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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
想い出と後悔の境界線
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 翌日、晴れ渡る空の下、学園祭は開催された。

 学校の敷地には様々な露店が並び、店番の生徒達は客集めに勤しんでいた。部外からの来客も多く、家族連れ、カップル、友人同士が目移りさせながら笑みをこぼす。

 そんな中でとりわけ盛り上がっていたのは、学校の体育館であった。


「――いっくよー!!」


 四番目の歌い手である黎がマイクを握り締め声を上げれば、観客達は総立ちで割れんばかりの歓声を送る。カーテンがされた体育館の中、スポットライトを浴びる黎は、ド派手な演奏を背に受けながら骨太ロックを歌う。

 既に月乃、星美、小雪の三人が歌い終わり、会場は凄まじい程の熱気に包まれていた。よく見れば、男性教師も声援を送っている。あれは心を持ってかれたな、たぶん。


「うーん。やっぱ超人だわ、あいつら」


 舞台袖からその様子を見ながら、つい声が漏れてしまった。

 そう呟くのも仕方ないと理解してもらいたい。バンド活動なんて一度たりとも経験したことがないはずなのに、黎はなんら緊張することなく歌い続ける。いや、黎だけではない。月乃も星美も小雪も、全員一切の固さもなく、むしろ楽しげにそれぞれ歌を披露した。

 ビジュアル的には120点のバンド。歌も上手けりゃ演奏も上手い。体育館内は観客で埋め尽くされ、数えきれないほどの視線と歓声が向けられる。その中でこれだけ堂々と歌を披露できるあたりは、さすがは超人といったところか。


「――あ、あの、楠原さん……」


 ふと、隣から花恋の声が響く。


「ん? どうした?」


「ええと……本当にこんな格好で歌わなきゃダメなんですか?」


 花恋は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 その日の花恋の姿は、何を隠そう我らが超人達プロデュースのスペシャルなものだった。メガネは取っ払い、コンタクト着装。堅っ苦しい学生服からド派手なヒラヒラ衣装に着替え、髪はこれでもかと言わんばかりに盛る、盛る、盛る。

 これぞ月乃の作戦だった。練習中から緊張しまくりだった花恋。その様子を見た月乃は、彼女に提案した。


 ――別人になりきればいいのよ。あなたは花恋じゃなくて、名もなきシンガーになるの――


 出来そうで出来ない注文をさらりとした月乃だったが、なるほど、こうして完成図を見て見れば、確かに別人だ。一見どころか、よく見なければ花恋なんて誰も分かりはしないだろう。


「リラックスしろって花恋。大丈夫大丈夫。似合ってるよ」


「は、はあ……」


 そういう問題か? と言わんばかりの表情を浮かべる花恋。確かに何かずれてたような気もするが、それはこの際置いておこう。


「花恋。難しく考えることはないって。お前は素直に、自分の歌を披露すればいいんだよ」


「……それは分かってるんですが……緊張してしまって……」


 苦笑いを浮かべる花恋。なんとまともな感性だろうか。これぞ普通の反応だ。黎たちも少しは見習ってくれないと可愛げもない。


「大丈夫大丈夫。外にいる奴らの顔があるだろ? あれを全部、サツマイモに置き換えればいい」


「さ、サツマイモですか?」


「そうそう。あれは全部サツマイモ。人ではなく野菜。自分に言い聞かせるんだよ」


「……ぷっ」


 話を聞いていた花恋は、突然吹き出した。そしてクスクス笑いながら、言ってきた。


「楠原さん。それって、普通はジャガイモなんじゃないんですか?」


「あれ? そうだっけ?」


「そうですよ。そういう場合、普通はジャガイモって言うんですよ?」


「ええと……」


 ……これは恥ずかしい。思いっきり間違えていた。それをドヤ顔で言ってしまった自分をぶん殴ってやりたい。痛いからしないけど。


「……でも、ありがとうございます。おかげで、少し緊張がとれました」


 花恋の表情からは、笑みがこぼれていた。


「そ、そうか! それはよかった!」


 一瞬、計算通りとかいう言葉を口にしようか迷ったが、自ら恥を上塗りすることもないだろうとそれは止めておいた。

 人知れず冷や汗をかく俺に、花恋は続けた。


「楠原さんには感謝しています。こうやって、自分の夢を叶えてくれましたし」


「花恋の夢だったのか?」


 花恋は少しだけ、顔を赤くした。


「はい。実は。私の歌を誰かに聞かせたい。そんなことを、いつも考えていました。でも、結局妄想の中から抜け出すことが出来なくて……。本当はしたいのに、恥ずかしいとか、照れ臭いとか、そんな気持ちばかりが先行して、結局私は自分に言い聞かせてきたんです。どうせしても失敗する。誰も聞いてくれないし、わざわざ恥をかく必要はない。言い訳ですよね。結局、意気地がなかっただけなんですから」


「……でも、こうして花恋はこの場にいるじゃねえか」


「それは楠原さん達が色んな部隊を用意してくれたからですよ。手を引いてくれたからですよ。私一人じゃ、結局何も出来ませんでした。全部、楠原さんたちのおかげなんです」


「……花恋。一つ勘違いをしてるぞ」


「え?」


「俺達がしたのは、あくまでもきっかけを作ったことなんだよ。そこに飛び込んだのは、全部お前の意志なんだよ。気持ちなんだよ。俺達は花恋の手を引いたんじゃない。ほんの少し、背中を押しただけなんだよ。そこから足を踏み出して、前に進んだのは花恋自身だ。そこは誰にも否定はさせない。確かに新しいことにチャレンジすることは、すげえ怖いだよ。でも、それでも花恋はこうしてここにいる。これまでの後悔を過去のものにしたんだよ」


「楠原さん……」


 気が付けば、舞台では黎の歌が終わっていた。そして黎は、マイクから声を響かせる。


「……ええと、本当はこれで終わる予定だったんだけど、今日はもう一人、ここで歌う仲間が来てるんだ。名前は……まあ、それはどうでもいいよね。だからみんな。もう少し付き合って!」


 会場は再び歓声に包まれる。


「……行って来い、花恋。今日は新しいお前が始まる日だ。後悔で終わるはずだった日が、思い出に変わる日だ。月並みなことしか言えないけどさ。――頑張れよ、花恋」


「……はい!」


 花恋は力強く返事をして、ステージへと彼女は踏み出した。彼女を迎えるのは、たくさんの声援と羨望の眼差し。そして、彼女を照らし出す一筋の光。

 とある学校の体育館は、さらなる熱気に包まれていった……。



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