20話
自分の家、と言う言い方もあまりしっくり来ないが、とにかく自分たちの部屋へ戻る途中で久良持さんは言った。
「レイセンくん、今度女装して街を歩かない? もちろん輪廻ちゃんも一緒に」
「嫌ですよ。知り合いに見られたらもう生きていけないですよ。それに、僕も僕で、暇じゃないんですよ。バイトもしなきゃいけないですし」
「え? レイセンくん、バイトしてないの?」
久良持さんは随分と当たり前のことで驚いている。だが、この年で働きもせず、学業に励んでいるわけでもないのだ。驚くのも無理はないだろう。
「していましたが、受験で一度やめて、今は新しく探しています」
「え? どういう事? レイセンくん、今、何歳?」
「今年で、十九歳になります。今は十八歳です。どうかしたんですか?」
「ありゃりゃ。まさかの一個下だったのか。ずっと同じ年だと思ってたよ」
一個下、と言うことは久良持さんは十九歳と言うことか。
「敬語の時点で気付いてくださいよ」
「そう言うキャラ設定なのかと思ってた」
「そんなわけないじゃないですか!」
部屋に着くまで、銭湯に来たのであろうお客さんと何人かすれ違ったが、みんな僕を見ている気がした。気のせいだと言われるが、やはり視線を感じる。それもそうだろう。女物の服を着ている男だなんて良い見世物だ。
「久良持さん、早く歩いてくださいよ。この格好、恥ずかしいんですよ」
ノロノロと歩いている久良持さんに言う。
「もっと女の子になりきって歩けば良いじゃないか」
「そんなの無理ですよ! 早く歩いてくださいよ!」
「そう急ぎなさんなって。人生は長いんだ。レイセンくんはまだ若いから」
急に年寄りくさいことを言い出す。
「何言ってるんですか! 僕も早く着替えたいんですから!」
「あ、そうそう。今日の夜ご飯、何が良い? 引っ越し祝いに何か奢ってあげるよ」
「話を変えないでくださいよ! あと、ニヤニヤしないでください!」
いつかの稟堂と同じように、久良持さんの手を引っ張って自室へと戻る。
玄関を開けて久良持さんと僕の部屋の前に着くと、稟堂がしゃがみこんでいた。
「稟堂! どうしたんだ!」
あわてて駆け寄る。
「レ、レイセン……」
また泣いていた。
周りが濡れているので、長い時間泣いていたようだ。
「な、何泣いてんだよ。ほら、立って」
「だって! レイセンがいな……ふふ……うひゃひゃひゃ!」
急に高らかに、大声を出して笑いだした。
「何笑ってるんだ? ついにおかしくなったか?」
「だ、だって! レイセン! 何で、何で女装してるの? うはははは!」
「ふ、服がこれしかなかったんだよ! 仕方ないんだよ!」
涙を流しながら笑っている稟堂を見て、内心ホッとする。
「まあまあ、ふふ……とにかく、輪廻ちゃんとも合流したわけだから、うふふふ……一緒に晩ご飯を食べに……」
「久良持さんも笑いながら言わないでください!」
その後、自分たちの家賃二千円の室内へ入り、こっそりとコフタロンに戻り、何日か前に取り寄せた普段着に着替えた。
晩ご飯は何を食べたいかと言う久良持さんの質問に、僕は何も答えられなかった。理由は実に単純明快で、奢ってもらう身なのに、食べたいものまで決めさせてもらうと言うことに罪悪感を感じていたからだ。
「本当に何でも良いのかい?」
「はい。久良持さんの好きなもので」
「じゃあ、輪廻ちゃんは、食べたいものとか、ある?」
しまった、と心の中で言ってしまう。
こいつは、頭が肉まんで占拠されてしまっているから、肉まんしか選ばない。
「んー、じゃあ、久しぶりに、ラーメンを食べたい」
肉まん以外の答えを出した稟堂を、僕は初めて見たかもしれない。
何故、肉まんではなく、ラーメンを選んだのか。
考えても分からない。
「お、良い目してるね。じゃあ、ラーメン屋へ行こうか」
ズンズンと前へと向かう久良持さんに嬉しそうに着いて行く稟堂。まるでカルガモの親子だ。
「美味しいラーメン屋さんあるの?」
「おうよ。美味しすぎて、びっくりするよ!」
どこかで似たような言葉を聞いた気がするが、今はそれよりも稟堂が肉まん以外のものを選んだことに対しての疑問が大きい。
どうしても気になるので、稟堂にこっそりと聞いてみた。
「なあ、お前が肉まん以外のものを選ぶって、どういうことだ?」
嬉しそうな顔をしている稟堂に聞いてみた。
「さっき、レイセンたちが掃除しているときにコンビニの中をいろいろ見ていたら、ちょっと高めのカップラーメンが紹介されていたんだ。それで、食べたいって思ったから。あと、この前食べに行ったラーメン屋さんあるじゃない? あそこも美味しかったなと思い出して」
杞憂だった。思い返すと、何故こんなことを真剣に考えていたのだろうか。急に自分自身がバカバカしくなった。
「ところで、レイセンと久良持さんは一体どこ行ってたの? 私、心配してたんだけど」
「私とレイセンくんはね、裸になって気持ちよくなる場所に行っていたんだよ」
ニヤニヤしながら稟堂に話す久良持さんを見て「上手いことを言うなあ」と一瞬感心したが、稟堂の顔がすぐに真っ赤になっていくのを見て、すぐにツッコミを入れる。
「誤解を与えそうな言い方しないでくださいよ!」
「な、な、な」
顔を真っ赤にして驚く稟堂を、どこから説明しようかと考えているうちにオゾンの近くにあるラーメン屋に着いた。
この時に分かったが、駅やオゾンからかなり近い場所に僕らの部屋はあると知った。
「レイセン、覚えててよっ!!」
「はいはい……」
「何をブツブツ言ってんだい? ここのラーメンはね、本当美味しいんだよ! 結構遅くまでしてるから一人でもたまに食べに来るんだ! 最近はあまり来てないけどね」
目の前には中華ラーメンと書かれたラーメン屋がある。
店の前には屋台があるが、これはあまり関係ないようである。何故ならチャルメラが流れているだけの看板のようなものだからだ。
「とにかく入りなよ。寒い寒い」
無理やり押し込む形で入店させられる。軽くデジャヴを感じた。
この感じ、最近誰かにされたような気がする。
店内に人は少なかった。
僕と稟堂は、久良持さんのオススメである醤油ラーメンを頼んだ。
オゾンには何度か来ているし、横のカラオケにもたまに来ていたが、ここのラーメンは初めて食べる。
「へえ、それじゃあ輪廻ちゃんとレイセンくんは同じ高校で再開したようなものなんだ」
「そんな感じかな」
稟堂は久良持さんに僕と稟堂の出会いについて語っていた。
ここは話を合わせないとな。
「稟堂とは小学校の頃に一度会ってるんですけど、そこから連絡が途絶えちゃったんですよ。それで、高校に入学したらバッタリと会っちゃって」
「じゃあ、二人は今、同棲生活しているようなものなんだね。お似合いのカップルだよ」
久良持さんに言われてハッとした。そう言われるとそうだ。僕と稟堂は同棲しているようなものだ。お互い何も言わなかったが、傍から見ると僕たちはカップルのようなものなんじゃないだろうか。
「高校卒業と同時に同棲なんてドラマみたいで良いじゃないか。私は応援しているよ! 若いうちに何でもやっておきなよ! 特にレイセンくんは、ね?」
ニヤニヤしながら僕を見ていると同時にラーメンが到着した。
「おお! ここのラーメン久々だなあ! それじゃあ、二人のこれからに幸運を! いっただっきまーす!」
とても嬉しそうな顔をしてズズズと音を立てて久良持さんはラーメンをすする。
顔をあげると、とても幸せそうな顔をしていた。やはり、久良持さんは前向きな女の人だ。稟堂もズズズと食べているので、僕も食べることにした。
寒い時期にラーメンのような温かいものを食べると、小さな幸せを感じる。
大きな幸せが一気にやってこなくても良い。
こうして、稟堂や久良持さんと寒い時期に暖かいラーメンを食べられる。こういう幸せは、ずっと続いてほしい。
そう思いながら、僕もラーメンを食べた。
つづく
編集+誤字訂正しました。 4/17




