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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
コンビニ店員の憂鬱
13/46

 コンビニの店員になって数日が経過した。

 仕事にもすっかり慣れた俺は、ある程度をテキパキ出来るようになっていた。

 割と一緒に勤務することが多い山田くんは、初日以降訳のわからん接し方をしてくる。


「師匠! 掃除終わりました!」


「……山田くん、勤務歴はキミの方が長いんだから、掃除なら俺がするって……」


「いいえ! 師匠は人生の先輩ですから!! そんな方に、掃除なんてさせられません」


「……その“師匠”って呼び方、何とかならない?」


「師匠は師匠ですから!!!」


「…………はあ」


(完全に別人になってるし……)


 客の前でも師匠師匠と呼びまくる山田くん。その度に変な目で見られる俺。溜め息が出てしまう俺。



「……相変わらず、先輩は変な立ち位置ですね」


「星美、何とかしてくれよ……」



 今日は夕方からの勤務であり、俺と山田くん、それと、星美の三人で勤務している。山田くんが菓子類の陳列、整理を担当し、俺と星美がレジ担当。


 というわけで、俺は星美と二人でレジに立っていた。


「でも、本当に驚きました。先輩、お仕事辞めちゃったなんて……」


「色々あったんだよ。色々と。

 ……それより、星美はいつからこの店で働いてるんだ?」


「私は、大学の時からです。

 本当は、大学卒業した時に辞めようと思ったんですけど、何となくこの仕事が楽しくて………」


「確かに、星美は接客業が向いてるかもな……いつも笑顔だし、明るいし、可愛いし……」


「か、可愛い……」


 星美は顔を赤くして俯いてしまった。


「就職しなかったのか? 星美なら、どこ行ってもかなりイケると思うけどな」


「ん~、いくつか候補があったんですけど……なんか、どれもパッとしなくて……

 なんか、私だけダメですよね。月乃先輩も、黎先輩も、陽子先輩も、楠原先輩も、みんな、ちゃんと就職して、社会人としてやってるのに、私だけいつまで経っても就職しないで……

 ホント、自分が情けないです」


 そう話す星美は、少し笑顔だった。でも、どこか自分自身を卑下するかのような表情だった。


「……って言っても、俺は今無職だけどな」


「先輩が会社を辞めたのって、何か理由があるんでしょ?」


「別に、大した理由なんてないよ」


「そんなわけありませんよ。先輩が途中で何かを止めるのは、必ず何か理由があったはずなんです。それも、自分のことじゃない、誰かのために。私には分かりますよ」


「考え過ぎだよ」


「……まあ、そういうことにしてあげましょう」


 星美はクスクス笑っていた。

 その顔を見た俺も、フッと笑ってしまった。





==========





「……いらっしゃいませ~」



「相変わらず元気がないわね……」


 月乃が呆れ顔で話しかけてきた。


「晴司、それじゃ接客業失格だぞ……」


 黎が憐れむような目で見てくる。



「……何でお前らが一緒に来てるんだ?」


「たまたまそこで会ったのよ」


「そうそう。なんか月乃が外からコンビ二の中をチラチラ見てたから、声かけたんだよ」


「ちょ、ちょっと黎!!!」


 月乃は慌てふためき始めた。


「……お前、何やってたんだ?」


「い、いや……その……」


 しどろもどろになる月乃。その場で数歩後ずさる。


「……買い物!!! するわよ……」


「ど、どうぞ……」


 今度は怒りはじめた。顔を赤くして店内を徘徊する。“ヤレヤレ”といった表情で黎もコンビニ内を徘徊した。




 そして、二人は弁当をそれぞれ手に取った。

 ……だが、ここで紛争が勃発する。



「……ちょっと、黎。アンタは星美のレジに並びなさいよ」


「……月乃こそ、あっちに行けよ」


「なら、私の後ろに並べばいいでしょ?」


「それなら、月乃が後ろに並べよ」


「はあ? 何で私が?」


「当たり前だろ?」


「何よ……」


「何だよ……」



(……何、これ……)



 コンビニ内をピリピリした空気が包む。



「おい!! うるせえぞ!!」


 その空気を全く読まずに、星美のレジに並んでいた酔っ払い親父が怒鳴り声を上げた!!

 なんと命知らずだろうか……


(でも、正論だな……)


「……ほらみろ、怒られただろうが。両方いっぺんにレジしてやるから、少しは静かにしろ」


「はい……」


「ごめん……」


 二人はしょんぼりしていた。そのまま少しは反省するがいい。


 それにしても、酔っ払い親父もたまには役に立つ。この二人に苦情を言うには、かなりの度胸がいることだ。それを間髪入れずにするとは、酒の勢いとは恐れ入る。

 少しは、酔っ払いに対する印象を変えても……



「ちょ、ちょっと……止めてください……!」


「俺さ、手相見れるんだよねえ……ちょっと手を貸せよ」



 ふいに星美のレジから妙な会話が聞こえた。



(なんだ?)



 そこに目をやると、妙な光景が広がっていた。

 

 星美の手を無理矢理握る酔っ払いのオッサン。怯えた表情でそれを見つめる星美。



(……やっぱり、印象は変えねえ…)



「アイツ……」


「許せないわね……」


 黎と月乃が手をボキボキ鳴らしながら酔っ払いの方向を見た。

 あんな酔っ払いに注意されたのだから、怒りが数十倍に跳ね上がったのだろう……

 

 ……お前らの場合、自業自得だと思うが。


 このまま二人に任せれば、尊いかどうかは微妙だが、人の命が一つ消えてしまうかもしれん!!



「くぉら!! オッサン!!!」


「あ?」


 オッサンの命を助けるために、俺は月乃たちよりも早くオッサンに詰め寄る。


「……何だよ、若造」


 酔っ払ったオッサンは、自分がいかに悪役に落ちているか分からない。ベタすぎる言葉を口にしながら、オッサンは俺に詰め寄ってきた。


「オッサン、何か勘違いしてねえか?

 ……ここはな、コンビニなんだよ。コンビニエンスストア。女の手を触りたきゃ、キャバクラでも行って来いよ」


「たかが店員がなんて口を利くんだ!! 店長呼べ!! 店長!!」


「はん! たかが酔っ払いが何言ってんだよ。

 店長はな、この店の長なんだよ。アンタみたいなしょうもない奴の相手なんて俺で十分だ。

 ……それとな、いい加減気付けよ」


「何にだよ!!」


「“目”だよ。アンタを包む目に、気付かないのか?」


「ああ?」


 オッサンは周囲を見渡した。


 周囲は、実に冷めた目でオッサンを見ていた。その視線にようやく気付いたオッサンは、急にたじろぎ始めた。

 ようやく、自分の立場を理解したようだった。


「……このまま素直に帰るならよし。帰らなければ……」


「……帰らなければ、何だよ……」


「………」


(アンタが危ないんだよおおおお!!!)


 俺の背後には、殺意のオーラを帯びた超人二人が待ち構えていた。

 もしここで俺が引けば、間違いなくこの二匹の獣はその鎖を引きちぎり、オッサンを滅するだろう……

 

「……………」


 俺は、目に力を込めた。 

 オッサンは、おそらく俺が何かすると勘違いしたのだろう。俺から視線を逸らし、冷や汗をかき始めた。



「……こ、こんな店、二度と来るか!!!」


 オッサンは逃げ去った。


「ありがとうござま~す!」


 俺は爽やかに挨拶を返す。



 

 オッサンが立ち去った店内では、俺が色んな人から賞賛を受けていた。

 

「さすがアタシの旦那だな!!」


「少しは見直したわ、晴司」


 月乃、黎の両名も、珍しく俺を褒めていた。

 

(俺が何もしなきゃ、お前らがアイツをどうしていたことか……)



 その後、連絡を受けた店長からも褒められた俺。山田くんはなぜか自慢げに俺の武勇伝を語りまくる。


 

 俺の平穏は、やはり少しずつ壊れ始めていた。



 

 その日の仕事明け、帰ろうとした俺を、星美が呼び止めた。



「……楠原先輩」


「ああ。おつかれ星美」


「今日は、その……ありがとうございました」


「あ、ああ……いいって別に」


「でも、私、先輩に助けてもらって本当に嬉しかったです」


 星美は顔を赤くし、少し恥ずかしそうに話した。



「……私、やっぱり、先輩が好きです。絶対、諦めませんから!!」


 そう言い残し、星美は走って帰って行った。



「……をいをい」



(……何か、恐ろしいことが起きそうな気がする)


 星美から言われた感動の一つも浮かびそうな言葉は、俺にとっては不吉の前触れのように聞こえた。


 ……それがなぜかは、近い将来気付くことになる。 



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