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運命ドミネイション  作者: 櫟 千一
3月28日
61/87

60話

 稟堂たちは僕の後を着いてこなかった。それで良い。今は、一人で考えたい。

 僕は確かに大学に落ちた。落ちて、再受験も出来ない家庭状況だった。

 選択肢は稟堂が来たからフリーター、と言っても働いてはいないので寝る場所のあるニートだ。

 そんな僕がもう一度大学受験だなんて、そんなバカな話、あるわけがない。

 もちろん、浪人したくないのかと言うと嘘になる。大学へ行って四年間を楽しみたい。稟堂も言っていた。僕が大学に合格していれば、同じ大学の、同じ学部の、同じサークルに入っていたと。

 つまり、僕と稟堂は遅かれ早かれ大学で出会うことになっていたのだろうか。


 話がズレたが、僕は大学にもう一度受験できたとしても、どうも今はどちらかと言うと受験をしたいと言う気持ちは少ない。理由は、多分、稟堂の出現だ。

 彼女がいなければ、僕はそのまま宛てのないフリーターか、職安へ行ってその辺の工場で働いていたのかもしれない。どちらにしても、チャンスはもうなかった。


 しかし、夜明の出現で大学受験のチャンスは再来したのだ。

 もし仮に、浪人をしてもう一度大学を目指せるのなら、やりたいと言う気持ちはある。


 この国は表面上では平等と謳っているが、裏を返せば、そんなものはただのハッタリだ。平等なんてものは存在しない。完全なる学歴社会なのだ。学歴と言う肩書きでチャンスの機会が増える。

 逆に言えば、学歴がなければ挑戦権すらも与えられないと言うことだ。

 そのためには例え地方国立大学でも出ていれば間違いなく挑戦する機会が増える。もちろん、欲を言えば東京や大阪や名古屋のような都会の大学へ行きたい。このことは高野橋先生にしか話していないが、これが僕の本音なのだ。

 だが、もし仮にもう一度大学受験をするとなると、稟堂はどうなるのだろう。久良持さんや葉夏上さんも。何よりも夜冬や翠晴はどうなる。

 僕が勝手に決めた意見で突っ走って、いつも後悔しているのだ。一人で抱えるより、誰かに相談した方が良いのかもしれない。

 ……いや、これは僕の問題だ。

 自分の問題に他人を巻き込むわけにはいかない。大学再受験のことは、久良持さんも葉夏上さんも稟堂も、もちろん夜明も一切関係ない。こればかりは、他人ではなく自分で決めなければならない。

 考えているうちに、考え事は振出しに戻っていることに気付く。



「はあ、どうすりゃいいんだ……」

 誰もいない公園でそう呟くと、金髪と青髪が草むらから見えていた。どう見ても稟堂と夜明だ。

 ジッと見ていると、夜明と目が合うが、彼女はすぐに草むらに隠れる。

 今は反応を気にしているほど暇ではない。切羽詰まった状態だと、僕はこれほどまで他人に気を配れないのかと思いつつも、答えは結局出てこなかった。



 公園から出て、久良持アパートの方へ戻る際にパトカーが一台通って行くのが見えた。

 パトカーで脳内に僕の主観で言う昨日の出来事、つまり三日前の出来事が脳内をよぎる。


 夜冬は、どうなったのだろうか。


 結局、僕は一時間前に戻っていない。一ヶ月前の二月二十五日に戻っていたので、三月二十五日の一時間前の犯人が分からない。

 すぐに僕は久良持アパートへと走る。後ろからは稟堂たちも僕の名を呼びながら走って来ていたが、無視して僕は久良持さんの元へと走った。

「久良持さん!!」

 一〇一号室のドアを強く叩くと、久良持さんが出てくると同時に、正面玄関からは稟堂と夜明がやってくる。

「どうしたんだい?」

「あの、僕の家の犯人、誰だったんですか……もう三日前の出来事ですから、さすがに犯人は分かっていますよね?」

「あー、そのことだけどさ。犯人については新聞にも何も掲載されていないんだ。もちろん、ネットニュースにも載っていない。疑っているわけじゃないけどさ、レイセンくんは本当に見たのかい?」

 見たと言うわけではない。僕は階段から降りてくる音を聞いただけだ。結局、犯人は誰なのか分かっていない。空間移動出来る者であるのは確実なのだが、それが誰なのかが分からない。

「もしかしてその事件って言うのは三日前のことかー?」

 稟堂の横にいた夜明が声を上げる。

「そうだけど、お前、何か知っているのか?」

「知っているも何も、わたしが弓削レイセンと会おうと部屋に移動したんだ。だけど、弓削レイセンがいなくなってしまうものだから、どうしようもないから、結局自分の家に戻ったんだ。部屋にあった参考書の山を見て、もう一度大学受験するんだってその時に思っていたんだ。いやあ、まさか弓削レイセンだとは思わなかったなあ。だって、居間に向かったら誰もいないから幽霊でもいたのかと思ってゾッとしてしまったよ! あははははは」

 三人は唖然として聞いていた。同時に笑いがこみ上げる。


「くっ……あははははは!! そっか! そうだな! 夜明なら空間移動も出来るもんな!! そっか、そっか。お前だったのか……勝手に人の部屋に入るんじゃねえよ!!」

「ご、ごめんなさい! だけど、弓削レイセンは大学を再受験するから、あんなにたくさんの参考書を積み上げていたんだろ? わたしも指導してやるから、安心して勉強しろよ!」

 夜明はバンバンと僕の腰を叩いているが、受験はもうする気はない。

 しかし、再受験したいと言う気持ちがないと言えば嘘になる。

「……ま、レイセンくんのことなんだ。そんなに急がなくても良いんじゃないかな。まだ三月だからさ。時間はたっぷりあるわけだ。じっくり考えれば良いさ」

「だけど、物事は早めに決めて早めにやっておくことに越したことはないぞ! とっとと決めちゃった方が」

「夜明、ちょっとアンタは黙っていて」

 稟堂の気迫に負けて、夜明は泣きそうな顔になり、すぐに静かになった。

「久良持さんの言う通りだよ。急いで答えを出す必要はないし、どんなことを選んでもそれがレイセンの道なんだよ。だから、どんな選択をしても私はレイセンについて行くし、レイセンと一緒に頑張るよ」

 稟堂がここまで優しいと少し恐怖感も抱いてしまう。

 彼女は僕の運命を変えに来た女の子なのだ。最悪の場合は彼女に運命を変えてもらえれば良いだけの話だが、それは常人が出来なくて、僕にだけ与えられた特権なのだ。そのようなことは、あまりしないでおこう。

「ま、とにかくゆっくり決めなよ。どんな道を進もうとレイセンくんの勝手だからさ。この女の子の意見に左右されちゃっても良いし、輪廻ちゃんと一緒にフリーターしつつ趣味に打ち込むのも良いんじゃないかな」

 久良持さんの言葉を聞き、僕は顔を上げる。

「分かりました。だけど、もう少しだけ考えます」



「……私は大学、行かない方が良いと思うなー」

 稟堂や夜明の背後には葉夏上さんが立っていた。

「レイセンくんに悪気があって言うわけじゃないんだけど、一度落ちた大学にもう一度挑戦するって言う心意気は良いと思うけどさ、もしも、また落ちたら本気でどうするの? 一年間が無駄になっちゃうわけじゃない。一年かけても落ちるようじゃね……。それに、現役で受かった人はみんな三年間必死に勉強していたから合格したわけだしさ。レイセンくんは三年間勉強して落ちていたわけだし、三年+一年だから四年間勉強してもなお受からないかもしれないんだよ。そんな賭けみたいなこと、私はしない方が良いと思うなー? ああ、あくまで私の意見だから」


 いつもより何倍も攻撃的な葉夏上さんには不思議と怒りの感情は湧かなかった。だが、不安と恐怖が渦巻く。同時に、翠晴に言われた言葉も脳内をよぎる。


「浪人して受かるかも分からない大学にもう一度挑戦するような余計な時間を得るくらいなら、お父さんは働いた方が良いと思うよ。まだハローワークに行けば仕事もあると思うし、無駄な時間過ごすくらいなら就職した方が良いよ。それで、お母さんも助けてさ」


 涙は出なかった。稟堂や夜明が葉夏上さんに怒りをぶつけていたが、言葉は全て耳に入らなかった。

「……いや、葉夏上さんの言う通りだ。間違えたことは言っていない。だけど、考えてみるよ」

 僕は一〇一号室の扉を開けると、稟堂と夜明もついてきて、共にコフタロンへと戻った。



「やけにアグレッシブだったね。どうしたんだい?」

「いえ。ただレイセンくんのことだけど、どうも自分にも言っているように感じましたから。だから、ちょっと強めに言ってしまいました。先ほども言いましたが、悪気は本当にないんですよ」

「……そっか」



 コフタロンに戻ると、僕は自分の布団の上に倒れ込む。白い天井には埃一つついていない。

「弓削レイセン、あんな狭い部屋の女の言うことなんか気にすることないぞ! あの女は部屋が狭いから心も狭くなっているだけで、あんなのは本心じゃない。だから、弓削レイセンは大学を」

「アンタも大学へ行く方にそそのかしてるじゃない。とにかく、葉夏上さんのことは辛かったかもしれないけどさ、大学については、こればかりはレイセンにしか決められないのは事実だよ。だけど、無理しないでね。いつでも私を頼っても良いから。運命だって、極力変えるように努力するからさ」

 稟堂は必死に僕を慰めていたが、あまり頭には入らなかった。

「ところで、あの女は何なんだ? 私が見る限りだと、さっきの優しい女じゃなかったように見えたが」

「そっか、知らないのか。彼女の名前は葉夏上 ちまき。二重人格だからたまにああ言う強気になるときがあるけど、良い人だよ」

 相談に乗ってもらったことを思い出すと同時に、僕たちの運命を変えようとしていたことも思い出す。運命を変えようとしていたのは先ほどの強気な葉夏上さんだけど。

「二重人格なのかー。二重人格の人間は実在するとは思わなかったなー」

「……て言うか、夜明は何当たり前のように私たちのコフタロンにいるわけ? ここは私とレイセンのコフタロンだから、出てってよ」

「何なんだ金髪女! わたしにやけに冷たいじゃないか! わたしは弓削レイセンが大学へ行くと言うまでいつまでも付きまとうぞ!!」

 大らかに宣言している夜明を見て思わず吹き出す。

「お前、ずっと僕に着いてくるの? もしも僕が大学へ行かないって言い続けたらどうするんだ? お前は大学、受かったんだろ? 大学には行かないのか」

「行かない。弓削レイセンが大学へ行くと決めたら行く。決めないのなら入学式だって行かないし、講義だって行かない。だから、弓削レイセンが大学へ行くと決めないとわたしは単位がもらえず留年、あるいは退学や除籍させられる可能性だってあるのだ! 全て弓削レイセンのせいになってしまうのだぞ! それでも良いのか?! 一人の女の子の人生を狂わせるのだぞ!!」

「いい加減にしろっ」

 稟堂が夜明を小突くと、夜明は舌を出していた。



 しかし、本当に僕に着いてくるのだろうか。本気か冗談か分からないが、せっかく受かった大学を退学する覚悟まであると言うのなら、受けてみるのも悪くないかもしれない。

「……夜明、僕は大学には行かない。だからお前もやめることになるぞ。本当に良いのか?」

「ああ、そこまで言うのなら分かった。死ぬまで弓削レイセンに付き纏う。どこに行くのも一緒だぞ!」

 わはははと笑っている夜明を見る限り、こいつは本気らしい。僕一人のために、何故そこまでできるのだろうか。

「聞かせてくれ。どうして僕のために、そんなことが出来るんだ?」

「だって、いざ退学になっても運命を変えれば良いだけの話だから」

 真剣に考えていた自分自身を殴りたい。

「あっ! そうか!! 弓削レイセンが大学生になる運命に変えれば良いだけの話じゃないか!! そんじゃ一発変えさせてもらいますよっと」


 夜明は立ち上がると、スカートの中からコフタロンコントローラーを取り出し、大きく上に掲げる。

「ダメッ!!!」

 夜明のコフタロンコントローラーが青白く光った直後に稟堂は夜明に飛び込んだ。

「運命を変えるのは、私の仕事だから!! 夜明は何もしないで!!」

「お前はなにもしていないだろ! 弓削レイセンの運命を一度でも変えたのか?! 変えていないのなら、わたしがイスタヴァになった方が良いだろう!! 金髪女! お前はあっちの世界ではどう言う役回りだったんだ!!」

「い、今あっちの世界の話は関係ないでしょ!! それよりも、私だってレイセンの運命を変えたよ! アンタに会う前に変えているからっ!」

「どんな運命に!」

「レイセンが死なない運命に!! アンタは知らないだろうけど、レイセンは本当はもう生きていないんだよ! だけど私が、死なない運命にしたのよ!!」


 夜明は唖然としていた。


「……それ、どう言うことか分かっているよね?」

「分かっているけど、やらずにはいられなかったの。アンタにはそんなこと出来た!? 出来るわけないでしょ! わたしは夜明以上にレイセンのことを思っているんだからね! 気安くレイセンの運命を変えようとしないでよ!!」

 その割に久良持さんが葉夏上さんのいる運命にしたりしていたが、それは良いのだろうか。たしかに、あれは僕ではなく関係があるのは葉夏上さんだ。

「参った。わたしの負け。そこまで弓削レイセンのことを思っているとは思わなかったよ。だから弓削レイセン自身の運命は変えない。だけど、弓削レイセンが大学へ行くような運命にする。絶対に、大学へ行かせるんだから!!」

 僕に指をさし、彼女はコフタロン内からいなくなった。



「僕が死ぬ運命を変えるとか言っていたけど、そんなすごいことなのか?」

「うん、生死を変えるのは特にね。今この流れだから言えるけど、私、もう元の世界には戻ることは出来ない。流罪ってヤツになったのかな。本当は死刑になっててもおかしくなかったけどね。運が良かったのかな。あははは……」

 笑ってはいるが、とんでもないことを言っている。

 元の世界に戻ることが出来ないと言うことは、久良持さんや夜明がこの世界と稟堂たちのいた世界に行き来は出来ても、稟堂は出来ないと言うことだろう。



 それはつまり、一生僕といると言うことだ。



「稟堂は、僕とずっといるってことか?」

「そうだね。離れるつもりは毛頭なかったけど、うーん、上手く言えないけど、とにかくレイセンと離れることだけはしないよ。ずっとずっと一緒にいようね」

 あまりピンとこないが、逆に言えば、稟堂は常に僕のそばにいて、いつでもシダネナジーがある限り、運命を変えてくれると言うことだろう。

 そして、大学のことだが。

「ま、まあとにかく、大学については厄介なことになりそうだけど、稟堂は良いのか? 夜明が付きまとっていても」

「正直、邪魔だけどレイセンが頑なに大学を拒み続ければきっとあっちも諦めるよ。だからしばらくは我慢するよ」

 笑顔を見せていたが、その笑顔が恐怖を倍増させていた。



つづく

行き当たりばったりで書いているので、稟堂が元の世界に戻れないとかパッと思いついた設定なので、もしかすると矛盾とかあるかもしれません。

その場合はご指摘などあると助かります。


誤字訂正 6/23

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