30話
葉夏上さんのことを話していると、運命を変えられない方の葉夏上さんは目を覚ました。
「ちまきちゃん、起きた?」
「んん……あたし、バイトに行っていたような気がするけど」
もう一人の葉夏上さんが出ている間、こちらの運命を変えられない方の葉夏上さんは無意識の中で深夜にアルバイトをしていると思い込んでいる。先ほどまで運命を変えられる方の葉夏上さんが出ていたので、感覚的にはアルバイトしていたはずなのに、突然家で寝ていたと言ったところだろうか。
「きっと夢だよ」
「……夢なら良いのですが、何故あなた達はあたしの部屋にいるの?」
不審な目付きで僕を見ている。男性は僕一人だが、まず最初に僕を疑うのは勘弁してほしい。
「ええっと……そう! レイセンくんが謝りたいって! どうしても勇気出ないから私たちも一緒に来てくれってどうしても言うからさ! あははは」
ニコニコしながら久良持さんは葉夏上さんに説明している。こんなところで僕をエサにされても困る。
「久良持さん! どういうことなのですか!?」
久良持さんの耳元で事情を聞いてみる。
「ちまきちゃんはレイセンくんに謝ってほしいって言っていたじゃないか。それに、話も聞かないでちまきちゃんの胸倉を掴んだレイセンくんにも非はあるよ。謝るだけならタダだし、彼女だってきっと分かってくれるよ! さあ、謝った謝った!」
言われるがまま、葉夏上さんに謝罪の言葉を述べる。
確かに、久良持さんの言う通りだ。僕が勝手に早とちりをして葉夏上さんの胸倉を掴み、キスをするかの如く顔を近付けていたのは謝らなければならない。だが、運命を変えられるとか変えられないとか、そんなのは全く聞いていなかった。早とちりしてしまうのも仕方がない。それでも、やってしまったことは謝るしかない。
「……僕の勘違いで、胸倉を掴んだりして、本当に、ごめんなさい」
「ね、レイセンくんも謝っていることだから、ちまきちゃんも許してあげなよ。ね?」
葉夏上さんは腕を組みながら不服そうな顔をしながらも、すぐに笑いながら言った。
「ま、今度は気をつけてね。あたしもこんなくだらない意地張ってて、バカみたいだったね。あたしの方こそごめんね。玲泉くん」
「いや、そんな。僕の早とちりだったわけですから」
その後、二人で何度も謝っていたが、見ていられなくなった稟堂が止めに入り、葉夏上さんの部屋から離れることになった。
久良持さんと僕と稟堂は階段を下りる。久良持アパートの正面で久良持さんが話を始める。
「それにしても、もう時間も時間だね。レイセンくんたちは眠くないかい?」
稟堂はともかく、僕は仮眠を取っただけなので、少しだけ眠気がある。
「少しだけ眠いですね」
「重要な話をしようと思ったけど、眠いときに聞いても頭に入らないだろうから、また明日言うよ。今日は帰ってゆっくり休みなよ」
「そうします」
僕と稟堂は久良持さんに別れを告げ、一〇一号室へ戻り、コフタロンへ跳んだ。
コフタロンに戻った僕と稟堂は、仮眠を取ることにした。僕はすぐに自分の布団へと倒れ込むが、稟堂は立ったままだった。
「何してんだ? 座らないのか?」
稟堂はただ僕を見つめているだけで、反応はなかった。
「大丈夫か?」
無言で自分のベッドへと近付き寝転がる。僕から見ると、稟堂は死角に入っていて見えない。
「……レイセン。私のこと、心配してたの?」
「当たり前だろ。公園から戻ってきて振り向くと稟堂がいなかったんだぞ。そりゃ焦ったよ」
挙句、葉夏上さんの手紙まで見てしまっている。僕は何故さらわれたのか聞いてみた。
「稟堂はどうして葉夏上さんに着いて行ったんだ? と言うよりも、いつの間に連れ去られていたんだ?」
「久良持さんと公園を離れたとき、近くにあった駐車場の車の陰に肉まんがあったんだ。それを見に行ったら、気付いたら和室にいて、葉夏上さんがいたってわけ。肉まんを五つもくれたんだよ!」
先程までの茫然と立ち尽くしていた稟堂はどこへ行ったのか、肉まんの話になると饒舌になり始めた。
「とにかく、何もされていなくて本当に良かったよ」
一気に肩の荷が下りたような感覚だ。
疲れがドッとやって来て、僕は眠りに就いていた。
稟堂が何か言っていたが、全く聞こえなかった。
目が覚めると午後一時前だった。体を起こすと横には稟堂が眠っていた。
久良持さんの大事な話を聞きに僕は稟堂を置いて久良持アパート一〇一号室へと跳ぶ。すぐに見慣れた四畳半の狭い部屋の光景になる。扉を開け、一〇二号室の扉を叩く。
「久良持さん、こんにちは。弓削です」
反応がなかったので、どこかへ行っているのかと思っていたが、瞬きをした直後、目の前の光景が久良持さんのコフタロンに変わった。
「や、レイセンくん。よく眠れたかい?」
「……も、もう少し別の招き方をしてくださいよ」
僕は突然風景が変わり、驚きのあまりに尻もちをついていた。その光景を見て、笑いながら話している。
「あれ? 輪廻ちゃんは?」
「寝ていたので、僕一人で来ました」
「そっちの方が話しやすいからちょうど良かった。大事な話って言うのはね、運命を変えられる方のちまきちゃんのことなんだ」
想像はしていたが、やはり葉夏上さんのことだった。葉夏上さん自身も言っていた不思議な力についての話だろう。
「自分自身がその稀な能力だと運命を変えられる方のちまきちゃんが知ったらどう思うのかなと思ってさ」
「そう言えばふと思ったのですが、葉夏上さんって僕と同じ一般人なんですよね? 突然自分自身が運命を変えられるようになるとは思えないんですよ。僕で言う稟堂みたいなポジションの人がいたんじゃないんですか? 久良持さんで説明すると、高野橋先生が僕で、久良持さんが稟堂で……」
「ああ、言いたいことは分かるよ。つまり、ちまきちゃんの運命を変えにきたヤツがいるんじゃないかってことでしょう? それについて話そうとしているんだ。でも、それが誰なのか全く分からないんだ。レイセンくんと輪廻ちゃんみたいに二人でやってきたわけじゃなくて、一人で突然部屋を貸してくださいって言ってきてさ」
葉夏上さんは謎に包まれている。久良持さん自身も分かっていないようだ。
「つまり、久良持さんは葉夏上さんの運命を変えたであろう人物を探したい……と言うことですか?」
「早い話、そう言うことだね。協力してくれるかい?」
久良持さんにはお世話になりっぱなしだ。これくらいなら協力しても良いだろう。
「構いませんよ。でも、何も手がかりないんですよね?」
「そうなんだよね。ちまきちゃんに聞いたところで何も分からないだろうからね」
「……葉夏上さんの過去を聞いてみてはどうでしょうか? 何か手がかりがあるかもしれませんよ」
久良持さんはスクっと立ち上がり、僕の方へ近付いてくる。
「な、何ですか?」
「レイセンくん、君、冴えてるよ! 早速ちまきちゃんのところへ行こう」
誰でも思いつきそうなことを提案しただけでここまで褒められるとは思わなかったので、照れていると、コフタロンから久良持さんは姿を消していた。僕も僕で久良持さんのコフタロンから現実へ移動する。
しかし、どうも癖と言うよりも、一〇一号室に跳んでしまうのは僕が戻ってくるポイント地点のようになってしまっているらしい。再度、扉を開け、正面出入り口を飛び出して、二階へと向かうと、葉夏上さんの部屋の扉は開いていた。
「な、何ですか!? あたし、家賃払いましたよね?!」
「や、別に家賃のことじゃないんだ。ちょっとばかし聞きたいことがあってね。時間はあるかい?」
「ええ……まあ、ありますけど」
扉の向こうではそのような会話が繰り広げられていた。
「ちまきちゃんには今回、過去のことを語ってもらいたいんだ」
葉夏上さんは驚きを隠せていない。
「あたしの過去なんて聞いて、どうしようって言うのですか? これと言って面白い話はないですよ」
「レイセンくんの過去を聞いていると、ちまきちゃんも聞きたくなってさ。住人のことを知るのも、管理人の仕事だから。さ、話してごらんよ」
腕を組みながら葉夏上さんは久良持さんではなく僕を睨んでいる。
「何で僕を見ているんですか?」
「……玲泉くんがいて話しにくいんだよね。だから、ちょっと離れていてほしいな」
久良持さんに部屋から出て行けと追い出されたが、一緒に久良持さんも着いてきた。
「過去のことは後でまた話すから、今はちょっと席を外してもらえないかな? ごめんね?」
返事も聞かず、久良持さんは二〇一号室へ戻って行った。
「……僕、いる意味なかったよな」
特にすることもなかったので、僕はアルバイト探しをすることにした。
行く宛もなかったので、駅へと向かった。
夕方だったので、学校終わりの高校生で溢れ返っている。手動改札の前には見覚えのある顔がいた。織衣だった。
話しかけようかと思ったが、あいつはもう大学生になる。僕は地元に残って、フリーター。
雲泥の差だ。こんな状態の僕でも、彼は優しい言葉をかけてくれるだろう。だが、内心はどう思っているのか分からない。深層心理は、僕のことを見下しているかもしれない。
僕の勝手な思い込みだが、絶対そう思っていないとは言えない。
僕は、時刻表を見ている織衣の後ろを通り過ぎ、東口の出入口へと向かった。幸いにも織衣は時刻表を見るのに夢中で、僕には気付いていないようだった。
稟堂も言っていた。家を追い出されたことは言わない方が良いと。惨めな思いをしてしまうのは僕自身だ。
駅前は、混雑している。僕はその混雑の中を当てもなくフラフラと彷徨っている。どこかへ行こうと言う明確な理由はない。働き先も、本当は見つけたいわけじゃないかもしれない。 ただ、今は一人で、自分自身と向き合いたいだけなのかもしれない。
僕は、ひたすらに歩き続けることにした。
中央郵便局を通り過ぎ、ただただ僕は目的もなく歩き続けた。まるで、今の自分の人生のようだ。
近くに歩道橋があったので、上ることにした。
歩道橋の上で、通って行く車、過ぎていく車を見ていた。通って行く車は信号で停車したり、ウインカーを出して道路を曲がったりしているが、過ぎていく車は僕からは見えなくなる。僕自身が見えていないのでどこへ行くのかすらも分からない。
冷たい夜風が吹いている。それでも僕は動こうとしなかった。空には星が見えている。
「レイセン」
僕の上ってきた歩道橋の反対側に稟堂がいた。
「こんなところにいたんだ。久良持さん、探していたよ」
稟堂の方を向いていたが、言葉も発さずに僕はまた道路の方へ向き直った。車は相変わらず途絶えることなく僕の下を通り過ぎている。
「何をしているのか知らないけどさ。久良持さんが話したいことあるって。行こうよ」
「……稟堂。僕さ、一生このまま、堕落しながら生きていくのかな」
彼女は頭を斜めにしている。僕の言っていることが分かっていないのか、早く行こうと言っている。しかし、無視して僕は話を続けた。
「駅で、織衣に会った。話しかけてないけど、時刻表を見ているあいつの目、輝いていたよ。未来に希望のある瞳だった。それに比べて、僕はどうだ。フリーターになると決めたのは良いけど、働いてすらいない。寝場所のある浮浪者じゃないか」
稟堂の方へと振り向き、僕は言った。
「僕、どうなっている?」
彼女は絶句していると思った。しかし、僕の予想とは裏腹に真面目な表情で僕と向き合っている。
「……レイセンは大学に受からなかったし、家庭環境も悪いから浪人も出来なかった。その後、お母さんには勘当されて、お父さんからも追い打ちをかけるように受験失敗を責められた。でも、忘れないで。レイセンには、私がいる。運命を変えられる、私がいる。織衣がどんな良い大学受かっていようが、運の良さならレイセンの方が上だから」
「でも、僕は働いてすらいないんだよ? どうすれば良いのさ。いずれ貯金が尽きるよ。そうなると僕だけじゃない、稟堂にだって迷惑がかかる。久良持さんにも迷惑がかかるかもしれない」
「もっと頼っても良いんだよ、レイセンくん」
僕の背後から久良持さんの声がした。振り向くと、久良持さんがいた。
「遅いと思って見に来たらこのザマだよ。輪廻ちゃんの言う通りだよ。レイセンくんは今現在、同年代では県内最高レベルの運の良さを持っているんだよ? 友達に運命を変えられるヤツなんているかい? レイセンくんだけだろう?」
言いながら久良持さんは稟堂の方へと歩きはじめる。
「さ、レイセン、戻ろう」
稟堂は僕に手をさし伸ばしてくる。その光景を見て、僕は一人じゃないことを実感し、目から涙が溢れた。
「泣かなくても良いじゃないか。さ、戻ろう。話したいこともあるんだ」
そう言うと、歩道橋の上から僕たちは久良持さんのコフタロンへと跳んだ。
つづく
30日中に更新できなくて、こんな時間に投稿することになりました。
そろそろ終わらせる終わらせると言っていますが、結局どんな話にしようか分からなくなり、まだどうやって終わらせようか分からないです。
もう少し話を進める予定でしたが、時間がなかったので一旦ここまでにさせてもらいます。
23時57分現在、アクセス数が345と歴代最高になったので、一応お知らせしておきます。
2月22日から21話を書き始めて、1000文字以上を目標に書いていましたが、ついに今日、50話まで来ました。
終わらせる終わらせると言っていましたが、無理に終わらせる必要もないんじゃないのかと思い始めています。
でも、そこまで話も思い浮かんでいなくて、もうすぐ学校も始まるので終わらせる日が近いかもしれないです。
やっぱり、終わらせるのは取りやめにしようと思います。
まだまだこの話を書きたいので、目標は100部にします。これからも書き続けます。




