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運命ドミネイション  作者: 櫟 千一
3月25日
55/87

54話

 気がつけば、僕は居間にいた。そうだ。ここは数時間前の過去の世界だ。

 過去と言っても『データ上』の過去だ。どんなに別の行動を取ったとしても、データ上では変わるが、僕のいる未来に影響はない。ここがこのフィルムケースの面白いところだ。

 さて、一体誰が僕の部屋に来るのだろうか。

 先に自分の部屋のベッドの中で待機していよう。

 僕は一段飛ばしで自室へと向かい、冷たい布団の中で僕の部屋にやってくる者を待つ。


 僕の仮説は、空間移動のできる者、つまり運命を変えることが出来る者、運命を変えられている者が犯人だと思う。それ以外には考えられない。降り積もった雪が証明してくれている。

 いつまで経っても誰も現れる気配もなく、そろそろ布団の中が蒸し暑くなってきた。

 その直後、玄関が開く音がする。

 間違いない。こいつが犯人だ。

 僕は急いで自分の部屋の扉を開けて、勢いよく階段を駆け下りる。

 居間の扉を開けると、そこには誰もいない代わりに、僕が夜冬宛てに書いた手紙が宙に舞っていた。

「嘘……だろ……?」

 僕自身が、二階から降りてきていた?

 いや、それは絶対にありえない。これはデータの中だ。未来の僕はデータの中にいたことになってしまう。

 だけど、手紙が宙を舞っていたと言うことは、僕がコフタロンへ跳んだと言うことだ。

 再度玄関が開き、すぐに振り返ると、夜冬がいた。

「……玲泉」

 持っていたカバンを落とし、靴を履いたまま僕の元へと向かってきて、力強く僕を抱擁する。

「玲泉、ありがとうな。チョコレート、美味しかったぞ」

「やめろよ、離せ……」

「離したら、またいなくなるんだろ? チョコレートをくれたと言うことは、また戻ってくる気になったんだろう? なあ、玲泉」

 僕を抱擁したまま、離してくれない。誰か何とかしてくれ。恥ずかしいなんてものじゃない。

 夜冬は泣きながら抱き着いている。

「玲泉、もうどこにも行かないでくれ。お母さんとこれからも一緒に暮らしていこう。玲泉のこと、もう離したくない」

 異常すぎるくらいの母性丸出しの夜冬を見てゾッとする。

 これはデータと言え、僕が経験していたかもしれない出来事なのかと思うと、余計に身震いが止まらなかった。

 夜冬は僕を押し倒し、馬乗りになり、僕の顔を両手で包み込むと、僕の唇と自分の唇を重ねようとしてくる。どうしてここ最近はキスばかりされそうになるのだ。それに、僕は親とキスなんてしたくない。

 稟堂と――――。



「はっ!!」

 目を開けると、稟堂のベットの上に眠っていた。向こう側では久良持さんと稟堂がトランプをしていた。

「輪廻ちゃん引っかかりやすいなあ。顔に出てるよ~?」

「あああ! それ取っちゃダメ!!」

「はい、また私の勝ち! 本当顔に出やすいねえ」

 言い争いをしている運命を変えられる者二人を見ていると、妙な安堵感が生まれるのは何故なのだろう。

 ベットから出ると、先に気付いた稟堂が僕の元へとやってくる。

「レイセン、犯人誰だった?」

 そうだ。夜冬のことで頭がいっぱいだったが、犯人のことを完全に忘れていた。

「そうそう。やっぱり泥棒だったのかい?」

「……僕でした」

「あははは、何だレイセンくんが犯人なのかあ。それで、本当は誰なんだい? 黒髪輪廻ちゃん? ちまきちゃん?」

 信じるわけない。僕が久良持さんんだったら同じ反応をしているだろう。

「本当に僕だったんです。あのフィルムケースは本当に過去に戻ってしまうものなんですか?」

「ちょっと待って。もう一度説明してくれるかい? 頭がこんがらがってきたよ」

「まず、僕は一度家に戻って、居間へ行きました。居間にいる間に、誰かが僕の部屋しかない二階から降りてきていたんです。その降りてきていたのが、さっき過去に戻った僕だったんですよ」

 稟堂はさっきって言うけどもう一時間近く経っているけどねと呟いていたが、今は僕も説明するために必死に頭を動かしていたため、あまりその情報は頭に入らなかった。

「だけど、この装置はデータとして処理された過去を見せているんだ。本当に過去に戻るだなんてあり得ないよ。それは運命を変える行為よりもすごいことだ。だけど、全て辻褄が合う……」

 必死に久良持さんは考えていたが、答えは出なかった。

 過去に戻っていたとしても、あの世界に僕が二人いたことになる。

 まさに謎が謎を呼ぶ状態だった。元々、このフィルムケース自体謎に包まれていて、躊躇はしていたが、流れで使っていたのだ。よくこんな危険なことをしていたものだと改めて思う。


「本当に過去に戻ることが出来る? いや、だけどここにいる身体はどうなっているの? だけど実際には戻っている……あー! もう分からない分からない分からない!!」

 稟堂も完全にお手上げだった。

 しかし、今回の経験は全て僕がしていることだ。稟堂と初めて会った際に話した僕の記憶障害説が本当なのではないだろうかと思い始めて不安になってくる。

「三人寄れば文殊の知恵と言うけど、三人集まっても何も分からないね。今回のことは特別なケースだ。あまり気にしないでおこうよ。ね?」

 久良持さんは僕たちにそう告げるので、そう言うことにしておきたいが、どうしても頭から離れなかった。



 現実に戻り、久良持さんと別れた僕は宛てのないバイト探しをする。

 今日は中央郵便局よりも西側を散策してみることにした。

 三影大橋を超えた先は主に自動車の店が多い。ディーラーもあれば、新規販売もある。しかし、そんな店に用はない。免許もなければ知識もない僕には無縁だ。

 久良持さんと鍋の食材を買ったスーパーにも入ろうかと思ったが、すぐ横にあった公園に入って、先ほどの現象を考える。

 そして、一つの結論にたどり着く。

 あれは過去を見せているのではなく、限りなく過去に近い別の運命を見せているのではないだろうか、と。フィルムケースは別の運命を見せてくれる。この考えは間違えていないかもしれない。

 僕は立ち上がって、人気の少ないところで久良持さんと稟堂がいる久良持アパートへと跳んだ。



「久良持さん!」

 一〇一号室の扉を叩いてみると、久良持さんはそっと出てくる。

「どうしたんだい?」

「あの、分かったんです。フィルムケースの謎が! 分かったと言っても、あくまで僕の仮説ですけど、とにかく聞いてください」

 久良持さんの手を掴むと同時に自分たちのコフタロンへと向かった。

 コフタロンでは、稟堂がベットの上で眠っていたが、無視して僕は話をする。

「それで、何が分かったんだい?」

「あれは過去に戻っているんではないんです。過去に限りなく近い運命を見せているんですよ。たまたま、この運命と重なったんだと思います。だから、僕は僕自身を見ていないんですよ。いいや、見ることが出来ないのかと。同じ時間に僕が二人いることになりますからね。」

「中々面白いことを考えるね。その通りだ! と言いたいけど、おかしいよ。自分が二人いるってこと自体がおかしいよ。だって、レイセンくんの身体はここにあったんだ。二階にいたレイセンくんはどうなるんだい? それだと、同じ時間にレイセンくんが二人いることになるじゃないか。矛盾しているよ」

 ぐうの音も出ない。何も言えない。顔が段々熱くなっていくのが分かる。

 すぐに僕は別の提案が思いつく。


「そう言えば久良持さん、僕の過去、受験日の二月二十五日に一度来てましたよね? それ使って久良持さんが別の場所に隠れていれば犯人が分かるじゃないですか」

 彼女は露骨すぎるくらい嫌そうな表情をしていた。

「ほら、レイセンくんと夜冬さんはもう他人なんだし、もう良いじゃん。忘れてしまおうよ」

「嫌ですよ!! お母さんの身に何かあったら、どうすれば良いんですか!」

 気が付くと、大声でそんなことを話していた。すぐに謝ると、久良持さんは下を向いていた。

「あの、本当にごめんなさい。僕、その……ワガママすぎましたね」

「私の方こそごめん。軽はずみなことを言っちゃって」

「何? どうしたの大きな声なんか出して」

 稟堂が目を覚ましてきたので、事情を説明すると、彼女は目を輝かせる。

「ええっ!? そんなすごいものがあるんですか!!? 久良持さんが行く気ないなら私が行きますよ!」

「だ、だけど簡単に言うけど、シダネナジーがいるんだ。輪廻ちゃんは今ゼロに近いんだから、よしておいた方が良いんじゃないかな?」

 稟堂は自分のスカートのポケットからコフタロンを出して、久良持さんに見せる。

「へええ……やっぱり効果あったみたいだね。こんなに溜まっちゃうんだ」

「シダネナジーも溜まっていますから、私、行きますよ! 最近同じことばかりでつまらなかったんですよ」

 会話を聞く限りでは、稟堂のシダネナジーが溜まったらしい。何か特別なことでもしたのだろうか。

「それじゃあ、レイセンくんはまたフィルムケースを覗いてくれるかい? その後すぐに輪廻ちゃんも送るよ」

 言われるがままポケットに入っていたフィルムケースを覗くと、僕は布団へと倒れ込んだ。




「輪廻ちゃんなら分かるだろう? 転送装置」

「まあ、シダネナジーをかなり使うって時点で結構察していましたよ。あっちにいる頃には作ることは不可能とか言われていましたけど、やっぱり作っていたんですね」

「ついてきなよ。レイセンくんにも見せていない代物なんだ」

 久良持さんに着いて行くと、二階にある引千切さんの部屋の鍵を開けた。

 そこだけ四畳半の部屋ではなく、別世界の空間になっていた。ここがゲートなのかは分からない。

「ここ、ゲートですか?」

「んー、まあ、近いかな。転送装置はこっちだよ」

 指をクイクイ動かしている久良持さんの背中を追いかける。周りが薄暗いと言う言葉では言い表せないほど暗いので、一メートルでも離れるともう何も見えなくなってしまう。闇に包まれると言う表現が一番ピッタリくる場所なのだ。

「これだよ」

 久良持さんの指さす方には、巨大な機械などはなく、丸いつばが広いどこにでもありそうなストローハットがそこにあった。

「……あの、これ、帽子ですよ? これ被っただけで過去のに行けるんですか?」

「行けたからレイセンくんもあんな話していたんだよ。とにかく被ってみな!」

 無理矢理ストローハットをかぶせられると同時に、視界は暗闇からレイセンの家の前にいた。

「うわっ、本当に過去に来た……」

 しかし、これも『データ上』の過去だろう。本当に来たわけではないと、思う……。

 足元を見てみると、レイセンが家の中に入ったのであろう足跡が見えたので、すぐに玄関へと入る。

 レイセンの白い靴があったので、居間ではなく、二階へと向かう。

「レイセン?」

 そっと扉を開けて覗き込むと、布団がもっこりしていたので、隠れているのだとすぐに分かった。

「ねえ、私はどこにいれば良いの?」

 布団をめくると、レイセンではなく毛布を丸めただけのものがあった。

 一階へ降りて居間へ向かうと、レイセンと知らない人が今まさに話し合おうとしている修羅場に遭遇してしまった。




つづく

最近忙しいので、今回は少し短めになっております。

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