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運命ドミネイション  作者: 櫟 千一
2月25日
56/87

55話

「お前、誰だよ!!」

「あ、あんたこそ誰なんだ!」

 僕の家に見知らぬ男がいる。何者だ、こいつは。泥棒か。

「お前たちこそ何なんだ、ここは俺の家だぞ」

「たちって、僕しかいないだろ!」

 目の前にいる男には僕以外の誰かが見えているらしい。クスリでもしているのだろうか。

 それにしても、どこかで会ったことがあるような気がする。学校? いや、違う。どこだっただろうか。

「な、何言っているんだっ! お前の後ろの女は誰なんだよ!」

 振り向くと、居間の出入口には稟堂が立っていた。

「どうして稟堂が!?」

「せ、説明は後にするよ。今はその男の話を聞こうよ……」

 必死に僕たちをなだめている稟堂は、冷や汗をかいていた。



「それで、あんたの名前は何て言うんですか?」

「先に自分の名前を名乗るのが礼儀ってもんだろう」

 僕のことを睨んでいたが、怯まず睨み返す。

「人の家に勝手に侵入しておいて、なおかつ先に名前を名乗れだなんて、本当非常識ってもんじゃないですよあんた」

「レイセン、刺激しちゃダメだよ」

 耳元で囁いている稟堂を無視して、僕は煽り続ける。どうせこの世界はデータなのだ。いくら煽ったところで現実に被害があるわけではない。

「黙って聞いてりゃ生意気な口を叩くガキだな。ツラ貸せよ」

 僕の胸倉を掴んでくる見知らぬ男に恐怖を覚えるが、すぐに払拭を試みる。ここはデータの中だと自分自身に言い聞かせる。

「名前はもう良い。お前はここに何しに来たんだ?」

「僕は、自分の家に入っている正体不明の正体を探しに来ただけだ。それがお前だっただけだ」

 話し終えると同時に男は微動だにしなくなる。瞬きすらしていない。

「ど、どうしたんだ? 急に動かなく……?」

「面白いものが見られましたわ。あなたがあの有名なレイセンさんですね?」

 居間の戸が開き、髪の長い女が入ってくる。

「その男はワタクシが操っていましたのよ。駅をブラついてたヒマそうな人でしたからね。まさかレイセンさんがここまで度胸のある男だって思いませんでしたわ。もっと臆病だと思っていましたわ」

 女が言い終えると、男は突然消えた。どこかへ跳ばされたのだろうか。

「あ、あなたは誰なの!? ここはレイセンの家だよ!」

「これは失礼を。……と言いたいですが、名前ってものは先に名乗るものでしょう? 輪廻さん」

「どうして私の名前を……」


 稟堂でもかなり髪が長いのに、もう地面に着いてしまいそうなくらい長いぞ……。

 髪に呆気を取られている場合ではないと頭を振り、僕も話に参加をする。もしかすると、黒髪稟堂のことや、葉夏上さんのことを何か知っているかもしれない。

「ワタクシはあなた方の名前くらい知っていますわよ」

「それじゃあ名乗る必要はないだろ。お前の名前は?」

 下を向いて自嘲気味に笑っている長髪女に少しだけ怖気づく。


「ワタクシの名前は、長生殿ちょうせいでんうるち。以後、お見知りおきを」

 両手でスカートを持ち上げて会釈している長生殿と名乗るその女は、僕の家に何の用があるのだろうか。

「……そんで、長生殿さんは僕に何か用があるの?」

「ええ。ございますわ。ワタクシ、レイセンさんのことをよーく知っています。ですが、ワタクシはある事情を抱えておりますの」

「どういう事情?」

 僕から目を逸らし、モジモジしながら話す。

「……お恥ずかしいことに、ワタクシは過去でしか生きられません。レイセンさんたちは未来へと向かって生きていますが、ワタクシは未来には行けません。誰もが皆通って、永遠に戻ることのできない過去と言う世界に一人ぼっちで暮らしていますの。ですから、過去に戻ってきたレイセンさんにお会いしておきたかったですのよ」

「よ、よく分からないけどさ。あんたは僕に会えただけで良かったのか?」

「ええ。満足ですわ。しかし、やはり欲と言うもは湧くものなのですね。ワタクシは過去に生きている身。ワタクシと言う存在を認知出来るのはあなた方だけ。永遠にこの二月二十五日にいてはいただけないでしょうか。ワタクシと共に、永遠に二月二十五日を繰り返しませんか?」

 病んだ目で僕に淡々と言い続ける長生殿さんがひたすらに恐怖だった。永遠に二月二十五日に留まるだなんて、そんなことしたくない。

「稟堂! 逃げるぞ!!」

 返事を聞く前に僕は稟堂の手を繋いで玄関を飛び出した。



 雪が降り積もる中、僕と稟堂は宛てもなく走り続ける。

「逃げるってどこに?!」

「わかんねえよ!! とにかくあのヘンテコ女がいないような遠いところに逃げよう!」

 家を出る直前に見た時間は午前十時前だった。本来の運命なら、僕は大学で二次試験を受けていた。

 しかし、今ここにいると言うことは、二次試験をすっぽかしているのだろう。

 一応、予定通り大学へ行ってみよう。



 人生でもう二度と来ることはないと思っていた県内唯一の国立大学へとジャンプすると、試験会場である自然館より少し離れた場所にある体育館へと到着する。

 時計を見ると、午前十一時前だった。

「試験を受けていないのが違和感があるな……」

 除雪された雪山の陰に隠れて独り言を言う。

「今だから言っておくけど、レイセンがこの大学に合格していたら、私、大学生としてレイセンに会っていたんだよ。もちろん、レイセンと同じ学部で、レイセンと同じサークルで、レイセンと同じ……」

 三度目の同じと言いかけたとき、彼女は話すのを止めた。視線を稟堂と同じ方向へ向けると、長生殿がいた。


「逃げようだなんて、無駄ですわよ。二月二十五日を熟知しているワタクシから逃げることは不可能ですわ。さあ、一緒に二月二十五日で暮らしましょう」

「稟堂ッ!! 試験会場だ! 試験会場に跳ぶぞ!!」

「そ、そんなことすると私たちの存在がバレちゃうよ!」

「良いんだよ! つべこべ言わずにとにかく跳べっ!!!」

 稟堂は意を決して僕の手を握りながら試験会場である大講堂へと跳んだ。

 僕の予想通り、大講堂には跳ばなかった。

 このジャンプ効果は、面白いことに、何者かと邂逅すると分かった瞬間に近場にある一目のつかない場所へと自動的に跳ばしてくれるのだ。

 僕たちは運が良いのか悪いのか、男子トイレの個室へと到着する。


「大講堂に跳べって、そう言うことだったんだね。だけど、ここだとさすがに狭すぎるよ……」

 身体が密着していたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「僕が試験会場に跳べって言ったから、あいつも大講堂に跳んだと思う。僕たちの近くにはいるだろうけど、とにかくここじゃない別の場所へ跳ぼう。次は中央図書館前だ。きっとあそこなら誰もいない。雪も積もっているから、余計に一足は途絶えているはずだ」

 しっかりと右手を握り、ジャンプする。

 大学の中央部分にある図書館へジャンプすると、図書館から少し離れた大学名が掘られた石の前に跳んでくる。

「レイセン、ここ大学前だよ」

 もう一度階段を上って図書館前へ行こうとしたが、すぐに思いとどまる。

「……今のうちに大学から逃げよう。ここにいる限り、あいつの思うツボだ。とにかくどこでも良いから逃げよう」

「無駄ですわよ」

 背後には既に長生殿がいた。

「どうして逃げ回るのですか? ワタクシはただ、あなた方、正確にはレイセンさんと一緒に、永遠に今日に留まろうと言っているのですよ? 未来なんてロクなものではございません。それならば、もう未来などやってこない今日に留まりましょうよ。レイセンさんが二月二十五日に戻ってきたのも、何かの運命ですわ。ですから、ワタクシと共に暮らして……あれ?」

 長広舌をふるっている長生殿を無視して僕と稟堂は大学に背を向けて走り続けた。



「レイセン、どこまで、行くの?」

 手を繋いで、僕の後ろを走っている稟堂が息を切らしながら話しかけてくるが、僕は無視して環状線のある道路までひたすらに走った。

 環状線が見えてきた頃、信号で一時停止をする。

「はあ、はあ、稟堂、ここから、駅まで、跳べるか?」

「跳べるよ、どうして?」

「考えが、あるんだ。だけど、どこであの女に、聞かれているか分からないだろ。一旦、駅へ行こう」

 稟堂にアイキャッチを送る。僕の考えは分かってくれるだろうか。


 手を繋ぐと、目の前の光景はオゾンから久良持アパート前になる。

「普段あまり目を見て話してくれないレイセンがやけに真剣な眼差しで見ていたから、駅じゃなくて久良持アパート前に跳んできたけど、これで良かったの?」

「ああ、僕の考え通りだよ。とにかく久良持さんなら何か分かるかもしれない。話を聞いてみよう」

 階段を上り、一〇一号室の戸を叩く。

「はい、どちら様ですか?」

 茶髪のボサボサな頭で久良持さんは出てくる。

 一応データ上の過去とは言え、自己紹介はしておいた方が良いだろう。

「ええっと、僕、弓削ゆげ 玲泉れいせんと申します。こちらは稟堂 輪廻。久良持さん、あなたは運命を変えられますよね? それで、少しだけ話があるのですが」

「ちょ、ちょっと待ってくれないかい? 君たちの名前は分かったけどさ、運命を変えられるとか、そんなオカルトチックな話、私知らないよ? 誰か別の人と勘違いしていないかい?」

 しどろもどろになりながらも必死に僕たちに話をしている久良持さんを見て僕は話す。


「それじゃあ、久良持さんではなく、引千切ひちぎりさんとして聞きます。この世界からの脱出方法を教えてください」

「……君、何者だい? どうしてその名前を知っているんだい?」

「僕たちは、一ヶ月後の三月二十五日から来ました。事情を説明すると長くなるので省かせてもらいますが、元の世界へ戻る方法を教えてください」

「話が全く分からないよ。仮に三月二十五日から来たと信じるとして、戻る方法が分からないって、そんなのおかしな話じゃないか。どうやって来たのかも分からないけどさ。とにかく運命を変えてみたらどうだい? 君たちもそう言う関係なんだろう? もしかすると何か変わるかもしれないよ」

 何度も頭を下げてすぐにその場を後にする。



「運命を変えるぞ!」

「私、シダネナジーがないってことを忘れているでしょ……あ、そう言えば溜まっているんだった!」

 コフタロンコントローラーには半分以下だが、シダネナジーが溜まっていた。

「よし! 早速変えるぞ!!」

「その必要はございませんわ」

 僕たちの背後には、長生殿がいた。

「どうしてワタクシから逃げますの? ワタクシ、ただ一緒に今日を暮らしましょうって言っているだけですのよ。レイセンさんはワタクシのことが嫌いですか?」

「ああ、嫌いだ。とにかくとっとと元の三月二十五日に戻りたい。だからお前から逃げているんだよ」

 長生殿は震えていたが、無視して僕たちは駅へと跳び、人気のないところで運命を変えることにした。



「行かせませんわ!!」

 長生殿は右手を左から右へ大きく動かす動作をすると、同時に駅前へとジャンプする。しかし、どう言うわけか移動出来なかった。僕と稟堂は手を繋いだままその場に立ち止まっていた。

「言いましたよね? ワタクシは二月二十五日を熟知しておりますのよ。どこで誰が何をするのか完全に把握しておりますわ。言わば、この二月二十五日の神とでも呼んでも良いくらいですわ」

 こいつは、今日と言う日を支配できるのか? 過去でしか生きていられないとは言っていたが、二月二十五日を支配するだなんて、そんなことは出来るわけがない。

 いや、ジャンプ出来なかったのはそう言うことなのかもしれない。

 運命を変えている、もっと言ってしまえば瞬間移動している、もっともっと言ってしまえば、データとは言え過去に戻っている時点でもうすでにあり得ないことが起きている。感覚が完全にマヒしていることに僕は気付くが、すぐに考えを切り替える。


「もうあなた方は今日から抜け出すことは出来ませんわ。ワタクシと一生今日を生きましょう。ね? レイセンさん。ここにいれば年を取ることはございません。明日も来ません。日を跨げば、また今日がやってきますわ。同じ世界が繰り返されますのよ。レイセンさんが試験会場へ向かうのも何度も見ています。もう悩まなくても良いのですよ。明日は来ないので、永久に生き続けることが出来ます」


 目が死んでいる。彼女は、何度も何度も何度もこの世界を繰り返して同じ毎日を見ていたのだろう。


「ですが、今回、レイセンさんがいつもと別の動きをしたと同時に、見知らぬ女性が一人、入ってきた瞬間に分かりましたの。あなた方は、この世界で一生生きていくのに相応しい存在だってこと。だから、レイセンさんの家に見知らぬ男を放り込んで、様子を見させてもらいました。面白いくらい不可解な行動を取るあなた方がいれば、多少はこの世界も楽しくなると思いましたの。ですから、お願いです、一緒に、一生、この世界に、いて、くださりませんか……?」

 長生殿は泣きながら僕たちに本音を暴露してきた。

「レイセン、ほだされちゃダメだよ。この女は過去でしか生きられないのかもしれないけど、私たちは違うよ。未来を生きなきゃ。置いて行かれたヤツは放っておけば良いよ。私たちは私たちの道を進もう。だから、帰る方法を」

「どうしてそんな酷いことを言いますの!? ワタクシは一生、今日から抜け出せませんのよ!!? あなたと違って、毎日同じ日を繰り返していますのよ! この辛さ、あなたに分かりますか!!?」

 稟堂の胸倉を掴んで、今にもキスするのではないだろうかと言うくらい顔を近付けて怒鳴っているが、稟堂は至って冷静だった。

「分かるわけないでしょ。私たちの過ごした時間はもう戻らないの。あなたはもう一生この世界から抜け出せない。それを受け止めるしかないのよ。だから、私たちを巻き込むのはやめて」

 冷たく突き放した稟堂を見て、彼女も結構冷徹な女だなと思っていると、長生殿は稟堂キッと睨んでいた。

「絶対に許しませんわ……っ!! あなたも運命を変える者ですよね? それならば、ワタクシはあなたの運命を変えでやりますわっ!!」

 言うや否やポケットからコフタロンコントローラーを取り出す。

 あちこち跳び回っていたのを見る限り、運命を変えられる者だと言うことは想像はしていたおかげで、あまり驚愕はしなかった。

 しかし、彼女のコントローラーが輝きを放っているのを見て、咄嗟に稟堂の手を握る。

「稟堂! 逃げるぞ!!」

 あたふたしながらも稟堂は久良持アパートではない別の場所へと跳んだ。



 試験会場である大学へと再度跳んできた。

 時計は十二時を回っていたので、試験が終わって今は昼休憩なのだろう。あちこちでガヤガヤと声が聞こえている。

「今のうちに人混みに逃げる?」

 一瞬だけ躊躇したが、ここはデータの中だ。どんなことをしようとも現実に影響を与えることはまずない。それならば、人を隠すなら人の中と言う言葉もあるくらいだ。受験者に混じって隠れよう。

「……そうしよう」

 僕たちは試験会場である自然館の中へと入っていく。



 食堂も賑わっていたので、一旦食堂へと隠れる。

 僕自身も制服姿なので、特に目立つことはない。

 仮に私服だったとしても浪人生と思われるだけだろう。

「レイセン、どうするの?」

「どうするって言われてもな……一旦現実に戻らないと、どうもできないからな。ところで、稟堂はどうやってこの世界に来たんだ?」

「レイセンも言っていたじゃない。久良持さんの転送装置みたいものだよ。まあ、装置って呼んじゃうのも気が引けるくらいのモノなんだけどさ」

 辺りが賑わっている最中、奥の出入口の方を見てみると長生殿がキョロキョロと見まわしていた。

「まずい、もう来てしまったぞ。別の場所へ移動するぞ」

 タイミングを見計らい、僕と稟堂は自然館の食堂から出て理学部の棟へと進んだ。




つづく

更新遅れて申し訳ないです。最近は忙しくて全く書けていませんでした。

一昨日の閲覧数はついに0人を更新するくらいなので驚きました。


二月二十五日編は少し長くなりそうなので、三月二十五日の中の新たな章として書いていく予定です。

作中に登場する大学は今までの話を読んでいればどこか分かるかもしれませんが、少しだけ学部棟などを改変してあります。


誤字訂正 6/4

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