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運命ドミネイション  作者: 櫟 千一
3月29日
71/87

70話

 夜明たちの間に入るのは若干の抵抗はあったが、このままだと彼女たち二人は寒空の下で長時間待つことになってしまうので、楽しげに話している会話に割り込んで話す。

「あの、お楽しみ中、申し訳ないですが、久良持さんが朝風呂に入ろうと言っているので、皆さんも下着とか持ってきてまたここに来てください」

 葉夏上さんに話すように言うので、自然と敬語になってしまう。夜明も特にその辺りは気にしていないようである。

「分かったよ。そんじゃ、ちょっと取ってくるよ」

 私の横を通って彼女は自室である二階へと向かった。

「稟堂、お風呂ってどういうことだ? わたしも入るのか?」

「入りたくないなら、入らなくて良いけど」

 冷たく突き放すと、夜明は困った顔をしていたが、すぐに私ではなく、自分のコフタロンへと戻って下着を取りに行った。


 すぐにコフタロンに戻って下着を持って久良持アパート前へと向かうと、葉夏上さんがいた。

「輪廻ちゃん、レイセンくんどうしてる?」

 開口一番に聞いてきたので、RVを使って見てみると、相変わらずベッドで眠っているだけだった。もう一人の私は見当たらない。

「寝てますね」

「レイセンくんも寝坊助だな。それはそれとしても、よく他の女と寝られるよね。私なら無理だよ」

 言い方に違和感があるが、確かにレイセンは私だけど私じゃない人と一緒にいるわけだ。呑気にお風呂に浸かっている場合ではない。

「あの、私やっぱり」

「いやー遅れて悪い。早く風呂に入るなら入ろうぜ」

 風呂に入らないと言おうとした直後に夜明が公園の方から歩いてきていたので、断ることも出来ず、そのまま三人で銭湯の中へと入って行くことになった。



 脱衣所で服を脱ぎ、風呂場へと向かう。かけ湯も忘れない。

「稟堂、何してんだ?」

「何って、お湯をかけてるんだよ」

「ああ、別にかけなくても良いよ。お客さんはいないし、私たちが上がればお湯も抜くからさ」

 赤面していると、葉夏上さんはもう既にお湯に浸かっていた。

 その横に夜明と久良持さん、そして私と入って行く。

「ああ、いいお湯だな。こんな良い風呂にいつも入っているのか?」

「いつもじゃないけど、たまに入っているな。何だ? 夜明も気に入ったか?」

「うん。風呂に入ったのも久々だからな。ここ最近はシャワーばかりで。こんな冬にシャワーだけって言うのは中々に寒いから、風呂に浸かったのは本当に嬉しいぞ」

 二人で仲良く話していたので、私は久良持さんに話しかける。

「あの、久良持さん。その、レイセンのことなんですけど」

「んん? どうかしたの?」

「レイセン、戻ってくると思いますか?」

 頭にタオルを乗せていた久良持さんは、タオルを手に持ってお湯の中へといれる。

「戻ってくるよ。レイセンくんは黒髪の輪廻ちゃんじゃなくて、金髪の輪廻ちゃんが好きなんだ。輪廻ちゃんも見たし、聞いただろう? レイセンくんが黒髪輪廻ちゃんにキスしようとしたとき、どうしてしなかったのか。例え彼女が消えると分かっていても、レイセンくんは輪廻ちゃんとキスしたことを知らない。それで、ファーストキスが黒髪輪廻ちゃんになるのを恐れて、しなかったんだよ。それってつまり、レイセンくんは輪廻ちゃんのことを好きってことだろう?」


 久良持さんはタオルを絞り、再度頭に乗せる。

 レイセンは私のことが好きなのだろうか。

 もし仮に好きなのなら、私たちはイスタヴァではなくなる。


「あの、ちなみに聞きますけど、もしもレイセンが私のことが好きだったら、どうなるんですか?」

「イスタヴァではなくなるね。その場合、ラカスタヤに変更するだけだし。全然珍しいことではないよ。むしろイスタヴァでいる人の方が少ないし、たいていの人はイスタヴァからラカスタヤに変わっているよ」

 ラカスタヤとは、恋人と言う意味だ。

 イスタヴァは友達と言う意味だが、ラカスタヤになると恋人として認識される。

「久良持さんは高野橋先生とラカスタヤになったんですか?」

「高野橋くんは私に好意を抱いていたけど、口には出さなかった、いや、出していたけど、私はそう言う付き合いとかあっちの世界でもなかったし、怖かったんだよね。だから、イスタヴァのままだったよ。高野橋くんは今でも好きなのかは知らないけどさ。もうイスタヴァとして契約を破棄してしまった以上、私たちはもう出会えないから、輪廻ちゃんもレイセンくんが好きなら自分の口で好きって言った方が良いよ。キスだって意識のないレイセンくんにしただけだしさ」

 簡単に言うが、レイセンの顔を見て好きと言える自信など一切ない。私の勘違いだと恥ずかしいと言うのもあるが、十年以上レイセンに片思いをしている私の思いが、届くのかが分からないからだ。


「何ィ? 輪廻ちゃん、レイセンくんにキスしたの?」

 先程まで夜明と話していた葉夏上さんがこちらへとやってくる。何気なく久良持さんもキスをしたなど言っていたことに全く気付いていなかった。

「ち、違いますよっ! その、別にキスだなんてそんな!」

「稟堂、正直に言った方が良いんじゃないのか? キスしたことに関しては別にわたしたちはどうとも思わないし、キスしたことによって何か変わるのか? 変わらないだろう。それなら、言っておいた方が楽だと思うぞ」

 自分と同年齢の見かけは小学生の女の子の方が自分より聡いことに少しだけ憤りを感じる。

「……ええ、しましたよ。レイセンが過去に戻っている間、私はレイセンにキスをしました。もちろん、レイセンは意識もないのでキスされたことすらも知らないですが、そのおかげで私のシダネナジーは満タンになりました。だけど、一週間近く前の話ですよ」

「そ、それでっ!! レイセンとのキスはどうだったんだ!!?」

 他の話はどうでも良いのか、夜明はずいと前に出て話しかけてくる。

「どうって、言われても……すごく、柔らかかったよ。ずっとキスしたいって思ったって言うか、私も初めてだったし、他の人の柔らかさとか分からないし」

「柔らかいだなんて言われてもなあ、実際どんな感触なのか想像もできないぞ」

「じゃあ、今確かめたらどうだい? 夜明ちゃんもキスに興味あるみたいだし」

 久良持さんは相変わらず冗談なのか本気なのか分からないことを言っている。

「お、女同士ですよ!? そんなの出来るわけないじゃないですか!」

「なーに言ってんだい! この中でキスしたことあるのは私の知る限りでは輪廻ちゃんだけだよ。しかも、一週間近く前って言うことは、まだレイセンくんの唇の感覚が残っているんだろう? 夜明ちゃんも間接的とは言えレイセンくんとのキスになるわけだし、女同士とカウントするんじゃなくて、レイセンくんと間接キスをしたことにすれば良いじゃないか!」

「な、何言って……」

 私の目の前にはいつの間にか夜明がいた。

 真剣な眼差しでこちらを見ていたので、少しばかり不安になる。


 まさか、二人目は女の子?!


「稟堂、キスしていいか?」

「ダメに決まってんでしょ!」

「じゃあレイセンにすればいいのか!?」

「それはもっとダメ!!」

 風呂場で言い合いをしていると、ふとレイセンはどうしているのかと脳裏をよぎる。

「ちょ、ちょっと待って。RVでレイセンのことを見るから」

 夜明は私の前で必死に何か話していたが、目の前の光景は夜明ではなく、レイセンと黒髪の私になる。

 レイセンは相変わらず眠っている。もう一人の私はただただその寝顔を見つめているだけである。

 何もしなければ良いのだが……。


 RVをやめようとした直後、すぐ目の前には夜明が私にキスしようとしていた。あとわずかにRVをやめるのが遅かったら、私の二人目のキスは夜明になるところであった。

「おおお、夜明ちゃんやるねえ。女同士のキスだなんて久々に見たよ」

「久々って、昔はそんなに見てたの?」

「まあね」

「してませんからっ! ノーカンです! て言うか、何で止めてくれないんですか!!?」

 久良持さんと葉夏上さんは顔を合わせてニヤニヤしている。グルだったのだろうか。

「り、稟堂、どうしてもダメなのか?」

「ダメだよ! 私はもうレイセン以外とキスしないって決めたんだもん。どうしても知りたいのなら、他の人に頼んでしてもらえば良いじゃない! 同性でキスだなんて、私は嫌だよ!」

「わ、わたしは構わない。いや、正確には、今は稟堂とだけしたい」

 突然の告白に私の顔は余計に真っ赤になる。

 葉夏上さんもニヤニヤしながら夜明に質問する。

「……何? 夜明ってこっち系?」

「ち、違う! 誤解をするな! 今、この世界でレイセンと間接的に触れることが出来るのは稟堂だけだから、そうなるんだ! 変な誤解はしないでくれよ!」

「言い方は気に食わないけど、とにかくもう体を洗おう!」

 私は強引に全員を風呂から出す。しかし、葉夏上さんだけは出てこない。

「葉夏上さんも出てくださいよ」

「あー、私は良いよ。もう少し浸かっているから。先に三人で洗い流しなよ」


 目を泳がせて話をしている。これは何か隠したいことがあるのだろう。

「全員で体を流した方が、お風呂のお湯もすぐに抜けますから、今からみんなで洗った方が良いですよ。それとも、何か後ろめたいことでもあるのですか?」

 向こう側では既に久良持さんが夜明の長い髪を洗ってあげている。

「輪廻ちゃん、私のこと何か知っている?」

「いえ。そこまで頑なに拒んでいる葉夏上さん、珍しいなって思いまして」

「……まあ、良いや。とにかく、久良持さんには悪いけど、本当に私は一人で洗わせて。お願い」

 あさっての方向を見ながら、彼女は懇願してきたので、渋々私も久良持さんたちのところで髪を洗うことにした。



 身体を洗う前に、夜明の提案によりもう一度風呂に入ることになったが、入れ替わりで葉夏上さんが出て行く。

「いやあ、夜明ちゃん本当に髪長いねえ。いつから切ってないんだい?」

「五年くらいは切っていないかもな。もちろん多少は切っているぞ。わたしは長髪が好きなんだ。短髪も悪くはないと思うが、長髪にしても何も言われないのは女だけだからな」

「ふーん、結構面白い考え方してるね。私はそう言う考え方嫌いじゃないよ」

「久良持も長いだろ、もちろん私には敵わないけどな」

 二人であはははと笑っていたが、私はジッと葉夏上さんのことを観察していた。彼女は何度かレイセンの運命を変えようとしている。秘密も何かと多いのも事実だ。

「稟堂もそれなりには長いよな。久良持と同じくらいか?」

 突然夜明は私の後ろ髪を触ってくるので、反射的に振り向いてしまう。

「な、何!?」

「いやあ、髪の話をな。稟堂はいつから切っていないんだ?」

「一年半くらいだよ。前髪とかは切っているけど、後ろは切っていない」

 話し終えると、すぐに葉夏上さんの方向へと振り向くと、特に何も変わってはいなかった。

 彼女もセミロングの髪を揺らしながらこちらへと向かっていた。

「遅れてごめんなさい。どうしたの? 輪廻ちゃん」

「……いえ、別に」

「ほほう、葉夏上は結構短いんだな。ショートが好きなのか?」

「そう言うわけでもないかな。たまたまイメチェンも兼ねて短くしていただけ。あたしも昔は長かったよ。さすがに夜明ちゃんくらいまではいかないけど」

 笑いながら話している彼女はいつもの葉夏上さんである。

 しかし、私は聞き逃さなかった。一人称が変わっているので、いつの間にか人格が入れ替わっているのだ。どこで、いつの間に入れ替わったのかは分からない。


「ちまきちゃんは、しばらく浸かっていなよ。私たちはそろそろ体を洗って、出て行くからさ。ちまきちゃんはいつでも出てきなよ。掃除のこととかは気にしなくても良いからさ」

 無理やり夜明と共に鏡の前へと連れて行かれる。

「輪廻ちゃんの言いたいこと、分かるよ。だけど今は耐えてくれないかい?」

 そっと耳元で久良持さんは呟くので、怒りを腹の奥へと押し込み、夜明の背中を洗ってあげた。私の背中は久良持さんが洗っている。


「稟堂は上がったら牛乳飲むのか? それともコーヒー牛乳?」

「んー、コーヒー牛乳のことが多いかな。たまにフルーツ牛乳のときもあるけど。牛乳は基本的にないかも。久良持さんは?」

「輪廻ちゃんと一緒だね。牛乳もたまには飲むけど、カルシウムが豊富だし、不味いと言われているけど、結構美味しいんだよ」

「それじゃあ、お風呂あがったら牛乳にしてみようかな……」

 夜明がボソっと呟いたのを聞き終えると、すぐにRVを起動する。相変わらず眠っているレイセンを見ているだけだった。それにしても、彼女はレイセンの前から一歩も動いていない気がする。

 今はとにかく、レイセンを助ける方法を考えなければ。他のことは何も考えない方が良い。

 身体を洗い終えて、葉夏上さんより先に私たちは脱衣所へと向かう。

 ここの脱衣所はテレビが置かれているので、テレビを点けてみると、朝のニュースが放送されていた。もちろん、レイセンのことが出るはずがない。

 夜明は既に髪を拭き終え、ドライヤーで自身の長い髪を久良持さんに乾かしてもらっていた。

「輪廻ちゃんも乾かしてあげるよ。早くパンツ穿いてこっちおいでよ」

 言われるがまま下着をつけて、少し湿った髪を揺らして、久良持さんの元へと向かう。

「聞きたいこと、言いたいことは分かるよ。あとでゆっくりそのことについて話そう」

 ドライヤーの音にかき消されそうになりつつも何とか久良持さんの声を聞きとることが出来た。




つづく

お風呂回にしましたが、本当はすぐに終わらせる予定でした。しかし、書いているうちに熱が入ってしまい、結局こんなことになりました。

実は今日まで600文字ほどしか書いていなくて、急いで書き上げました。


次の予定も4日程度を予定しています。


誤字訂正 8/2、8/4

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