れたのだろう。
セミダブルベッドだから、少しくらいなら僕も寝て良いよな。うん。僕は稟堂の主人なんだから。稟堂は僕のシモベなんだ。
「何勝手に入ってんの」
いきなり僕の方を向いて稟堂は声を出した。
「うわあ! 起きていたのかよ!」
「ここは私のベッドだから。絶対に一緒に寝ないで」
冷たい声で稟堂は言ってくる。僕も僕で寒いので、必死に抗う。
「な、なあ稟堂さん。一緒に寝ようなんて言わないからさ。せめて掛布団だけでもくれないかな? 毛布でも良いよ。寒いんだよ」
「コフタロンに頼めば?」
この女。実に理不尽である。
結局、僕はコフタロンに頼んで薄いせんべい布団を用意してもらった。ないよりマシだ。
つづく
誤字訂正+追記しました。
3月28日