3話
結局、僕と稟堂は近くのファミレスへと向かった。
ファミレスでは、僕の人生について熱く語った。……と言うわけでもなく、彼女、稟堂 輪廻は「こんな店、初めて入った!」など言いながら興奮していて、それどころではなかった。
そして僕の財布の中を空にするまで食べ続けた。
「あの女、食うだけ食って帰りやがって」
ぶつくさ文句を言いながら、帰路に着いた。
家の前に黒い軽自動車が一台止まっていた。母親が帰ってきている。話したくないので僕は家に帰らないで、しばらく散歩をすることにした。
家の近くで夕日を見ていると、横から見覚えのあるやつが近づいてきた。
「こんなところで何しているんだ?」
「……織衣」
そこには織衣 海斗がいた。ランニングでもしていたのだろうか。
「どうした? まだ道に悩んでいるのか? 俺で良かったらいつでも話してくれよ」
「ありがとう。でも、僕、もう決めたんだ。フリーターになるよ」
「そうか。フリーターか。あまり良くないって分かってるだろうけどさ、お前が決めたのなら俺は口出ししない。お前なりに頑張れば良いよ」
織衣は僕に優しい言葉をかけてくれた。僕も彼に、優しい言葉を言わなければ。
「ああ。織衣も、県外行っても頑張れよ。その性格なら友達どころか彼女だってすぐに出来るさ。お前は僕と違って、夢を掴んだんだからさ。絶対に離すなよ」
「バカ。大学に入るだけが俺の夢じゃないよ。大学に入れても、卒業できなかったら意味ないだろ。俺は夢を叶えてやるよ。絶対に」
僕たちは夕日が見える河原で語り合った。これが青春ってやつなのだろうか。コフタロンを見てみると、時間が表示されている。午後六時になろうとしていた。
しかし、家には、帰りたくなかった。帰っても、家族の冷たい視線と、辛い現実が待っている。それには、耐えられない。しかし、外は寒い。どうにかして入りたい。だが、方法はない。
すぐに、良い提案が思いついた。簡単じゃないか。このコフタロンを使えば良いんだ。早速起動してみる。中央の四角いボタンを長押しする。僕はまばゆい光に包まれた。
「コフタロンシステムへようこそ。お名前をどうぞ」
「弓削 玲泉!」
名前を言いつつ、毎回名前を叫ばなくちゃいけないのかと思うと、気が遠くなった。
「ユゲ レイセン様でございますね。一致しました」
「僕を自分の部屋に移動させてほしいんだけど、出来る?」
「かしこまりました。では、お部屋へ移動いたします」
僕は自室へと何とか戻れた。毎回こんなことをしていたらダメになりそうだな。
今、勇気を出して、親にフリーターになるって、言ってみようかな。もちろん大反対されるだろう。それは承知だけど、仕方ない。
そして、意を決して、母親に話してみることにした。
こんなことなら、普通に玄関から入るべきだった。
居間の戸を開けると、母親がコーヒーを飲みながらニュースを見ていた。
「おかえり。どこ行ってたの?」
「うん。ちょっと昼ご飯食べに行ってた」
「それで、玲泉。あんた進路どうするの?」
話そうと思っていたことを先に話してくれたのはありがたいが、やはり不安になる。
「分かってる。それを話に来た」
「あんたは、どうするつもりなの?」
いきなり聞いてくる。だが、僕はもう、答えが出ている。
「僕は、予備校に行くお金もないって分かっているから、フリーターになるよ」
「バカなこと言ってんじゃねえよ」
母親が豹変した。
「予備校に行くお金がないからフリーターになる? バカかお前は? ……ああ。バカだから大学落ちたのか。これは悪かった」
「ちょっと、落ち着いてよ」
そのようなことを発していた。しかし、母親の怒りは治まる気配がない。
「落ち着け? ふざけること言うじゃねえか。自分の息子がフリーターになるとか言ってんのに落ち着けるわけねえだろ! 軽々しく言ってんじゃねえぞ! 良いか? もう軽々しく言うな。絶対だ。誓え」
「まっ、待ってよ。僕は、別にそんな軽い気持ちで言ったわけじゃないよ」
「あ? じゃあ、てめえの夢を言ってみろよ。ふざけた答えだったらどうなるか分かってんだろうな? さっき言ったよな? 軽々しく言うなって」
ここまで恐ろしい母親を見たのは初めてだった。
足がガタガタ震えている。多分、涙も流していると思う。
それでも、僕は勇気を出して言う。言わなければならない。
「僕だって、僕だって好きでなりたいわけじゃない。予備校に通うお金がないなら、フリーターになるしか選択肢はないんだよっ! お母さんは知らないのかもしれないけど、僕だって僕なりに家族のことを考えているんだ! 家族のことと、自分のことを考えて、選び抜いた答えが、フリーターだったんだよ! 予備校に行くお金も、僕を養っていくお金もないことは分かっている! 大学だって行きたかったよ! でも、予備校に通えないなら、もう道はないじゃないか! 就職すると言っても、もう遅いんだから!」
僕は、自分の中で思っていることを、吐露した。途中で、何度も鳥肌が立った。きっと、自分の言いたいことを理性をも無視して言ったからであろう。
母親は真剣な顔をしていたが、しばらくして、口を開いた。
「玲泉の言いたいことは分かった。でも、フリーターになってどうすんだ?」
意外なところを突いてきた。
「だ、だって、就職するにしても、もう遅いし、一年、いや半年はフリーターで、今年中には、就職先を、見つけるよ」
「それじゃ、遅いんだよ。」
苛立った声で、母親は言った。
「な、何が」
「お母さんだけの収入で、やっていけると思ってるのか? 今までも厳しい生活だったのに、まともな職にも就かないでフリーターしてるやつの世話なんかしたくないぞ?」
まるで自分が、ペットどころか、家畜のような扱いをされたことに驚いた。その後も母親は話を続けた。
「もう、玲泉とは一切関わらない。全部一人でやれと言っても、出来るんだな?」
とんでもない答えが来た。一人でやれと言うのは、つまり、勘当と言うことだろうか。
「何でそうなるの?」
「お前、言ったよな? 僕を養っていくお金もないことは分かっているって。それって、自立するって言っているのと同じだよな?」
「そんな、そこまでするなんて」
「軽々しくものを言うなって言ったのをもう忘れたのか? もしかしてあんた、違うとか言うんじゃないだろうね?」
僕は何も言い返せなかった。母親は、相当怒っている。
「高校在学中まで、家族だ。卒業式が終わったら、同じ弓削の人間でも、あんたは関係のない弓削だ。分かったか?」
母親の心ない言葉が、僕の心を傷つける。ここまで言われたら、もう引き返せない。初めから、こういう未来だったのなら、それを受け止めよう。
「……分かった。それで良いよ」
これは遠回りに家から出て行けってことだから、勘当と同じ意味で捉えよう。
僕の今後の人生、ますます分からなくなってきた。
部屋の戸を開けると、何故か稟堂が制服姿で僕のベッドに座っていた。
「何でお前が僕の部屋にいるんだよ」
「いたら悪い? と言うか、下で何してたの? すごい声が聞こえてきたんだけど」
「お前の思っている通りだよ。親とケンカして、家を追い出されそうだ」
涙を拭いながら彼女にそう言うと、意外な答えが返ってきた。
「ふうん。でも追い出されても良いんじゃない?」
「良くないよ! フリーターならまだしも、次は浮浪者じゃないか!」
「バカだなあ。レイセンには、コフタロンがあるじゃないの」
「ああ。なるほど。って! 良くないよ!」
一瞬だけ納得しかけたが、すぐに否定の言葉を言う。
「んー。私としては、こっちの方が、好都合なんだけどね」
「お前に人生振り回されるこっちの身にもなってくれよ……」
母親に怒られて、稟堂にも振り回されて、頭が痛くなってきた。
「あっ、今日、泊まっていくわ」
「うん。別に良いけど。いやいや、え? 泊まる? 家帰れよ! て言うか一体いつ入ったんだよ!」
数々の疑問を彼女にぶつけていると、呆れた声で話してくる。
「うるさい男だなあ。とにかく、私はレイセンを信頼しているから、泊まるって言ってんだよ?」
「僕を信頼しているって?」
「言葉のとおり。それに明日学校行けば、もう卒業式まで学校行かなくて良いじゃない?」
全く関係ないことを言ってくる。僕の家に泊まることと、学校へ行かなくても良い話は何の接点もない。
「とにかく! しばらくお世話になるね」
「えっ? しばらく! 今日だけじゃないの?」
「い、家を追い出されたの」
絶対嘘だ。目が泳いでいるし、そわそわしているのが丸わかりだ。
「お前こそコフタロンシステムに寝泊まりすれば良いんじゃないの?」
僕は核心をついた一言を言った。あまりにも直球だったのでさっきと同じく鳥肌が立った。
「何で私があんなところで寝なきゃいけないのよ。あなたの、レイセンの布団で寝たいな」
稟堂は猫なで声でそう言ってくる。一瞬、泊まっても良いんじゃないだろうかと躊躇したが、すぐにその考えは捨てた。
「あ、甘えたって無駄だぞ」
「レイセンは、こんな寒い季節に、女の子を寒空の下に放り投げるような冷徹で、心も凍てつくようなクズ野郎だったんだね。明日、みんなに言いふらしてやる」
少しだけ背筋に悪寒が走る。最後の最後にそのような悪評を流されると溜まったものではない。
「ああ、もう! 分かったよ! 泊まって良いよ。僕の布団使っても良いから! そのかわり、絶対にうるさくしないでよ」
「さすが不幸な運命を背負っているレイセン君。見直したよ」
女の子どころか、男の子すら泊めたことないのに。
「うん。合格ね」
「何が」
一瞬、心臓が飛び跳ねた。合格不合格の言葉は、トラウマになりつつある。
「受験には不合格でも、私のイスタヴァに合格したってことね」
何だこいつ。僕にケンカ売ってるのか。本気で追い出すぞ。怒りを抑えて、彼女に質問をする。
「一応聞いておくよ。イスタヴァって、何?」
「言うなれば、友達や仲間みたいなものかな。レイセンは、もう家を追い出されそうなんでしょ? ちょうど良かった」
「待ってよ。まだ、追い出されてないよ。高校卒業したら、追い出されるんだ」
彼女に説明しているが、否定してくる。
「卒業まで何日あると思ってるの? 今日が、三月十日だから四日程あるじゃない。そんなに待てないから、早く追い出されて」
「早く追い出されてって。お前は僕の何なんだよ!」
「そういえば言ってなかったね。私は、レイセンのシモベと言うべきかな?」
「僕のシモベ? もう、何かいろいろ起きすぎて驚けないけどさ」
その割に、こいつの方が偉そうだから、僕の方がシモベっぽい気がするが。
「とりあえず、家を出ましょう」
「家を出ましょうって、簡単に言うなよ。家族に何て言えば良いのさ」
「良いじゃん。どうせ追い出されるのなら、どこかその辺に、置き手紙でもしておけば、納得するでしょ。書いたらすぐに行くよ!」
その通りだが、あまりそう言う出て行き方は気に入らない。気にしている場合でもないが。
「急かさないでよ。荷物とかどうすんのさ」
「その辺は、こっちが何とかするから気にしないで」
僕は周りを見渡し、勉強用ノートを一ページちぎって、そばに置いてあった愛用のシャープペンシルで手紙を書いた。
「僕は、家族に迷惑をかけたくないのでこの家を出ていきます。場所は分かりませんが、もう帰ってくることはないと思います。今まで、僕のようなダメな息子を愛してくれて本当にありがとうございました。口で言えなくて申し訳ありません。本当にお世話になりました」
参考書で溢れかえっている机の周りを少しだけ整理して、僕は分かりやすい場所に手紙を置いた。
「書けた? じゃあ、行くよ」
「じゃあ、靴履いてくるから、外で待ってて」
「そんなものいらないよ。それじゃあ跳ぶよ!」
コフタロンを持った稟堂は、僕の反応を聞く前に、コフタロンシステムへと跳ばした。
つづく
誤字訂正+追記しました。
3月27日