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運命ドミネイション  作者: 櫟 千一
3月22日
42/87

41話

 翌日、僕は稟堂よりも早く起きて、稟堂を起こさないようにそっと着替え、身支度をしてから一〇一号室へと跳んだ。

 外は昨日に引き続き晴天だった。雀の鳴き声を久々に聞いたような、そんな気もする。

 正面玄関に出て、伸びをしていると、久良持さんが玄関から寝ぼけながら出てくる。

「んあ? レイセンくん? 早いね。おはよう」

「おはようございます。今日はちょっと目覚めが良かったので、日の光も浴びておこうと思いまして」

「そうなんだ。輪廻ちゃんはまだ寝てるのかい?」

 僕は直感的に思う。稟堂の邪魔が入らないようにするためには、久良持さんを稟堂と一緒にいさせれば良いのではないのだろうかと。

「今、稟堂はコフタロンで眠っています。人肌が恋しいと言っていたので、良かったら一緒に横で眠ってくれませんか?」

「輪廻ちゃんと一緒に? ……良いねえ。それじゃ、レイセンくんのコフタロンに行かせてもらうよ。連れて行って」

 寝ぼけた顔をしながら僕の手を繋いできて、朝から刺激的な人だと思うが、彼女は全く意識していないのだろう。何よりも、他人のコフタロンへ行くためには最も手っ取り早い方法が手を繋ぐ、いや。身体の一部が触れあっていることだ。

 自分のコフタロンへ移動したいと頭の中で思うと、目の前は暗くなったコフタロンに変わる。

「それじゃ、輪廻ちゃんと一緒に眠らせてもらうよ。おやすみ~」

「ちょっ、レイセン……ダメだよ……」

 久良持さんが稟堂の布団に入った瞬間に稟堂の悲鳴が聞こえてきたが僕はすぐに久良持アパート前へと跳んだ。



 アパートの前にはもちろん誰もいない。向こう側には通勤ラッシュと言うこともあり、車が行き来しているのが見える。まだ葉夏上さんはきっと眠っていると思うので、僕は周りを散歩することにした。

 この辺の地理は曖昧だが十八年も地元に住んでいるので、全く分からないと言うわけでもない。正面玄関を出て真っ直ぐ進めば駅、反対方向へ進めばオゾンと、何気に立地はかなり良い。しかも家賃二千円だ。

「レイセンくん」

 駅の方へ向かおうとしたとき、背後から葉夏上さんに話しかけられる。

「おはようございます。もう起きていたんですね」

「うん、話したいこと、いっぱいあるからさ。私の部屋に入りなよ。寒いでしょ?」

 言われるがまま、階段を上り、彼女の部屋にあるこたつで一息つくことになった。



「それで、話って何なのですか?」

「……レイセンくんさ、私のこと誰だか分かる?」

 質問を質問で返さないでと稟堂の言っていたセリフを言いそうになるが、私のこと誰だか分かるとはどう言うことなのか、その方が気になった。

「どういうことですか?」

「そのままの意味だよ。私のこと、誰だか分かる?」

 こたつから出て、僕に顔を近付けながら当前のことを聞いてくる。

「分かりますよ。葉夏上さんですよ」

「私のこと憶えているのなら安心した。レイセンくん、単刀直入に聞くよ。私と、運命を変えてみない?」

「は?」

 僕は思わず聞き返してしまう。運命を変えてみないだと?

「バカ言わないでください。僕は稟堂と自分の運命すらまともに変えていないんですよ。それなのに、先に葉夏上さんと運命を……って」

 落ち着け玲泉。彼女はもう一人の人格だ。運命を変えられると言っている。



「……あなた、もう一人の葉夏上さんですか?」


「そ。昨日の帰り際の時点で私に切り替わってたよ。レイセンくんにこんなこと言うのもさ、別に恨みがあるからとかじゃないんだよ。ハッキリ言っちゃうと、私は輪廻ちゃんに嫉妬しているの。だって、レイセンくんは中々複雑な運命なんだもん。輪廻ちゃんにイスタヴァは先を越されちゃったからイスタヴァにはなれないけど、良い運命に変えることくらいは私だって出来るんだよ? だから、さ? イスタヴァの契約なしに、私の力でより良い運命に変えようよ」


 彼女の言葉を聞き、僕は一瞬だけ稟堂以外の運命を変えられる女の子に自分の運命を委ねそうになる。しかし、すぐに稟堂が涙を流しながらも僕のことを心配していた光景がよみがえる。


「……葉夏上さん。僕は運命を変えません。いくらなんでも、そうは問屋が卸さないですよ。僕だけここまで特別扱いされる意味が分からないです。それでもなお、僕の運命を変えようと言うのなら、あなた自身の運命を変えてください」


 僕は彼女に自分の思っている様を話した。もちろん、葉夏上さんも驚いてる。

「そっか。そこまでもう一人の私の心配をしていたんだ。やっぱり、レイセンくんは優しいんだね」

「僕には稟堂がいます。でも、葉夏上さんには誰もいません。正確には運命を変えられる葉夏上さんがいますけど、それなら尚更、自分自身の運命を変えてあげるべきです。それでも僕の運命を変えようって言うのなら、僕は稟堂に頼んで、あなたの運命を変えます」

 目を逸らさず、僕は彼女に自分の考えを吐露する。

 僕より、葉夏上さんの方がつらい思いをしているのは紛れもない事実なのだ。そして、僕には稟堂がいる。ついでに言えば、久良持さんだっている。二人も味方がいるのだ。久良持さんに限っては、助けてくれるかどうかは分からないが。

「うふふふ、あははははは!! そっか! そうなんだ。レイセンくんは優しいんだね。私も嬉しいよ。でも、お別れだよ。さようなら」

 彼女はスカートの中から光り輝くコフタロンコントローラーを出して、僕に光を浴びせてきた。



 運命を変えられてしまう。脳内では分かっていても、人間が光の速さよりも早く行動するのは不可能だ。僕は葉夏上さんの放つ光に包まれる。


「だから、私を連れて行った方が良いって言ったじゃない」


 稟堂の声が聞こえる。もうすでに運命は変わったのだろう。それとも、僕の脳が現実を拒み、妄想を現実にしているのかもしれない。

 稟堂はコフタロンの中で葉夏上さんと眠っている。ここに稟堂はいない。

「間一髪ってやつだね!」

 久良持さんの声も聞こえる。まさか、本当に運命を変えられたのではないだろうか。

「ま! 本当は陰から見ていたんだけどね!」

「久良持さん!! ネタバレすると格好がつかないじゃない!!」

「あははは。ごめんごめん。さ、レイセンくんもしっかりしなよ。いつまでも寝ていないで!」

 顔がペチペチと叩かれる。目を開けると、久良持さんが笑顔で僕の方を見ていた。起き上がると稟堂の背中が見えた。

「……稟堂?」

 僕の声を聞き、彼女はチラリとこちらを見る。

「私の言った通りだったでしょ? 様子見に来て正解だったよ」

「何言ってんだい! 輪廻ちゃん、レイセンくんが心配ってあんなに覗いていたじゃないか!!」

「く、久良持さんっ!!」

 顔を赤くしている稟堂と、笑っている久良持さんを見て、僕と葉夏上さんは目を丸くし、頭にクエスチョンマークが出ている。



「え……っと、どうして、みんないるの?」

 僕の言いたかった言葉を葉夏上さんが言ってくれた。

「私は、レイセンのイスタヴァだから。それ以外に理由なんてない」

「そ~んなこと言っちゃって! 本当はレ」

「ま、待って! えーっと、つまり、私の行動は全て見られていたってこと?」

 久良持さんが何か言いかけていたが、葉夏上さんが頭を抱えながら必死に話を理解しようと大きな声を出して遮られた。僕はいまだにどういうことなのか理解できていない。これは別の運命ではないのだろうか。運命は変わっていないのか?


「あの、僕からも良い? もしかして、運命は変わって、ない?」

「変わってないよ。正確には、変わったけど、私が瞬間的に元の運命に戻したんだ」

 稟堂は僕に笑顔でブイサインを見せてくる。こんな稟堂を見たのは初めてかもしれない。

「それよりも……葉夏上さん。レイセンを誘惑しないでください。レイセンは私のイスタヴァなんですから。誰にも渡さないですから……ね?」

 稟堂は葉夏上さんに笑顔でそう言っているが、内心、間違いなく激怒している。目が笑っていない。おまけに、指も鳴らしている。

「は、はひ……」

「輪廻ちゃん、ちょい待って。運命を変えられる方のちまきちゃんに聞きたいことがあるんだ。殴る前に話だけでも聞かせてくれないかい?」

 久良持さんの声を聞き、殴るのはやめることになった。



 葉夏上さんを逃げないように正座するように命令すると、意外にもすんなりと聞き入れた。

「単刀直入に聞くよ。君は、運命を変えられないもう一人の自分のことを知っているかい?」

「……私は彼女の記憶も共有しています。でも、感情とかはさすがに共有出来ていない、です……」

 久良持さんは大きくため息を吐くと、僕と稟堂の方を振り向く。

「想像通りだったよ。こりゃ聞くしかないね」

「何をですか?」

「どうして二重人格になったんだい? 理由があるはずだろう?」

 久良持さんは目を輝かせて聞いている。


「わ、私もよく分からないですよ。でも、私と言う存在を確立したのはそんな昔じゃないです。大体二、三年前くらいに私は自分と言う存在を知りました」

 二、三年前と言えば、葉夏上さんが高校を卒業したかしていないかくらいだろう。僕が高校に入学したかしていないかくらいだ。

「なるほどねえ。二、三年前に何か大きな原因がありそうだね。これは調べてみる価値がありそうだ」


 頭がこんがらがってきた。

「ちょ、ちょっと待ってください。話を整理しましょう。まず、葉夏上さんは高校卒業前に二重人格になったんですよね? まず葉夏上さんは今、何歳ですか?」

「……レイセン、いきなり年齢を聞くのはどうかと思うよ」

 稟堂の言うことを無視して、葉夏上さんは口を開く。

「私は高校を卒業して二年経った。だから今年で二十歳」

「ええっ!? ちまきちゃん二十歳なの!!? 私と同じ年じゃないか!」

 何を言っているのだこの人は。久良持さんは高野橋先生の運命を変えに来たと言っていたので、少なくとも二十歳ではない。高野橋先生も二十代後半くらいと言っていたので、久良持さんもそれくらいだろう。


「久良持さんは二十七歳でしょ。高野橋先生も二十七歳だったしさ」

 空気を読まない稟堂が本音を言うと、久良持さんは顔を真っ赤にして否定している。

「久良持さんの年齢は良いですよ。と言うことは、高校卒業前に葉夏上さんを二重人格に変えてしまうような、何か大きな出来事があったんですよね?」

 顔を真っ赤にして大きな声を上げていた久良持さんは咳ばらいをした後、すぐに話に参加する。

「ま、そういうことだね。でも、何があったんだい? ちまきちゃん、あまり過去を語らない人だったから全然分からない……って、こんなときのちまきちゃんじゃないか! 記憶を共有しているんだろう? 何か過去を語りなよ!!」

 しかし、葉夏上さんは首を横に振っている。

「……記憶は二、三年前の記憶しかないの。それ以降は記憶がないです」

 これ以上は何も分からない。僕たちは完全にお手上げ状態に陥っていた。



つづく

誤字訂正+編集 4/24

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