27話
午前四時を回り、徐々に眠気が襲ってくる。稟堂もたまに話しかけても反応がないときがあるので、疲れているのかもしれない。無理もない。あのようなことが起きたのだ。
「稟堂、眠いなら寝ても良いぞ。別に、久良持さんにはいつでも会えるわけだから」
「そうだね……ちょっと、寝るね。おやすみ」
ベットの上で横たわり、三分程で寝息が聞こえ始めた。
僕も眠くなってきたので、ベッドの横にある薄い布団で仮眠をとることにした。
目が覚めると稟堂はいなかった。
「起きた? レイセンくん」
ベッドの上には、葉夏上さんがあぐらをかいて座っていた。
「何であなたがここに……?」
「運命を変えられる者の特権、と言えば良いのかな? それよりさぁ~、話してくれないかな? 引千切 あこやのこと。話してくれなくても、このコフタロンで君の運命を変えちゃえば良いだけなんだけど」
葉夏上さんはケラケラ笑っている。
「稟堂は、稟堂はどこなんですか!?」
「輪廻ちゃんは邪魔だから、ちょっと消えてもらったよ。大丈夫、死んじゃったわけじゃないから」
「この、ふざけるな! 僕には稟堂がいないと……!」
言った直後、自分は何を言おうとしてるのかと焦る。何故、僕は今「稟堂がいないと運命を変えられない」と言いかけたのだ。
「稟堂がいないと? ん? 続き言ってよ?」
「……運命、変えましたね?」
葉夏上さんの背後がキラキラと光っている。
「ああ、バレちゃったかあ。まあ、そうカリカリしないでよ。私だって引千切 あこやのことを知っている人に会えたんだもん。そりゃ話は聞きたいよ。レイセンくんが、運命について聞くみたいにね?」
「どうして僕のこと、そこまで知っているのですか?」
「君はさっきから質問ばかりだね。そこがまた良いんだけど。引千切 あこやのことを話してくれれば、もう今後一切関わらない。それは約束するよ」
「そんなの、信じられるわけないじゃないですか!」
僕は咄嗟に否定の言葉を出す。
「ま、そう言うと思っていたけどね。それじゃあ、これからもよろしくね」
「はっ!!」
白い部屋の白い天井が僕の視界に飛び込んでくる。恐る恐るベッドを覗いて見ると、稟堂がいた。
「大丈夫? ずっと唸っていたし、汗もすごいよ」
荒い息をしながら、僕は周りを見渡す。部屋には僕と稟堂しかいない。
「稟堂、いつから起きていた?」
「ええっと、十五分くらい前かな。レイセンの唸り声で目が覚めちゃって」
時計を見ると十時前だった。
「……そっか」
「酷い夢を見たんだね。シャワー浴びてきなよ」
稟堂の言う通りシャワーを浴びようと思ったが、さっきの夢のように、稟堂がいなくなって葉夏上さんがいたらと思うと、恐怖でシャワーを浴びられなかった。そのようなことを考えていると、稟堂は話しかけてきた。
「……どうしたの?」
「稟堂、一緒にシャワー入らないか?」
すぐに稟堂の平手打ちが僕の頬に飛んできた。
「バ、バッカじゃないの!? 何言うと思ったら!! 心配して損した!」
顔を真っ赤にして罵倒の言葉を飛ばしてきたが、僕は泣き崩れる。
「えっ!? レイセン、大丈夫? そんなに痛かった……?」
「ごめん、変なことを言ったのは認めるよ。でも、僕は、稟堂がいなくなっていてほしくないんだ。さっき、夢で、稟堂がいなくなって、ベッドの上に、葉夏上さんがいて、話しかけられて、運命を変えかけられたんだ。それで、稟堂と、常に、一緒にいたいんだ。いなくなって、ほしくないんだ」
号泣しながら、僕は自分の心情を吐露する。稟堂は僕の方を見ている。
「レイセン、さすがに一緒に入るのは無理だけど、私は絶対にレイセンを置いてどこにも行かない。だから、安心して」
稟堂の声を聞くと安心できた。僕はトボトボとシャワーを浴びた。
早く稟堂がいることを確認したかったので、身体を流すだけにした。
部屋に戻ると稟堂はいた。心から僕は安堵した。
「大丈夫だったでしょ?」
「ああ……良かった」
「それじゃあ、久良持さんのところ行ってみようよ。引千切さんのこと、きっと何か知っているはずだよ」
一〇一号室に跳び、すぐに扉を開けて隣の一〇二号室の扉を叩く。
「久良持さん、いますか」
極力、声をあげないようにしてドアを叩いた。部屋の中からは音が聞こえてきたので、久良持さんはいるらしい。音を開けて戸を開けると、久良持さんが出てきた。
「やあやあ、レイセンくんに輪廻ちゃんじゃないか。どうしたんだい?」
「その、折り入って話があります。中に入っても良いですか?」
「えっ!?? ダメに決まっているじゃないか! レイセンくんは特にダメだよ!!」
中に何があるのかは分からないが、必死に僕を入れまいとしている。
「と、とにかく! 場所を変えよう!! 私の部屋はダメだから!」
久良持さんの提案により、久良持アパートから徒歩五分の第三公園という名の公園にやってきた。
「それで、どうしたんだい?」
ベンチに座って話すことになったが、僕の横にいるので、目を見て話しづらい。
「えっと、その……」
「もしかしてバイトのこと? それなら、心配しなくても良いよ。きっとすぐに慣れるからさ」
「……いえ、バイトではなくてですね」
下を向きながら、僕は上手く言葉を紡げずにいた。その光景を見かねた僕の横にいた稟堂が代わりに話してくれた。
「久良持さん、二階の人に話があります。一つは、葉夏上さんです」
「ちまきちゃん? あの子のバイト先に行っているんでしょ? サバサバしているけど、根は良い子だからそこん所分かってあげてよ。ね?」
久良持さんは、どうやら何も知らないようだ。ここで夜中の出来事を話しても、信じてもらえないだろう。まず、運命を変えられる云々を信じてくれる人はこの界隈にはいないだろう。
しかし、僕は立ち上がって、久良持さんの前に立って話すことにした。
「葉夏上さんはコンビニでバイトをしていません。昨晩、僕たちは運命を変えられかけました。葉夏上さんの隣の部屋の、引千切 あこやのせいで」
久良持さんは下を向いて震えている。
「あっはっはっは!! 運命を変えかけられた? 何言ってんの! あはははは! レイセンくん、やっぱり面白いね!! あはははははは!!!」
稟堂に目を向けると、稟堂も困った顔をしている。
「本当なんですよ! 葉夏上さんは私たちのことをですね!」
稟堂も必死に説得しているが、久良持さんはずっと笑っている。どう説明しても、笑うだろう。
やがて、久良持さんの笑いが収まってきて、目に溜まった涙を拭って話を始めた。
「ごめんごめん、まさかそんなこと言ってくるとは思わなくてさ、ウヒ」
「まだ笑っているじゃないですか。それはそうとして、本当に運命をですね」
久良持さんは半笑いで僕たちの会話を聞き流している。
「まあまあ、笑いすぎたけど、運命とかそんなのはね。別の機会にしようよ。レイセンくんはきっと疲れているんだよ。今日は熱い風呂に入ってさ」
「本当なんですよっ!!」
僕が声を大にして言うと、久良持さんは少し驚いていた。
頭を掻きながら話をしてくれた。
「うーん、ちまきちゃんのことを知っちゃってる……か。なら言っちゃおうかな。レイセンくんたちはどうしてこのアパートを見つけたの? 正直に言ってごらん?」
駅の人気のない場所で。適当に跳んでみたら着いた、なんて言ってもさっきの反応を見ると信じてくれそうにないな。
でも、正直に話せと言っているから言うべきだろう。
「……駅から、適当に跳んでみようって言って、稟堂の力である疑似ワープのようなもので跳んでみたら、ここに着きました」
「それって、どうしてか分かる?」
久良持さんはあんなに笑っていたのに、今は半笑いを浮かべている。
「私が、ここに呼び寄せたんだよ」
「どういうことですか!?」
僕と稟堂は同時に声を上げる。
「だってさ、都合が良すぎるとは思わなかった? 適当に跳んでみた場所に格安のアパートがあるなんてさ。特に『運に見離されたレイセンくん』はね」
稟堂と同じ言葉を使っている。ただの偶然だと思えない。
「久良持さん、あなた何者なんですか?」
僕は一歩下がりながら久良持さんに話を聞く。
「まあ、安心してよ。ちまきちゃんみたいに酷いことはしないよ。私はレイセンくんの味方、と言いたいけど、味方にはなれないんだよねえ」
「ど、どうしてですかっ!?」
僕ではなく稟堂が反応する。
「そりゃ輪廻ちゃん。君がいるからだよ」
稟堂がいるから味方になれない? 話が全く見えない。
「稟堂がいるから味方になれないって、どういうことなんですか!」
「分からないかなあ。輪廻ちゃんはレイセンくんの運命を変えに来たんだよ? そこでさらに、私もレイセンくんの運命を変えてあげるなんて、虫が良すぎる話じゃないかい?」
「それは、そうですけど……」
待て。
今、久良持さんは何と言った。
どうして稟堂が僕の運命を変えに来たことを知っているんだ。
どうして運命を変えられることを知っているんだ。
どうして久良持さんも運命を変えられるようなことを言っているんだ。
「久良持さん、もしかしてあなた……」
僕は恐る恐る、瞬時に脳裏によぎったことを話そうとした。
「んー、まあ、レイセンくんの思っている通りだよ。私も、運命を変えちゃうこと、出来ちゃうんだよね」
言い終えると、久良持さんの穿いているジーンズの右ポケットからコフタロンコントローラーが出てくる。
「それは……」
「見覚えあるよね? 輪廻ちゃんがあげたんでしょう? 全く、ダメじゃないか輪廻ちゃん。勝手にあげちゃったりして」
「だって、レイセンがあまりにも不憫な人生を歩んでいたから……」
久良持さんは笑いながらため息を吐いた。
「全く、輪廻ちゃんらしいなあ。このコフタロンコントローラーは、運命を変えられる者しか起動できないんだよ? 本来は輪廻ちゃんが持っていないといけないのに、どうしてレイセンくんに渡しちゃったかなあ。レイセンくんがコントローラー持ってもシダネナジーが溜まらないのも納得でしょ?」
どうやら全てお見通しと言うわけらしい。彼女なら、久良持さんならきっと、引千切さんのことを知っているだろう。
「久良持さん、あなたが運命を変えられる者と言うことは分かりました。もう一つだけ教えてください。引千切 あこやのことです」
僕は心臓の高鳴りを抑えることも出来ず、緊張で口内も乾燥しきっている。
それでも聞かなければならない。高野橋先生の運命を変えたであろう、彼女のことを。
「引千切 あこや? 私のことだけど?」
開いた口が塞がらない。こんな身近に引千切 あこやがいたなんて。この場で冗談を言うとも思えない。
「そ、それじゃあ……高野橋先生の運命を変えたのは………?」
「私だよ」
ニコニコと笑いながら彼女は自分自身の正体を引千切あこやと言うことを暴露した。
「まさか高野橋くんの教え子が運命を変えられちゃうとは思わなかったよ。これも、運命ってやつなのかな?」
引千切あこやがここにいる。これは先生にも教えるべきなのかもしれないが、今はそれどころではない。
「ま、そんな怖い顔しないでよ。運命なんて案外そんなものなんだよ。レイセンくん」
ニコニコしながら僕の肩を叩いてくる。
「えっと、引千切さんに一応聞いておきたいのですが、二階の部屋は……?」
「別に今まで通り久良持で良いよ! 何か変な感じするからさ。二階の部屋は、ちまきちゃんの部屋じゃないか」
「でも、葉夏上さんの隣の部屋の表札に引千切あこやって……それに、久良持さん、二階に一応人いるって言っていましたよね!?」
あははと笑いながら、答えてくれた。
「人はいたじゃないか。ちまきちゃん。もしかしてレイセンくんは二〇二号室にも人がいると思ったのかい?」
「あの言い方なら誰でもそう思っちゃいますよ!」
「レイセンくんらしいなあ。ま、とにかく正体もバラしちゃったところだし、運命変えちゃいましょうか」
久良持さんはそう言って立ち上がる。彼女の右手にはコフタロンコントローラーが握られている。
「ええっと、運命を変えるってどうやるんですか?」
「レイセンくんの持っているコフタロンを輪廻ちゃんに渡して。そうすると、起動するよ」
言われた通り、稟堂にコフタロンを渡すと、シダネナジーのゲージが満タンになる。
「本当だ……」
「輪廻ちゃんはレイセンくんの運命を変えに来たんだよ? そこを間違えちゃダメだよ。レイセンくんに特別な力があるわけじゃないよ」
僕の存在を否定しているように感じたが、すぐに久良持さんは話を続けた。
「ないからこそ、力がある輪廻ちゃんが、変えてあげなきゃいけないんだよ」
稟堂は久良持さんの話を聞き、返事をした。
「分かりました。今からレイセンの運命を変えます」
「え?」
今から変えるとは思わず、聞き返してしまった。
「ごめんね。やっぱりレイセンの言う通りだったよ。久良持さん、ううん。引千切さんに会って正解だったよ。運命、変えてあげる」
言い終えると、稟堂は空に向かってコフタロンを掲げる。コフタロンには光が集まり始める。
「待て! 稟堂!」
気が付くと、僕はそう口走っていた。
「どうしたんだい? やっと自分の運命を変えられるのに、どうして止めたりしているんだい?」
「……何だか、今は違う気がするんです。上手くは言えないですが」
久良持さんは半笑いになりながらも僕の言うことに賛成していた。
「ま、レイセンくんの言う通りだね。レイセンくんの運命だから、私たちが無暗に変えちゃダメだよね」
こうして僕の運命を変えることは先延ばしになった。だが、稟堂が葉夏上さんのようにコフタロンを使って運命を変えようとした際、コフタロンに光が集まっていた。やはり、このコントローラーは僕が持つべきではなく、稟堂が持つべきだったのだろう。
第三公園から久良持アパートへ戻り、一〇二号室の部屋の前で久良持さんは言った。
「私の正体もバラしちゃったからね。困ったことがあったらまたおいでよ。アドバイスくらいならしてあげるよ」
「はい、ありがとうございます。それじゃあ、また」
「うん。またね」
久良持さんは自室へと戻って行った。
僕も一〇一号室へ戻り、コフタロンに跳ぶ。
コフタロンに戻り、稟堂のベッドの横に敷かれている自分の薄い布団の上に転がる直前に稟堂に話しかける。
「それにしても、久良持さんが引千切さんだってなあ。気付くわけないよなあ」
そして気付く。ずっと後ろにいた稟堂がいなくなっていることに。
つづく
36話はトータル20分くらいで仕上げてしまい、低クオリティになっていたので、書こうと思っていた話を37話に詰め込みました。
一応、時間も時間ですが、あげておきます。
久良持さくら=引千切あこやという設定は前々から思いついていました。言い訳にしかならないと思いますが。
結構僕は伏線を張っているつもりです。文章を読めば結構分かりやすいかもですね。
本当はあと3話くらいで終わらせようと思っていましたが、ちょっと書いて起きたい部分があったのを思い出したので、もう少しだけ続けます。




