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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
楠原晴司、二十四歳、春
7/46

 高層ビルが立ち並ぶ都会と呼べる地区。そこには多数の企業が建物を並べている。俺が勤める会社とは無縁の世界だろう。何しろ社長が廊下を掃除していることもあるくらいだし。

 それはそうと、俺たちはそんなビルの中でも、トップクラスにデカいビルディングの前にいた。

 この会社は多種多様な営業をしている。輸出入、雑貨販売、不動産……数え出したらきりがないくらいだ。そんな大企業に若造三人しか送り込まない辺りが、我が社が我が社である理由を実感する。


(なんちゅう会社だよ……)


 しかし、愚痴を言っても始まらない! どうせダメだろうけど、最後の最後まで諦めずにそこそこの営業を続けるとしよう。

 俺に100点を求めてはいけないのだ。俺はせいぜい65点の男。低くもないが高くもない。突っ込みどころもない。怒ることも褒めることもない。そうさ。俺は、凡人なんだ。



 社内は更にすごかった。何というか、エントランスホールだけで俺の会社のデスクルームより広い。受付嬢がいるし。しかも三人。


(俺の会社は、来客来ても新人くんがお茶出して対応するからな……)


 すげえぜ! 大企業!!




「どうも。先日連絡していた楠原と申します。本日は御挨拶に伺いました」


 俺はそれっぽく受付嬢に挨拶した。


「はい。楠原様でございますね。恐れ入りますが、しばらくお待ちくださいませ」


「OKOK。しばらく待ちましょう」


「え?」


「……何でもありません」


(……調子に乗り過ぎた)



 しばらく待つと、受付嬢に十階の応接間に行くように言われた。エレベーターに乗る。このエレベーターの何とも言えない浮遊感のせいか、俺は珍しく心拍数が高くなるのを感じた。


(やべ……緊張してきた……)


 何となく、宗助達に見られていないか心配になった。二人の方を覗いてみると……


「………」


「………」


(……石化してるよ)


 そんな既に絶望的な状況に陥った俺たちを乗せたエレベーターは、無情にも十階へと向かって行った。



 十階に着いた俺たちは、さっき受付嬢に教えてもらった通路を通る。窓もピッカピカ。床もツヤツヤ。壁も真っ白!

 全てにおいて、俺の会社は100対0で完封負けだろう。


 やがて俺たちの目の前に、黒い木製の二つ扉が現れた。デカい。無駄にデカい。


「……ここに、営業部の部長が……」


 宗助は生唾を飲み込み、恐れおののきながら呟いた。額には汗が光る。


「楠原さん、部長がどんな人か知ってるんですか?」


「……まあな」


(よ~く知ってるよ)


「どんな人なんすか?」


「おそらくな、お前らが想像している人物とは180度違うぞ?」


「180度?」


「まず若い。そしてキツイ」


「キツイとは?」


「言葉が、だ。言うなれば、ハートブレイカーとでも言うだろう……」


「ハートブレイカー……」


「あ、そうそう宗助」


「え? なんすか?」


「……ホレんなよ?」


「は?」


「まあ、行くぞ」


「え? ちょ、ちょっと……」


 俺は重々しいドアを開けた。

 そこには、大きなテーブルがあり、奥の窓からは太陽の光が燦々と射し込まれていた。

 その光の中央には、テーブルに座る一つの人影があった。

 後光の様に差し込む太陽の光を受けたその人物からは、何か途方もないオーラのようなものを感じる。

 

「……お久しぶりです、部長」


「ええ、そうね。……そこにいるのは?」


「ああ、会社の新人です。こう見えても、なかなかいい人材ですよ」


「そう……あなた達、私と会うのは初めてよね」


「は、はい!!」


「そんなに緊張しないで……自己紹介をさせてもらうわ」


「そ、そんな!! それなら、私たちが先に……!!」


「いいのよ。私がしたいだけだから」


 そう言って、人影はゆっくりと立ち上がった。そして、俺たちの前まで歩いてきた。



「弊社の営業部部長を務めます、柊月乃です。初めまして」





===========





「……というわけで、今日は挨拶に来ました。はい」


「楠原さん、あなた以前もそうだったけど、敬語がぎこちないですよ?」


「すみません」


 愛想笑いをする俺。それを見ながらため息をつく“柊部長”。


「……ホント、変わってないんだから」


「え? 今何と?」


「何でもありません。……さて、そろそろ私は仕事に戻らせてもらいます」


「ああ、そうですか」


「……楠原さん?」


 柊部長の氷の視線。固まる新人二人。


(……やべ)


「ほ、本日はお忙しいところ、私共に時間を割いて下さり、大変恐縮です」


「……まあ、よしとしましょう」


 再びため息をつく柊部長。



 俺たちは重い木の扉を明け、頭を下げながら退室した。


 そして扉が閉まった瞬間、二人が大きく息を吐いた。



「ぷはああああ!! 緊張したああああ」


「……本当、すごい緊張でした」


「そんなにか?」


「……楠原さんだけですよ? 柊部長の怖い視線に気付いていなかったのは……」


「そうなのか……」


(ああいう視線は慣れてるからなあ……)


「……でも、スンゴイ美人でしたね」


 宗助は、ポーッとした表情で呟いた。目がハートになっているように見える。


(やはりこうなったか……)


「確かに……女の私でも、見惚れてしまいました」


(まあ、確かに美人ではあるもんな……)


 柊部長――月乃は、高校時代よりも更に綺麗になっていた。高校時代にはなかった大人の妖艶な雰囲気みたいなものがあり、少女から女性へと確実に変わっていた。

 それは実に強烈であり、この二人の反応がそれを物語っている。

 男女を問わず引き込んでいく魅力、若くして通常では考えられないポストに就く異常さ……月乃は、相変わらず超人だった。


「さてと……そろそろ帰るか。お前ら、ちょっと先に下で待っててくれ」


「え? 楠原さんは?」


「ちょっとジュース飲んでくる」


「は?」


「いいから。行っててくれ」



 何となく納得できないような表情をした二人は、先に下に降りて行った。



(さてと……)



 十階には、自動販売機コーナーがある。俺はそこに行き、コーヒーを二本買った。

 そして、その奥にある休憩スペースに入る。


 ……そこには、月乃がいた。

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