44話
左目を開けると、僕の見ている風景は久良持さんのコフタロンではなく、高校の教室前の廊下になっていた。
「弓削」
振り向くと、織衣がいた。どうやら本当に過去には戻っているらしい。
「お、おう。どうしたんだ?」
「俺は結局、東京の大学へ行ってしまうけどお前は、地元に残ってフリーターだろ? 憶えているか? 一緒に大学へ行こうって言ったこと」
「そのことだけどさ、僕、全部分かっているからさ。お前は余計な心配しなくても良いよ。それよりも、放課後、時間あるか? 話したいことがあるんだけど」
織衣はショボくれた顔だったが、段々笑顔になっていった。
卒業式が終わったあと、稟堂はどこかへ行っていたはずなので、教室内で打ち上げの話などで盛り上がっている間に僕と織衣は屋上へ続く扉の前へと向かった。
「弓削、お前の言いたいこと、分かるよ」
織衣はやはり運命を変えられる者だ。僕の心を読み取ったのだろう。
「悪かった! 許してくれ!!」
「は?」
「お前を裏切って、俺だけ東京の大学に行くから、怒っているんだろ? それで俺をこんなところに呼んだんだろ? お前の気が済むまで俺のことを殴って良いから、いや、こんなので許してもらおうだなんて思ってもいない。本当に、本当に悪い!!」
両手を合わせて必死に頭を下げている織衣を見て、僕は困惑する。
「ま、待てよ。頭を上げてくれ。僕はそんなことを話に来たんじゃなくてさ。こんなこと言ってもお前は信じ……いや、信じてもらわないと困るんだけど、僕、未来から来たんだよ。正確には、お前がくれたあるアイテムのおかげで過去にやって来ているんだ」
織衣は頭を上げて僕に目を合わせてくる。
「……どういうことだ?」
「言葉通りだよ。そうだ、信じないって言うならお前のやったことを当ててやるよ。お前は大学へ行っていない。ついでに言うと、葉夏上さんに運命を変える力を譲渡した。どうだ? あっているだろ?」
一歩引いた後、織衣は僕のことをキッと睨んでいる。
「弓削、お前、何者なんだ? お前も運命を変えられるのか?」
「おいおい、誤解しないでくれ。僕は運命を変えられない。変えられるのは稟堂だ」
「稟堂が運命を変えられる? あはははは! お前、面白い冗談言うようになったな!!」
織衣は僕の背中をバンバンと叩きながら言っているが、声音から察するに信じていないらしい。
「それなら、僕も運命を変えられると思っても良い。だけど、お前が葉夏上さんに力を譲渡したせいで、未来の僕たちは困っているんだ。だから、今から言うことに全部正直に答えてくれないか? 頼む!」
次は僕が織衣に向かって両手を合わせて、頭を下げている。
「弓削、頭を上げてくれ。それなら、稟堂も呼んで来いよ。一緒に話したいこともあるんだ」
教室にいるであろう稟堂を呼んでくることになった。
もちろん、教室には稟堂は一人で教卓の前に立っていた。
とても絵になっていた。最近は私服姿しか見ていなかったが、制服姿もこんなに愛らしい姿だったとは思わなかった。
「レイセン、どこ行ってたの?」
「ちょっと来てくれ」
「え? 何? どうして?!」
彼女の手を掴んで、僕は織衣の待つ屋上前へ向かった。
「連れて来たぞ」
「え? 何? 何するの?」
「稟堂、お前も、運命を変えられるんだってな。弓削から聞いたぞ」
「ちょっと!? 何でバラしているの?! ……って、お前もって、どういうこと? もしかして、織衣も運命を変えられるの?」
織衣は頭を縦に動かすと、稟堂は大きく目を見開いていた。
「……イスタヴァは?」
「候補はいる。でも、俺、戻らなきゃいけなくなったから、いないようなものだ。とにかく、弓削にも全部話そうと思ってさ。良いか? よく聞けよ。俺がイスタヴァ契約をしなかったのは弓削が言っていたように運命の力を譲渡するためなんだ。正確には、もうしたんだけどさ」
「でも、譲渡することは不可能なんじゃないのか? おかげで未来の僕たちは困っているんだよ」
「稟堂は出来ないだろうけど、俺は出来るんだよ。特別な訓練をしていたから。こう見えても俺、あっちの世界じゃかなりエリートだったんだぜ。そんなのは良いとして、きっと弓削も稟堂も何故なのかって言うだろうけど、それは俺はもう力を使えなくなるんだ。だから、最後に俺が出会ってきた中で最も不幸であろう葉夏上先輩に力を譲渡したんだ」
やはりこの時点で織衣は葉夏上さんと会っていたのか。確か部活が同じだったとか言っていたな。
「もう葉夏上さんは運命を変えられるのか?」
「ああ。変えられる」
僕はもう一つ未来で困っていることを彼に話す。
「葉夏上さんは二重人格なんだ。それで、お前はもう一人の人格の葉夏上さんの方に運命を変える力を渡した。お前の思っている葉夏上さんは運命を変えられない。そこで、未来の僕たちは運命を変えられる方の葉夏上さんの人格を消そうと思っているんだ。そうなると、運命は変えられなくなるのか?」
「また一般人に戻るだろうな。彼女が選んだ道なら、その力は消えても良いと思っているよ。俺自身、有無を言う前に力を譲渡したのは、やっぱり後悔してるよ」
「そうなのか……」
しばらくその場の空気が震えることはなかった。先に言葉を発したのは稟堂だった。
「その葉夏上さんって人は何者かは分からないけど、運命を譲渡するって、どう言うことか分かっているの?」
「もちろん分かっているよ。でも、最後くらい良いだろ。何をされてももう覚悟は出来ている。弓削にも葉夏上先輩にも最後に挨拶しようと思っていたから、ちょうど良かったよ。そうだ。弓削、お前は未来から来たんだよな? 先輩は、大丈夫か?」
僕と織衣の間にはちょうど陽光が差し込んでいた。光の向こうで、織衣はどういう表情をしていたのか、ハッキリと見えなかった。
「葉夏上さんは、大丈夫だよ。僕が、いや。僕たちが助けているよ。お前は何の心配もせずに元の世界へ帰っても大丈夫だよ」
「ああ。分かった。先輩のこと、頼んだぜ」
「え? 未来から来たってどういうこと? ねえ、レイセン!」
「はっ!」
目を開けると、白いコフタロンの天井が見えた。同時に、布団の上にいることにも気付く。
「お、ようやくお目覚めのようだね。どうだった? 何か分かったかい?」
布団の向こうでは久良持さんと稟堂がオセロをしていた。どうやら、長い時間眠っていたらしい。
「……ええっと、織衣は運命を変える者でした。それで、一応話してみたのですが、えっと……」
頭が上手く働かない。言葉が上手く出てこない。どうなっているんだ。
「今はゆっくり休みなよ。あとで詳しく聞くからさ」
「はい、久良持さん、稟堂、イカサマしてますよ……」
久良持さんが僕の方を向いて頭を撫でているうちに稟堂は相手の石をひっくり返していたので、報告すると、言い争いが始まった。
オセロを中止した彼女たちは僕の元へ駆け寄り、心配そうな視線を送っている。
僕は過去に戻っているが、本当に今現在のこの運命は変わっていないのだろうか。
「稟堂、卒業式のこと憶えているだろ? ちょっと話してくれないか?」
「卒業式? ええっと、卒業式終わったあと、レイセンを置いて教室から出て、しばらく校内を歩いた後、レイセンが教室で一人で待っていたから、黒板に書かれた文字を見て、いろいろ話して……」
「ありがとう、もう良い。どうやら、本当に現在の運命は変わらないみたいだ……」
右手で右目を抑えて、大きくため息を吐く。長い前髪が指にあたる度に切らなきゃと思うが、今はそんなことすら考えられない。
過去を変えれば必ず未来は変わる。当前な結果だが、どういうわけか、あのフィルムケースを覗いて過去に戻っても未来は変わっていない。
「久良持さん、どうして過去を変えても未来は変わっていないんですか? 僕は、確かに卒業式の日に戻りました。でも、卒業式の日に取った行動と別の行動を取れば、大きく未来は変わるはずじゃないんですか?」
「本当に過去に戻ったと思っているのかい? 戻っていることは確かだけど、過去は過去だよ。もう戻ることは出来ない。でもね、こいつのすごいところは全ての過去をデータにしてあるんだ。だから、レイセンくんが見ていたのは一種の仮想空間、もっと言っちゃえば夢の世界みたいものなんだよね。データの中でどんな行動を取っても所詮はデータだから、未来なんか変わらないよ。本当に過去へ行って未来を変えられるなら誰も苦労しないよね。あはははは」
「データ? どう言うことですか?」
「気付かないかなあ、レイセンくんはあのフィルムケースって呼んでるものを覗いたとき、どうしてる? 寝ているだろう? あれは別の運命や、この運命で経験してきた過去を、夢で見せるものなんだよ。握った者の運命を瞬時にデータにして、目から脳へ直接送って、夢として見せているんだ」
ビールを飲みながらとても重要な説明をしている。
それより、どうして久良持さんはここまで詳しいのだろうか。
「何でそんなに詳しいんですか?」
「私や輪廻ちゃんがいた世界じゃ秘宝みたいものだからね。本当すごいものなんだよ、これ」
「そうなのか?」
稟堂の方を向いて聞いてみると、蒼褪めた顔をしていた。
「そんな話、聞いたことすらなかった……」
「輪廻ちゃん知らないのかい? まあ、無理もないか。この世界で言う徳川の埋蔵金みたいに信憑性に欠けるくらいの話だったしさ。もう輪廻ちゃん世代なら知らなくてもおかしくないよ。だからそんな落ち込む必要もないよ!」
笑いながら稟堂の頭を撫でている久良持さんを見ていると同時に織衣からもらった返事を思い出す。
「そうだ。織衣が、運命を変えられる葉夏上さんの人格を消しても、元の葉夏上さんは運命を変えることは出来ないだろうって言っていました。あと、譲渡出来た理由は、教えてくれなかったです。正確には教えてくれたんですけど、曖昧なことを言っていて結局どうなのか……」
「うんうん、そこまで分かれば上等だよ。レイセンくん、お疲れ様。それよりさ、まさかこんな長い時間眠っているとは思わなかったんだよね。前は五分弱で目覚めたのに、今回は三十分近くも眠ってたんだよ? 大丈夫かい?」
「そう言えば、前も三十分くらい寝てたよね。五分で目覚めたのは偶然だったのかな?」
二人で笑いながら話しているが、僕は笑えなかった。どういうわけだ。夢の内容は長いわけでもなく、かと言って短いわけでもなかった。
「ひょっとすると、別の運命や過去を見ている回数を増やすたびに、現実で眠っている時間も長くなるのかな? ああ、安心して。もう別の運命を見ることはないからさ」
ため息を吐きながら頭を掻いていると、稟堂が僕の裾を引っ張ってくる。
「どうかしたの?」
「……私達もそろそろコフタロンに戻ろうよ。話したいことがあるの」
「ここで話せないの?」
そっと頷く彼女を見ていると、どうやら真剣な話があるらしい。
「久良持さん、僕たち、そろそろお暇します。また何かあったら言ってください」
「うん、また明日ね」
久良持さんが笑顔で手を振っているのを見て、僕たちは自分たちのコフタロンへと跳んだ。
「大事な話って何? 僕が寝ている間に何かあった?」
「……本当に気付いていないんだね」
稟堂はベッドに倒れ込んだ。もしかすると、本当は未来が変わっているのだろうか。
「私、お腹空いたから離れようって言ったんだよ。あの調子だとレイセン、まだまだ話し続けそうだったからさ。ああ、そう言えばここには何もないんだっけ。コンビニに行く? それとも、何か食べに行く?」
開いた口が塞がらない。僕は少し真剣に考えすぎていたのかもしれない。
彼女はいつも僕に何かを気付かせてくれる。今も気付かせてくれていることに気付くことが出来た。
「お腹空いてないの?」
「いや、空いたよ。何か食いに行こうか」
稟堂は威勢の良い返事をして、僕と共に一〇一号室へ跳んだ。
つづく
おかげさまで80話まで投稿できました。
ワードの方に今まで書いた分をコピペしてみると、四月二十四日の時点で102ページ分ありました。
ある意味では、運命ドミネイション二巻みたいものですね。
これからも頑張って書いて行きます。




