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運命ドミネイション  作者: 櫟 千一
3月21日
38/87

37話

 暗い部屋で黙々と弁当を食べながら先ほどの別の運命のことを考える。翠晴はたしかに輪廻ちゃんと言っていた。声色も同じだった。だが、髪の色は違っていた。あの世界には、金髪の稟堂 輪廻はいないのだろうか。

 そう言えば、いつしか稟堂自身が言っていた。レイセンがお父さん側に行っていれば私はこの世界に存在していなかった、と。

 ベッドからゴソゴソと音がしたので、振り向くと、稟堂が僕の方を見ていた。

「目、覚めてたんだ。五分経っても起きないから、私も寝ちゃってた。あと、勝手にお金使ってごめんね」

「良いよ別に。それより、少し訊きたいんだけどさ、僕がすいせ……お父さん側に行っていると、稟堂はこの世界には存在していなかったのか?」

 欠伸をしながら僕の方に近付きながら説明をしてくれた。

「いなかったよ」

「……変なこと聞くけど、僕たち、十年以上前に一度会っていなかった?」

「バカ言わないでよ。私とレイセンはつい最近初めてコンタクトを取ったよ。正確には、私はレイセンのことを十年以上前には知っていたけど、レイセンは私のことを知らなかったでしょ」

 何も言えなかった。全く持ってその通りだ。

「でもさ、稟堂の言っていた幼なじみと付き合うって誰のことなんだ?」

「そんなの知らないよ。レイセンの過去に出会った女の子の誰かだよ」

 いくらなんでも曖昧すぎる。この十八年間で何百人の女の子と会ってきたと思っているのだ。

「あのさ、こんなこと聞いたのは、さっき見た運命に黒髪になった稟堂にそっくりな女の子が僕と付き合ってることになっていたんだけど、もしかして稟堂じゃないのかなと思ってさ」

 顔を真っ赤にして彼女は僕に反論する。

「は、はあ!? 別の運命と、この運命を一緒にしないでよ! 私は見ての通り金髪だから!」

「そうだよな。ごめん、変なこと聞いて」

 弁当のご飯をかけこみ、僕はシャワーを浴びると言って洗面所へ向かった。少しだけ稟堂が一緒に入って良い? と言ってくるのを期待していたが、そんなこと言うはずもなく僕はシャワーを浴びた。



 入れ違いで稟堂もシャワーを浴びると言い、洗面所へ消えて行った。

 僕は濡れた髪を枕に預け、もう一度別の運命を見ようとする。運命軸をいじれば、どんな運命が見られるかは分からないが、別の運命が見られる。寝転がりながら運命軸をいじって右目で覗こうとした瞬間。

「レイセン! いい加減にしなよ!」

 バスタオル一枚で自分の身体を包んでいる稟堂がフィルムケースを奪取する。

「いくら別の運命を見るのが楽しいからって、そんなに何度も見ていたらレイセンはダメになっちゃうよ! こんなもの!!」

 稟堂がフィルムケースを地面に思い切り投げつけると、高い音を出して弧を描き部屋の隅に飛んで行った。

「な、何するんだよ! せっかく別の運命を見られる道具なのに!」

 飛んで行った方に動き出すと、濡れた髪をしっかりと拭いていない稟堂が僕の前に立ち塞がる。稟堂の足だけ見えていて、上からしずくが滴り落ちている。

「どいてくれよ。僕の別の運命を見せてくれよ」

「絶対にどかない。レイセンをダメにするわけにはいかないんだから」

 上をキッと睨むと、稟堂も僕を睨んでいた。僕が立ち上がると、稟堂は僕を見上げることになる。

 立場が逆転すると同時に、稟堂の肩を掴んで退かそうと思ったが、稟堂の肩に触れる瞬間に黒髪の稟堂を思い出し、躊躇する。

「レ、レイセン。ここは、絶対に通らせない。私は、レイセンのことを思って言っているんだから」

 僕の頭一つ分くらい小さい稟堂は僕のことを上目づかいで睨んでいる。その碧い瞳を見ていると、自分の考えを改めようとしてしまう。


「いつまでも別の運命を見ていても、何も変わらないんだよ? レイセンは今、この瞬間も、この運命を生きているんだよ。それなのに、他の運命を見ていても仕方ないよ。だから、もう、他の運命を見るのは、やめてよ……」

 いきなり泣き出す稟堂を見て僕は焦燥感に駆られる。それと同時に、罪悪感も押し寄せる。

 別の運命とは言え、僕は一日に二度も人を泣かせている。稟堂に限っては僕のワガママで泣いている。そんな自分に嫌気が刺した。

「稟堂、ごめん。やっぱり、君の言う通りだよ。気付かせてくれるのは、いつも稟堂だよ」

 泣いている稟堂を横切り、僕はフィルムケースを持つ。別の運命が見られる代物でも、これは使い方によっては人を堕落させる。

 僕自身が分かっている。固執は人の成長を止める。それは過去も別の運命も変わらない。

 壊そうと思ったが、久良持さんがやけにすごいと連呼していたのを瞬時に思い出す。

「これ、久良持さんに渡すよ。何だか結構すごいものらしいからさ」

 稟堂は頷き、再度シャワーを浴びに行った。

 最後にもう一度だけ運命を見ようと思ったが、稟堂の泣き顔が脳裏をよぎったので、履歴書の横に一緒に置いておいた。

 稟堂はすぐにシャワーを浴び終え、長く綺麗な金髪を乾かし終えるとすぐに眠りに就いたので僕もすぐに布団に入り、もう一度眠りに就いた。



 目を覚ますと稟堂の顔が突然視界に飛び込んできて声を上げる。稟堂もすぐに後ろに下がり、驚きの声を上げている。

「な、何だよ! 何してんだよ!」

「レイセンを起こそうとしていたの! レイセンこそいきなり目を覚ますだなんてどう言うことなの!?」

 目を覚ましただけでこの言われようだ。何だか急にバカバカしくなり、笑いがこみ上げるが、それを抑えて身支度をする。


 フィルムケースを持って久良持さんの元へ向かう。もちろん言うまでもなく一〇一号室に跳び、扉を開けて隣の一〇二号室の扉を叩く。

「久良持さん、いますか?」

 しばらく待っても反応がないので、いないと判断し、外に出た。今日は三月の割に珍しく晴天だった。

「どこ行っちゃったんだろうな、久良持さん」

「フィルムケース渡すだけだし、今すぐじゃなくても良いんじゃないかな。それよりもレイセン。アルバイト探さないと」

 稟堂は僕に恐る恐る言ってくる。

「そうだな。募集しているところも少ないけど、探すだけ探してみるか……」

 稟堂の言う通り、探すだけ探すことにはなったが、どうも探す気にはなれない。

 歩き回るだけ歩き回ってみたが、どこも募集はしていない。

 求人誌に載っていた近場のコンビニなども下見がてら行ってみたが、求人誌に載るのも頷けるほどの厳しい場所だった。根性のない者はすぐやめてしまうだろう。

 僕もここで働きたいとは思えない。外に出てもう一度求人誌を見てみると、寄せ集めたバイトの皆さんであろう人々が笑顔の写真が載っている。吹き出しにはアットホームな職場です! と書かれてはいるが、空白の吹き出しにどんな文字を入れるのも上の判断だ。下見をして正解だった。アットホームな雰囲気が皆無なコンビニを無視して僕たちは昼食を摂ることにした。


 別のコンビニで惣菜パンと飲み物を購入し、川の側にある神社の近くで昼食を摂る。

「コンビニにこだわらなくてもさ、何かあるじゃん、いろいろ。例えば、飲食店とかさ」

 簡単に言ってくれるが、僕は飲食店で働いたことがない。だが、働いていた人の話を聞いているとあまり評判はよろしくない。その店だけかもしれないが、やはり人に食べ物を提供する場所だ。僕のような長髪は雇ってすらもらえないだろう。

「迷っていても仕方ないよ。一旦、久良持さんのところに戻ろう。フィルムケースをあげなきゃいけないしさ」

 気力のない返事をして、稟堂と人気のない場所で久良持さんの部屋の前へと跳んだ。


「久良持さん、いますか?」

 扉を叩くと、久良持さんの足音が聞こえてくる。

「やあ、レイセンくん達じゃないか。どうかしたのかい?」

「このフィルムケース、もういらなくなったのであげます。久良持さんかなり珍しがっていましたから」

 フィルムケースを渡すと、久良持さんは笑いだす。

「あははは! レイセンくん、やっぱり他の運命見て参っちゃった?」

「参ったって言うか、稟堂が他の運命を見ていても仕方がないって言うので……」

 後ろにいる稟堂の方をそっと見てみると、顔を真っ赤にしていた。

「じ、事実でしょっ!?」

「輪廻ちゃんの言う通りだ。さすがレイセンくんのイスタヴァだね」

 イスタヴァと言う単語を聞いて驚きはしなかった。稟堂と同じ運命を変える者だったから久良持さんも気付いていたのだろう。

「ともかく、これもらっておくよ。かなり貴重なものだからね」

 鼻唄を歌いながら自分の部屋へと消えて行った。しばらく経っても出てくる気配もないので一旦外に出ることにした。


 外に出ると、葉夏上さんと邂逅する。

「こんにちは、葉夏上さん」

「玲泉くんに輪廻ちゃん……どうしたの、こんなところで」

「特に用もないので、ただここにいるだけですけど」

「そうなんだ。じゃ、あたしちょっと用事があるから、またね」

 足早に僕たちの前から立ち去って行くのを見届けていると、久良持さんも出てくる気配がなかった。

「レイセン、することないなら葉夏上さんを追いかけてみない?」

「住人のプライベートを知ったところで何にもならないだろ……」

「だけど、探偵みたいで面白そうじゃん! ね? 着いて行くだけだって!」

 稟堂は僕の手を引っ張って葉夏上さんの背中を追いかけようとしていたが、ちょうど久良持さんが玄関から出てくる。

「ああ、いたいた。はい、これ」

 僕に謎の紙切れを渡してくる。

「……何ですか、これ」

「そんな深く考えなくても良いよ。それにしても、こんなところで何してんだい?」

「特にやることもないので、今からどうするかって言っていたのですが、稟堂は葉夏上さんの後を着けようって言っていたときに久良持さんがやって来て、今に至ります」

 稟堂はまだ僕の手を掴んでいる。彼女の柔い手がすごく心地良い。

「輪廻ちゃん!!」

 一喝してきて、稟堂の身体が一瞬だけビクッとなる。説教でもするのだろうか。

「どうしてそんな楽しいことを先に言わないの!? 早く追いかけようよ!!」

 多数決により、僕たちは葉夏上さんを追いかけることになった。ごめん、葉夏上さん。



つづく

誤字訂正 4/16

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