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元検事の女性代議士はなぜ引退したのか?

午後の光は、薄いレースのカーテンを透かして、応接間の絨毯の上に柔らかい影を落としていた。


わたしと母は並んでソファに腰をかけ、テレビの画面に目を向けていた。


国会の衆議院予算委員会中継である。


質問に立つのは、野党くだらない党の女性議員、国枝さゆり。


黒のスーツに白いブラウスを合わせ、淡い口紅の色が、張り詰めた議場の空気の中で際立っていた。


元検事で弁護士資格を持つ彼女は、曙首相に食い下がるようにして質問を重ねていた。


アホノリクスによる人手不足で、女性の自殺まで出ている。


首相が「嬉しい悲鳴」と表現したことを追求した。


「総理。嬉しいとは、どういうことですか?」


「わたしが嬉しいというわけないじゃないですか?」


「でも本当に言ったじゃないですか?」


「そういう言葉だけを取り上げても――」


母は湯飲みを手にしたまま、黙ってそのやり取りを見ている。


わたしは画面を見ながら、小さく息を吐いた。


「”嬉しい悲鳴”っていうのは、嬉しいときにいうんだよ」


「例えば、申し込みが殺到したときに忙し過ぎるときとかね。だから曙首相は、確かに言葉を間違えている。でもちょっとしつこいね。この国枝さゆりは」


国枝さゆりは、40代にして政界を去るという。


くだらない党の党首は、記者の質問に小さく頭を下げながら言った。


「あの能力を生かさないのはもったいないが、本人の強い希望がありまして」


母は不思議そうに言った。


「一体、なんでだろう?」


わたしには、理由がすぐにわかった。


「いずれ、週刊誌に不倫の現場写真が出るに違いない。だからその前にやめたんだろう」


「本当かい?」


「まず間違いないね。それ以外に理由がない」


やがて週刊春分の誌面に、国枝さゆりがホテルで既婚男性と密会する写真が掲載された。


母は驚いたように言った。


「何で、わかったんだい?」


「21世紀最後の正統派アイドルって、知ってるだろ?」


「竹下由美子かい?」


「彼女が、どうなったか知ってるかい?」


「たしか、歌舞伎町で酒を飲んでから、ホテルに既婚男性と一緒に行ったところを週刊春分に写真を撮られた。記者たちに暴言を浴びせてたね。ワイドショーで見たよ」


「そのとおり。おれ、ファンだから、その後の彼女の足取りを週刊誌で読んだんだ」


「へえ。それで彼女はどうなったの?」


「解雇はされなかったけど、契約期間満了で、更新なし。つまり、クビと同じだよ。しかも、不倫相手の奥さんに裁判を起こされて、慰謝料も払わされた」


「ふ〜ん」


「しばらくはどこも使わなかった。最近、また別の会社の舞台に出るみたいだけど。それは週刊誌に、ポスターが写っていたから間違いない」


「それで?」


「弁護士の資格を持つ、国枝さゆりがそのことを知らないはずがないじゃないか。不倫しかないというのは、そういう意味さ。40代じゃ、政治家を引退するには早すぎる」


「確かに早すぎるね」


「弁護士は前ほど儲からない。わざわざ収入が減ることをする訳が無い。ホテルに通っていれば、週刊誌が必ず嗅ぎつける。現議員が不倫写真を取られて、裁判沙汰になったらどうなるんだ?」


「さあ」


「離党は間違いないね。どの党も拾ってくれないだろう。さすがに議員辞職勧告はないだろう。犯罪じゃないからね。でも残りの任期は給料は貰えるだろうが、再選は不可能だな」


「それはそうね」


「ならば、元議員として不倫写真を撮られたほうが、ずっとましなはずさ。不倫なら、自分の旦那も相手の奥さんが黙っていない」


母は黙って聞き入っている。


「竹下由美子は独身だから、相手の奥さんに訴えられただけで済んだ。国枝さゆりは既婚だから、自分の家庭がある。竹下由美子よりもっと厄介だ。そのトラブルを処理する手間もかかる」


「ふ〜ん」


母が静かに尋ねた。


「あなたは、竹下由美子のファンを続けるのかい?」


「ああ。他にファンになるような芸能人がいないしね」


だがわたしはバーで知り合った男とすぐにホテルに同伴した竹下由美子の若い頃のビデオを見るのがバカバカしくなってきた。


ファン心理とは、そういうものかも知れない。


















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