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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
コンビニ店員の憂鬱
12/46

俺、何がしたいんだろうな………

 その夜は実に過ごしやすかった。寒くもなく暑くもない。外では桜が舞い、夜を彩る。

 こんな日は、自宅でゆっくりとしたいと思う。

 無職な俺には、有り余る時間があるのだ。それも可能だろう。


 ……しかし、それでは生活出来ないのは明白である。失業保険を使うことも考えたが、ハローワークに行くこと自体に苦痛を感じ、泣く泣く別の方法を取ることとした。



「……いらっしゃいませ~」


 ここは俺の家から近いコンビニ“ニッコリマート”。

 店名に名前負けしてると言われかねないくらい、俺の挨拶には元気がない。

 もともとこのコンビニは、俺の行きつけの店だった。

 ほぼ毎日来店していた俺は、すっかり店長と仲が良くなっていて、今回の騒動についてボソッと言ったら、

 “就職先が決まるまでバイトをしたらどうか。ちょうどアルバイトを募集していたところだし。”

 と男気溢れる提案をしてくれた。


 実際、俺はバイトを探そうかと考えてたわけで、二つ返事でお願いした。

 今日はその初日。バイトなんて初めてする俺にとっては、意外と楽しみだった。


(楽しみだったのに………)



「ちょっと楠原さ~ん、もっと早くレジ打てないっすか?」


「あ、ああ……ごめん……」


「頼んますよ~」


 ……俺とペアを組むのは、十九才の男性。なんと言うか、かなりチャラチャラしてる男だ。

 しかも……



「山田くん、これどうすんの?」


「はぁ? そんくらいも知らないんすか??」


(知るわけねぇだろ………!!)



 ……かなり舐められている。

 まあ、世間的に見れば二十四歳で無職はあまりいい印象ではないことは分かる。

 分かる、が!! ここまで露骨に見下されると腹が立ってしまうのは、俺の人としての器が小さいからだろうか……





 ==========





 夜のコンビニは思いの外客の入りが多い。雑誌やら弁当やらの搬入もあり、意外と忙しかったりする。

 あんな話し方をする山田くんは、テキパキと慣れた手際で処理しており、かたや、俺は初めての作業で色々手間取っていた。

 その度に山田くんからはほくそ笑んだ顔で皮肉を言われ、俺の中のフラストレーションは、初日にして、既に湿度90%オーバーのように、いっぱいいっぱいになっていた。



「俺っすね、ちょっと狙ってる子がいるんすよ」


 お客さんがまばらになってきた時、山田くんは聞いてもいないことを言ってきた。


「店に来る客なんすけど、そろそろ来る時間なんすよ」


「へえ……どんな子なの?」


「ちょっと楠原さ~ん、マジ横取りはダメっすよ」


「いや、そういうつもりは……」


「まあ何人かいるんで一人くらいはいいっすけど……

 楠原さん、モテそうにないっすから微妙っすねぇ……」


(ヤカマシイ!!)



「――あ! 来たっす!!」


 外を見た山田くんは、急に姿勢を正した。

 そして、当該人物が入るや、声高らかに挨拶した。


「いらっしゃいませ~!!!」


 その声は通常時の三倍は大きかった。顔は満面の笑み。

 ……かなり気持ち悪い。



(そこまで狙う子ってどんな子なんだろうなあ……)



 チラッと見てみた。


 その人物は外国人のようだ。長いブロンドの髪に青い瞳。整った顔立ちに、ビシッとしたスーツを着こなす。凄まじく美人だ。


(なるほど、これなら確かに…………って、コイツは………)


 その美人は、俺を見るなり駆け寄ってきた。


「あ!! 晴司!!!」


「……お前かよ、黎」


「こんなところで何してんだ!?」


「バイトだよ。色々あって、会社辞めた」


「はあああ!?」


「……頼むから、千春さんには内緒な。殺される……」


「はあ……しょうがないなぁ……」


「ところで、お前こんなところで何してんだ? 家や職場から離れてるのに」


「ああ。晴司の家の様子見に、ちょくちょく来てんだよ」


「………何気に爆弾発言とも言える内容をあっさり言うなよ……ストーカーみたいだぞ……」


「ストーカーなんて失礼だぞ!!

 アタシは、単に晴司がいるか確認して、しばらく家の前で待ってるだけだ!!」


「十分ストーカーじゃねえかあああ!!!」





 そんないつもの会話を、驚愕の表情で見る山田くん。


「ちょ、ちょっと楠原さん、知り合いなんすか!?」


「まあな。コイツは――」


「――アタシは晴司の嫁だよ」


「はああああ!!??」


「……だから、違うだろ。従姉妹だよ。従姉妹」


「でも、その内嫁だ」


「お前は黙ってろ!!!」


「…………」


 固まる山田くん。


 結局黎はなんやかんや騒ぎ、大量の商品を買って、ようやく店を後に…………


「晴司! なんだったら、今すぐ専業主夫にでも――」


「早く帰れ!!!」


 ……ようやく帰った。




 山田くんは、少し落ち込んでいた。


「……世間って、狭いっすね……」


 その一言が、山田くんの心境をよく表していた。


 しかしすぐに顔を上げる山田くん。



「……まあ、あのお姉さんは諦めるとして、次こそ……あ、来た!」


 そう言って再び満面の笑みを浮かべる山田くん。


「いらっしゃいませ~!!!」


 やはり元気に声を上げる。



(…………あれは……)



 入ってきた女性は、実に懐かしい人だった。



「……いらっしゃいませ」


「あら? もしかして、晴司くん?」


 その女性は、スタスタと俺の近くに歩いてきた。


「お久しぶりです。……陽子先輩」


「本当に久しぶりだねぇ……バイト?」


「はあ……色々ありまして」


 陽子先輩はクスクス笑った。それは、今でも変わらない、太陽のような笑顔だった。


 陽子先輩は、中学の時の先輩だ。太陽のような笑顔が特徴の、月乃、黎らと並ぶ、超人四天王の一角である。

 長かった髪はバッサリと切られ、ボーイッシュな感じになっている。それでも、その綺麗な容姿は健在で、大人の色気が更に増していた。



「変わらないね、キミは。晴司くんがいるなら、このコンビニに寄る楽しみも増えるな」


「そう言って貰えると嬉しいです。特に店長が」


「ハハハ、そうだね。……ところで、隣の子、大丈夫?」


 山田くんは、カウンターに手を置いたまま、膝を曲げ項垂れていた。


「……気にしないでください。それより先輩、何か買います?」


「そうだね……」


 陽子先輩は、ホットスナックをいくつか購入した。そして店の出口に向かう。


「晴司くん、今度お茶しようよ」


「ぜひお願いします」


 そう言って、陽子先輩は帰っていった。




 陽子先輩が帰った後、山田くんは俯いてしまった。


「……次こそ……いや、もしかして……いやいや、きっと大丈夫……大丈夫だ……」


 独り言をボソボソしゃべる山田くん。

 でも、ここまで来たら、ある意味期待通りなわけで……


「い、いらっしゃいませ~!!!!」


(……山田くんよ、声が裏返ってるぞ)


 やけくそにも聞こえる山田くんの叫びが轟く店内に入ってきたのは、やはり奴だった。



「……よう、月乃」


「あら、晴司……」


「何でだよおおおおおお!!!!」


 山田くんは悲鳴のように叫んだ後、その場で崩れるようにへたりこんだ。


「……どうしたの、彼」


「……そっとしてやれ」


「そ、そう………」


「それより、いつもこの店に来てるのか?」


「ええ、たまにね……」


 月乃は、落ち込んでいるように思えた。俺と視線を合わせようとしていない。


(まだ気にしてるのか……)


 そんな俺の視線に気付いた月乃は、少し慌てていた。


「……月乃、弁当買ってけ」


「は?」


「いいから買ってけって。俺が心を込めて電子レンジのスイッチを押すからさ」


「こ、心を……」


 月乃は少しだけ顔を赤く染めた。


「な? 買ってけよ」


「……そ、そうね……たまには、コンビニのお弁当もいいかもね……」


 そう言って、月乃は店内を回った。そして、エビグラタンとサラダを購入した。

 俺は電子レンジを使い、エビグラタンを温める。

 ささっと袋詰めし、月乃に渡した。


「はい。熱いから気を付けろよ」


「あ、ありがと……」


 頬を桃色に染めて、大事そうに弁当を両手で抱える月乃。

 そしてそそくさと店を出ようとした。


「月乃!! また来いよ!!!」


 その声を受けた月乃は振り返り、返答する。


「………うん!!」


 その顔は、ようやく眩しいくらいの笑顔を取り戻していた。


(まったく……)


 そんな心の声とは裏腹に、少しだけホッとしている自分がいた。その証拠に、俺の顔からは笑みが零れていた。

 自分の行動で月乃が落ち込んでいるのは、どこか心苦しかった。それでも、最後に見せた月乃の笑顔は、そんな俺の心を少しだけ楽にしてくれた。




(………そういえば)


 俺は、山田くんの方を見てみた。


 山田くんは、レジの後ろにある椅子に、力尽きるように座り込んでいた。


「……大丈夫か?」


「……今は、何も言わないでほしいっす……」



 そっからの山田くんは凄かった。一心不乱に仕事をテキパキとこなし、接客も元気いっぱいだった!!

 ……涙目だったけど。





 ==========





 コンビニは、朝を迎えた。

 間もなく、早朝勤務の人がやって来る時間だ。


「……昨日は、悪夢だった」


 山田くんは、外から射し込む朝日の光を見ながら、呟いた。


「こうなったら!! あの子に癒してもらうしかない!!」


「あの子?」


「このコンビニのアイドルみたいな子ですよぉ。もう可愛いのなんの!!」


「へぇ……そんな子がいるんだ」


「楠原さん、マジでその子は勘弁して下さいよ」


(何を勘弁するのやら……)


「分かってるよ」





「おはようございまーす」


 話している間に、出勤時間になったようだ。ぞろぞろと、朝勤務のメンバーがやって来た。

 中年の女性。若い男性。それぞれが裏に入り、着替えてレジに来た。


「あれ? もしかして、新人さん?」


「はい。昨日から勤務の、楠原晴司です。はじめまして」


「あ~ら~、若い男性なら歓迎よ。オホホホ……」


 中年の女性は、笑いながら俺の背中をバッシバシ叩く。


(……痛い)



 それにしても、今のところ山田くんが言う、“アイドル”は来てないようだ。

 いったいどんな子なのやら………

 


「来た!!」


 その声と共に、自動ドアが開き、アイドルがやって来た。


「おはようございまーす」


 明るい声に爽やかな笑顔。そんな彼女を見た男性陣は、うっとりしながら挨拶を返す。


「おはよー。聞いてくれよ! 俺、昨日フラれたんだよぉ」


「山田くんなら大丈夫ですよ。いい人なんで、すぐに彼女さんが見つかりますって」


「そうかな……」


「はい! 間違いありません!!」


「……だったら、佐々木さんの彼氏に立候補しようかなぁ……」



(…………佐々木さん?)



「もう! 冗談ばっかり!」


「意外とマジっすよ?」


「だから………あれ? そこの方は…………」


「え? ああ、昨日からの新人っすよ。名前が――」



「楠原先輩!!!」


 アイドルは俺の顔を見て、歓喜の叫びを上げる。

 ……そう、その人物は……



「……久しぶり。元気にしてたか? ――星美」


「はい!!」



 その人物は、佐々木星美だった。

 彼女は高校の時の後輩であり、俺に告白した人物。ツインテールが特徴の、最強の妹キャラと呼ばれた子だ。

 彼女もまた、月乃、黎と並ぶ、超人四天王の一人である。


 高校の時と同様、小柄で守ってあげたくなる雰囲気だったが、その顔はすっかり大人の女性になっていた。美人というジャンルとは少し違う、めちゃくちゃ可愛いという言葉がよく合いそうだ。


「先輩が今日から働くんですか!?」


 若干興奮気味な星美。目を輝かせながら聞いてきた。


「ああ。しばらくの間な」


「やったぁ!!! 私、着替えてきますね!!」


 星美は、更衣室へ駆け込んでいった。



「……楠原さん、一応確認っす。

 佐々木さんとも、お知り合いっすか?」


「まあ、な。高校の時の後輩だよ」


「…………」


 山田くんは、やっぱり黙り込んだ。


「ちょっと、どうしたん――」

 

 ……と思いきや、すぐに表情を変えてきた。



「――師匠と呼ばせて下さい!!」


「……は?」


「俺を、ぜひとも弟子にしてください!!」


「いや、何の弟子?」


「人生の弟子っす!! 楠原さんは、恋の師匠っす!!」


「……何それ」


「何でもいいんすよ! とにかく! 弟子になりますから!!」



 急に尊敬の眼差しを向ける山田くん。たじろぐ俺。




 ……コンビニ店員初日。


 俺は、恋の師匠になった。



(……だから、何それ)


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