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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
楠原晴司、二十四歳、春
9/46

 その日の夜、いつも通りの居酒屋で、宗助、夕香と三人で明日の商談へ向けた決起集会をしていた。


「明日は、お前らに全て任せる!! 頼んだぞ!!」


「ちょっと晴司さん、なんすかそれ……」


「今日見ての通りだ。ハッキリ言って、俺は商談に向いてない」


「だからって、いきなりそんなことを言われても困ります!」


 宗助と夕香は必死の形相で俺に詰め寄った。


「いやな、俺アイツ苦手なんだよな……」


「アイツって……柊部長?」


「そうそう」



「………」



 突然、夕香が考え込んでしまった。俯き、目の前にある出汁巻き玉子をひたすらに見つめていた。



「ん? 夕香、どうした?」


「いや……あの……」


「夕香、なんか変だぞ?」


 宗助も心配そうに見ていた。



「……楠原さん、柊部長とお知り合いなんですか?」


「ああ。高校の時の同級生だ」


「マジっすか!!??」


 宗助は立ち上がり驚きの声を上げた。


「俺がそんなしょうもない嘘なんてつくか。マジだよ」


「そう……なんですか……」


「で? で!? 柊部長は高校の時どんな人だったんですか!?」


「どうって言われてもな……

 とりあえず、凄まじくモテてたな……」


「そんな当たり前のことなんかどうでもいいっすよ!!」


(なんでコイツはこんなに熱くなってんだ?)


「いやでもな、実際アイツと同級生だったのは、ほんの数か月だけなんだよ。

 二年の夏前に引っ越してきて、夏休みの終わりには外国に行ったからな」


「楠原さんは、どんな関係だったんですか?」


(さっきから、何でこんなにおそるおそるなんだよ……)


「何て言うかな……悪友?」


「なんすか、それ」


「いやな、寄ってくる男が五月蠅いからって、アイツの仮面彼氏をしてたんだよ」


「マジっすか!!??」

「本当ですか!!??」


 今度は二人同時に叫んだ。


「……なんだよ」


「だって……えええ!!??」


「…………」


 宗助は信じられないことを聞いたかのようにテンパっていた。まるでツチノコでも見つけたかのようだ。

 夕香は絶句していた。これまた現実を受け入れたくないかのようだった。


「若かりし頃の思い出ってやつだよ。アイツは高校の時から超人でな。色々と悩んでいることもあったが、それでもすごかったよ。凡人である俺なんかじゃ相手にならないくらいにな」


「ですよねえ……晴司さんと柊部長の組み合わせは考えられないっすもん」


「……お前、何気に失礼だぞ」


 俺は一度咳払いをした。


「アイツが引っ越してから、しばらく連絡もなくてな。それがある日突然帰ってきてんだから驚いたよ。

 帰ってくるなり就職して、あっという間に今じゃ営業部部長。

 ……まったく、恐れ入るよ」



 話しながら、俺は今や遠い日の記憶となった景色を思い浮かべていた。





==========





 月乃が日本に戻ったのは、今から約三年前。

 仕事帰りの俺は、とある公園で月乃と再会した。スーツ姿の俺を見た月乃は、クスクスと笑っていた。


「何その格好。全然似合わない」


「うるせえ。俺だって好きでこんな格好してんじゃねえよ」



「……でも、一応“大人”になってるのね……安心した」


「大人って言えるのか分からないけどな」


「そういう言葉が出るのが、成長した証だと思うわ」


「だといいけど……」



 俺は、気になっていたことがあった。でもそれは、もしかしたら聞かない方がいいことなのかもしれない。

 そんな俺の迷いの渦にある頭の中を理解したかのように、月乃は話し始めた。



「……お母さんなら、安らかに眠ったわ」


「……そうか」


「最後に、晴司に伝言だって」


「詩乃さんが?」


「“あなたはあなたの想いで生きて。あの約束は、たぶんもう果たせるから”だって」


「………」


(詩乃さん……)



「晴司がお母さんとどんな約束をしたかは分からないけど、それは聞かないでおくわ」


「……月乃は、これからどうするんだ?」


「そうね……色々考えたけど、私は自分の可能性を確かめてみる。どれだけ出来るか、自分がどれだけやれるか、それを見てみるわ」


「お前なら、きっと高みに昇れるさ。元彼氏(仮)の俺が言うんだ。間違いないさ」


 

 月乃は、少しだけ空を見上げた。そこには、たくさんの雲が流れていた。東の空の片隅は夜の色が見え始めていて、もう間もなく日は暮れてしまうだろう。それでも、太陽は最後までその役目を忘れないように、西の空から世界を照らし続けていた。



「……晴司、私がもし、自分の道が分からなくて迷ったときは……」


「分かってるよ。そん時は、無理矢理でも引っ張ってくさ。ま、お前に限ってそんなことはないだろうがな」





==========






(もう、三年も前になるのか……アイツは、今は道に迷ってるのかな。だとしたら……

 けど、今は俺の方がマズいよな。大人になんかなれちゃいないし、全然成長していない。前にも進んでいない。

 ……俺だけ、足踏みしてるな)



 俺は、そんな現実を認めないかのように、目の前にある温くなったビールを一気に流し込んだ。


「……さて、そろそろ帰るか」


「そうっすね」


「………はい」


「夕香、どうしたんだ? やけに暗いな」


「い、いえ……何でも……」



 夕香は、やけに静かになっていた。しかも俺とは目を合わせようとしない。


(何なんだよ……)



 明日は、月乃の会社との大事な商談だ。

 だけど、何かが変だった。大切な歯車が少しずつ軋み始めるような感覚が、俺の心にはあった。


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