9
翌日、晴れ渡る空の下、学園祭は開催された。
学校の敷地には様々な露店が並び、店番の生徒達は客集めに勤しんでいた。部外からの来客も多く、家族連れ、カップル、友人同士が目移りさせながら笑みをこぼす。
そんな中でとりわけ盛り上がっていたのは、学校の体育館であった。
「――いっくよー!!」
四番目の歌い手である黎がマイクを握り締め声を上げれば、観客達は総立ちで割れんばかりの歓声を送る。カーテンがされた体育館の中、スポットライトを浴びる黎は、ド派手な演奏を背に受けながら骨太ロックを歌う。
既に月乃、星美、小雪の三人が歌い終わり、会場は凄まじい程の熱気に包まれていた。よく見れば、男性教師も声援を送っている。あれは心を持ってかれたな、たぶん。
「うーん。やっぱ超人だわ、あいつら」
舞台袖からその様子を見ながら、つい声が漏れてしまった。
そう呟くのも仕方ないと理解してもらいたい。バンド活動なんて一度たりとも経験したことがないはずなのに、黎はなんら緊張することなく歌い続ける。いや、黎だけではない。月乃も星美も小雪も、全員一切の固さもなく、むしろ楽しげにそれぞれ歌を披露した。
ビジュアル的には120点のバンド。歌も上手けりゃ演奏も上手い。体育館内は観客で埋め尽くされ、数えきれないほどの視線と歓声が向けられる。その中でこれだけ堂々と歌を披露できるあたりは、さすがは超人といったところか。
「――あ、あの、楠原さん……」
ふと、隣から花恋の声が響く。
「ん? どうした?」
「ええと……本当にこんな格好で歌わなきゃダメなんですか?」
花恋は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
その日の花恋の姿は、何を隠そう我らが超人達プロデュースのスペシャルなものだった。メガネは取っ払い、コンタクト着装。堅っ苦しい学生服からド派手なヒラヒラ衣装に着替え、髪はこれでもかと言わんばかりに盛る、盛る、盛る。
これぞ月乃の作戦だった。練習中から緊張しまくりだった花恋。その様子を見た月乃は、彼女に提案した。
――別人になりきればいいのよ。あなたは花恋じゃなくて、名もなきシンガーになるの――
出来そうで出来ない注文をさらりとした月乃だったが、なるほど、こうして完成図を見て見れば、確かに別人だ。一見どころか、よく見なければ花恋なんて誰も分かりはしないだろう。
「リラックスしろって花恋。大丈夫大丈夫。似合ってるよ」
「は、はあ……」
そういう問題か? と言わんばかりの表情を浮かべる花恋。確かに何かずれてたような気もするが、それはこの際置いておこう。
「花恋。難しく考えることはないって。お前は素直に、自分の歌を披露すればいいんだよ」
「……それは分かってるんですが……緊張してしまって……」
苦笑いを浮かべる花恋。なんとまともな感性だろうか。これぞ普通の反応だ。黎たちも少しは見習ってくれないと可愛げもない。
「大丈夫大丈夫。外にいる奴らの顔があるだろ? あれを全部、サツマイモに置き換えればいい」
「さ、サツマイモですか?」
「そうそう。あれは全部サツマイモ。人ではなく野菜。自分に言い聞かせるんだよ」
「……ぷっ」
話を聞いていた花恋は、突然吹き出した。そしてクスクス笑いながら、言ってきた。
「楠原さん。それって、普通はジャガイモなんじゃないんですか?」
「あれ? そうだっけ?」
「そうですよ。そういう場合、普通はジャガイモって言うんですよ?」
「ええと……」
……これは恥ずかしい。思いっきり間違えていた。それをドヤ顔で言ってしまった自分をぶん殴ってやりたい。痛いからしないけど。
「……でも、ありがとうございます。おかげで、少し緊張がとれました」
花恋の表情からは、笑みがこぼれていた。
「そ、そうか! それはよかった!」
一瞬、計算通りとかいう言葉を口にしようか迷ったが、自ら恥を上塗りすることもないだろうとそれは止めておいた。
人知れず冷や汗をかく俺に、花恋は続けた。
「楠原さんには感謝しています。こうやって、自分の夢を叶えてくれましたし」
「花恋の夢だったのか?」
花恋は少しだけ、顔を赤くした。
「はい。実は。私の歌を誰かに聞かせたい。そんなことを、いつも考えていました。でも、結局妄想の中から抜け出すことが出来なくて……。本当はしたいのに、恥ずかしいとか、照れ臭いとか、そんな気持ちばかりが先行して、結局私は自分に言い聞かせてきたんです。どうせしても失敗する。誰も聞いてくれないし、わざわざ恥をかく必要はない。言い訳ですよね。結局、意気地がなかっただけなんですから」
「……でも、こうして花恋はこの場にいるじゃねえか」
「それは楠原さん達が色んな部隊を用意してくれたからですよ。手を引いてくれたからですよ。私一人じゃ、結局何も出来ませんでした。全部、楠原さんたちのおかげなんです」
「……花恋。一つ勘違いをしてるぞ」
「え?」
「俺達がしたのは、あくまでもきっかけを作ったことなんだよ。そこに飛び込んだのは、全部お前の意志なんだよ。気持ちなんだよ。俺達は花恋の手を引いたんじゃない。ほんの少し、背中を押しただけなんだよ。そこから足を踏み出して、前に進んだのは花恋自身だ。そこは誰にも否定はさせない。確かに新しいことにチャレンジすることは、すげえ怖いだよ。でも、それでも花恋はこうしてここにいる。これまでの後悔を過去のものにしたんだよ」
「楠原さん……」
気が付けば、舞台では黎の歌が終わっていた。そして黎は、マイクから声を響かせる。
「……ええと、本当はこれで終わる予定だったんだけど、今日はもう一人、ここで歌う仲間が来てるんだ。名前は……まあ、それはどうでもいいよね。だからみんな。もう少し付き合って!」
会場は再び歓声に包まれる。
「……行って来い、花恋。今日は新しいお前が始まる日だ。後悔で終わるはずだった日が、思い出に変わる日だ。月並みなことしか言えないけどさ。――頑張れよ、花恋」
「……はい!」
花恋は力強く返事をして、ステージへと彼女は踏み出した。彼女を迎えるのは、たくさんの声援と羨望の眼差し。そして、彼女を照らし出す一筋の光。
とある学校の体育館は、さらなる熱気に包まれていった……。




