1話
「今の現状に、満足?」
どこからか声が聞こえてくる。女の子の声だ。
「……誰?」
「質問を質問で返さないでよ。満足なの?」
「いや。満足じゃない……です」
誰かも分からない人物に敬語で返事をする。ただ一つ分かっているのは、女の子と言うことだけだ。
「そうだろう、そうだろう。受験に失敗、浪人できない、おまけにお金もなく家庭状況も最悪……か。おもしろい。君の運命、変えさせてあげる」
「何? 何言ってんの?」
「私は君が信じていない神、なんて言っても信じるわけないか。これを渡すわ」
そう言うと、空から四角い物体が落ちてきた。
「これは?」
「君の未来を、より良いものに変えてくれるもの。じゃあ、またね」
あ。寝てた。今何時だ。
午後五時前。周りは薄暗くなり始めてる。寒くなってきた。帰ろう。
何だか変な夢見た気がする……。
土手を登ると、自転車が道を挟んだ奥の小さな神社に止められていた。
おかしい。川の手前に置いておいたはずなのに。誰かズラしておいてくれたのかな。
カゴの中には見覚えのないゲームのコントローラーのようなものが入っていた。とにかく、交番に届けておこう。そろそろ山を下りなければ。
帰りは下り坂だから楽だ。漕がなくても勝手に進む。坂道になっている橋の上を、僕は下っていく。
何となく予想はしていたが、ブレーキが壊れた。
「え? 本当に? おいおいおい!」
とんでもないスピードで下り続ける自転車。それに跨っている僕。自転車は僕の事情も知らずに加速を続ける。
そして、僕はブロックにぶつかり、綺麗に弧を描き、川へと放り出された。脳内では、一瞬で「泳げない! 死ぬ! 死にたくない!」と思った。
しかし、遅かった。
川に落ちる寸前、カゴの中にあるコントローラーを握りしめる。まばゆい光に包まれたのを感じた。
息ができる。服が濡れていない。目も開く。何だこれ。
僕は白が強調された近未来的な、何もない場所にいた。
「コフタロンシステムへようこそ。お名前をどうぞ」
どこからか声が聞こえてきた。
「弓削 玲泉……」
少し間が開き、また声が聞こえてくる。
「ユゲ レイセン様でございますね。一致しました」
「ちょっとちょっと! これは何なの?」
「ご変更おめでとうございます。ユゲ様の運命、変えさせていただきました」
運命を変更? どういうことだ?
「何? 運命? 何言ってるのか分からないよ? あ、そうか! これは夢か! それとも、僕は死んだのかな?」
「夢でも冥界でもございません。あなたは生きています。死の運命を、変えましたからね」
「死の運命? 本当に言ってるの?」
全方向から聞こえてくる声に対して、疑問も持たずに返事を返していることに気付いていない。
「記憶が混乱していますね。無理もありません」
「と、とにかく返してよ! 現実? に!」
「わかりました。では、ご帰宅しましょう」
気が付くと僕は家の前にいた。僕の足元には自転車が倒れていた。夢……ではなさそうだ。
何故なら、僕の手には、あのコフ何とかと言うコントローラーが握られているからだ。
こいつが、本当に運命を変えるのだろうか。
自室で、もう一度よくコントローラーを見てみた。
全体的に四角いデザインだ。中央に四角いスイッチ、右上にはA、B、X、Yのスイッチ、右下はスティック。左部分は全てタッチパネルと化している。
中央部分の四角いスイッチを軽く押してみると、空中にウィンドウが表示された。
画面には「何をなさいますか?」と表示されている。
「運命を変えるとかの説明を……っと」
目の前に、ホログラフィーで作られたキーボードが表示された。もちろん入力が可能。
「そちらの説明は初めに聞いたはずです。お教えはできません」
「……なんて不親切なんだ。もういいや」
僕はまた、中央の四角いボタンを押してウィンドウを消した。
今日は何だか、疲れた。ご飯いらないから、寝よう。
「どう? コフタロンの力は?」
夢のときと同じ声だ。
「誰?」
「だーかーらー! 質問を質問で返さないっ! まぁ良いや。今、君のところへ行くから」
「あ、そう……」
誰かも分からないやつに、曖昧な返事を返す。誰も信頼できない。思考を停止させて何も考えずにひたすら眠った。このまま、永遠に眠ってしまいたい。
目が覚めると、朝になっていた。急いで学校へ行く準備をして、家を出た。
この道とも、あと数日でおさらばなのか。この道、三年間もよく歩いたよ。雨の日も、雪の日も、台風の日もあった。あのときの僕は、まだ未来に希望をもっていた。僕は大学に受かって、四年間のキャンパスライフを堪能するって。
しかし、現実は違った。とことん酷いものだ。現実っていうものは。
そのようなことを考えながら進んでいると、学校に着いた。校門前で生徒会が挨拶をしている。適当にあしらって、生徒玄関に向かう。生徒玄関では、主に女子生徒の挨拶が聞こえる。
上履きに履き替えて、教室へ続く廊下を歩く。分かれ道かの如く現れる階段。こいつを上る。相変わらず偶数の二十八段。踊り場を曲がり、さらに上る。こいつは何故か奇数の二十七段。設計ミスなのだろうかと、三年間思ってたっけ。それも上り終えると、右に曲がる。長い長い廊下がある。この廊下を少し進んだ先に、僕の教室である三年六組がある。
教室に入り、一番後ろの窓際にある自分の席に着く。階段を上ったあとなので、少し気分が楽になる。
「おはよう弓削!」
「おはよう……」
朝の挨拶も元気に返す余裕がない。
「どした? 元気ないな」
「気のせいだよ」
「そっか、お前だけだもんなぁ。受験落ちたの」
いきなり原因である言葉をかけられる。
「ハッキリ言って悪かった。でもさ。お前本当にどうすんの?」
一番聞かれてほしくないことを聞かれた。
「分からない」
この質問をされると、この返事しか返さない。
いや、この返事しか返せない。
「分からないって、お前このままだとフリーターじゃないのか? 浪人できないんだろ?」
「そうだけどさ。でも僕の家、貧乏だから」
心配をしているのかもしれないが、あまり過去のことを掘り返してほしくない。
「なら就職、と言ってももう遅いか。フリーター確定か?」
「……うん」
「そうか。あのさ。今日の昼、どっか行かね? 俺、奢るよ」
彼の優しさはとても嬉しい。でも、同時に自分が惨めに感じる。
「ありがとう。でも、気持ちだけで、十分だから」
「相当参ってるな。何か力に立てればな……」
予鈴が鳴った。
彼は同じクラスの織衣 海斗。三年間、ずっと同じクラスで仲もいい。
しかし、彼は県外の大学へ行ってしまう。中々偏差値の高い大学らしい。あいつなりに努力はしたのだろう。
僕はと言えば、先ほど言った通り、家にお金もないので、県外には行けない。
私立でも奨学金を借りるしか方法はないが、僕は国立を選んだ。学費に魅力を感じた。
そして、見事に失敗した。大学に落ちた。分かってはいたが、ここまで来ると正直かなり辛い。これからどうしようか、どうなるのか。
考えていると、僕の横の席に、誰かが座った。おかしい。僕の横に席はないはず……。
隣には金髪で、碧眼の髪が長い、白い肌のとても可愛い女の子がいた。
「やっ、元気? 弓削レイセンくん」
聞き覚えのある声だった。夢の声と同じだ。
「え? お前、もしかして……」
「運命を書き換えたと、言えば良いのかな? 信じないだろうけど」
「お、織衣……こいつ」
僕は織衣に聞いてみる。嘘だ、嘘だろ。
「んー? 稟堂がどうかしたのか?」
「り、稟堂って……」
「もう、忘れたの? 私よ。稟堂 輪廻」
稟堂 輪廻と名乗るその美少女は僕のことを知っている。だが、僕は知らない。それにしても、輪廻とはまたすごい名前だな。
「輪廻って、すごい名前……」
「良い名前でしょ? 気に入ってんだ」
「そうじゃなくてさ。お前、マジモンなの?」
どうしても気になったので、つい稟堂に聞いてしまった。
「まだ信じられない? 声も同じなのに? 昨日、君のところ行くからって言ったじゃない。もしかして信じていなかった?」
「あんなの信じるやついるかよ!」
「お? いつになく仲良いじゃんお二人さん! 卒業も近いからか?」
周りにはやし立てられた。僕は顔が真っ赤だっただろう。
「お前ら席に着けー。ホームルーム始めるぞー。それと、弓削。お前は放課後、職員室に来い。話したいことがある」
間違いなく進路の話だ。どう説明しようか。
つづく
誤字訂正+追記しました。
3月27日
誤字訂正 4/28