50話
ここはどこだ。僕は確か久良持さんに無理やり……。
身体を起き上がらせると、自分の部屋のベッドにいた。そうか、僕は過去に。
扉を開けて、階段を下りていくと、ガラス越しに見える夜冬の愛車が見えなかった。
まだ明るいから、仕事へ行っているのだろう。
ところで、今は何年何月何日何時何分なのだろう。
居間にある、懸賞でもらえたデジタルクロックは七時三十分を指していた。テレビを点けてみると、朝のニュースも終わり、知って得するエンタメ情報が流れていた。
デジタルクロックに表示されている月日は2016年2月25日と出ている。
カーテンを開けると、雪が深々と降り積もり、視界は白銀の世界だった。そうだ。思い出した。大学の二次試験、今日じゃないか。
ここはデータ内の過去だ。どう足掻いても僕はもう試験場には間に合わない。
制服に袖を通し、僕は大学へ向かわずに駅へと向かった。
駅に着くと、カイロを配っていたであろう人がいた。何故配っているのが分かったのかと言うと、手に紙袋を提げているからだ。僕もバス停に並びながらあのカイロを開封していた。
「あれ? もしかして試験場へ向かう人ですか?」
カイロを配っていた大学生程の男性が話しかけてくる。現実では試験を受けているが、ここは過去だ。しかも、データの中。
「いえ、試験場には行きません」
「えっ、でも、君の胸ポケットにあるものって受験票だよね? 大丈夫、俺の車に乗せて行ってあげるよ。ちょうど俺も今から大学行くんだ。さ、行こう」
言われるがまま僕は大学生の人に連れて行かれそうになる。
「いえ、良いんです。試験はどうせ不合格ですから」
「やる前に諦めちゃダメだよ。とりあえず試験場へ行こうよ」
「良いんです。分かっていますから。僕、急いでいますから。それじゃ」
すぐに雑踏で紛れている駅の中へと逃げて行き、雪が降り積もる中、久良持アパートを目指した。
踏み固められた雪で何度も転びそうになったが、めげずに久良持さんの元へと向かう。久良持さんは過去の自分に何かを聞いてくれと言っていたが、肝心な何かを聞き忘れていたので、とにかく会って話すしかない。
久良持アパートの前に到着し、すぐに一〇二号室の扉を叩くが、久良持さんが出てくる気配すらない。
僕の借りている一〇一号室も空室ありと書かれているだけで誰もいる気配はない。
葉夏上さんがいるかもしれないので、二階に行ってみると、葉夏上さんの部屋に明かりが灯っていた。
すぐに事情を説明しようと二〇一号室へと駆けて行くが、隣の引千切 あこや兼久良持 さくらの物置がガラリと開く。
「やっ、元気かい、レイセンくん」
ここは過去の中だ。久良持さんは一ヶ月前の僕を知らない。何故、ここにいる久良持さんは僕の名を知っているのだ。
「久良持さん? どうして僕の名前を……?」
「説明すると長くなるんだけど、今見ているこの世界は過去、もっと言うとデータってことは君も知っているだろう? カメラフィルムを覗かせたのは私じゃなくて、悪い輪廻ちゃんだよ。今、現実にいる輪廻ちゃんは大ピンチだよ。シダネナジーがないから、運命を変えられちゃうかもね」
マイペースな久良持さんだが、稟堂がピンチだって? すぐに戻って、何とかしなければ。
「そ、それなら早く現実に戻らないと……!!」
「よしきた。それじゃ、この部屋に入るんだけど、見られちゃいけないものがたくさんあるから、私が目を覆ってその場所に連れて行くよ」
言うや否や久良持さんは僕の背後にまわり、自分の豊満な胸を押し付けてくる。
「ちょっ!? あ、あのあの!?」
「よし! 輪廻ちゃんを助けに行こう! 何だか前にも似たようなことあったよね!」
両手で僕の目を多い、背中には柔らかいものを感じる。全神経を背中に集中させたいが、今は稟堂を助けることを優先したい。
ヨロヨロ動きながらも久良持さんが指定する場所に到着したようだ。
「ちょっと痛いかもしれないけど、我慢してね」
頭に麻袋のようなものを被され、狼狽する。
「レイセンくん! 目を閉じて!!」
何か聞こえてくる。痴話喧嘩? 女の子二人で、同じ声で……双子?
目を開けて、目の前の状況を確認すると、稟堂が二人で睨みあっていた。
「……稟堂、何してるんだ? それに、モドキもいるじゃん」
「玲泉! 起きたんだ!」
「嘘……。どうしてこんなに早く目が覚めるの?」
各々いろいろと自分の感情を声に出しているが、状況が全く理解できない。
「ちょ、ちょっと待って。まずいろいろ聞きたいけど、久良持さんは? 過去に戻って過去の久良持さんにあることを聞き出してほしいって言っていたけど、それが何なのか」
稟堂は僕に近付き、耳元でささやいてくる。
「無理やりフィルムケースをはめたのは、あいつだよ。久良持さんに化けていたんだ」
僕と稟堂を見て取り乱している稟堂モドキ。目に涙を溜めて大声で言った。
「あ、あんた達! 覚えていなさいよっ!!」
言い終えたと同時に稟堂モドキは影も形もなく消え去った。
「どうしてもう一人の稟堂がいたんだよ」
「……あっちは私の想像以上にシダネナジーが溜まるのが早いのかもしれない。彼女は私の悪い心だから、自分自身と同じ存在だと思っていたけど、どうやら違うみたいだね」
ふとした疑問を稟堂に聞いてみる。
「ところでさ。どうしてもう一人の稟堂が登場したんだ? 悪い心があるからって理由じゃないよな?」
「あっちの世界で何かされていたんだと思う」
何かとは大雑把すぎるだろう。しかし、反応から察するに彼女自身も分かっていないらしい。
「とにかく、一旦久良持さんのところへ向かおう。さすがにもういるだろう」
僕自身も何故僕の過去の中に現在の記憶を持った久良持さんが登場したのかどうしても気になった。
コフタロンから一〇一号室に跳び、隣の一〇二号室の扉を叩こうとするが、躊躇する。
もしもまた、久良持さんに変装した稟堂モドキが出てきたら?
そう思うと、戸を叩けなかった。稟堂自身も僕に不安げな視線を送っていた。
「玲泉、今日はやめておこうよ。また明日、さ」
「……いや。やっぱり気になるから聞いてみよう」
意を決して戸を叩くが、反応はなかった。仕方がないので、一度玄関を出ると、二階から声が聞こえた。
「玲泉くん、ちょっと上がってきてくれる?」
葉夏上さんが僕たちを呼んでいたので、二階へと上がる。
葉夏上さんの部屋を通る前に、引千切さん兼久良持さんの倉庫を見て、この中に何かあるのではないだろうかと思うが、さすがに黙って入るのは不法侵入だ。
「玲泉、何してんの?」
稟堂が僕を呼ぶ声で我に返り、すぐに隣の部屋へと向かった。
「来てくれてありがとう。もしかして何か用事とかあった?」
「いえ、別に何もないですよ。それで、何かあったんですか?」
「これと言ったようじゃないんだけど、玲泉くんがこの前覗いていたフィルムケースのことなんだけどさ」
もう覗かないと言っていたので、もう彼女の口からフィルムケースの話が出るとは思わなかった。
「あのフィルムケースさ。もう一度覗こうと思うんだけどさ。聞いた話だと過去にも戻れるみたいじゃない? だから、さ?」
葉夏上さん自身が聞いてくるだなんていくらなんでもおかしい。
「……あなた、葉夏上さんじゃないでしょ。ううん、もう一人の私って言うべき?」
稟堂が葉夏上さんにそう言うと、葉夏上さんではなく黒髪稟堂がそこにいた。
「あっちゃー、さすがにもう見破られちゃうか」
「お、お前は何なんだよ! 僕たちに何の恨みがあってこんなことするんだ!?」
「私はもう一人の輪廻って何度も言っているじゃない。何もかもそこにいるパツキンの輪廻と同じだよ。声も同じでしょ? もちろん、遺伝子だって同じだよ。唯一違うものって言うと、目的だけだよ」
目的。稟堂は僕の運命を良い運命にするためにやってきたと言っていた。……今現在はとてもじゃないが良い未来とは言えないが。
しかし、彼女はどうだろう。目的は違うと言うことは、僕の運命を悪い方向へ向かわせているのかもしれない。
「さすがに目的言っちゃうと違法だから言わないけどさ。そのフィルムケースって呼んでいるもの、欲しいんだよね。渡したらもう関わらないよ。でも、渡さないなら渡してくれるまでどこまででも付きまとうよ」
「……一つ聞かせてくれ」
僕の声を聞き、黒髪稟堂は目を輝かせている。
「何!? 大好きなレイセンのためなら何でも答えるよ!!」
恋愛感情を剥き出しにしている稟堂にはやはり違和感がある。
「お前は、稟堂の悪い心なんだろ? どうして一人の稟堂輪廻として生まれているんだ?」
大きく目を見開いていたが、目を閉じて、半笑いで説明する。
「あははは。面白いこと言うなあ。そうだなあ。レイセンがど~~~しても知りたいって言うのなら教えてあげる。私から見るとそこにいる金髪の私の方が悪い私なんだよ。だけど、勝手に私を悪者にしちゃうしさ。そりゃ私だって怒っちゃうよ」
「いや。そう言う話を聞きたいんじゃなくてさ。お前、元は稟堂なんだろ? 何で悪い方と良い方が出てきてしまったんだ? 二人で一つなんじゃないのか?」
「そうだよ。私はその輪廻の記憶も受け継いでいるし、能力ももちろん受け継いでいる。……何が言いたいか分かる?」
口元を上に上がるのを確認すると、彼女は話す。
「私はレイセンともイスタヴァ契約していることになるんだよ。全てがそこにいる悪い私と同じだから」
身体中から冷や汗が出る。目の前にいる黒髪稟堂は、僕のイスタヴァ、つまり、仲間と言うこと。金髪稟堂はシダネナジーが足りないので運命を変えられない。だから、実質今現在のイスタヴァは彼女、黒髪稟堂なのだ。僕の運命を変えられてしまう。
「そんな驚かなくても良いじゃない。私がレイセンの運命をし……変えてあげられるんだよ? 何も悪いことはないよ。怖がらなくて良いよ。私はレイセンの味方だよ。だって、好きなんだもん。好きな人の」
「そこまでにしておけよ。僕はお前に好意はない。それに、話がズレている。お前はどうして二人になったんだ。どう言う理由でなった?」
黒髪稟堂は少しだけ怪訝そうな顔をするが、すぐに元の表情に戻る。
「別に。そんな大した理由じゃない。この世界にもう一人の私が来る直前だよ。レイセンの運命に入る直前だよ」
「え!? そんな最近なのか!!?」
「気付いていないのも仕方ないよ。レイセンの元には悪い私しかいないんだもん」
黒髪稟堂の言う悪い私と言うのは僕と正規契約をした金髪碧眼の稟堂のことだ。
どうやら、彼女から見ると、金髪稟堂が悪者に見えているらしい。理由は多分、僕の運命を変えているからだろう。
「そんなのは良いよ。早くフィルムケース渡してよ。もう関わらないからさ」
「本音は?」
「悪い私が消える運命にする方法を研究する……あっ」
稟堂モドキが言い終えた瞬間に稟堂が話しかけると、思わず本音を漏らす。
「ぜ、絶対に渡さないでよ!」
「渡すわけないだろ……」
「ちょ、ちょっと!! やっぱりあんた悪者じゃない!! ふざけないでよ!! もう!」
憤怒しながら彼女は二〇二号室内からいなくなる。それと同時に葉夏上さんが玄関から入ってくる。
「……何してるの」
その後、葉夏上さんに事情を説明したが、聞いてもらえず、部屋の中を追い出された。
「玲泉、久良持さんを探そうよ。きっと何か分かっているよ」
近所のオゾンや駅周辺を探したが、久良持さんはいなかった。
日も沈み、寒くなってきたので久良持アパート前へ向かうと、一〇二号室の電気が点いていた。
「久良持さん! いますか! 僕です! 弓削です!!」
戸を叩きながら叫んでいると、久良持さんが出てくる。
「血相を変えてどうしたんだい? また何かあったのかい?」
「あの、もう一人の悪い稟堂に会って、久良持さんや、葉夏上さんが変身していて」
「? 何だかよく分からないけど、一旦私の部屋に……ってダメか。レイセンくんたちのコフタロンへ行こう」
コフタロンの中で事情を説明すると、久良持さんは笑い始める。
「あっははは! そ、そんなことが起きてたんだ!! あはははは!!」
「笑い事じゃないですよ! 本当に大変だったんですからね!」
稟堂も涙目で必死に言葉を紡いでいるが、違う意味で涙目になっている久良持さんも涙を拭いながら話を続ける。
「ごめんごめん、そりゃ怖かったかもしれないけど、私に言ってくれればまだ何とかしていたのに。どうして言わなかったんだい?」
「言おうとしていましたよ。でも、さっきも言ったように稟堂モドキが久良持さんに変身していて、結局何も出来なかったんですよ。それにしても、どこに行っていたんですか?」
「ん? ま、それはどうでも良いじゃないか。ケガもなく、運命の変更もなくて良かったじゃないか」
「もしかして、昨晩いた人ですか?」
久良持さんの表情が一変する。
「……どうして知ってんだい? あの時間帯、君たちはバイト探しをしていただろう?」
「偶然、戻ってきたときに見てしまいました。も、もちろん誰にも言いませんよ」
暗くて顔どころか性別すらも分からなかったが、あの人は何者だったのだろうか。
「君たちを信じるよ。でも、あの人について話はしないよ。私も約束を破るわけにもいかないしね。それより、君たち、ご飯はもう食べたのかい?」
「まだですけど」
「それじゃあ、駅の中にあるパスタ屋さんへ行かないかい? 私のお気に入りの店なんだ」
断る理由もなかったので、僕たちは久良持さんと共に駅周辺へと跳ぶ。
駅前は賑やかだが、少し離れるともう閑散としている。特に、東西は全く賑わっていない。本当に駅前なのかと疑ってしまうほど何もない。
僕がアルバイトをしようとしていたコンビニの近くに跳んできたが、人の気配すらない。近くには隣の県に本社がある立派なホテルもあるが、夜道には僕たち三人しかいない。
「こんな真っ暗なんだね。それに、誰もいないし」
稟堂も同じことを思っていた。しかし、向こう側は大通りだ。人気はなくても車は通っている。
「それより早く行こうよ。本当に美味しいんだからねっ! レイセンくんたちもきっと虜になること間違いないよ!!」
駅に着くと、正面の大きな門がある場所ではなく、謎のやかんのオブジェがある場所から入る。実際、出入口はあちこちにある。変な場所にあったりするのもこの駅の面白いところだ。
お菓子屋を通り過ぎると、目の前に見えてきたのはイタリア料理店だった。久良持さんは中へと入っていくが、イタリア料理など食べたことのない僕は立ち止る。
「……え、ここ?」
「入らないの?」
稟堂と僕が話していると、開放されている店内から久良持さんが顔を出し、僕たちを呼んでいる。
仕方なく、僕たちは店内へ向かう。
かなりシャレた店内に余計に躊躇してしまう。こんなオシャレな店が駅の中に会ったことすら、僕自身知らなかった。
「こ、こんな店あったんですね」
「レイセンくん何も知らないんだねえ。ま、何でも好きなの頼みなよ。私はもう決まっているからさ」
すぐに店員さんがメニュー表を持ってくる。どうやらスパゲティやパスタの専門店らしい。サイドメニューにはサラダやスープなどもある。
だが、緊張のあまり、空腹ではなくなった僕はトマトとニンニクのスパゲティだけ注文した。
稟堂はペスカトーレと言う何やらよく分からない呪文のようなスパゲティを注文し、久良持さんはいつもこれしか食べていないと言うスープスパゲティを注文し、ついでにミックスピザも注文していた。こんなに頼んで大丈夫なのだろうか。
「そんな心配しなくて良いよ! レイセンくんたちは若いからね!」
僕の心情が顔に出ていたのか、久良持さんは笑いながら僕に話しかけてくる。
「でも、こんなほぼ毎日久良持さんにおんぶに抱っこってわけには行きませんよ。今日は僕たちのぶんくらいは出します」
「本当に大丈夫だってば! 女の子の好意を受け止めないと嫌われちゃうよ?」
「二十七歳で女の子って言うのはどうなんですかね……」
「輪廻ちゃんっ!!!」
運命を変えられる二人のやり取りを見ていると、自然と笑いがこみ上げてくる。
彼女たちは、どこからどう見ても僕たちと同じ人間だ。でも、不思議な力で運命を変えられる。同じ人間なのに、能力がかけ離れている。こんなこと、あるのだろうか。
そのようなことを思っていると、全員のスパゲティやピザが到着した。
「食後にお飲み物のサービスを行っております。コーヒーと紅茶どちらになさいますか?」
「私はコーヒーで。レイセンくんたちは?」
「えっ……と、じゃあ、紅茶で。稟堂も紅茶で良い?」
頷いている彼女を確認し、紅茶を頼むと、ミルクとレモンの二種類があると言われたので、ミルクと言っておいた。
今まで食べたスパゲティの中で一番美味しいと思えた。濃厚なトマトの味わいが舌に刺激され、薄くスライスされたニンニクの香ばしい味わいが口いっぱいに広がる。
「美味しいでしょ? ここ、私のオススメなんだ! 日本各地にもあるみたいだけど、県内だとここしかないからね」
久良持さんは店の説明をしていたが、僕も稟堂も無視して食べ続けていた。きっと、稟堂も僕と同じ気持ちで食べ続けていたのだろう。
食後のミルクティを飲みながら稟堂モドキの話でもするのかと思いきや、他愛もない世間話をしていた。熱かったが、五分もしない内に飲み終えたので久良持さんに会計を任せて僕たちは先に店外へと出る。
「すっごい美味しかったね!! 私、こんなに美味しいもの初めて食べたよ! スパゲティだっけ? 肉まんには敵わないけど、これも好きだな!!」
満面の笑みで話している稟堂を見て、僕もまだ少しだけ舌に残っているあの美味しい感覚を思い出す。
「やっ、ごめんごめん。それじゃ、帰ろうか」
「あの久良持さん、ありがとうございます。本当にお金は良いんですか?」
「もちろん! その代わり、お願い事とか頼むかもしれないけど、その時はお願いするよ」
「それくらいのことなら喜んで承りますよ」
笑いながら僕たちは駅構内から出て、人気のない場所で久良持アパートへと跳んだ。
「レイセンくんたち、明日は何かするのかい?」
「何もないですけど」
「そっか。もしかしたら何か用事を頼むかもしれないけど、良いかい?」
先程、約束をしてしまったので、断るわけにもいかなかったので、肯定する。久良持さんは笑顔でおやすみと言いながら、一〇二号室の扉の向こうへと消えて行った。
よくよく考えると、久良持さんはコフタロンで生活しているわけでもなく、本当にこの一〇二号室で生活しているのではないだろうか。頑なに僕を室内へ入れさせようとしないのも、本当に僕に部屋を見られたくないからで……。
「私たちも行こうよ、寒い……」
「ああ、戻ろう」
僕たちも、自分たちの生活しているコフタロンへと跳んだ。
部屋に戻ってくると、黒髪稟堂が僕の布団で寝ていた。
「……何してるの」
気付けば葉夏上さんと同じことを言っていた。
「んん……あっ、おはよう、レイセン。……と、もう一人の私」
本物の稟堂を見た瞬間、声音が百八十度変わる。黒髪の稟堂は金髪の稟堂に向かって憤怒している。
「出てってよ! ここは私とレイセンの愛の巣なんだから!!」
「言い方変えろよ……。それにここ、僕と稟堂の部屋だから、お前の方が出ていけよ」
驚愕している黒髪稟堂を追い出そうにも、追い出し方が分からない僕たちは頭を抱える。
しかし、放っておくとトボトボ歩き出し、いなくなったので僕たちもいつものようにそれぞれシャワーを浴びて眠りに就いた。
つづく
今までで一番長い文章になりました。今まではずっと2000文字をベースにしていましたが、これからは5000文字をベースにしていきますので、もう少し読み応えのある文章になると思います。




