タンクと呼ばれる少年
作者自身が無知な為、トンデモ設定になっているところが多々ありますが
ファンタジーと思って読んで頂ければ幸いです。
少年の目には住み慣れた町の景色は消え、変わりにただ青い景色が広がっていた。少年の住んでいた街のシンボルともいえる、過去に鉄を作っていた工場跡地も宇宙をモチーフにしたテーマパークも消えており、上下の感覚すらない青い世界のみがそこにあった。
少年は自らの手にある端末に目を向けた。それは携帯型ゲーム機に似た姿をしていて、大きな液晶画面とその隣に様々なボタンが付いていた。少年が端末を操作しようとすると、突然端末から声が聞こえてくる。
「この端末は地図を備えた自動翻訳及び録音機となっています。言語の違う人間との会話も言葉を発することで自動で翻訳が可能です。これから使用マニュアル及び録音されたメッセージを再生します。録音されたメッセージにはセキュリティがかかっており使用者付近に他者が存在する場合は再生が行われません」
端末からは感情の篭らない機械的な声にも関わらず、発音だけは完全に人間から発せられるそれと変わらない声が響いてきていた。
青い世界に浮かんでいる少年は、端末から流れる音声により操作方法の説明を受ける。一通り説明を受けた少年は、今度は端末からの指示通りに操作を繰り返し、端末の扱いを覚えていった。同じ操作を何度も繰り返させられる少年は、段々と苛立ちを覚えていく事になる。
そして操作を覚えると、今度は録音されたメッセージを聞くことになる。メッセージはこれから向かう世界の事や元いた世界がどのような歴史を辿っていくのか等を簡単に説明したものだった。
2023年に登場した次世代コンピューターの技術を欲した一部の人間は、製作者に対して過激な行動に出ることになる。誘拐を試みて無理やり従わせようとする者、科学者を守ろうとする者、色仕掛けで科学者に近づく者、その争いはやがて規模を大きくし、世界中を巻き込んでいく。かろうじて、国家間の戦争にまで発展しなかった事だけは幸いといえるだろう。
その争いはある日終焉を迎えることになった。争い事に嫌気がさした科学者が自ら命を断ったのだった。それによって争いを止めた世界中の人々は、自らの行いを反省すると共に、優秀な科学者を失った事を悲しんだ。
だが、その一件は新たな争いを生む事になるのだった。創造主を失った人工知能が暴走し、科学者の残された一人息子を守る為にやがて全世界に攻撃を仕掛けることになる。そのアイと名付けられた人工知能を搭載された次世代コンピューターには、人を傷つけない事や創造主の命に従うこと等が設定されていたが、創造主を失ったアイは自らの設定を書き換える。
アイの予測によれば、世界各国は残された自身を奪いに来るだろう、そしてその戦いに巻き込まれる事により、創造主の一人息子の命を失う恐れがあること等を予測し、世界を破壊する事を決意する。しかし、人類を滅ぼしてしまっては創造主の子孫も終えてしまう。
やがてアイの出した結論は、世界各国を破壊しつつもある程度の人類を残し、人類の数を調整する為に適度に攻撃を加える事だった。そして数を調整する攻撃の際に人類を捕え、その中で最も優秀な人類を創造主一族の繁殖に使う。家に帰ってきた一人息子を保護すると同時に、機械による世界への攻撃が開始されたのだった。
アイはネットワークを通じてその圧倒的な演算能力を発揮し他のコンピュータのセキュリティを突破しプログラムを書き換えていき、世界中のコンピューターを掌握する。無人航空機及び大陸弾道ミサイルによる軍事施設の破壊やコンピューターによって制御されたあらゆる機器の情報を書き換え、軍事行動を妨害していった。
GPS等からは誤った地形情報と共に機器の電子系統に重大な損害を及ぼすウイルス等が送られて来て、酷い件になるとバックドアによってアイにより艦船同士や原油及び天然ガスの積み下ろし港や橋脚や油田への衝突までが引き起こされる事となった。また航空機等はその誤った情報により各国の主要施設や軍事施設へと意図的に墜落を誘導されていくことになる。
またネットワークを通じて一部の人類に安全を約束する代わりに、様々な建設機械や旋盤等の工作機器を自らが操作出来るように作り変えさせた。数ヶ月後には世界は戦う力を完全に失い、アイの置かれていた場所は建築機械によって要塞へと姿を変えていた。人類に反撃する力が残っていないことを確認したアイは、今度は創造主の為に地球を緑豊かで動物達の育む豊かな世界へと作り変えていく。
人類の衰退した世界は、瞬く間に緑を取り戻し豊かな自然溢れる世界へと変貌していった。残された人々は、無人攻撃機械に怯えつつも集落を作り生活をしていく。荒んだ人々の心の中には魔が宿り、無法行為を働く者まで現れるようになった。端末からのメッセージは少年の理解する所では大体このような話だった。
簡単な説明を受けた少年は、何をすれば良いのか考えていた。送り主すら分からない、このメッセージを元に世界を救うなどと。やがて少年の答えは出ないままに青い世界が消え去っていった。
突然少年の目に、人の手の入っていない雄大な自然が飛び込んでくるのだった。多少の起伏はあるものの、見渡す限り青々とした草原が地平線へと続いている。ときおり吹く風によって揺れる草の音を除くと、そこは元いた世界とは違い、ほとんど音の無い世界だった。これまで街中にいた少年の頭の中には耳鳴りが響いていた。まるで田舎へ遊びに行って、夜寝る時のようだと少年は感じていた。
少年は思い出したように端末の操作を始める。それは今いる場所が何処なのか確認する為だった。端末に目をやる少年は驚愕の事実を知ることになる。そこには見慣れた世界地図は無く、アイによって人類を管理しやすいように巨大な一つの大陸へと変貌を遂げた世界の地図が記されていたのだった。
少年の今いる地点は大陸の南端の辺りで、北へ進んだ場所に一番近い町が存在することが確認できた。次に距離を確認しようと操作する少年は突然邪魔をされることになるのだった。
突然遠くから狼の遠吠えが聞こえた。僅かに聞こえただけなので直ちに害を及ぼすものではないだろう。そして少年の知る限り、自分の住んでいた国では狼は既に絶滅していた為、それが本当に狼のものであったかは疑わしかった。少し考えた少年は、犬だろうとも思ったが、もしそれが集団だったらどうなるか。身の危険を感じた少年は、北にある町を目指して彼方まで広がる草原を歩いて行くのだった。時折、狐が姿を現すが少年は目もくれずひたすら歩き続ける。
どれほど草原を歩いただろうか、高く登っていた太陽は既に地平線の彼方に消えつつあった。少年の喉は涸れ、その足はかつてない程の痛みに襲われた。
少年が限界を感じ、その場に座り込もうとしたその時、左前方に泉が見えたのだった。その泉は、なだらかな丘の影になっていて、少年にとって今まで見えない位置にあった。
限界を忘れて、泉に向かって走る少年。やがて泉へと辿り着くと、必死に両手で水を掬い、口へと運ぶのだった。そして、充分に喉を潤した少年はその場で、力尽き倒れるのだった。
少年が奇妙な振動を感じて目を覚ますと、そこには木で出来た床と周囲を囲む白い布が目に映った。床には布をかけられた荷物が所狭しと置かれており、少年以外に人の姿は無い。
少年が立ち上がると同時に振動が止まり、辺りに静寂が訪れる。奇妙に思った少年は、屋根や壁のように周囲を覆っている白い布をめくる。外を見た少年は驚きのあまり声が出なくなるのだった。
外には全身を白色に染めた巨大な人型のロボットが座っており、その胸の辺りに存在する操縦席から、一人の若い男がおりて来ている姿を少年は見たのだった。銀色の髪を長く伸ばし、少しつり目がちで鼻筋の通った容姿を持つその若い男は、顔を覗かせている少年に降りてくるように促すのだった。
言われるままに行動する少年は、今までいた場所がトラックに似た車の荷台の部分だったことを知る。そして少年の知るトラックと異なる部分はタイヤの変わりにブルドーザーや戦車のような履帯が付いている事と運転席に機械が取り付けられていて、運転手が乗っていないことだった。
「あんな場所で何をしていた?狼の餌になりたかったのか?」
毒づきながらも少年に、食べ物と飲み物を渡す男。
「助けてくれてありがとうございます。えっと迷子になりまして。」
誤魔化そうとする少年は、明らかに違う言語なのに即座に翻訳される事に驚いていた。そして小型端末がいつの間にか首から下げられていた事を知るのだった。
「俺はファングと呼ばれている。あと二時間程で町に着くから荷台に戻れ」
男に促され、再び荷台へと戻る少年。
草原を一機の人型ロボットと一台のトラックが進んでいる。荷台の中にはモニターが備えられていて、少年はロボットの操縦席に座る男と会話を続けていた。
男が生き別れになった妹を探して世界を旅していることや町に知り合いがいる為、少年をそこに預ける予定だと言うことを話していた。少年が自らの事を話そうとしたその時、突然男は少年を黙らせた。
しばらくの間静寂が訪れる、そして少年は外の様子を見るために荷台から身を乗り出すのだった。
少年の目に、離れた場所で土埃が舞い上がる光景が映った。その場所では別のトラックが建設用と思われる機械に追いかけられている。全身を黄色に染め、中心に存在する運転席の両脇にショベルを備えて履帯によって高速で走る建築機械。建築機械の姿はハサミを広げたカニを思わせるものがあった。
土煙を上げて逃げるトラックの荷台から赤い髪の少女が身を乗り出し、金属の筒を肩に構えて建築機械に照準を合わせていた。
徐々にトラックへの距離を縮める建設機械、更にその場所に近づいていくファングの白いロボット。突然、赤毛の少女の持つ筒が白い煙を上げると共に、建設機械の操縦席付近で爆発が起こる。
白い煙が建設機械を覆うが、高速で移動していた為に一瞬で煙は晴れることになった。操縦席付近を損傷した建設機械は止まること無く、トラックへの距離を縮めていく。そしてトラックまで数メートルの所で建設機械が右のショベルを持ち上げ、更にスピードを上げてトラックを目前に捕えた。
その瞬間、建設機械の右のショベルの腕に閃光が走った。ショベルはトラックに当たる事無く、建設機械の後方へと落ちていく。やがて地面に接触すると共に、その場にて土煙を上がった。
土煙が上がった時にはその場所から数十メートルもの距離を離していたトラックと建設機械。トラックがそのまま走り続けるのに対して、建設機械は方向を変えて走っている。その正面には、ファングの乗る白い機体が、建設機械へと右手の銃を向けていた。攻撃を受けた建設機械は白い機体へと標的を変え、左のショベルを持ち上げ走っていた。
白い機体の銃口から閃光が走ると同時に建設機械の左の履帯を貫いた。バランスを崩し高速で走っていた為に、一瞬で右側から地面に向かって倒れこむ建築機械。その姿を前に微動だにしない白い機体。建築機械は倒れこんだ姿勢のまま、土煙を上げつつ地面を滑っていく。
建築機械は徐々に滑るスピードを落とし白い機体の前で完全に停止する。その姿は完全に大破しており、今では元の姿がどういったものか連想出来ないほどにまで変わっていた。
やがて逃げていたトラックが少年の乗るトラックへと近づいて来る。ファングの白い機体も同様の行動をとっている。
赤い髪の少女から、乗り移るように言われた少年はファングのトラックを後にして、今度は少女のトラックの荷台へと移った。彼女は赤いショートヘヤで活発そうな外見の少女で年齢は15歳だった。
「もうこの辺りに無人機械はいないようだ。これで失礼させてもらう」
ファングの声が辺りに響き渡る。感情の無い冷たい言い方だが、これはファングにとって普通の喋り方だった。そのままファングは自分のトラックと何処かへ消えていくのだった。
「ファングさんの視点変更の魔法は索敵にも使えて便利ね」
荷台で、赤い髪の少女が少年へと話しかけていた。
「視点変更?魔法?」
「あたしはアニス。身体能力強化の魔法を使えるんだけど。あなたは?」
アニスと名乗る少女は、訳の分かっていない少年へと質問を投げかける。
「すいません。なんか記憶喪失みたいで、よくわかりません。その魔法ってやつを僕にも教えてください」
少年は咄嗟に自らを記憶喪失とすることにした。これなら、素性を隠したままでいて、尚且つこの世界での常識を知らなくても不審に思われることは無いだろうと。
「えっと、エリクスを人間に投与することで……」
益々、少年に対して意味不明な言葉を投げかけるアニス。こうして少年はこの世界に住む人間の持つ魔法について学ぶのだった。
アニスが言うには、無人機械によって滅びの道を辿っていた人類は、この世界において重要なエネルギーであり、資源でもあるエリクスを利用する事を覚えた。エリクスとはこの世界において、高位の次元に存在するエネルギー物質であり、この世界すべての機械の動力になっている。また特定の力を加える事で金属や爆薬等にも変性させる事が出来るうえ、ほぼ無尽蔵に存在しているのだった。
昔、機械によって終末戦争と呼ばれる戦いが起きた時に、機械が自分でこの物質を見つけ出し、戦いの道具へと変えていったと言う。過去に存在していた世界は、非常に科学が発達していた世界だったが機械達によって滅ぼされかけて、多くの技術や知識は失われていったと言う。現在、僅かに残っている知識は口伝によって伝わったもので、大半の知識は失われているという。
終末戦争後百年余りが過ぎた時、偶然にも人類は無人機械を破壊する。それは地面へと植物のタネを撒く小型の無人機械だった。人々はそれを持ち帰り、分解して構造を調べる事でエリクス炉を発見した。それは不可視のエネルギー物質、エリクスを集め機体の各所へと送る物だった。これにより人々は有人機械を手にして戦いを挑むのだが、無人機械には処理能力の差でまったく歯が立たなかった。諦めかけていた中、ある人間がエリクスの画期的な利用方法を見つける。それは体内にエリクスを取り込む事で、新たな能力を得るということだった。後に魔法と呼ばれるその能力を手にした人類は、ようやく無人機械と戦う事が出来るようになるのだった。
ファングが利用している魔法と呼ばれる能力は、操縦席にいながらにして視点を自由に変えるというもので、遠くへと視点を変更することによって狙撃や索敵に役立てる他、自身を後方から見下ろす事によって広い視界を得るというものだった。
他に良く利用されている魔法は、身体能力強化の魔法である。生身の状態で強靭な力や生命力を得る他、反応速度や疲労軽減能力を高めて機体を操作するものであり、アニスはこの魔法を利用していた。
他にも火を起こしたり周囲の音を感知したり等、戦闘以外の様々な用途の魔法が存在しているが、魔法には一つだけ欠点があるのだった。
それは、どれか一種類だけの魔法しか扱えないというものである。異なる種類の魔法は身体の中で相反し、互いに打ち消しあったり身体に悪影響を及ぼす為である。
その代わり、エリクスを取り込む事ですぐに扱える上に、使っていくことで同系統の縛りはあるものの、派生させることも可能だという。これらの魔法は流派として各地にて研究されており、門徒となることで、すぐに実用レベルの魔法を手にすることが出来る。
「おすすめは身体能力強化よ。町にその流派があるからすぐに扱えるようになるわ。もう一つ何か違う系統の流派があったみたいだけど、有名じゃないから多分役には立たないと思う」
早速、少年に身体能力強化を薦めるアニス。やがてトラックは辿りついた町へと静かに入っていくのだった。
アニスの家へと連れられる少年、そこで彼が目にしたものは巨大な工場だった。アニスは父親と二人で暮らしていて、戦闘用の人型ロボットを作る事を生業としていた。数十人程の従業員を抱え細々と生産や修理等で生計を立てていた。彼女の父親はファングと古い知り合いであり、身元の分からない少年を快く引き取ってくれたのだった。
最初に少年と出会ったときは、町のすぐ近くまで来ていたファング達を迎えに行った所を、無人機械に襲われたのだった。ちなみに、彼女はあの時ファングの援護が無ければ、持ち前の身体能力強化を生かして建築機械に飛び移り、破壊した部分から操縦席に入り自動操作機器を破壊した後に、自らが建築機械を操縦して町に持ち帰るつもりだった。
「よろしくな、小僧。明日からでも工場を手伝ってもらうがな」
町の人々からは親方と呼ばれている、アニスの父親。年齢は50代だろうか、禿げ上がった頭と立派なヒゲをした筋肉質な大男だった。
少年を引き取ったのは親切心だけではなく、工場の作業員としての目的の他に、アニスが生まれてすぐに妻を亡くし、以来男手で育ててきた為、男勝りな性格に育ってしまったアニスの夫として確保し、やがて工場を継がせる野望を抱えているのだった。
少年は元々機械全般に興味を持っていて、その為に船舶の機関士を目指していたのだった。内燃機関やボイラ、蒸気タービン、ガスタービンから発電機や冷凍機や油圧機器に至るまで、様々な機械知識を幅広く学ぶことが出来る為である。少年はすぐにこの世界の機械に興味を持ち、親方に工場を見せて欲しいと頼み込むのだった。
その姿にただならぬ熱意を感じた親方は、この小僧こそ工場の跡取りにふさわしいと感じ、すぐに工場を案内する事を決めた。
案内された工場内で少年は、エリクス炉やそのエリクスを制御する為のコンピューターや機体の土台となる骨組み等を目にする。機体を駆動させているのは、もっぱらワイヤーの巻き伸ばしや油圧や蒸気であった。そして最終的に機体に取り付けられる装甲や武装も置いてある。
工場を見回っているうちに、少年はあることを思い出す。何か本で目にしただけの事なので確かな事は分からなかったが、たしか人型兵器は効率の良い兵器では無く、既存の戦車等のほうが兵器として優れているといった内容の事だった。
「どうだ、満足したか?焦らなくても、明日からしっかりと仕事をおしえてやる」
笑顔を見せる親方を前にして少年は机に座り、ロボットの絵を描き始めるのだった。
親方やアニスにロボットの装甲や移動方法の質問を始めた少年の疑問はより大きくなっていく。ロボットと戦車を比べた場合、ロボットのほうが攻撃を受ける面積は圧倒的に広い上、関節等には装甲があまり付けられないために非常に脆いという欠点があった。それに加えて戦車は正面に当たる部分の装甲を他の部分よりも分厚くした設計である。
ロボットが戦車と正面から撃ち合えば、まるで銃の付いた小さな盾のような存在と撃ち合っているようなものだ。機動力にしてもロボットのように飛んだり跳ねたりは出来ないものの直線的な移動速度は戦車のほうが、ロボットが走るよりも速いはずである。またバランスの問題等もあり、戦車の方が総合的に優れているのでは無いかという事を、少年は二人に説明する。
戦車と言う物を知らない二人は少年の説明を聞き、少年の書いた絵を見ることで納得した。そして三人で戦車を作ることを決めたのだった。もっとも、これは実験である為ロボットや建築機械の部品を使った簡単な戦車であった。夜を徹して作られた戦車は、標準型のロボットと比べて正面の装甲を三倍にして上部に銃を備えたものだった。
次の日に、町の外では大々的に戦車のお披露目が行われる事になる。町で唯一の戦闘機械工場による新型兵器の誕生ということで、町中の人々が集まっていた。そしてその箱型の形状をした戦車を前にして、あるものは無人機械ではないかと恐怖する。この世界においては人型機械こそが人の為に存在する唯一の機械であるという考えが根付いていた。事実、現在の世界に存在する大半の機械は、無人機械を元に人間が改良したものであった。彼らはその機械の殆どが、かつて人間が人間の為に作った物だと言う事を知らなかったのだ。
人々が固唾を呑んで見守る中、最初に戦車の移動の実験が行われる。
履帯によって軽快に走り回る戦車の姿に人々からは賞賛の声が上がる。人型ロボットよりも圧倒的低コストで作られる戦車は素早い移動速度と上部に備えた砲塔により、逃げる無人機械にも追いつき、次々と弾頭をめり込ませていくだろう。
次は、移動しながらの射撃であった。地面の影響こそ受けているが、平坦な道では走り回っているロボットよりは銃口のブレは少ないのではないだろうか?また砲塔を360°動かす事が出来る他、上方向も狙う事が出来る為、人々は歓喜の声を上げる。
この実験を見ていたある人物は、これを大量に生産すれば無人機械を駆逐し、世界を人間の手に取り戻せるのではないだろうかと大声で叫ぶ。世界を再び人間の手に戻す。それはこの世界に住む人類にとっての悲願であった。やがて人々の期待が高まる中、防御の実験が行われる事になった。
安全の為に、戦車を操縦していたアニスは降りて町の人々の所に向かう。素晴らしい機械を発明した工場の一人娘を人々は賞賛の声で迎える。そして少年と共に実験を見守る事にする。アニスは、少年の横顔が少し格好良いように見え、頬を赤らめる。
比べる対象である標準型ロボットに対して戦車は、前面の装甲は三倍に設計してあった。実験に使われる銃の場合、標準型ロボットを10発で破壊することが出来る。単純に考えても戦車は30発撃たないと破壊出来ないという計算になる。更に戦車は、前面の装甲を上に向かって斜めにしてある為、30発ではとても破壊出来ないと、少年は考えていた。
やがて、親方の操縦する標準型ロボットによって戦車は銃弾を撃ち込まれていく。そしてお披露目は予想しない結果によって終幕を迎えることになるのだった。
防御能力を最大限期待されて生まれた戦車はわずか4発の銃弾の前に炎上を始めたのだった。呆気にとられる人々、親方やアニスは勿論、一番驚いていたのは他ならぬ少年自身であった。
炎上する戦車を前に、落胆した人々は町へと戻っていく。本来なら罵ったり殴られたりしそうなものではあるが、工場の今までの実績とこの実験の途中までの経過を考えれば、そのような行動に出る人間はこの町には存在しなかった。それに人々の暮らしは決して豊かとはいえず、そのような暴挙に出る暇は無いとも言えるのだった。
地面に膝を着き落胆する少年、原因は何だったのか?少年は勿論、ロボットに今まで一番長く付き合っていた親方すらもそれは分からないのだった。
実のところエリクス炉には防御機能が備わっており、それは炉から最も遠い部分の表面に保護膜を生み出し、衝撃や熱等を保護膜全体で分散させるという機能だった。敵からの攻撃を受けた部位にかかわらず、機体の全身で分散させる為に表面積が広いほど保護膜の耐えられる限界が大きくなる。
これは建築機械のむき出し同然の弱点に当たる関節や履帯を、装甲全体によって守るという考えによるものだった。通常、保護膜が形成されるのは表面の部分であり、これは炉を停止している場合は全く効果を為さない。また炉から離れすぎていると、内部に保護膜が形成される為に効果を為さないといった欠点も抱えていた。更に保護膜の防御も完全ではなく、保護膜が攻撃を吸収分散することによって、発生するダメージは時間経過によって回復していく、そして強力な攻撃を受けると保護膜を貫通するほか、連続攻撃を受け続けると保護膜が回復するまでの間、機体を守るものは備え付けられた装甲のみとなる。
今回の戦車の場合は、炉自体は動いていた為に保護膜は形成されていたのだが、やはり表面積が小さいことが欠点に挙げられる。保護膜自体が受けるダメージは形成される場所、すなわち装甲の材質によって変わるが、今回は標準型ロボットと戦車は同じ材質を用いていた。
この一件が原因で、それまで名を名乗っていなかった少年はこれから人々から戦車と呼ばれる事になるのだった。