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「おいテメエ、俺の弟に何か用か?」
兄者は俺の顔を睨みつけ凄む。
「用も何も、お前の弟があの子から金を巻き上げていたんだよ。だから、職員室に連行しているだけだ」
「テメエには関係ねえだろ。さっさと弟を離して帰れよ」
更に凄む兄者。俺を見下しながら詰め寄ってくる。いやいや怖いなあ……身長差あるからなぁ……
(でも、帰るわけにもいかないんだよなあ……)
「そうもいかねえよ。ていうか、あのガキんちょはお前の弟なんだろ? 兄貴なら止めろよ」
「たかが子供のケンカに大人が首を突っ込んでんじゃねえよ。……オッサン」
兄者が蔑んだ目でほくそ笑みながら言い放つ。
「……お、オッサン?」
その言葉で俺はさすがにカチンときた。頭の中から爪先までカチンときた。
(……コイツ……)
「……お前、年いくつ?」
「ああ? 二十歳だけど?」
「ほほう……なら、“一応”ガキじゃないんだな……びっくりしたよ」
兄者の顔がピクリと引きつる。
「……だったら、何だよ」
「いやな、お前が“犯罪”と“子供のケンカ”の区別もつかないみたいだったからな……
てっきり世間を何も知らない“ただのガキ”かと思ったんだよ」
「テメエ……」
兄者の顔は、だんだんと怒り一色に染まっていく。それでも俺の口は止まらない。
「悔しいか? 悔しいのか?
……だったら、大人なら大人としての行動を取れよ。知り合いのガキがクソみたいなことしてるんなら拳骨の一発でもかませよ。一緒になって助長してるんじゃねえよ。
曲がった道を歩く子供がいたら、それを正す。
それも出来ないようなら、いつまで経っても子供のままなんだよ。
体だけ大人になっても意味ないんだよ。体なんて誰でも成長する。問題は、心なんだよ。心が成長しない奴はいつまでたっても一人立ち出来ねえ。今のお前のようにな。
そんな無様な姿晒しておいて、自信たっぷりに“二十歳”とか言ってんじゃねえよ。
――恥を知れ」
そう言い終えた俺は、スッキリした気分になった。
……そして気付いた。兄者が、スンゴイ顔になっていることに。顔を真っ赤にして歪ませ、こめかみには青い血管の筋がハッキリ見える。
一目で、大激怒しているのが分かった。
(……やっべ)
「――この!! クソがあああ!!!!」
兄者は思いっきり拳を振り下ろしてきた。
「あ! バカ!!! そんなことしたら―――!!!」
「――うおりゃああああああ!!!!」
突如叫び声とともに、茂みの中から一人のメイドが飛び出してきた。
……黎である。
黎は振り下ろす兄者の拳に手を当てその軌道を変える。兄者の拳は空を切り、体勢が傾く。
「な―――!!??」
兄者は何が起こったか分からない様子だ。黎はその隙を逃さず、体を反転させ、勢いを付けた右の拳を兄者の水月に突き刺す。続けて腹部に連打連打連打連打……
「オグッ!!??」
口から体液を零す兄者。その体はくの字に曲がる。
黎はその場で体を捻りながら飛び上がり、鞭のように撓らせた右足を兄者の顔面にぶち当てた。
さすがの巨体ガチマッチョも地面にひれ伏した。
一瞬の出来事だった。
動かなくなった兄者を見下して、黎が怒りの叫びを上げる。
「――人の旦那に……何すんだよ!!!」
「あちゃー……」
やっぱりこうなった。以前もあったが、黎は俺に危害を加えようとする人物には容赦をしない。まさに、最強のSPのような存在だ。
……哀れ、兄者。
「黎、毎度毎度やり過ぎじゃないのか?」
「正当防衛だよ、正当防衛」
「……お前、正当防衛の意味、分かってんのか?」
「いいのよ晴司」
いつの間にか、月乃が俺の後ろに立っていた。
「そんなバカは、一発殴られないと分からないのよ」
(……一発じゃなかっただろうに……)
「後のことに抜かりはないわ。さっきの金銭の無心についてはケータイの動画に映してたから。ついでに、このデカ物が晴司を殴ろうとしたところ“まで”も撮ってるから」
(黎の天誅状況は映してないのか……そらそうだよな……)
その後、学校の職員室にガキんちょ共を連行した。先生たちは“そんなことをするはずがない”と見てもないのに全面否定したが、月乃がケータイの動画を突きつけると態度を一変させ、校長直々に頭を下げてきた。
“あの生徒たちは、親御さん共々、こちらで必ず厳しく指導します。ですから、このことは何卒……何卒内密に……”
……とのこと。
学校側もこんな問題が公に出るのはよくないのは分かる。でも、だからと言ってそれを真っ向からなかったことにしようとする魂胆は気に入らない。
……それでも、ある意味それが一番いいのかも知れない。学校側は火消のために、あの手この手であのガキんちょ共を何とかするだろう。
何しろ、最後に月乃が脅してたからなあ……
“そこまで言うなら、後の対処は学校側に任せます。……でも、もし私たちが納得出来る対処をしなかった場合は、分かってますよね?”
……校長は震えていた。それほど月乃の視線は鋭く、全てを闇に葬ろうとしていた校長の心を射貫いているかのようだった。
これで解決したかどうかは分からない。でも、少なくともあのガキんちょ共が、同じことをする確率は低いだろう。
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翌日の昼食時の喫茶店。相変わらず祭りのような忙しさだった。月乃は数人分の注文を全て暗記し、黎は流れるように手際良過ぎるくらい次々と絶品と言える料理を作っていく。
俺はというと、その料理を運んだり、月乃が暗記した注文を紙に書いたり、飲み物を運んだり……
息つく間もなく店内を駆け回っていた。
ふと、窓の外を見てみると、昨日の依頼人の女性とその息子さんが外に立っていた。
親子は、俺に対して深々と頭を下げ、そのまま歩き去った。
そんな親子の姿を見て、俺は一人微笑んでいた。
「こら晴司!! サボらないでよ!!!」
「晴司!! さっさと料理を運べよ!!」
店内に怒号が轟く。
「分かってるよ!!」
喫茶店『空模様』は、今日も賑わっていた。