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翌日の定休日。
昨日の夜の意味が分からない敗北感に襲われながら、俺はとある家に向かっていた。
隣街の閑静な住宅街。木々は青々と茂り、風を受け優しく揺れていた。空は快晴、太陽がこれでもかというくらい輝いている。
(……いや、太陽はもう少し謙虚でいいよ)
凄まじく照り付ける太陽を睨んでみたが、あっという間に視界に真っ黒い丸が出来上がり、早々に俺は目を逸らし、宿敵太陽に敗北の苦汁を飲まされてしまった。
(くうっ! 今日のところは敗北を認めてやる!)
俺は目を抑え下を向く。
「……晴司、何してるんだ?」
ふと、目の前から聞きなれた声が聞こえた。
「そ、その声は……」
前を見たいが、目が焼け視界が悪くなっていた。よくわからん。どうしよう。
「……ちょっと待て。さっき太陽を睨んだら目が焼けて黒い丸が……」
「いや……意味が分からないんだが……」
相手の呆れる声が聞こえる。ゆっくりと目が慣れてくる。そして、ようやく視界が開けた時、俺の目の前には奴がいた。
「……よう。久しぶりだな、則之」
「おう! そうだな晴司!」
爽やかな笑顔を見せる則之。
田島則之は中学、高校の時の同級生だ。要するに腐れ縁ってやつだ。当初、コイツは天然男であり、無駄に暑苦しく、無駄にうるさい奴だと思っていた。
……しかし、それは全てコイツの計算の上での行動であり、なんと実は頭が切れるヤツだった。
その辺が発覚するまでには数多くのエピソードを話す必要があるが……それは、長くなるので省略するとしよう。
高校卒業後、“とある人物”と結婚した則之は、現在会社勤めを続け、なんと先日新築を購入したのだ。何とすごい。社会的ステータスを得たコイツは、もはや俺とは違う次元を生きているのかもしれない。
「何ジロジロ見てんだ? 気持ち悪いぞ?」
「……いや、何か、立派になったよな」
「そんなことないって。毎日毎日会社の歯車の一つとしてコキ使われる毎日だよ」
苦笑いをしながら答える則之。その顔は、どこか大人びていた。
そんな則之に少しだけ嫉妬しながら、則之の家に向かった。
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その家は、層二階の角ばった家だった。家の敷地はそれほど大きくはないが、それでも爽やかな外見と小さな庭には、幸せが溢れるかのように置物、小さなブランコが置かれていた。
則之が玄関を開ける。そこには、髪が長い綺麗な女性が小さな男の子を抱きかかえ立っていた。
「――いらっしゃい、楠原くん」
「おじゃまするよ、空音」
久木空音――いや、田島空音が立っていた。
空音は、高校時代の同級生である。もっとも、空音自身は俺のことを中学の時から知っていた。陽子先輩とはすごく仲が良く、そのことを知った時は驚いたものだ。
高校の時、俺は空音から告白されたが……なんやかんやあり、俺がフッた形になった。
則之と空音は小学校の時からの幼馴染で、則之はずっと空音のことが好きだった。
で、これまたなんやかんやあり、最終的にはこの二人がくっ付き、至るわけだ。
その詳細については、いつも通り割愛しよう。
空音は、ずいぶんと綺麗になっていた。何というか、とても落ち着いた雰囲気だ。高校の時もお母さん的な空気があったが、それとは比べ物にならないくらい優しい雰囲気を出していた。
抱える男の子は、二人の長男。ええと、名前は……何て言ったっけ……
「晴也だよ、晴也」
そうそう。晴也くんだ。何でも二人で話し合い、俺から一文字取ったらしい。何か、子供に申し訳ないのだが……
それはそうと、父親に似なくて良かったな晴也くん。実に可愛らしいその顔は、間違いなく母親似だ。その段階で将来が楽しみだ。
俺はリビングに案内され、床に座る。至る所に並べられた写真には、これまでの二人の軌跡が感じられた。
デートの写真。最初は二人そろって照れていた写真も、日を重ねるにつれ徐々に仲睦まじくなっているのが分かる。そして結婚式、新婚旅行、出産、お宮参り……
そこには、二人の人生がそのまま写されていた。とても、幸せそうな人生だ。
何だか俺まで感慨深くなる。自分の人生じゃないのに。
「……そう言えば、楠原くんって、喫茶店を経営してるんだって?」
俺がニタニタと写真を見てると、ふいに空音が聞いてきた。
「よく知ってるな……。誰から聞いたんだ?」
「もちろん月乃ちゃんだよ。あ、黎ちゃんも働いてるんでしょ? 黎ちゃんが嬉しそうに連絡してきたよ」
空音は笑いながら言った。
三人は、俺の知らないところで連絡を取っているようだ。
それはそうと、一つ気になった。
(……月乃、知っていたのか)
よく考えれば月乃には何も言ってなかった。それでも月乃は知ってる。もっとも、昼間の賑わいを考えれば、噂になっていてもなんら不思議はないが……
それにしても、月乃は知っていて、何で店に来ないんだ? 別に待っているわけではないが……
(……黎が働いてるのも、もちろん知ってるんだろうな……)
何となく、月乃が来ない理由が見えた気がした。
「ま、お前のことだ。会社辞めたのだって色々あるんだろ。深くは聞かねえよ。それより、今日は御馳走だ。遠慮なく食べてけよ」
それから、俺はすっかり飯をご馳走になってしまった。夕食時には中学時代から高校時代、卒業後の話に花が咲いていた。
そして、帰る頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
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定休日を経て、喫茶店『奥の細道』は開店したが、やはり客は凄まじく多かった。
この日の黎は、いつもと様子が違う。俺と目が合う度に顔を赤くして目を逸らしていた。そんなことをされるとこっちまで照れ臭くなってくるのだが……
いつもと違う黎は、何だか新鮮に思えた。もちろんそれは来店する男共にとっても同じだったらしく、初めて見る黎の女性の一面を見た瞬間、目がハートになったかのように呆けていた。まさに魔力。魔性の女、黎。
……凄まじく違和感を感じる。
黎よ、自分を取り戻せ。お前は人間凶器だろ? そんな姿は見せるなよ!
……扱いに困ってしまうだろ。
今日も何とか客を捌き、一時の休息を得ていた店に、とある女性が訪れてきた。
「……あの、すみません。楠原さんはいますか?」
「あ、はい。俺ですが……」
その女性は60代くらいの人だった。小奇麗な服と上品な物腰。そして、優しい笑顔。その姿は、誰かに似ていた。
「あの……どちら様ですか?」
その女性は、笑顔を向けたまま、俺と黎に向け、言葉を紡ぐ。
「……確かに、主人が気に入りそうな青年ですね。そちらのお嬢さんも大変お綺麗ですこと。
店を任せて良かったと、主人も思ってますよ」
(主人? 店を任せる? ……もしかして)
「……もしかして、あなたはマスターの……」
「はい。妻です。楠原さん、お嬢さん。今一度、主人と会ってくださいませんか?」




