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運命ドミネイション  作者: 櫟 千一
3月19日
30/87

29話

「レイセンくん。起きなよ、レイセンくん」

 僕を呼ぶ声がする。稟堂かと思ったが、稟堂は僕のことをくん付けしない。

「レイセンくん」

 肩を揺らしてくる。この声は久良持さんか。

「あ、やっと起きた」

 目を開けると、久良持さんが僕に笑顔を見せてくる。

「よく寝てたね。もう零時過ぎてるよ」

「えっ!?」

 聞けば、久良持さんは僕のスヤスヤと眠る光景を見ているうちに自分も眠ってしまい、そのまま日を跨いでしまったようである。

「そんな、急がないと稟堂が!」

「急がなくても大丈夫だよ。ちまきちゃんはレイセンくんを一般人にしているだけだから、輪廻ちゃんを 傷つけたりすることはないよ。……多分」

「その最後の一言が不安にさせるんですよっ! 早く葉夏上さんのところへ行きましょう!」

 僕は久良持さんの返事も聞かずに久良持アパート一〇一号室の自分の部屋へ跳んだ。



 いつもの癖で自分の部屋へ跳んできてしまった。四畳半の部屋から出てみると、部屋の前に久良持さんがいた。

「ははは、癖になっているみたいだね。とにかくちまきちゃんの部屋へ行こうか」

 赤面しつつも僕は外へ出て、二階へ続く階段を上る。光が漏れている二〇一号室を見つけると、すぐに僕は扉を叩く。叩くと言うより、もはや殴ると言った方が良いかもしれない。

「葉夏上さん! いますか!? 稟堂を返してください!」

 扉が開くと、そこにいたのは通常の葉夏上さんだった。

「玲泉くん? どうしたの? 輪廻ちゃんなら来てないけど」

「いますよね? 稟堂をさらったのはあなたなんでしょう?」

 葉夏上さんは相変わらず僕を蔑んだ視線で見ている。僕も負けじと睨み返す。

「何のことか分からないけど、玲泉くんは何か勘違いしているよ。あたしの部屋には輪廻ちゃんはいないし、輪廻ちゃんにはあたし今日一度も会っていないよ」

「それじゃあ、これはどう説明するんですか?」

 そう言って、僕はポケットに入っているグシャグシャになった伝言を見せようとしたが、すぐに久良持さんがやってくる。



「や、ちまきちゃん。ごめんねこんな時間に。起きていたのかい?」

「……ええ、玲泉くんが謝りに来ると思ってね。まあ、彼は謝る気がないみたいだけど」

 僕はずっと葉夏上さんを睨んでいた。葉夏上さんも僕のことを汚物を見るような目で見ている。

「一応聞かせて。何であたしが輪廻ちゃんをさらったと思っているの?」

「これを見ても、そんなことが言えますか?」

 紙を見せようとすると、横目でその光景を見ていた久良持さんが突然、コフタロンを出した。

「レイセンくん、目を閉じて!」

 言われるがまま目を閉じると、久良持さんの持つコフタロンから閃光が走る。

 葉夏上さんは目を開けていたのか、ずっと呻いている。



「さ、話してもらおうか、ちまきちゃん。輪廻ちゃんのこと」

「あんた……何者なの?」

「久良持アパートの管理人だよ。さ。輪廻ちゃんはどこなんだい?」

 久良持さんはしゃがんで、目を押さえている葉夏上さんに問いただしている。だが、稟堂の場所を話す気配もない。僕は痺れを切らして、葉夏上さんの胸倉を掴んだ。

「稟堂はどこなんだ」

「ま、まあ。そうカッカしないでよ。私が輪廻ちゃんの場所なんて知っていると思う?」

「この紙を見てもそう言い切れるのか?」

 三回目にしてようやくポケットに入っている紙を彼女に見せることが出来た。紙の内容を見て、葉夏上さんは苦笑いを浮かべている。

「……輪廻ちゃんの場所は言うよ。その代わり、条件がある。レイセンくんが引千切あこやのことを話さないと、輪廻ちゃんの場所は言わない」

「釣り合わないだろそんなの!」

「レイセンくんが輪廻ちゃんのことを大事に思っているのは分かるよ。でも、それと同じくらい、私も引千切あこやのことを知りたいのよ!」

 相当引千切あこやのことを知りたがっているらしい。その引千切あこやは目の前にいるわけだが。久良持さんがしばらくしたら正体をバラしそうだが、今は久良持さんが引千切あこやと言うことはまだ黙っていた方が良いかもしれない。


「それなら、先に稟堂を渡せ。その後、僕は引千切さんのことを話す。それで良いだろう?」



 僕の提案を聞いた葉夏上さんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「その条件を飲めないなら、僕は今後一切、引千切 あこやのことを話さない」

「分かった。先に輪廻ちゃんを返すよ。……でも、私には運命を変える力がある。レイセンくんは、変えられないよね? 対等じゃない条件を出してくれて、ありがとう」

 不敵な笑みを浮かべている葉夏上さんのその言葉を聞いた瞬間、僕はしまったと言いかける。だが、時すでに遅し。葉夏上さんはスカートの中で運命を変える準備をしていたようだった。ポケットから光っているコントローラーを出そうとした瞬間、葉夏上さんが持っていたコントローラーが弾け飛んだ。同時に、コントローラーは、壁に勢いよくぶつかる。

「いくらなんでも、大人げないよ」

 コントローラーを弾き飛ばしたのは、久良持さんだった。どうやって吹き飛ばしたのかは分からないが、とにかく運命を変えられずに済んだのは助かった。

「どうして、どうして久良持さんまでレイセンくんの味方をするの!? どうしてなの!」

 葉夏上さんは跪き、泣きながら地面をたたいている。

「そんなの簡単だよ。ちまきちゃんが、輪廻ちゃんをさらったからだよ。さらわなかったら、私はレイセンくんの味方にはならなかった。輪廻ちゃんがいなくなった今、味方になっても罪悪感はないからね。さ、輪廻ちゃんはどこなんだい?」

 顔を近付けて久良持さんは問う。葉夏上さんは涙を流しながら、稟堂の場所を話しているが、嗚咽で何を言っているのか分からない。彼女が泣いている光景を見ていると、まるで自分を見ているように思えた。

「輪廻、ちゃんは、わたしの、コフタロンに、いる……」

 場所が分かった今、すぐに葉夏上さんの背後にあるコフタロンを奪取する。彼女のコフタロンコントローラーを握りながら彼女のコフタロンへ移動する。


 葉夏上さんのコフタロンは、和室だった。畳があり、布団が敷かれているだけのシンプルな部屋だった。まるで夜冬の部屋だ。少しだけ夜冬のことを思いだすが、すぐに振り払う。

 そして肝心の稟堂は、布団で横になっていた。

「稟堂!」

 僕は名前呼びながら布団に走り寄ると、寝息を立てて寝ていた。ちゃぶ台の上には肉まんの袋が五枚ほど無造作に放置されている。

「……レイセン? どうしたの?」

 僕の声に気付き、布団から起き上がる。眠そうな目を擦りながら、欠伸をしている。たった半日しかいなかっただけなのに、何十日も離ればなれだったような、そんな気がする。僕は稟堂を抱きしめようと思ったが、僕も学習しているので、抱き着けば平手打ちが飛んでくるのを理解した。

「稟堂、何か酷いことされなかったか? ケガはないか?」

「平気だよ。私、葉夏上さんのこと勘違いしてたよ。すごく良い人だったよ。肉まんを買ってくれたし」

 能天気な稟堂を見ていると、呆れると同時に、戻って来たと言う実感が湧き、涙が出てきた。目から大粒の涙が零れ落ちているのに気付いた稟堂は驚いている。

「ど、どうしたの?」

「稟堂が戻って来てくれて、嬉しくて、つい……」

 僕の泣いている光景を見て、彼女はため息を吐きながら話した。

「レイセン、私は大丈夫だよ。いざとなれば運命を変えられんだから。心配する必要はなかったんだよ。でも、こんなにも心配してくれていたんだね。ありがとう」

 稟堂の優しい言葉を聞いて、さらに涙が止まらなかった。

 僕は葉夏上さんの使っている布団の上でしばらく泣き続けた。



「私の布団が……」

「まあ、良いじゃないか。勝手に人の女の子に手を出した罰だよ」

「そう言うのって、男の人が他人の女の子に手を出したときに言うものですよね……」


 稟堂も無事だったことが分かり、久良持アパートに戻る。時計は午前一時を指していた。久良持アパートの前には住人が全員揃っている。空は雪が降らず、星空が見えている。

「ところでレイセンくん、話の流れでめでたしめでたしってなっているけど、私の約束、覚えているよね?」

 葉夏上さんはそっと耳元で呟いてくるが、何のことだろうか。分からないまま棒立ちしていると、葉夏上さんは説明した。

引千切ひちぎり あこやのこと! 忘れていたの!?」

 忘れていたなんて言えない。成り行きで稟堂の居場所を知ったとばかり思っていた。

「一つ、聞かせてください。どうして引千切 あこやのことを知りたいのですか?」

 チラッと久良持くらもちさんの方を見ると笑いを堪えきれないのか、手で口を隠したり、たまに後ろを振り向いて咳払いしている。

「引千切さんに、どうしても聞きたいことがあるんだ。あの人なら何か知っていると思って」

「聞きたいことって、何ですか?」

 僕も気になり、つい聞いてしまった。しかし、運命を変えられる方の葉夏上さんは僕に敵意を感じなくなったのか、あっさりと教えてくれた。

「……運命を変える者は時折不思議な能力に目覚めるって言う話なんだけど」

 稟堂と僕と久良持さんは一瞬だけ反応する。いつしか稟堂が言っていたことと同じことを葉夏上さんは言っている。運命を変える者は、不思議な能力とは、稟堂が聞いてきた中では次元を越えたり、時を止めたりする者が現れているらしい。あくまで、稟堂が聞いてきた中の話だが。



「そ、それでレイセンくん! 教えてよ! 引千切 あこやのこと!」

 僕が葉夏上さんの胸倉を掴んだときに顔を近付けたときと同じくらいの距離で迫ってくる。しかし、本当に久良持さんが引千切 あこやだと教えても良いのだろうか。

「ちまきちゃん」

 ニコニコしながら葉夏上さんの肩を叩き、自分に何度も指をさしている。

「もう、今はふざけている暇がないんです。レイセンくん、どうなの!?」

 涙目になりながら訴えてきている。無言で久良持さんの方を見る。

「……へ? どういうこと?」

 目を白黒させながら僕と久良持さんを見ている。ここにいる者全員が今同じことを考えているだろう。

「私が、引千切 あこやだよ」

 満面の笑みを浮かべている。驚愕の事実を知り、葉夏上さんは地べたに座り込んだ。

「嘘……でしょ?」

「いやあ、私が引千切 あこやなんだよね。久良持 さくらって言う名前はもう一つの名前って言うべきかもね。ああ、ちなみに戸籍上では引千切の方だよ」

 葉夏上さんは開いた口が塞がっていない。久良持さんが話している間はずっとその状態だった。

「そ、それじゃあ、もし仮にあなたが引千切 あこやだと言うのなら、教えてください! 運命を変える者の秘密ってヤツを!!!」



 葉夏上さんの狙いは意外にも単純だった。あんなに悪そうな顔をしていたので、とんでもないことなのかと思っていた。

「んー……別にそんな大したことじゃないよ」

 相変わらず久良持さんは右手で後頭部を掻いている。

「それでも良いです! 教えてください!」

 葉夏上さんも頭を必死に下げている。そこまでして知りたいだろうか。


「なあ、稟堂はどうなんだ? 不思議な能力について何か知らないのか?」

 眠いのか、まだボーっとしている稟堂に聞いてみる。

「ごく稀な例だから、そんなに気にすることはないと思うよ」

「でも葉夏上さんはどうしてあそこまで知りたがっているんだ? それに比べて稟堂はどうでも良さそうじゃないか」

「だって私は別にそんなの興味ないもん」

 無気力で倦怠感丸出しの稟堂は必要最低限の返事しかしていない。

「ま、そんなに気にするこたあないよ。発症原因も曖昧だからさ」

「そんな……」



 葉夏上さんは目に涙を浮かべている。

「ちまきちゃん。ちょっとごめんね」

 久良持さんは僕と稟堂に目を閉じるように言うので、僕と稟堂は目を閉じる。すぐにまばゆい光があたりを包み込む。葉夏上さんはまた唸っている。

 目を開けてみると、葉夏上さんは倒れていた。

「く、久良持さん……大丈夫なんですか?」

「平気だよ。彼女はちょっと厄介なんだよねえ……」

 いつものホンワカとした雰囲気の久良持さんではなかった。

「今ここにいるちまきちゃんは、運命を変えられない方のちまきちゃんだよ」

「……え?」

「とにかく、二階へ運ぼう。こんなところにいたら風邪引いちゃうからね」

 久良持さんの言う通り、僕は眠っている葉夏上さんの腕を持ち、久良持さんと共に二階へと運んだ。このアパートでまともな生活をしているのは、どうやら葉夏上さんだけらしい。四畳半の狭い部屋には布団と必要最低限の生活品が揃っていた。布団に葉夏上さんを寝かせると、久良持さんは話を始めた。



「ちまきちゃんは二重人格って話はしたよね?」

「え、ええ。正直、あまり信じられないですが」

「そうなの?」

 何も知らない稟堂は驚きの声を上げている。その声を無視して久良持さんは話を続ける。

「ちまきちゃんは本来、運命を変えられる側なんだ。つまり、レイセンくんと同じ立場。でも、彼女自身が目覚めちゃったんだ。もう一人の自分、つまり、運命を変えられるちまきちゃんにね」

 どうも話が分からない。分かると言えば分かるのだが、にわかに信じがたい。だが、稟堂と出会ってからあり得ないことばかりだ。

「運命を変えられない方のちまきちゃんは、コフタロンコントローラーを家族代々受け継がれているお守りのような感覚で持ち歩いているらしいんだ。本当は、誰かが渡したのだけど、それが誰なのかは私にも分からないんだ。本来、こんなことは絶対にありえないんだ」

「それって、僕が運命を変えられるのと同じってことですよね?」

「そういうことだね。輪廻ちゃんがいるからレイセンくんの運命は変えられる。でも、彼女は輪廻ちゃんがいないのに運命を変えられる。彼女自身こそ、類稀な例なんだよ」



つづく

この辺りまで構想は練っていましたが、最近はどういう話にしようか分からなくなってきています。終わらせ方もどう言う終わらせ方にしようか迷っています。


予定では三日程稟堂を出さない予定でしたが、さすがに三日以内には終わらせるので、半日だけいないことにしました。

ここから終わりへと向かわせる予定です。



書き直していてふと説明していない場所があったなと思い、こういう話を書くことになりました。もうしばらくお付き合いください。

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