53話
昼食を摂ったあと、アルバイト探しをしようと言っていたが、どうもやる気が起きない僕は、稟堂と久良持さんを残して、夜冬の様子を見に行くことにした。
家の近くまで跳び、家の前までやってくると、夜冬の愛車はいなくなっていた。どうして戻ってきたのか分からないが、僕は再度合鍵を使用して玄関に入る。
居間に向かうとチョコレートが開封され、手紙は少し濡れていた。
濡れている手紙を見て、僕も泣きそうになる。グッと涙を堪えると同時に、二階からドタドタと誰かが下りてくる音がする。今回ばかりは逃げることは出来ない。
咄嗟に僕は自分たちのコフタロンへとジャンプする。
脂汗をかきながら、荒い息遣いをしながら考える。
おかしい。
夜冬は例え近くのコンビニでも車を使って移動するはずだ。家に車がないと言うことは家にもいないと言うことだ。しかし、二階から何者かが下りてきていた。
稟堂と久良持さんは一緒にいる。葉夏上さんは僕の家を知らない。消去法で考えると、残るのは黒髪稟堂だけだ。
だが、もし仮に黒髪稟堂だとすると、どうして僕の部屋にいるのだろうか。何の目的があるのだ。嘘をついてでも僕の部屋にいた理由はあるのか。それに、降りてきて何を話そうとしていたのだ。
考えてみれば、これだけ時間が経っても黒髪稟堂が僕のコフタロンへやってこないと言うことは、彼女でもないかもしれない。
つまり、あそこにいたのは誰になるんだ?
空き巣の考え以外だと、考えられるのは、夜冬しかいない。
あの家は僕と夜冬しか住んでいない。今は完全に夜冬だけの城になっているが。
意を決してもう一度家の前へと跳んでみる。
足跡を見ても、先ほどの僕の足跡しかなく、周りを見渡しても家に向かう足跡はない。つまり、考えられるのは『玄関に入らないで屋内に侵入出来る者』だ。
鍵が開けっ放しの扉を開けて、再度家の中へと入っていく。靴下に雪が解けて浸み込んでいたが、気にせず僕は家の中へと恐る恐る足を踏み入れる。
一階へ向かわないで、自室のある二階へと向かうと、僕の部屋は荒されていなかった。
室内を見渡しても、荒らされた形跡はないと言うことは、何の目的があってこの部屋に侵入したのだ。どうして勢いよく二階から一階へと降りてきたのだ。
まるで、僕に会うと分かっていたかのようだった。
……やはり、夜冬ではないのだろうか。
車をどこかに置いておき、僕が家に来るのを分かっていて……と、考えていたが、足跡どころかタイヤの後すらないことはどう説明する。雪はそこまで降っていなかった。積もることはありえない。
結局何も分からず、僕は一度浸み込んだ靴下を脱ぎ、ベットの上に倒れ込む。
過去、データの中と合わせると、このように倒れ込んだのは三度目だ。倒れ込むたびに外の景色は雪が吹雪いている。
夜冬の誕生日なのに、僕はどうしてこのような親不孝なことをしているのだろうか。
考えれば考える程、夜冬への罪悪感が雪のように積もっていく。
考えはだんだんと自分の人生へと向けられる。僕は生きていても良いのだろうか。
高校を卒業して、フリーター、いや、バイトすら決まっていないので結局は寝る場所のあるニート、食事はほぼ久良持さん持ちなのでヒモニートだ。
こんな堕落した生活を送っているようなら、くだらない意地を張っていないで、夜冬ともう一度生活して、アルバイトしながらもう一度大学を目指した方が良いのではないのか。
「へえ、ここがレイセンくんの家かあ」
居間の方から久良持さんの声が聞こえてくる。急いで二階の扉を開けて一階へと勢いよく降りて行くと、居間には久良持さんと稟堂がいた。
「良い家じゃないか。綺麗に整理もされていて、夜冬さんは綺麗好きだね?」
室内は確かに汚れがあまり目立っていないが、昔からあの人は綺麗好きだったので、これが当たり前だと思っていた。
いや、久良持さんが、部屋貸しをしているのにキノコが生えるまで放置している大雑把な人なのでは……。
「ご、ごめんね玲泉。私、止めたんだけど、久良持さんがどうしてもって言うから……」
今にも泣き出しそうな表情で話しかけてくる稟堂を見て、僕も彼女に返事をする。
「別に良いよ。黙って家に戻ってきた僕にも責任はあるしさ」
「一段落したみたいだし、レイセンくんの部屋でも行ってみようか」
意気揚々と僕の部屋へと向かうため、階段を上っている久良持さんの足音を聞いてハッとする。
「久良持さんっ! 待ってください!」
「ん? なんだい?」
「……さっき、僕の部屋に来ましたよね?」
「何のことだい? 私は今さっき輪廻ちゃんに教えられて初めてここに来たよ」
猫じゃあるまいし、足音如きで他人だと分かるわけはないか。
「すいません、勘違いだったみたいです」
「何かあったみたいだね。とにかくレイセンくんの部屋で詳細を聞こうじゃないか」
自分の部屋である一〇二号室には入れてくれないのに、僕の実家部屋になると当たり前のように入っていくのかなどと思いつつ、僕と稟堂も二階の部屋へと向かった。
「良い部屋だよ。レイセンくんらしいよ。……ところで、何で靴なんか持ってきているんだい?」
「これから話す話と少し関係あるので。僕はさっき、この家に戻ってきた際、居間に初めに行きました。その後、何者かが二階から勢いよく降りてくる音だけが聞こえていました。僕はすぐに逃げ場がないと思ったので、コフタロンへと跳んで、すぐにまた家の前に戻りました。でも、この部屋は特に荒らされた形跡もなく、この家に向かう足跡もどこにもなかったので、考えられるのは僕たちのように空間移動が出来る者だけだと僕は考察しています」
運命を変えられる者二人は僕のベッドの上に座り込んでいる。
「黒髪輪廻ちゃんって可能性はないのかい?」
「絶対にないとは言い切れませんが、アイツなら僕がコフタロンに逃げても一緒に着いてきていてもおかしくないのに、着いて来なかったのを見ると違うかと」
腕を組みながらううんと言っている久良持さんに対して、稟堂は僕の布団に寝転がってマンガを読んでいる。
「泥棒……と言っても足跡がないんだっけ。やっぱりレイセンくんの言う空間移動出来る者が犯人って言う推理は当たっていると思うよ。だけど、それは誰なのか、私も分からないよ」
僕もううんと唸るが、稟堂はクスクスと笑っている。
「おい、稟堂もマンガ読んでいないで考えてくれよ」
「カメラフィルム覗いて過去に戻ってみれば良いじゃない。簡単に犯人が見つかるじゃない」
マンガに釘付けになっている彼女は、言い終えるとさらにまた笑いだした。
簡単な方法だが、もしもカメラフィルムを覗いている間に夜冬が返ってきたりして、僕が眠っている状態のところを見られたりでもすると、久良持さんたちは追い出されて、僕はもうこの家から出られなくなるかもしれない。
「簡単に言うけどさ、眠っている時間が長くなっているんだぞ。もしかすると、もう僕が目覚めなくなる可能性だってあるわけだし……」
「だけど調べる方法は他にないじゃない。気になるなら覗けば良いし、気にならないなら放置で良いんじゃないかな。良いじゃん、どうせもうこの家は玲泉の家じゃないんだし……んふふふ」
完全に考えているのをやめているが、言っていることは間違えていない。気になるが、もう目が覚めない可能性もあることを考えると、やはり覗き込む行為に抵抗してしまう。
「無理することはないよ。私達じゃどうしようも出来ないし、これはレイセンくんの問題だ」
肩に手を置いて話してくる久良持さんを見て、僕は瞬時に脳内に夜冬が家で一人で生活をしていることを思い出す。
もう僕たちは同じ弓削でも関係のない弓削だ。
だけど、女性一人で生活している家に、悪人が不法侵入して……。
悪いことしか思いつかない僕は、覚悟を決める。
「久良持さん、僕、過去に戻ります」
「よし、じゃあ場所を変えよう。フィルムケースのあるレイセンくんたちのコフタロンへ行こう」
靴を持ってきて正解だったと思っていたが、初めて僕と稟堂がこのコフタロンへと移動した際、稟堂はどういう方法を使ったのかまでは分からないが、僕の靴や制服を取り寄せていたので、持ってくる必要などなかったと思い、げんなりする。
「大体一時間前の過去だけど、レイセンくんは大丈夫かい?」
「大丈夫かい? とは?」
「過去を見たことがあるのはレイセンくんだけだけど、こんな数時間前の過去を見たことはないだろう? 一秒前でも戻ることは出来るのかもしれないけど、今までは何日も前に戻っている。もしかすると、おかしなことが起きるかもしれないけど、覚悟は良いかい?」
直前になってそんなことを聞かされると、余計に躊躇してしまう。
「……もしも、僕が目を覚まさなかったらどうなるのですか?」
「過去、いや。データの一部になったってことになるのかな。あくまで私の仮説だけどね」
「そんな無責任な!」
「言っただろう? このフィルムケースって呼んでるものは、この世界で言う徳川の埋蔵金と同等な価値を持っているんだ。私も詳しい説明は分からない。だけど、無理して覗かなくても良いんだよ? レイセンくんも勘当された身、無理して他人のことを思ってしなくても良いんじゃないのかな」
他人と言う言葉を聞き、僕は少し眉間にしわを寄せる。
「いや、過去に戻ります」
怒りに任せて稟堂からフィルムケースを奪取して、スイッチを押しながら覗きこむと、見えていた景色は僕たちのコフタロンではなく、居間だった。
「レイセンくん、勘当されてもやっぱり家族思いなんだね」
「……仕方ないですよ。小学校に上がる直前から片親で、そこから十年近く一緒に暮らしていますからね。情が移るのも仕方ないですよ」
「やけに詳しいね」
「彼のこと、ずっと見ていましたから」
つづく
誤字訂正 8/3




