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トリエステルの傭兵隊長

 城を出た王女組一行は城壁と城下町の間にある街道を猛スピードで走っていた。


 馬車の窓から街に火の手が上がったのが判る。第一王女のマレーネは禁呪を胸に抱きしめて恐怖と涙をこらえた。


 その様子を不安そうな顔で第一王子のアレクシスが見つめる。栗毛がカールした短髪の王子はまだ七度目の誕生日を迎えたばかりだ。


 第二王女ジェシカは馬車の窓際で次第に遠くなる城を見つめ、怒りに打ち震えていた。それは帝国兵に対する怒りと同時に第一王女マレーネに対する怒りでもある。

 

 マレーネは第一王女であるが妾腹の出である。そして、第一王子のアレクシスもまた、妾腹の出であった。第二王女であるジェシカだけが今は亡き正妻である王妃ヒルダの子である。故に第一王女マレーネの王位継承権は第三位にあたる。


 だが、王位の第一継承権は正妻の子、ジェシカと共に男子という理由からアレクシスにも与えられていた。いずれ王が退位の時になれば評議会がそのどちらかを選ぶという約束になっている。そのことに関してジェシカは日ごろから弟を疎ましく思っていた。


 また、国王は王位継承権が三位にあるマレーネを常に可愛がっていた。マレーネには人並み以上に才知があったからだ。だからと言ってジェシカを構わなかった訳ではない。


 しかし、今回の件でジェシカは完全に異母姉妹であるマレーネに嫉みを抱いた。それは、国王が預けた禁呪である。王は継承権第三位の王女にこの禁呪を渡した。それは、国にとってマレーネが継承者であることを意味する。


 国の一番重要な宝物をこの妾腹出の王女が授かった事がジェシカには許せなかった。


 

 馬車の横には黒い馬に跨がったジェリドの姿がある。更にその後ろには城から引き連れてきた守備隊が十名程続く。カッツェルが御者を務めその横に白魔術師のアリエルが控えていた。


 突如、背後から兵士の悲鳴が聞こえた。


 ジェリドは嫌な予感を覚えて振り返る。


 いつの間に気付かれたのか遥か後方から帝国兵の一師団が馬にまたがったまま弓を掲げて迫っていた。


「クソ!!」


 ジェリドは舌打ちすると横に控えていた兵士二人に声をかける。


「ゴメス、フレッド!お前達は馬車から離れるな!!」


 二人の兵士は頷きジェリドと入れ替わるように馬車の横にぴたりと添うように走る。


「カッツェル殿、絶対に速度を落とさぬように!」

 

 御者を務めるカッツェルにもそう告げるとジェリドは馬の鼻先を後方に向けて走り出した。


 ジェリドの率いていた兵士は既に五人は倒され、残った数人の顔色も恐怖に侵されている。だが帝国兵はまだ十人以上残っていた。


 ジェリドは左手で手綱を強く振るうと腰に下げていたロングソードを抜き帝国兵へと突っ込んでいった。身を屈め、猛スピードで一人の兵の横を掠め、瞬時にわき腹にロングソードを突きだし、引き抜く。あっという間に命を失った兵士は馬の上で体勢を崩し落馬する。


 剣にこびりついた血を振るい落とすと、ジェリドは再び身構え、帝国兵を切り倒して行った。帝国兵を前に恐怖していた兵士達だったがジェリドの登場によって士気が復活した。


 想像を遥かに越えたジェリド剣術によって叩き伏せられ、わずか三人にまで減らされて帝国兵は愕然とする。それも、ものの数分で、だ。


 ジェリドは付き従っていた他の兵士を先に進ませると、三人の兵士の前に立ち塞がった。


 王女一行と悟られた以上生かして帰す理由はない。


 返り血を体中に浴びたジェリドはまるで獸のように身構えた。その気迫に三人はのけ反る。しかし、不意にジェリドの背筋に悪寒が走った。いくつもの戦火を乗り越えて来た者だけが察知できる危険に対する勘みたいなものが働いた。


 ジェリドがいっそう低く身構えると兵士達の後方から1頭の馬の蹄の音が聞こえて来る。

兵士達は歓喜した。


「隊長!!」


 追い付いて来たその男の体格は二メートル近くあり、茶色い髪がツンツンと四方に跳ねていた。歳は三十後半と言ったところか、背中には巨大なバスタードソードを背負っていた。


「おう、お前ら、こんな優男に何苦戦してやがるっ!」


 激を飛ばした大男だったが、ふとジェリドの顔を見ると思いだしたように目を見開いた。


「これはこれは、神聖王国の黒騎士殿ではないか。まさかこんなところで出会えるとは、俺は運が良い。

一度お手合わせ願いたいと思っておりましたよ」


 にやりと笑って大男はバスタードソードを引き抜く。ジェリドも血で赤く染まった剣をマントで拭った。


「一騎打ちを申し込みたい所だが、俺は慎重派でねぇ」


 大男が左手を上げると、三人の兵士がジェリドを取り囲んだ。


ジェリドは別段、動じない。この男が現れたときにこうなることを予想していた。考えることは一つだけ。右から攻めるか、左から攻めるか、正面から攻めるか、だ。取り囲まれてる以上、何処か一点を崩し、環の外へ出なければならない。


 するとやはり一番強い相手を倒すのが最優先になる。万が一、傷を負ったとしても雑魚相手なら何とかなる。


 その時、何処からか再び蹄の音が響いてきた。その場にいた全員が辺りを見回す。街道に馬の姿はない。


 ジェリドの左を囲っていた兵士が「あっ!」と声を上げた瞬間、街道の数メートル下に生い茂った森から1頭の白い馬が駆け上がり、声を上げた兵士の咽を馬上の主が短刀で貫いていた。


 白い馬はジェリドを背に、大男の前に立ちはだかる。


 大男は息を呑んだ。

 

 白い馬を駆って飛び出してきたのは金の長い髪を結い上げた独眼竜の女である。それも片目とはいえ絶世の美女だ。革製のホルスターに収めた短刀を体中にくくり付けている。


「アーフェンリールの黒騎士、ジェリド・セイル・カクテュス殿とお見受けしたが?」


 女は振り返らずにジェリドに問い掛ける。


「いかにも」


 ジェリドも静かに頷くだけであった。


「そちらはトリエステルの傭兵隊長、ドレイク・ベルゼフォーン殿か?」


 女は大男を見据えた。


「ほう、こりゃ光栄だな。俺の名も知ってるたぁ」


 大男は豪快に笑って見せる。


 女は構わず続けた。


「では、貴殿の相手は私が勤めよう。勿論、一対一で無くていい。だが、この男は見逃せ。それでどうだ?」


 大男、ドレイクは更に笑った。


「嬢チャン、冗談はよせよ。お前一人で俺達三人を倒す?コイツは傑作だ」


 黙って見守っていたジェリドも白い馬の主の横に歩み寄る。


「自分は貴殿に助けて頂かなくても十分戦える!」


 女を盾に逃げたとあらば、この先どんな汚名を立てられるか判らない。騎士のプライドにかけてそれは許せなかった。


 しかし、女はジェリドを見ることもなく淡々と語った。


「禁呪と王女を守る使命が先だろう。港にも帝国の手は回っているぞ。王女を守りたいなら言うことを聞け」


「しかし、貴殿一人では…」


「嘗めて貰っては困るな。たかが雑魚兵士二人と雇われ隊長なんざ屁でもない」


 女のその言葉はドレイクの神経を厭というほど刺激した。


 唾を吐くとドレイクは前に進み出て、バスタードの切っ先を女に向けた。


「良いだろう。そんなに死にたきゃ、殺してやるよ。黒騎士さんよう、命拾いしたな、行って良いぜ」


 ドレイクは目を細めてジェリドに告げる。ジェリドは馬上で困惑したまま中々動かない。女は溜め息を吐くと、思いっきりジェリドの馬の尻を蹴り付けた。黒い馬は突然襲った衝撃に驚き、走り出す。


 ジェリドは焦って一度だけ振り返ったが、そのまま港へ馬を走らせた。


 ドレイクは走り去るジェリドを見つめると控えていた一人に追うように顎で指示を出した。


 が、その瞬間、女は背中に装備していた小刀を右手で引き抜くと上半身だけ後ろにねじり、追手となった兵士に命中させた。


 更にその隙を狙ったドレイクの剣もねじった身体の反動を利用し、左手で引き抜いた腰のロングソードで受け止めた。無駄な動き一つ無く、女は右足の腿にくくり着けていたホルスターから短刀を右手で抜き取ると左から迫るもう一人の兵士に投げつける。それはものの見事に額に命中した。

 

 その間にも、ドレイクは切りつけた剣を一度引き戻し、今度は水平に分断するように、女の胴を狙った。


 その太刀もギンと音を立てると再び女のロングソードに防がれる。ドレイクは冷や汗をかいた。


 対格差からいっても自分の方が有利なハズである。しかし、自分の太刀筋や戦法がまったく通じない。こんな相手は始めてである。今まで、どんな下劣な技を使ってでも勝利してきたのに、この女には何も通じない。


 女は弧を描くようにしてドレイクの剣をはじき飛ばし、瞬時にドレイクの馬へ飛び乗ると、ドレイクを後ろから羽交い締めにするように咽にロングソードの刃を光らせた。


ドレイクは両手を上げ黒目だけ女に向ける。


「お、お前は何者だ…」


 初めて味わう得体の知れない恐怖にドレイクは身を震わせた。この女は普通じゃない…。


「た、助けてくれよ。なあ、俺は雇われただけの傭兵に過ぎない。何ならアンタの仲間になってもいい」


 懇願するドレイクに女は冷たい笑いを漏らした。ドレイクが懇願しつつ何とか隙を作ろうとしていたのも判っていたからだ。


「雇い主を裏切るような奴は何度でも裏切るからな」


言い切ると女はドレイクの咽をそのロングソードで切り裂き、ドレイクを馬から叩き落とした。


ショック状態で途切れていく意識の中、ドレイクが最期に聞いた女の言葉はこんなだった。


「…傑作だろ?」



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