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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
コンビニ店員の憂鬱
17/46

 数日が経過した。

 俺は、未だに部屋に引きこもっていた。アルバイトにも行かず、飯もロクに食べず、外にも出なかった。


(俺、何がしたいんだろうな……)


 こんなもんで何かが変わるとは思わない。現実から目を背け、ウジウジ一人で引きこもったところで、宗助が帰ってくるはずもない。

 ……それでも、俺は表を歩けなかった。見る人すべてが、俺を責めているように感じた。


「……はぁ」


 大きく溜め息が出た。


(いったい何の溜め息なんだろうな……)


 もしかしたら、自分自身に呆れているのかもしれない。


(分かってるよ……俺がこんなことしたって……そんなこと、分かってるよ……)


 ……分かってるが、俺は動けない。なんとも情けないことだ。



 黎は、公園でしばらく泣いた後、足早に帰っていった。傘を置いたまま。

 帰る時には後ろを振り向かなかった。ただ、ベンチを立つ時に一言だけ言葉を残した。


 “明日もコンビニ行くから。晴司が来るまで、毎日行くから”


 そんな黎に、俺は何一つ声をかけられなかった。立ち去る黎の背中を、呆然と見つめることしか出来なかった。


(ホント、何がしたいんだか………)


 改めて、自分への溜め息が漏れた。




 ピンポーン


 突然、インターホンが鳴り響いた。


(誰だよ……)


 ピンポーン ピンポーン


(うるせえよ……)


 ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン


(うるせえって……)


 ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン

 ピンポーン ピンポーン ピンポーン ピンポーン


(………アイツ、意外と元気じゃねえか)



 俺は玄関まで急ぎ足で向かう。そして勢いよくドアを開けた。


「黎!! うるせえぞ!!!」


 てっきり黎かと思い力一杯怒鳴ったが、そこには、思いがけない人物が立っていた。



「なんだ晴司。生きていたのか……」


「ち、千春さん……」



 そこには、黎の母親――白谷千春さんがいた。黒いタートルネックの服にジーパン、髪は短いが、後ろ髪をゴムでまとめていた。

 腕を組み、仁王立ちをする千春さん。片手にタバコを持っていて、タバコは未だに止めきれないようだ。



 千春さんは俺の顔をまじまじと見つめ、一度大きく溜め息をついていた。

 無様な俺の様子に、さぞかし呆れ果てたのだろう。



「入るぞ」


 千春さんは、有無を言わさずズケズケと部屋に入ってきた。


「ちょ、ちょっと千春さん……!!」


「うわっ……壮絶だな……」


 恥ずかしながら、室内はゴミで埋め尽くされていた。このところ掃除をする気力もなく、近くのコンビニの弁当カスが散乱していた。


 千春さんは再び大きく溜め息を吐く。


「晴司……まずは片付けるぞ」


「いや、千春さ――」


「晴司!!!!」


「――――!!!!」


 久々に聞いた千春さんの怒鳴り声。心底体が震えた。



「………片付けるぞ」


「あ、ああ………」



 俺はやむなく、部屋のゴミに手を伸ばした。

 千春さんもまた片付け始めた。ゴミを拾い、掃除機をかけ、雑巾で隅々まで拭く。


 掃除をしながら、千春さんは俺に話しかけてきた。


「部屋が汚れていると、心まで汚れるもんだ。特に気持ちがまいってるときは尚更……」


「………」


「………何があったかは、黎からだいたい聞いている」


「………」


「黎が心配していたぞ?」


「………」


「晴司のことだ。こんなことをしても意味がないことくらい分かってるだろ?」


「………」


「………いつまで黙ってるつもりだ?」


「………」


「まあいいだろう……」


 千春さんの全ての問いに、俺は無言を貫いた。ヘタなことは言えなかった。理由なんてないし、千春さんの言いたいことも分かってるつもりだ。

 でも、今の俺には、何も答える気力がなかった。


 何も答えられないまま、着実に俺の部屋は片付けられていった。





 ==========





 それから、何とか片付けが終わり、部屋は元の景色を取り戻した。



「晴司……」


 綺麗になった部屋を茫然と眺めていると、千春さんが近づいてきた。


「……千春さん?」


 笑顔でもない、怒りでもない、ただ真顔の千春さんの表情。どこか怖く、どこか懐かしい。

 そんな千春さんは、静かに口を開いた。



「歯、喰いしばれ」


「え?」


 突然、俺は顔面を殴り飛ばされた。勢いよく、集めたゴミ袋の山に突っ込んだ。ゴミは四方に吹き飛び、鈍い音と共に倒れた俺は、床に伏せたまま千春さんに目をやった。



「お前、何してんだ?」


「………」


「それでも楠原晴司か!!!」


 千春さんは俺の胸ぐらを掴む。そして引きづり上げ、無造作にヒゲが伸びた俺の顔に、その整った顔を近づけた。



「お前は誰だ!!」


「………」


「答えろ!!!」


「……楠原、晴司」


「そうだろ!? 晴司だろ!? 私が認めて、黎が惚れ込んだ男だろ!?

 ――そんなお前が、何でこんなに無様になってんだよ!!」


「千春さん……」


「立て晴司!! 立って歩け!! お前は、前に進むんだろ!!!」


「でも……俺は……」


「悩みながらでもいいんだ!! 落ち込みながらでもいいんだ!! 自分のことが嫌で、この世の全てが怖くてもいいんだ!!

 でも立ち止まるな!! 歩き続けろ!!

 それが生きるってことなんだよ!! お前が歩みを止めたら、誰が歩くんだ!!

 ……これは、お前の人生だろ!!!」



「俺の……人生……」


 千春さんは、俺を解放した。そしてタバコに火をつけ、口から白い息を吐き出した。


「……そうだよ。他の誰でもない、お前の人生なんだよ。

 いいことなんてめったにない。後悔してもしきれない出来事なんてざらにある。時には神様を恨んでしまうことだってあるんだ。

 それでも、お前は息をしてるだろ?

 こんなとこで腐っても時間なんて戻らないし、仮にお前がのたれ死んだところで何の償いにも解決にもならない。周りの奴を悲しませるだけだ。

 どれだけ立ち止まっても、残酷なほどに時間は進んでいくんだよ。

 ――だったら、歩き続けるしかないだろう」


「………」


「……今日は、バイトなんだろ?」


「……うん」


「結果はどうあれ、お前が会社を辞めた経緯については何も言うことはないよ。

 ……でもな、カッコつけるなら、最後までカッコつけろ。

 だから、バイト先に行って、お前の今の無様な姿見せて笑われてこい」



 そして、千春さんは優しく微笑んだ。


「……それと、たまには家に飯を食いに来い。私たちは、家族なんだからな。

 どれだけ離れても、環境や立場が変わっても、私らは家族だ」



 それを言い残し、千春さんは玄関に向かう。


「……またな、晴司」


「あ、ああ………」


 部屋に残った俺は、ゆっくりと閉る玄関を眺めていた。

 そして殴られた頬を触った。


「……痛ぇ」


 その痛みは、何か心の奥にまで響いていた。頬がズキズキと痛む。心にもそれが伝わる。


(久々に、殴られたな………)



 そう思ってると、頬を触る手が濡れた。


「……何だ?」


 改めて手を見ると血じゃなかった。無色透明、少しベタつくものだった。

 俺はもう一度頬を触る。

 ……その時、初めて気付いた。俺は、目から涙を流していた。


「あれ? 何だよこれ……俺、何泣いてんだよ……」


 必死に拭うが止まらない。止まってくれない。


 止まらない涙を拭っていたら、だんだんと声が漏れてきた。

 その声は徐々に大きくなる。そしていつしか、それは慟哭に変わっていた。



 綺麗になった部屋。俺しかいない部屋。外から風が囁くように木々を揺らす音が聞こえる部屋。太陽の光が優しく射し込む部屋。


 そんな部屋の真ん中で、俺は、声を出して泣いていた。






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