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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
楠原晴司、二十四歳、春
11/46

 会社に戻った俺たちは、有無を言わさず会議室に連行された。

 やはり相手会社から連絡があったらしい。そこには、会社の上層部一同が揃っていた。全員が一様に険しい顔をし、ある人は机に肘をついて項垂れ、ある人は腕を組み俺たちを睨み付け、ある人はイライラからか、灰皿に山が出来るくらいタバコを吸っていた。

 当然ながら、その空気は凄まじく重く、心臓を手で鷲掴みされたかのような緊張感が襲っていた。

 宗助と夕香は再び涙目になり、直立不動のまま顔を青くしていた。


「……なぜ、ここに呼ばれたか、分かっているかね?」


「………」

「………」


(この二人には酷な状況だな……)



「はい。分かってます」


「相手側は、かなり怒っていたよ。

 “処分結果を連絡してほしい”

 そこまで言っていた。

 ……何か、弁明があれば聞こうじゃないか」


「弁明は――ありません」


「……潔いな」


「今回の件については、全てこちらの不手際、相手側に非は一切ありません。

 ……更に言うなら、全て私の責任です


「――!!」

「――!!」


「どういうことかね?」


「この二人の指導員は私です。今回の件は、全て私の指導不足が原因だと反省しています。

 ……しかしながら、一つだけ所見をお願いします」


「……聞こうか」


「この二人は、まだまだ新人であり、様々な勉強不足、経験不足が否めない点があります。

 そんな中、この二人は極度の緊張状態にあり、私はそれを承知で同行させました。

 更には、この二人はとても優秀な人材です。それについては、皆様方もご存知かと思われます。二人は、我が社において必要な人物となるでしょう」


「……つまりは、君が処分を受けるから、この二人は見逃せと?」


「端的に言えば、そうなります」


 それを聞いた瞬間、宗助が俺の肩に手をかけた。


「ちょっと、晴司さん……!!」


「宗助、黙ってろ……」


「でも……!!」


「黙ってろ!!」


 その声で、宗助は再び沈黙した。


「だが、相手は激怒していて、処分結果を連絡しなければならん。

 生半可な処分では、おそらく納得しないが……」


「……それなら、私が会社を去りましょう」


「――!」

「――!」


「楠原!! お前、本気で言ってるのか!?」


 バーコードが立ち上がり叫んだ。


「私は、商談の場で二人の指導員を名乗りました。ともなれば、私が処分されて然るべきだと思います。

 商談に来た人物が退職、これで我が社、相手会社双方のメンツも立つでしょう」


「だが――!!」


「課長、座りなさい」


 それまで黙っていた社長が、思い口を開けた。その声はバーコードの口を塞ぎ、座らせる。


「……本当にいいのかね?」


「良くはありませんよ。これからの生活とかを考えると、正直頭が痛くなります。

 ……でも、この二人は本当に優秀なんです。私なんかよりずっと。この二人の首が飛ぶくらいなら、私程度の首を飛ばす方が数倍マシです。

 この二人なら、今回の損失を、いずれ帳消し以上にするでしょう。

 それは、指導員である私が保証します」


「……そうか。なら、もう何も言うまい」


「しかし社長!!」


 課長は、食い下がろうとした。そんな姿に、心の中で感謝しつつ、俺は最後の言葉を放つ。


「課長、ありがとうございます。ですが、最後くらい、俺にカッコつけさせてくださいよ」


 ニッコリとした笑顔を作った。そんな顔を見た課長は、顔をしかめ、声を漏らし、椅子に座る。



「……では、さっそくで悪いが……」


「はい」


 俺は課長と共に部屋を出た。最後に会議室に一礼をした時に、宗助と夕香は涙を流しながら俺を見ていた。

 罪悪感と喪失感、そんな感情が読み取れる顔だった。

 そんな奴らに、俺は口パクで声をかける。


 ――頑張れよ――


 それが伝わったかは分からない。それを確かめる前に、俺は会議室を後にした。





 ==========





 その夜、退社手続きを終えた俺は、アパートまでとぼとぼ歩いていた。


 課長は、涙ながらに手続きをした。課長が処分を受けようと言い始めたが、高校生になったばかりの子供がいる課長に、そんな真似をさせるわけにもいかず、俺が断固として拒否した。

 会社を出るとき、職場の皆は何て声をかければいいか迷っているような顔をしていた。

 だから、俺はあえて明るく大きな声で挨拶をした。


 それでも、やはり俺の中には色々と不安が広がっていた。これからの生活、母さんへの説明……考えただけで心が潰れそうだった。

 俺は、自分の行動に疑問ばかりを考えていた。

 本当にこれでよかったのか。あの二人を、更に追い詰めることになったのではないか。

 それでも、俺はアパートまでを進み続けた。立ち止まれば、すぐ後ろを行く“後悔”に捕まりそうな気がした。




 アパートに着くと、入り口の前に一人の女性が立っていた。

 その女性は俺に気付くと、こちらに近付いてきた。


 街灯の下に立ち尽くした俺の眼前には、月乃がいた。


「……話は、聞いたわ」


「そうか……」


「あなたの会社の新製品、私の会社で採用するから」


「……いいのか? そんなことすれば……」


「いいのよ。結果さえ出せば、上は何も文句を言わないだろうから」


「それは助かる。俺の憂いも解消だな。特に月乃が断言してくれたんだ。もう心配ないな」



「…………」



 月乃は、俯いてしまった。手を前で握り、顔を上げようとしない。


「月乃?」


 俺が名前を呼ぶと、月乃は小さく、震えた声で話し始めた。


「……ごめんなさい。あそこで、私が余計なことを言わなければ……」


「……お前のせいじゃないよ。お前があそこで聞かなくも、多分他の人が聞いていたよ」


 それでも、月乃は顔を上げなかった。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 ポタポタと、月乃の顔から乾いた地面に雫が落ちていた。

 月乃はひたすらに謝っていた。そんな月乃を見て、俺はどうすればいいか分からず、とりあえず、月乃の体を包んだ。


「……だから、何でお前が謝るんだよ」


「ひく……ごめん、なさい……ひく……」


 月乃は、俺の腕に包まれても涙を流し続けていた。


 俺は空を見上げる。昼間見た雲はなくなっていたが、星は霞んでいた。月も姿を消すかのように近くの建物の影に身を潜めている。



 楠原晴司、二十四歳、春………



 俺は、無職になった。







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