禁煙のすすめ~死して詫びろ、法に許されているだけの麻薬中毒者が~
「……ばた」
「……ばた」
「田端」
「あ?」
「やあっと起きたか。田端敦」
目に入るのは、どこかも知らない暗い部屋。
俺の手足は、椅子に固く縛られていた。
「暴れんな、傷つくぞ」
「お前……誰だ!!ここはどこだ!!!」
「そんなことはどうでもいい」
「今から……お前には死んで貰う」
「な、何だと?!」
「な、何が欲しい!!」
「人聞き悪いな」
「何いってんだ人殺し野郎が!!」
「人殺し?違う。安楽死だよ」
「お前はどうせ長ぁきに渡って病に侵されながら苦しく死んでくんだ」
「俺はそれをたったの一日に縮めてやってるんだ。 感謝して欲しいがな」
「何をいってるんだお前は!!!」
「たばこだよ」
「……は?」
「お前……たばこ吸ってるだろ」
「たばこ吸ってるから殺すってのか……?!」
「ああ、そうだ」
「……精神異常者野郎が!!」
「……どの口がいうかね」
「お前は自分の罪を理解していないようだな」
「たばこは確かな合法だが……それは法がちゃんとしてないだけだ」
「……は?」
「たばこは要するに、麻薬だ」
「それもただの麻薬じゃない……関係ない周りの人間まで巻き込んでるんだ」
「それは……」
「喫煙所でだけ吸おうと、臭いを消そうと関係ない。どうせ間接喫煙で皆寿命が減るんだよ」
「……」
確かに、それは言い返せなかった。
「お前は、自分の同僚、家族、誰彼構わずゆっくり殺してるんだ。お前は、存在そのものが罪悪なんだよ!!」
家族もって……
確かに、俺は何も言われないからって大丈夫って思ってたのかも知れない。
俺は道端でたばこ吸ったりして人に迷惑かけてない……だから俺は良心的なんだ……そう自己正当化して……
「自分の快楽のために自分の家族に毎日毒を飲ませてる、快楽殺人鬼が。どの口で精神異常者なんてほざいてんだ?」
「快楽殺人鬼だと……?」
「違うってのか?」
「ま、待て!!わかった、俺が悪かった!!」
「そんなこと言って、解放したらまた吸うんだろ?お前のような麻薬中毒者のことなんてわかりきってる」
「それは……!」
「俺の親父はな……たばこに中毒してわずかな家産まで蕩尽して肺癌で死んだ。俺や弟たちも毎日たばこの煙に侵されて苦しんだ」
「だから思ったんだよ……法の穴をついてのうのうと麻薬を貪ってるお前のような麻薬中毒者は必ず殺すってな!!」
「ひいぃっ……!」
男は、コップを目の前のテーブルに下ろした。
「飲め」
「……なんだ、これは?」
「ニコチンだ」
?!
「どうした、お前はこれが好きなんだろ?たくさん用意してやったんだから喜んで飲み干せよ」
「飲めるわけないだろ!!こんなの飲んだら絶対死ぬ……!」
「絶対死ぬってわかってて飲んでたやつがよぉくいうな」
「あっ、」
「まあいい、お前が飲まないってんなら……」
「お前の娘が飲む」
?!
男が持ってきたスクリンには、娘の姿が映っていた。
「パパ……」
「恵いぃぃ!!!」
「この外道が!!!」
「だからお前がいうなつってんだろ!!」
テーブルを打ち付ける音に、思わず血の気がさした。
「どうせお前が生きてたら長ぁきに渡って飲むことになるんだ」
「どのみち、お前が死ななきゃお前の家族が死ぬ」
「あああ……」
「俺はそれを少し早めてるだけだ。どうする?田端」
俺が飲まないと、恵が死ぬ。でも飲んだら、俺が死ぬ。
「パパ……大丈夫。私が飲むから……」
恵は、震える手で黒い液体の入ったコップを口に近づけた。
「ま、待て!!恵……飲むなあぁぁ!!!」
「ドッキリ大成功~~!」
「……はっ?」
「いえいぃ!!」
恵も、いきなり手をパチパチ鳴らし始めた。
……何の状況なんだ……?
男は、電気をつけて拘束を解き始めた。
「実は、奥さんにお願いされましてね……今までのは田端さんに禁煙していただくための衝撃療法だったんですよ~」
「……あ?」
「な、なんだ……そんなことか……」
「実はここ、田端さんの部屋なんです」
「実はこれもコーラで~す」
扉を開けて入ってきた娘の言葉にほっとした俺は、一気に喉が乾くのを感じた。
「なんだ……コーラか~」
俺はさっきこの人がテーブルに置いたコップを口に近づけた。
「あ、そっちは醤油です」
「くああぁっ!!てっ、てっ……しょっぱっ……!」
「早くいってくださいよ!!」
「それより、」
「もうたばこ吸いませんよね?」
男の薄暗い笑みに、思わずビビってしまった。
「はっ、はいっ!!」
「本当だよね~?じゃあこのたばこは全部捨てるね」
妻の裕美は、コートのポケットに入ったたばこを取り出した。
「ま、待てっ、裕美……」
「あ~な~た~~?」
「な、なんでもないよ……ははっ……」
結局、俺は禁煙に成功した。
もうたばこが吸いたい……なんて思わない。
しかし……もうコーラもコーヒーも飲めない。
見るだけでびっくりする。
なにより……醤油が直視できないのは日本人としては少し苦しい。




