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序章

序章

 その日、神聖王国アーフェンリールの王宮は建国322年以来、最も忌まわしい日となった。

 隣国であり同盟国であったはずのトリエステル帝国がこの国を標的としてから既に三ヶ月が過ぎようとしていた。


 宮廷は謁見の間にて大臣のカッツェルはその総大理石の床をつま先で何度も小突く。帝国との争いが始まると、幾人もの兵士が戦場へ送りだされ城は次第に常駐する者が減り、今では十数人の重臣と千人にも満たない兵士だけがこの城を守る戦力である。


 見上げる壁には大きく掲げられた、今は不在の国王の肖像画が見下ろしている。


 カッツェルが本日23回目の溜め息を吐いたその時、不意に大広間の中央の空間が歪み、光の粉が渦を巻く。振り返ると、その中心に一つの人影が浮かんだ。高等白魔術の一つ、転移魔法だ。人影は回転しながらどさりと音を立て床に落ちると、ウッと呻く。

 

 大臣は慌てて人影に走り寄るとその人物を確認した。


 濡れたような銀髪、髪に映える赤いマント、彫りの深い整った顔立ち、半開きの瞳は澄み渡る浅瀬の様なアイスブルー。年の頃は二十代半ばくらいか。

カッツェルでなくとも宮廷の誰もが知った顔、宮廷騎士団長のジェリド・セイル・カクテュスであった。


 ジェリドの身体はよく見ると数ヶ所に深い傷を負っており、鎧で覆っていない所は血に染まっている。

 カツェルは顔色を変え喚くように叫んだ。


「誰か!!宮廷白魔術師はおらんか!!」


 カッツェルは不意に腕に圧力を感じ視線をジェリドに戻す。カッツェルの腕を力一杯掴んだジェリドがガシャリと音を立てて鎧で覆われた身体を何とか持ち上げると苦しそうな顔で告げる。


「前線が突破された…。王は死ぬ御覚悟で…、私に姫を守るようにと…転移魔法を…」


 カッツェルは色素が抜け白く成り果てた眉毛の片方を釣り上げた。


「なんとッ!」


 ジェリドは肩で呼吸しながら更に続ける。


「ここも、いずれは戦火に呑まれる…。既にいくつかの隊がこちらに向かって…」


 カッツェルは「ああっ」と嗚咽を漏らしひざを突く。


 暫くすると、外が騒がしくなり、第一に駆け込んできたのは純白のローブに身を包んだ白魔術師の巨匠、老師ロシフォーンであった。


「ジェリド殿!!」

 

彼はジェリドの姿を確認すると、走り寄り肩を掴む。怪我は思った以上に酷く、気力だけで持ちこたえている。虫の息だ。事態が緊迫していることを感じ取った。

ロシフォーンはジェリドの身体の傷を観察すると、古代語の呪文を唱え始めた。ロシフォーンの身体から青白い光が発せられると杖を通ってジェリドの身体に流れ込む。

途端に、ジェリドはびくんと肩を震わせ、目を見開く。同時にロシフォーンの身体はガクリと倒れ込んだ。


「ロシフォーン!!」


 カッツェルが叫ぶとロシフォーンは震えながら顔を上げる。カッツェルはその呪文が何であるかを悟った。


「ジェリド殿に私めの魂を分け与えました」

 

 ジェリドは目を見張るとロシフォーンに跪いた。


「老いぼれの呪文ではこれが限界。私は…まもなく天に召されます」


 ジェリドは首を横に振ってロシフォーンの手を取る。


「私には戦いの知識はありませぬ。故に…其方に後のことを…」


 そこまで言うとロシフォーンはガクリと頭を垂れた。


 謁見の間に残された二人の嘆きがこだました。




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