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「……私には、小学生の息子がいます。最近、その息子が、私の財布からお金を盗ってるみたいなんです……」
「みたい……というのは?」
「息子には直接聞いてません。ですが、いつもいつの間にか財布からお金がなくなっていて……
泥棒にも入られたわけではなさそうなので、息子しかいないんです」
「失礼ですが、ご主人は?」
「……主人は、亡くなりました」
「……すみません」
「いえ、いいんです。……でも、あの子、普段は大人しくて優しい子なんです。何か、理由があるかもしれません。
……お願いします! 息子を、助けて下さい!!」
「………」
何か引っ掛かる。俺の頭では、漠然とそういう言葉が浮かんでいた。
それは、月乃も同じだったらしい。厳しい視線を女性に向け、言い始めた。
「……もし、それが息子さんの仕業だとして、可能性は大きくわけて二つだと思います。
一つは、遊び金欲しさに息子さんがしたこと。
もう一つは、誰かに頼まれてしてること。
……いずれにせよ、その理由を確認するには、息子さん本人に話を聞くのが一番手っ取り早いですよ。
なぜ、それをしないんですか?」
「………」
「仮に何かが分かったとしましょう。でもそれは、何かしらの悪意があることだと思います。息子さん本人の行動ならあなたが厳しく叱咤するのが筋ですし、仮に誰かにヤらされてるなら、それはもう私たちに話すことじゃない。警察や教育委員会、学校側に申し出るしかありません」
「……警察沙汰は、ちょっと……」
女性は言葉を濁した。その様子を見た黎が、眉をピクリと動かし、詰め寄る。
「お前! それでも母親かよ!!」
「黎、よせ……」
「でも晴司!!」
「いいから。……あなたの話は分かりました。ですが、全てこちらに話を投げられるのは困ります。
息子さんは、あなたの息子でしょ?
最終的には、あなた自身が息子さんと対話する必要がありますし、あなたが息子さんから逃げていては何も始まらない」
「逃げてるわけじゃ……」
「いいえ。あなたがいかに自分を正当化しようとも、客観的に見れば、そう見えるんですよ。
……とにかく、俺たちも出来る限りのことをしてみます。
でも、最後の締めは、あなたがして下さい。それは、あなたがすべきことです」
「……分かりました」
その後、女性から色々話を聞き、女性は帰っていった。
(たぶん、息子に嫌われたくないんだろうな……)
帰る女性の後ろ姿を見て、そんなことを思った。
でもそれは、決して母親としての姿ではない。親とは、子供に嫌われようとも、子供を正しい道に導かなければならない。それが、親の義務だと思う。それをしない彼女は、自分のワガママを小学生の息子に押し付けているように思う。
だが、それは子を持つ親にしか分からない悩みなのかもしれない。
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「……で? 何でアタシたちがこんなところにいなきゃいけないんだ?」
「そら当然、息子の行動を監視するためだろ……」
「だからって……これはないでしょ……」
俺たちは、息子が通う近くの小学校の校舎裏にある茂みに身を潜め、隠れていた。
……仕事着のままで。当然月乃たちはメイド服のままだった。
着替えてもよかったが、メンドクサかったので、そのままこうして茂みに隠れているわけだ。
女性の話では、昨晩も金がなくなっていたらしい。
「……つまり、渡すなら今日ってわけだ。もし息子が来なければ、息子がクロだ。どうだ、完璧だろ?」
「……何でお金を渡す時間が放課後で、しかもこの場所だって分かるのよ。もしかしたら既に渡してあったり、別の場所で渡すかもしれないじゃない」
不信感たっぷりの視線を送る二人に、俺は自信たっぷりに言い放つ。
「それはな……俺の、感だ」
「……晴司、バカっぽいぞ……」
「黎。バカっぽいじゃなくて、正真正銘のバカよ……」
二人は凄まじく呆れた顔で首を振っていた。
「お前ら……俺が正しかった時に吠え面かくなよ……」
そんな会話をしていると、一人のランドセルをかるった男の子が校舎裏にやって来た。
(あの子は……)
その顔は、店で見せてもらった息子の写真と同じ顔だった。
「あの子が……」
「ああ。息子だろうな。
――ほら見ろ。俺が正しかったじゃないか。謝罪を要求する。さあ謝れ。俺をバカ呼ばわりしたことを謝るがいい」
「あの子、何してるのかしら」
「さあ……まだ分かんないな……」
月乃と黎は俺の言葉を無視し、男の子の様子を窺っていた。
(お前ら………)
男の子は、周囲を見渡していた。その様子は、何かに怯えるようだった。
「よう。金は持ってきただろうな……」
ふと、その男の子に話しかける声が聞こえた。
そこには、いかにもクソガキといった印象を受ける男の子三人がいた。ウルフカットに茶髪にソリコミ……どんな家庭で育ったのか容易に想像出来る。
そいつらはニタニタと可愛げない顔で笑い、息子に近寄る。
息子はたじろぎながら、震えた声で言葉を放った。
「……もう、嫌だよ……」
「はあ?」
「なに調子こいてんだよ!」
ガキんちょどもは息子を突き飛ばした。そして、三人で息子の体を蹴りだした。
最近の子供ってのは加減を知らないようだ。現代社会の弊害とも言えるな。見るに耐えない。
(さすがにやり過ぎだな……)
俺は茂みから立ち上がった。
「ちょ、ちょっと……晴司!」
月乃の声を無視し、ガキんちょどもに近付く。
「え!?」
「だ、誰!?」
そんなガキんちょどもの言葉は聞き入れず、俺は彼奴等の前に仁王立ちした。
「くぉらガキんちょども!! やり過ぎだろうが!! 今すぐ職員室につまみ出してやる!!」
俺はガキんちょどもの服の襟部分を掴み、引きづり始めた。バタバタと手足を動かし抵抗するガキんちょ共。
「は、離せよ!! 今日はな、お兄ちゃんが来てんだよ!! こんなことして……ただじゃ済まないからな!!!」
「おうおう、呼びたきゃ呼べ呼べ」
(小学生のお兄ちゃんくらい、いくら来ようが相手にならんわ)
その言葉を皮切りに、ガキんちょの一人が叫び始めた。
「お兄ちゃああああん!!!!」
……その声を受け、校舎の影からヌルリと一つの人影が立ち上がり、俺の方に歩いてきた。
(お兄ちゃんくらい……お兄ちゃんくらい……お兄ちゃんくら……)
その人物は、とてつもなくデカかった。身長は約二メートル。体格ガチマッチョ。角刈り……
(お兄ちゃああああああん!!!)
眼光鋭いその目は、スンゴイ怖い目で俺を見ていた。
……どこぞの世紀末覇者みたい……
(いやいやいやいや!! お兄ちゃんじゃないだろ!! 兄者だよ兄者!!!)
俺より遥かにデカい男。ガチマッチョな男。角刈りな男。
無理無理。はい無理。
「……晴司、固まってるよ……」
「……まったくもう……」
ヤバい俺。助けてほしい俺! どうするよ俺!?
……俺は、窮地に陥った。