2
コンビニの店員になって数日が経過した。
仕事にもすっかり慣れた俺は、ある程度をテキパキ出来るようになっていた。
割と一緒に勤務することが多い山田くんは、初日以降訳のわからん接し方をしてくる。
「師匠! 掃除終わりました!」
「……山田くん、勤務歴はキミの方が長いんだから、掃除なら俺がするって……」
「いいえ! 師匠は人生の先輩ですから!! そんな方に、掃除なんてさせられません」
「……その“師匠”って呼び方、何とかならない?」
「師匠は師匠ですから!!!」
「…………はあ」
(完全に別人になってるし……)
客の前でも師匠師匠と呼びまくる山田くん。その度に変な目で見られる俺。溜め息が出てしまう俺。
「……相変わらず、先輩は変な立ち位置ですね」
「星美、何とかしてくれよ……」
今日は夕方からの勤務であり、俺と山田くん、それと、星美の三人で勤務している。山田くんが菓子類の陳列、整理を担当し、俺と星美がレジ担当。
というわけで、俺は星美と二人でレジに立っていた。
「でも、本当に驚きました。先輩、お仕事辞めちゃったなんて……」
「色々あったんだよ。色々と。
……それより、星美はいつからこの店で働いてるんだ?」
「私は、大学の時からです。
本当は、大学卒業した時に辞めようと思ったんですけど、何となくこの仕事が楽しくて………」
「確かに、星美は接客業が向いてるかもな……いつも笑顔だし、明るいし、可愛いし……」
「か、可愛い……」
星美は顔を赤くして俯いてしまった。
「就職しなかったのか? 星美なら、どこ行ってもかなりイケると思うけどな」
「ん~、いくつか候補があったんですけど……なんか、どれもパッとしなくて……
なんか、私だけダメですよね。月乃先輩も、黎先輩も、陽子先輩も、楠原先輩も、みんな、ちゃんと就職して、社会人としてやってるのに、私だけいつまで経っても就職しないで……
ホント、自分が情けないです」
そう話す星美は、少し笑顔だった。でも、どこか自分自身を卑下するかのような表情だった。
「……って言っても、俺は今無職だけどな」
「先輩が会社を辞めたのって、何か理由があるんでしょ?」
「別に、大した理由なんてないよ」
「そんなわけありませんよ。先輩が途中で何かを止めるのは、必ず何か理由があったはずなんです。それも、自分のことじゃない、誰かのために。私には分かりますよ」
「考え過ぎだよ」
「……まあ、そういうことにしてあげましょう」
星美はクスクス笑っていた。
その顔を見た俺も、フッと笑ってしまった。
==========
「……いらっしゃいませ~」
「相変わらず元気がないわね……」
月乃が呆れ顔で話しかけてきた。
「晴司、それじゃ接客業失格だぞ……」
黎が憐れむような目で見てくる。
「……何でお前らが一緒に来てるんだ?」
「たまたまそこで会ったのよ」
「そうそう。なんか月乃が外からコンビ二の中をチラチラ見てたから、声かけたんだよ」
「ちょ、ちょっと黎!!!」
月乃は慌てふためき始めた。
「……お前、何やってたんだ?」
「い、いや……その……」
しどろもどろになる月乃。その場で数歩後ずさる。
「……買い物!!! するわよ……」
「ど、どうぞ……」
今度は怒りはじめた。顔を赤くして店内を徘徊する。“ヤレヤレ”といった表情で黎もコンビニ内を徘徊した。
そして、二人は弁当をそれぞれ手に取った。
……だが、ここで紛争が勃発する。
「……ちょっと、黎。アンタは星美のレジに並びなさいよ」
「……月乃こそ、あっちに行けよ」
「なら、私の後ろに並べばいいでしょ?」
「それなら、月乃が後ろに並べよ」
「はあ? 何で私が?」
「当たり前だろ?」
「何よ……」
「何だよ……」
(……何、これ……)
コンビニ内をピリピリした空気が包む。
「おい!! うるせえぞ!!」
その空気を全く読まずに、星美のレジに並んでいた酔っ払い親父が怒鳴り声を上げた!!
なんと命知らずだろうか……
(でも、正論だな……)
「……ほらみろ、怒られただろうが。両方いっぺんにレジしてやるから、少しは静かにしろ」
「はい……」
「ごめん……」
二人はしょんぼりしていた。そのまま少しは反省するがいい。
それにしても、酔っ払い親父もたまには役に立つ。この二人に苦情を言うには、かなりの度胸がいることだ。それを間髪入れずにするとは、酒の勢いとは恐れ入る。
少しは、酔っ払いに対する印象を変えても……
「ちょ、ちょっと……止めてください……!」
「俺さ、手相見れるんだよねえ……ちょっと手を貸せよ」
ふいに星美のレジから妙な会話が聞こえた。
(なんだ?)
そこに目をやると、妙な光景が広がっていた。
星美の手を無理矢理握る酔っ払いのオッサン。怯えた表情でそれを見つめる星美。
(……やっぱり、印象は変えねえ…)
「アイツ……」
「許せないわね……」
黎と月乃が手をボキボキ鳴らしながら酔っ払いの方向を見た。
あんな酔っ払いに注意されたのだから、怒りが数十倍に跳ね上がったのだろう……
……お前らの場合、自業自得だと思うが。
このまま二人に任せれば、尊いかどうかは微妙だが、人の命が一つ消えてしまうかもしれん!!
「くぉら!! オッサン!!!」
「あ?」
オッサンの命を助けるために、俺は月乃たちよりも早くオッサンに詰め寄る。
「……何だよ、若造」
酔っ払ったオッサンは、自分がいかに悪役に落ちているか分からない。ベタすぎる言葉を口にしながら、オッサンは俺に詰め寄ってきた。
「オッサン、何か勘違いしてねえか?
……ここはな、コンビニなんだよ。コンビニエンスストア。女の手を触りたきゃ、キャバクラでも行って来いよ」
「たかが店員がなんて口を利くんだ!! 店長呼べ!! 店長!!」
「はん! たかが酔っ払いが何言ってんだよ。
店長はな、この店の長なんだよ。アンタみたいなしょうもない奴の相手なんて俺で十分だ。
……それとな、いい加減気付けよ」
「何にだよ!!」
「“目”だよ。アンタを包む目に、気付かないのか?」
「ああ?」
オッサンは周囲を見渡した。
周囲は、実に冷めた目でオッサンを見ていた。その視線にようやく気付いたオッサンは、急にたじろぎ始めた。
ようやく、自分の立場を理解したようだった。
「……このまま素直に帰るならよし。帰らなければ……」
「……帰らなければ、何だよ……」
「………」
(アンタが危ないんだよおおおお!!!)
俺の背後には、殺意のオーラを帯びた超人二人が待ち構えていた。
もしここで俺が引けば、間違いなくこの二匹の獣はその鎖を引きちぎり、オッサンを滅するだろう……
「……………」
俺は、目に力を込めた。
オッサンは、おそらく俺が何かすると勘違いしたのだろう。俺から視線を逸らし、冷や汗をかき始めた。
「……こ、こんな店、二度と来るか!!!」
オッサンは逃げ去った。
「ありがとうござま~す!」
俺は爽やかに挨拶を返す。
オッサンが立ち去った店内では、俺が色んな人から賞賛を受けていた。
「さすがアタシの旦那だな!!」
「少しは見直したわ、晴司」
月乃、黎の両名も、珍しく俺を褒めていた。
(俺が何もしなきゃ、お前らがアイツをどうしていたことか……)
その後、連絡を受けた店長からも褒められた俺。山田くんはなぜか自慢げに俺の武勇伝を語りまくる。
俺の平穏は、やはり少しずつ壊れ始めていた。
その日の仕事明け、帰ろうとした俺を、星美が呼び止めた。
「……楠原先輩」
「ああ。おつかれ星美」
「今日は、その……ありがとうございました」
「あ、ああ……いいって別に」
「でも、私、先輩に助けてもらって本当に嬉しかったです」
星美は顔を赤くし、少し恥ずかしそうに話した。
「……私、やっぱり、先輩が好きです。絶対、諦めませんから!!」
そう言い残し、星美は走って帰って行った。
「……をいをい」
(……何か、恐ろしいことが起きそうな気がする)
星美から言われた感動の一つも浮かびそうな言葉は、俺にとっては不吉の前触れのように聞こえた。
……それがなぜかは、近い将来気付くことになる。