柔道マン
柔道マンとの馴れ初めについて話すことはあまり無い。ただぼくが彼の敵だと彼自身が認識したのだ。
柔道マンは柔道着で身を堅め、手には硬い拳を持ち、僕に闘いを挑んでくる。上はちゃんとした柔道着なのだけどなぜか下は深い水色ジャージを穿いている。顔は鉢巻の奥にあるので僕は見たことがない。いつか見るときが来ると思っているのでその時に見させて貰おうと思っている。
今日も柔道マンとの闘いがあった。暴力やその類が僕はあまり好きに成れない。柔道を小学生から去年の九月、つまり高1の時まで続けたが最後まで柔道の激しさというのか野蛮さというのかそういうところが好きになれなかった。
だから今日も僕は柔道マンにボロ負けした。
「やっやっやっ。どうだ光武。おれは強いだろう。柔道マンは強いんだ、やっやっ」
柔道マンは僕を見下ろして言った。
「なんで僕を、僕は何もしていないのに」
満身創痍。
制服は土が付いてべたべた、柔道で思い切り背負い投げや足払いをされたので体中痣が出来ているだろう。
柔道マンは哄笑する
「やっやっやっ」
そしてこう続けた。
「当たり前だろう。光武とおれは敵同士なんだ。敵同士ていうのは闘うものだ」
どうして僕がこいつの敵なんだろう。解らない。僕はひ弱な男子高校生でこんな強い正体不明に戦いを挑まれるほど強くない。
なのに放課後になるとこいつが現れて僕をめちゃめちゃにしてしまう。母さんにはイジメを受けてるの? と問われたりした。母さんの問いは間違っていない。でも僕は何て言えばいいのだろう。柔道着を身につけた変人にぶちのめされてるんだと言えばいいのだろうか?
言えるわけが無い。しかしこのままでは僕の身が持たない。何とかしてこの変人を説得せねば。
「敵じゃないよ。僕はもうこんなにもぼろ負けしているじゃないか。もういいだろう」
体を地面からもたげて柔道マンに言った。しかし
「だめだ。光武はまだ本気を出してないだろ。おれの敵なのにこんなに弱いはずがないんだ。明日は本気を出してくれよな。真剣勝負だからな」
と柔道マンは言うとまるで忍者が走るように軽やかに去っていった。 僕は地面に顔を押しつけて呻いた。
真剣勝負、というのは柔道マンにとって真剣で戦うということだったらしい。つまり、鉄の拳を使ってということ。
「ほら光武のぶん」
放り投げられたメリケンサックががしゃんと鳴って僕の前に落ちた。
僕は震えていた。
なぜ。真剣勝負って生死をかけたデスマッチなの?
メリケンサックを拾うことが出来ない。柔道マンは早々に手から力を抜いて構えている。
「光武早く拳を構えろよ。始めるぞ」
そんなこと出来るわけがない、なんでこんなことしなくちゃいけないんだ。いやだいやだ。
「こんなことイヤダよ!」
「やっやっ。じゃあ素手でおれに勝とうって言うのか。自信があるんだなあ光武。そういうことなら----」
「いやそういう意味じゃな、」
「---死合始め!!!」
柔道マンがこちらに駆け出してきた。どんどん迫ってきてあっという間に僕を殴れる間合いに、
「やっやっ!!」
手刀が僕に向かって振りおろされた。
ああ、ぶたれるなこれは・・・・・・・・・・・・・。
「がぁああああぁ」
柔道マンは叫んでいた。柔道マンの鉢巻の隙間に手刀が入り込んでいた。 それは僕自身が突き出したものだった。
「あれ?」
「がぁ、ぁ、光武ぅ、素手で、勝つ、って」
柔道マンは倒れた。
僕は手刀を引き抜いた。 ちゃんと手刀には血がついていた。
柔道マンの鉢巻を取って誰だか確かめようとしたけれど恐くなってやめた。僕は柔道マンをそのままにして家に逃げ帰った。
その後新聞やテレビを見ても柔道マンの死亡を扱ったものはなかった。
「やっやっやっやっや」