4
「ちょ、ちょっと待ってください! 誰が、自殺……え? え??」
(宗助が自殺? 宗助って誰だっけ? あの宗助? でもアイツは会社にいて……)
課長が言ってる言葉の意味がよく分からなかった。頭の中で必死に課長の言葉の真意探っていた。
でも、頭が真っ白になって、自分でも訳の分からない言葉ばかりが浮かんでは消えていた。
(意味が分からない。分からない、分からない、ワカラナイ……)
……本当は、分かっていたんだと思う。ただ、それを受け入れられなかっただけなんだろう。
『……楠原』
「課長、冗談ですよね? 冗談に決まってますよね?」
『落ち着け』
「何か言ってくださいよ……課長!!」
『楠原ぁ!!!!』
電話口から聞こえた課長の怒鳴り声に、俺は体をビクッと震えさせ、混乱する思考を一時的に中断させた。
そして課長は冷静な口調に戻し、静かに話し出した。
『……今日、アイツが出勤して来なくてな。お前が辞めて以降、塞ぎ込むことが多くて、心配になった夕香くんが家に見に行ったら……その時には、宗助は、もう………』
「ゆ、夕香が………」
(夕香……)
たった一人宗助の亡骸を見つけた夕香の心境を思うと、胸が張り裂けそうになった。
『宗助の通夜は明日の夜らしい。場所は、宗助の実家だ。一応住所を教えておくぞ。住所は……』
その後、課長は電話を切った。
俺は、しばらく空を眺めていた。空の色も分からない。風の匂いも分からない。
フラフラした足取りで店内に戻る。
「……ちょっと晴司……大丈夫?」
「晴司? どうしたんだよ……」
月乃と黎はどこか不安げな顔で話しかけてきた。でも、俺は二人の顔を少しだけ見た後、視線を外した。二人を直視できなかった。それどころじゃなかった。
「……星美、俺、ちょっと帰るから……」
「え? でも……」
「店長には適当に言っててくれ……じゃあな」
「ちょ、ちょっと先輩!!」
声に立ち止まることなく、俺は店を出た。
歩く道は夜の底のようにどんよりと暗く、空の月や星も雲に隠れてしまっていた。
そんな夜の闇の中を歩き、アパートに帰った。
==========
次の日の夜、俺は宗助の通夜の葬祭場に来ていた。
会場にはたくさんの人が来ていた。友人、職場の人、知り合いの人、親戚……たくさんの人が喪服に身を包み、それぞれが暗い表情で会場に来ていた。
会場はしんみりとしており、中では袈裟を着た坊さんのお経と誰かがすすり泣く声だけが響いていた。
受付で一礼し、自分の名前を書く。
すると、受付をしていた人物が、俺の名前を見た瞬間、血相を変えて会場の前部で座る遺族一同に何かを伝えた。
そして、そこから一人の中年女性が激しい剣幕で俺に詰め寄ってきた。
「あなたが楠原晴司さん!?」
「は、はあ……」
「何しに来たのよ!!!」
「………え?」
「アンタが会社を辞めたから! 宗助に責任を全て押し付けたから!! 宗助は……宗助は……!!」
「…………」
その人は、宗助の母親だった。宗助の母親は、声を荒げて俺を罵った。その声を聞いた周囲の人もまた、蔑んだ目で俺を見ていた。
(そうだ……その通りだ。俺が、宗助を……)
「止めないか!! 宗助の前だぞ!!!」
俺と宗助のお母さんの間に誰かが割って入る。その人は、宗助のお母さんの肩を掴んだ。
「あなた……でも……!!」
宗助のお母さんを静止したのは、宗助のお父さんだった。
だけど、宗助のお父さんは、決して俺に笑顔を向けることはなかった。
「……せっかく来てもらったのに申し訳ないけどね。我々の気持ちも少しは考えてほしいものだね」
「……はい」
「キミに他意があったとは思わない。キミのおかげで宗助は処分されずに終わったからね。
……でも、残された宗助がどう思ったか……キミは、それを考えたことはあるか?」
「………」
「キミを責めるのは筋違いだとも思う。全ては、宗助が弱かっただけだ。
……だけど、それでも私たちはキミを責めるしかないんだ。宗助をそんな状態に追いやった原因を作ったキミを、この会場に入れたくはないんだ。宗助に会わせたくないんだ。
それは、理屈じゃないんだよ……分かってくれ」
「………」
「……もう、帰ってくれ」
「……すみませんでした」
深々と頭を下げ、葬祭場の出口に向かう。
決して振り返ることはしなかったが、背中にはたくさんの視線を感じた。
最後に少しだけ宗助を遺影を見た。そこにいる宗助は笑顔だったが、その目は、俺を睨み付けているように感じた。
そんな宗助の写真から目を背け、俺は更に速度を上げて会場を後にした。
==========
葬祭場の夜の公園で、ベンチに座り込んだ。
(……宗助……)
宗助を追い込んだのは、俺だ。
俺がアイツらの責任を取って辞めたことで、アイツらが自分自身を責めるかもしれないとは思っていたけど……まさか、ここまで追い詰めることになるとは思っていなかった。
(……俺は大バカ野郎だ……)
結局俺は、自分のことだけを考えていたようだ。他の奴の気持ちなんて考えもせず、自分勝手に振舞って……
高校の時から何も成長してなんかいないことを思い知った。俺は、ガキのままだった。
「俺が……宗助を………」
……それ以上先は言いたくない。言いたくなかった。
でも、俺の口は止まらなかった。言わずにはいられなかった。
それは懺悔だったのかもしれない。現実を口にすることで、自分を追いこんで、死んだ宗助に償いたかったのかもしれない。
(止めろ! 止めろよ!!)
思いとは裏腹に、震える唇で、俺は“現実”を口にした。
「俺が宗助を……殺したんだ」