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その知らせは突然とやってきた。仕事終わりにケータイを見てみると、そこには月乃からのメールが一通。そこには、日付と日時を指定する文面が書かれていた。相変わらず淡々とした文章の羅列。絵文字を使わないのは高校の時から変わらないようだ。
そしてその最後にはこんな言葉が。
“分かってると思うけど、スーツだから。
頑張ってね”
(……改行、多すぎだろ)
これだけ改行しては文に気付かない可能性もあるだろうに……。ていうか、親父さんに真相を聞くだけで何をがんばれと言うのだアイツは。あと、スーツじゃなきゃ家に入れてくれないのか?
(……恐るべし、柊家)
「誰からだ?」
後ろから掃除を終えた黎が覗き込んできた。特に隠す理由もない俺は、普通に画面を見せながら答える。
「月乃からだよ。今度、親父さんと直接話してくる」
「………」
そう言った瞬間、なぜか黎の表情が固まる。そして改めてメールを見る黎。
「……晴司、まさかと思うけど、何か誤解されてないよな?」
「あ? 何をどうやって何と勘違いされるんだよ」
「いや、晴司のことだから……」
それ以上の言葉を濁す黎。哀れむような視線を俺に向けるあたり、何か言いたいことでもあるのだろうか。ならそれを言ってくれ。俺を哀れむな。別に俺は可哀想な奴じゃないぞ。
「……とにかく、月乃の件はここでカタをつける。それで、依頼達成だ」
「………」
そう言うと、なぜか黎は複雑な顔をしていた。コイツ自身、月乃が結婚するかもしれないと分かった時はあれだけショックを受けていたのに……
いったい何を考えてるのやら。深く考えたらアッサリ分かりそうな気がした俺は、それ以上の考察を強制シャットダウンした。
「ま、今回は俺に任せておけよ。ちゃ~んとするからさ」
「なんか、何かを仕出かす前置きのように聞こえる……」
「何気に失礼だな。お前……」
何だか微妙な空気のまま店は終わり、やがて“その日”は訪れた。
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その日、俺は再び柊家の正門の前に立っていた。暗雲立ち込める空の下、スーツという名の戦闘服に身を包んだ俺。企業戦士の復活。吹き荒れる風。降り始める雨。ていうか開けろ! 濡れるじゃねえか!!
門は果てしなく重く、いくら押してもビクともしない。セキュリティシステムでも作動してるのか、はたまた俺に力がないのか、さらには親父さんの見えないフォースに気圧されてるのか……
(恐るべし、柊家!! ……その2)
「……何やってるのよ、晴司」
俺が柊家の未知のパワーに圧倒されていると、いつの間にか正門の向かいに傘を差した月乃が立っていた。
「いや入ろうと思ったんだが、この正門スゲエな。前後に押しても引いてもビクとも……」
俺が言い終わる前に、月乃は正門を横にスライドさせた。ガラガラと音を立て、あっさり開く正門。
「………これ、横に引くのよ?」
「………おう………」
遠巻きに外見から凄かったが、家の中は更に凄まじかった。デッカイ絵画、某歌劇団に出てきそうな無駄にデカい階段、西洋甲冑……。見渡していると、ここが日本かどうか疑いたくなってくる。
「ほら晴司。しゃんとしなさい。……今日は、大切な日でしょ?」
「お、おう……」
軽くカルチャーショックを受けている俺を前に促す月乃。何だかいつもと様子が違う。
まず外見はなぜかパーティーに着て行くようなドレス。フリフリが付いてないシャープな外装。顔はいつもよりもどこか緊張している。
何だか見てるこっちまで緊張してくる。それでも月乃は人生の分岐点にいるかのような、不退転の決意を感じる表情をしていた。たかだか親父さんと会うだけなのにこの覚悟……
(恐るべし、柊家……!! ……その3)
やがて俺たちは一つの扉の前に辿り着いた。ドデカイ木の扉。何だか言い知れない威圧感をドア越しにヒシヒシと感じる。
「……父さんは、この中よ」
緊張した面持ちで話す月乃。それを聞いた俺は生唾を飲み込む。何だかRPGでラスボスの前の部屋に着いたような気分だ。
しかし、俺は月乃に一つ確認しなければならないことがあった。意を決して月乃の方を振り向く。
「月乃、一つだけ教えてくれ……」
「な、なによ、改まって……」
月乃も俺の何かを感じ取ったらしい。それは、俺にとって大切なことだった。
「……この扉も、横に開くタイプなのか?」
「………」
「………」
しばらく、時が止まった………
「――父さん!! 連れてきたわよ!!」
バンと勢いよくドアを押して開ける月乃。半ば八つ当たりの様に見える。
(あ! 無視しやがった!!)
それはそうと、俺は部屋を見渡す。凄まじくデカい部屋だった。ここで小学校の運動会くらい出来るんじゃね? と思ってしまうくらいにデカかった。
そしてその奥には、椅子に座った男性らしき影がある。遠くからでも分かるその鋭い眼光。睨み付けるように俺を見つめている。その人影は、ゆっくりと口を開いていった……ようだ。
「……ボソボソ……ボソボソ……」
重々しく何かを言ってるみたいだが、さすがに距離があり過ぎだよなぁ……。遠すぎて声が全く聞こえてこない。親父さん、雰囲気を重視したようだが、会話のキャッチボールまでは考えてなかったようだ。
「……ボソボソ……ボソボソ……」
いや、マジでなんて言ってるか分からん。そもそも、こんなにデカい部屋作る意味はあったのだろうか……
「……ボソボソ……ボソボソ……」
……いくらなんでもそろそろ気付いてほしい。しかし隣の月乃を見ると、なんと所々頷き、話を聞いているようだった。コイツの聴力はアフリカの原住民並なのか? それはいいとして、話が分かる奴が隣にいるなら会話の中継を頼もうと思う。
というわけで、月乃に耳打ちする。
「……月乃、全く話にならないんだが……」
(距離遠すぎるし……)
「そうね……ちょっとここで待ってて」
そして月乃は、部屋の端にいる親父さんのところへ小走りで駆けていく。その姿は、さしずめ伝令兵のようだった。やっと親父さんの元へ辿り着いた月乃は、何かを話しかける。
するとなぜか驚愕で体を仰け反らせる親父さん!! 立ち上がり様々なジェスチャーをしながら月乃に詰め寄る!! ……そして月乃が小さく頷くと、親父さんは燃え尽きたように座り込んでしまった……
「……ていうか、いったい何を話してるんだ?」
やがて月乃は俺に向かい叫ぶ。……叫ばないと会話出来ない距離ってどうよ。
「晴司!! 話は通したわ!! こっちに来て!!」
「お、おう!!」
駆け足で俺もまた親父さんのところへ走っていく。ていうか、月乃が話を通したのか? 自分で?
それはともかく、親父さんの前に辿り着いた俺は、いよいよ親父さんとの直接対決を開始するのだった……
(……月乃が話を通したらしいけど)




