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私は雰囲気で悪役令嬢をやっている

 目の前の景色が流れていく。

 乗り物に乗って流れる景色を見ている……訳ではありません。そんな優雅な話ではないのです。

 だって天井、壁、床、階段、と目まぐるしく視界の中の景色が移っていくのですから。もうグルグルと。

 そして激しい衝撃と共に仰向けに倒れる私。

 見上げた階上の踊り場にはニヤリと笑みを溢す、桃色の髪をした可憐な令嬢の姿が……。

 そう、私は階段から転げ落ちた……いや、桃色の髪の彼女に突き落とされたのです。

 何事かと倒れた私の周りに集まる人達。

 その人達の中にいた黒髪の方が私を介抱しながら何か言っていますが、頭を打ち付けたみたいで意識がだんだんと遠くなり、よく聞きとれません。

 「大丈夫か?」と心配してくれているのでしょうか?

 薄れる意識の中、私は呆然と思い出していました。

 『ああ、以前も階段から落ちたわね』と……。


 <>


 ここはアリエス王国の王都にある王立学園である。

 貴族子女が集まるこの学園は学業だけでなく、貴族の常識やマナーなども教育されている学びの場だ。

 生徒の自立性を尊重しており、親の爵位は関係なく生徒は平等ということになっている……のだが、実際は親の爵位で格差はあるわね。一応は平等と謳っているだけって感じね。

 王立の貴族の子供が集まる場所とあって、学園の出入り口には鎧を纏い剣を携えた王国兵の見張りが立っている。

 ちなみに王城の方へ行けば、城門の前に兵士より立派な鎧と剣で武装した騎士様を見る事ができるわ。

 騎士様くらいになると魔法を付与された武器を持つ方もいるとか。凄いわよね。

 え、魔法? あるわよ。

 但し、魔法を使うには才能というか適正が必要だ。

 少しでも魔力があれば、火種を出したり微風吹かせたりすることができるらしいが、そんなことができる人はそう多くはない。

 魔力がある人の中でも、特に魔力が多い者は魔術師になれるそうだ。

 強力な魔法を自在に扱う魔術師は更に人数が少なく、結構稀な存在である。


 話が逸れたわね。

 まぁそれはともかく、王立学園は今日も貴族の生徒が通い、学業に勤しんでいた。

 その貴族子女が通う由緒正しき学びの場であるはずの学内の一角で、騒ぎ立てる者達がいる。

 ……何故か私も不本意ながら、その中にいるのですけどね。

 むしろ渦中の人と言ってもいいくらいだったりする。


「パトリシア・ブルーローズ。君はこちらのオリビア嬢を相変わらず陰険に虐めているそうじゃないか!」


 声を荒げて私を指差す金髪碧眼の男性。ここアリエス王国の王太子であるライオネル殿下だ。

 サラサラの明るい金の髪に整ったお顔には深く綺麗な碧の瞳、加えて長身でバランスの取れた体格をしている。

 そのライオネル殿下と腕を組み、しなだれるように寄り添うピンク髪の女性。

 愛らしいお顔と華奢で小柄な身体は、異性ならさぞかし庇護欲を搔き立てる容姿に映るだろう。

 そんな彼女が私に視線を送りながら、殿下の言葉に続き口を開いた。


「ライオネル殿下。パトリシア様は殿下の婚約者であり、公爵家の御令嬢です。殿下に良くしていただいている私が目障りなのは、仕方のないことですわ」


 ピンク髪の女性の名はオリビア・ラングレー男爵令嬢。

 彼女の言った通り、私とライオネル殿下とは婚約関係にあります。

 会話の流れから分かると思いますが、金髪とピンク髪……もとい、ライオネル殿下とオリビア男爵令嬢に口撃されているのが私、パトリシアですね。


「それにほら殿下、私は選ばれた者ですから、パトリシア様は私を妬んでおいでなのです」

「やはりそうか、パトリシアはなんて心の狭い女なんだ。オリビアに魔法の才能があることを妬んでいたとは!」


 ドヤ顔で自称いじめられっ子のピンク髪が、自分は選ばれた特別な人間だと主張して、殿下はそれに頷いて肯定した。

 二人が言うように私がオリビアを妬んでいる……なんてことは欠片もない。

 まぁ、確かにオリビアには魔法の才能がある……あるのだが、私の知る限りでは大した魔法は使えないはずだ。精々ちょっとした火種を出すくらいで、魔術師になれるほどの才能はない。

 でもまぁ、確かに魔法の適正がある者は少ない。

 オリビアの選ばれし者という表現もあながち嘘ではないかもしれないが、そんなことを言うと王都、いえ国中を探せばそれなりに魔法の適性のある人はいるはずである。

 オリビアの言う選ばれ者とはその程度だ。


 ちなみに学園の生徒の中にも魔法の才能がある人は数人おり、学園はその人達に対して専門家を付け魔法の指導をしているそうだ。勿論オリビアも参加しているはずだ。

 余談になるが、平民で魔法の才能がある者は将来国に勤めることを前提に、国立の魔法学校で魔法の教育を受けさせてもらえるらしい。但し将来魔術師になれるくらいの魔力を持つ者は強制されるとか。つまり国が囲う訳ね。


 まぁそんなことはともかく、魔法の適性がある自分が特別だと思っているオリビアに、私は何故だか目の敵にされている。

 恐らくは私に代わって殿下の婚約者になりたいのだろうけど……実家の爵位の差は如何ともし難いし、そもそも私と殿下の婚約は国王陛下と私の父の公爵が決めたことである。

 たとえオリビアが数少ない魔法の才能がある人物だったとしても、殿下との婚約には関係のない話だ。

 なのでオリビアが私に何かしても立場がひっくり返ることはないのだけれど。


「何か言ったらどうなんだ、パトリシア!」


 おっと、思考に耽っていたら殿下がお怒りになってしまった。

 ライオネル殿下は寄り添っていたオリビアを抱き寄せながら、私に向って責めるような口調で言い放った。

 はぁ、やれやれ。

 いつもの……そう今までの私なら、俯きながら蚊の鳴くような声でゴニョゴニョと言い訳をするか、畏縮して何も言えずに下を向き黙っていただろう。

 私、パトリシアは気弱で臆病な貴族令嬢だったのだ、昨日までは……。

 だが今の私は違う!

 何故なら昨日オリビアに階段から突き落とされた時に私は思い出したのだ、前世の記憶を。

 そしてその記憶の中の私は、昨日までの内気で小心者のパトリシアとは全然違う性格をしていた。

 もう、真反対と言ってもいいくらいの。

 だから言ってやります、はっきりとね!


「お言葉ですが殿下、全く身に覚えがありませんわ。寝言は寝てから言ってくださいまし」

「ふん、最初からそうやって謝っておけば……は? 今、なんて言ったパトリシア」

「ですから私はオリビア様を虐めた覚えは一切ありません、と申し上げました。聞こえませんでしたか? その年でもう耳が遠いのですか? それとももうボケられましたか?」


 私は手に持った扇子を小気味よく音を立てパチリと閉じると、その扇子を殿下に向ける。


「「……」」


 胸を張り堂々と言い返した私に、ポンコツ王子と頭お花畑令嬢……じゃなかった、ライオネル殿下とオリビアは口を開いたまま呆然と立ち尽くしている。

 いつまで経っても再起動しない二人。

 これはここから立ち去るチャンスと思い、貴族令嬢らしく「御機嫌よう」と言って身を翻したら、突然再起動した殿下に呼び止められてしまった。

 面倒臭いのであまり関わりたくはないのですけど?


「待て、パトリシア! 君は本当にパトリシアなのか? 君はそんなに堂々とした態度で、言葉に毒のあるような口調で喋っていたか?」


 捲し立てる殿下に私は一度大きく溜息をついた後、呆れた視線を向ける。

 そもそも気弱なパトリシアが人を虐めると考える方がおかしい。

 殿下は私が公爵令嬢の立場を使い、影でこそこそオリビアを陰険に虐めていると思っているみたいだが、事実は逆だ。虐めていたのはオリビアで虐められていたのは私、パトリシアである。

 今なら公爵令嬢が虐められるってどういうこと? って思うけどね。だってありえないでしょ、それって。

 何も言えず我慢していたパトリシアと、調子に乗って増長したオリビアの歪な構図が出来上がっていてしまったようだ……でもまぁそれは昨日までの話だが。


 それはそうとして私は殿下に返事を返す。 


「私がパトリシア以外に見えるのでしたら、医務室に行くことをお勧めしますわ。態度と言葉使いが違うのは、そうですね……イメチェンです」

「イ、イメチェン?」


 予想外の返答だったのか、驚いたように目を見開き、再びあんぐりと口を開けたライオネル殿下。

 あらあらイケメンが台無しね。


「イメージチェンジですわ。ご存じないのかしら?」

「し、知っている、そんなことは!」


 もしかして頭の出来の悪い殿下のことだから、言葉の意味を知らないのかと思い親切に教えてあげたのに、大声を上げるなんて失礼な男だわ。


「もし私が変わったと感じたのなら、それはオリビア様のせい……いえ、お陰ですわ。ええ、昨日私を階段の踊り場から突き落としてくれたお陰です」

「ちょっ、ちょっとパトリシア様、あれはパトリシア様が足を滑らせて勝手に落ちたんでしょ! 階段から落ちて頭を打ったパトリシア様がおかしくなったのは、私のせいではないですわ!」


 急に矛先が自分に向き、一瞬驚いた顔をしたオリビアだが、直ぐに目を吊り上げ抗議の声を上げた。

 そう昨日、私ことパトリシアは階段の踊り場からオリビアに突き落とされた。

 そのお陰で私は昔の記憶……いえ、パトリシアとして生まれる前の、前世の記憶を思い出したのだった。決して頭がおかしくなったわけではない。ないったらないのである。

 確か前世でも階段から落ちて……いえ、パワハラ上司から突き落とされたのだっけ。その後の記憶はないけど……その後、私はどうなったのかしら? 

 や、やっぱりまさか、し……いや考えないでおこう、怖いから。

 まぁそれはともかく、前世の私は昨日以前の内気で臆病者のパトリシアとは、かけ離れた性格をしていた。

 なにせ厳しい社会を生き抜いて図太くなったアラサー女子だ。

 数々のハラスメントとブラック労働環境ですっかりやさぐれて……違った、逞しくなったのだ。

 なのでオリビアに睨まれても全然怖くはない。

 私はフッと鼻で笑ってオリビアに言い返す。


「あら、私が嘘をついていると? ふふ、ふふふ、うふふふ、つまり悪いのは私でオリビア様は何も悪くはないと?」

「だからそう言っているでしょ! 聞きましたかライオネル殿下、いつもこうやってパトリシア様は私を虐めるのですよ!」


 はぁ、「いつもこうやって」とか、これが初めてなのによく言うわね。

 そもそもこのくらい言い返していたら、虐められているなんて言えないと思うのですけど?

 だいたい私を悪役に仕立て上げるのはいつもオリビアの方でしょうに、そう悪役に……。


「いい加減にしてくれパトリシア。いつものように君がオリビアに行なった悪事を認めて謝罪すれば、それでいいことなんだよ!」


 つまりライオネル殿下は婚約者である私の言葉は信じずに、そこの見た目だけは可愛いピンク髪の嘘つきの言うことを信じると。

 私は黙って二人に視線を送る。


「睨みつけても無駄だぞ!」


 失礼な、私の無垢な眼差しに対して何と言う暴言。

 殿下の失礼極まりない台詞に腹を立てながら私は考える。

 これはアレだ。

 私、パトリシア公爵令嬢を意地悪な悪人にさせたい訳だ。少なくともオリビアはそう考えているだろうし、そう行動している。

 殿下はオリビアの言うことを鵜呑みにして、思考停止で私が悪人だと思い込んでいるみたいだけど。このポンコツめ。


 そもそも何故私がこの馬鹿王子……もとい、ライオネル殿下の婚約者にされたのか、まぁその原因はお父様なんだけど。

 父の公爵は私が将来王妃になることが私の幸せだと考えいるようで、私と殿下の婚約をとても喜んでいた。

 王妃=権力者=幸福だと考えるのは、如何にも絶大な権力を持つ公爵のお父様らしいと言えばお父様らしいわね。

 そんな親馬鹿なお父様のせいで殿下との婚約が決まったのだが、正直私としては王妃=幸せが結びつかないので、全然嬉しくはなかったりする。

 だって王妃って色々しがらみがあって面倒臭そうよ?

 一方、国王陛下は国内で力のあるブルーローズ公爵家との結びつきを強固にする為に、息子のライオネル殿下と私を婚約者させたかったらしい。

 そもそもこの婚約は国王陛下から言いだしたことだとか。

 はっきり言おう、迷惑だと!

 でもなぁ私は貴族令嬢、政略結婚を拒否する権利は無いのよね。


 私の前には私に睨みつけられていると感じている若干腰の引けたライオネル殿下と、殿下の腕にしがみ付くオリビアがいつもと違う私をまるで敵か仇を見るような目で凝視していた。

 ふぅ、私を虐め役にしてオリビアが被害者ぶっているのは、そちらの自作自演でしょ。

 しかしここまでされたのなら私にも考えがあるわ。

 ええ、あなた方の思惑通りに悪役を演じてあげるわよ。

 そう悪役令嬢に!

 ええ、前世で妹から面白いからと借りて読んだラノベにあった悪役令嬢。妹お勧めの何冊かに出て来た悪役令嬢は全然悪役っぽくなかった気がするけど……まぁ言葉通りに悪役を演じればいいわよね。

 私は一度扇子を開き、そして勢いよく扇子を再び閉じてパチンと大きな音を響かせた。


「よーござんす!」

「よ―ござんす?」


 私の台詞を殿下がオウム返しする。


「お二人がそう仰るのならば私は悪役に徹しましょう。ええ、私は悪役令嬢になりますわ!」


 私の宣言を聞き、またまたポカンと口を開けて呆けているポンコツとお花畑……違った、ライオネル殿下とオリビア。


「悪役令嬢? 何を言っているんだパトリシア? そんなことよりオリビアに……」


 まだグダグダ言う殿下に、私は彼の言葉を遮って言い放つ。


「だまらっしゃい!」

「だまらっしゃい?」


 またまた私の言葉をオウム返しする殿下。


「いいですか殿下、これは決定事項です。そう、あなた方が私をここまで追い詰めたのですよ。おほほ、これからは面白いことになりそうですねぇ」


 私が目を細めニッコリ笑いかけると、急に顔色を悪くさせる王子と男爵令嬢。


「お二人共、どんな惨い、酷い、辛いことをお望みですかぁ~、なるべくご期待に添うようにいたしますわよ。私は優しいですから~」


 私が一歩踏み込んでそう言うと、更に血の気が引き顔面蒼白になる二人。


「ま、待てパトリシア。そ、そうだ、きゅ、急用を思い出した。僕はこれで失礼する!」

「きょ、今日のところはこれで勘弁してあげるわ!」


 回れ右で脱兎のごとく駆けて行くポンコツ王子とお花畑令嬢。

 おいおい、オリビアさんや、気が動転していたのかもしれないけど、あなたが言った台詞って悪者がよく使う言葉ですよ?

 殿下も慌てていたようで、オリビアの台詞に気付いていなかったみたいだけど。

 気を付けてね、悪役令嬢は私なのだから。


 <>


 心機一転、悪役令嬢として研鑽を積み高みを目指そうと心に誓った昨日。

 一夜明けてみて、ふと思い直す。

 力みとやる気の空回りは効率が悪くなりかねないと前世で学んでいたことを思い出し、肩の力を抜いて適当に悪役令嬢を目指すことにした私。

 今日も王立学園に登校し、学内を歩いていると私の良く知る御令嬢から声がかかった。

 そう、私ことパトリシアを目の敵にしているオリビアからだ。


「パトリシア様、御機嫌よう。相変わらず公爵家の御令嬢なのにお一人で可哀想に」


 昨日のことは忘れているのだろうか? やはり彼女は頭がお花畑のようである。

 ニンマリとした笑顔を私に向けながらオリビアがそう言葉を口にすると、オリビアの両隣にいた二名の令嬢も可笑しそうに口を押える。

 はて、何が可笑しいのかしら?

 こうやって向こうから声がかかる時は、学園内の人気のない場所を歩いている時だ。前回の階段から落とされた時も人の目がなかったし、階下に落ちてから何事かと、人が集まってきた。

 一応は下級貴族の令嬢が、上級貴族の令嬢を虐めていることはマズいと思っているのかしらね。

 まぁいいわ。なにはともあれ礼儀として私も返事を返しましょう。


「御機嫌ようオリビア様。えっと、そこのモブの御令嬢のお二人はハナコ様にウメコ様だったかしら?」

「ハナコって誰なんですか?!」

「ウメコってもしかして私のことなんですか?!」


 オリビアの取り巻きの二人が大声で憤慨する。

 あら、前世では見本とかに使われる名前でしたのに気に入らなかったのかしら? でも仕方がないじゃない、この二人の名前が思い出せないのだもの。

 ……まぁ名前はさておき、あの二人はオリビアと一緒に私、パトリシアを虐めていた令嬢達だ。

 確か二人共子爵家の令嬢だったはずだが、何で男爵令嬢の取り巻きなんてやっているのかしら?

 まぁ、オリビアはライオネル殿下と非常に親密なので、侮られにくいのかもしれない。

 仮に他の御令嬢達に妬まれてもオリビアならライオネル殿下の威を借りて、平然とマウントを取りそうだ。

 それともショボい魔法が使えるというだけで、特別扱いされるのが当然と思っているオリビアの考えに同意して、取り巻きをしているのかしら?

 まぁどちらでも構わないけど。

 私と取り巻き令嬢二名の会話を聞いて、オリビアが口を開いた。


「パトリシア様、モブっていったい? い、いえ、それよりも上位貴族の御令嬢なら御学友の名前くらい憶えているのは常識ではないのですか?」


 あら、そんなものかしら?

 生徒は割と沢山いるから全員憶えている人なんているの?

 まぁ、確かに公爵家くらいの令嬢なら憶えておけ、くらいは言われそうね。私は嫌だけど、だって面倒臭いし。

 オリビアが珍しく貴族的常識を苦言するが、私は鼻を鳴らしてオリビア達三名を見下す。


「あら、失礼いたしましたわ。下級貴族の御令嬢ごときの名をいちいち憶える必要性を感じませんでしたし、百歩譲って私に名前を憶えてもらいたいのでしたら、オリビア様のように小物のくせにキャンキャン吠えてお馬鹿で笑える特徴のある御令嬢になることですわ」


 ふぅ、実に悪役令嬢っぽい台詞でしたでしょ。やり切った満足感で顔がにやけてしまうわ。


「こ、この毒舌、やっぱり昨日のことは夢じゃなかったの?!」


 オリビアが両手で頭を抱えて喚き散らす。

 あら、昨日のことを憶えていたのね。一応記憶力はあったようで安心したわ。

 一方モブ令嬢達は「パトリシア様がおかしくなった」とか「パトリシア様と同じ顔をした別の何かに違いない」とか寝言を言うので、ドスの効いた声で「何か文句でもあるのかしらあなた方? 文句がおありなら公爵家がお相手になりますわよ」と、親切丁寧に対応してあげたら、「ひぃいいいいい!」とオリビアを置いて叫びながら去って行ってしまった。

 ふっ、他愛もない。

 以前のパトリシアなら家の権力を傘に脅すような真似は絶対にしなかっただろうが、私は違う。

 虎の威を借る狐? 大いに結構。

 その権力を今使わずしていつ使うのだ。

 親の権力は私のもの、それが悪役令嬢というものだ……って貴族令嬢ってそういう人の方が多いのではないの?


 取り巻きに逃げられたオリビアに私はニッコリと笑いかける。


「あらあらオリビア様もお一人になってしまいましたね。お可哀想に、おほほほ」

「キー、最初から一人だったパトリシア様とは違いますからね!」


 現在お互いボッチ同士なのにオリビアは大声で反論してきた。

 はぁ、やれやれ。


「貴族令嬢が大声を上げるなんて下品ですわよ、オリビア様」

「下品とはなによ、下品とは!」

「それはともかくとしてですね」


 畳んだ扇子をオリビアの頭に当て、私は言葉を続ける。


「私が一人だったのは私が他を寄せ付けぬ、誇り高き孤高の存在だからですわ。オリビア様の場合は情けなくも、単に取り巻きに逃げられただけですので私とは全然違います。頭の残念なオリビア様にもご理解いただけましたか?」

「ムキ―、頭が残念ってどういうことよ!」


 ムキーってお猿さんですか、あなた。

 まぁ、お猿さんの方がまだ可愛げがあるかもしれないわね。


「も、もう許さないんだから!」

「あら、それは私の台詞ですわ」


 見るからに怒り心頭なオリビアが喚くが、私は冷静に言葉を返す。


「今までオリビア様が私にしてきたことを考えたら、この程度は大したことではありません。ええ、むしろこれからお返しをしないといけないと思っておりますのよ。そうですね、私は親切だから二倍、いえ三倍返しでお返ししますわ」


 扇子で口元を隠しながら冷ややかな視線をオリビアに送る。


「お、脅しても無駄なんですからね! ライオネル殿下に言いつけてやる!」

「ええ、是非そうして下さい。悪役令嬢冥利に尽きますわ」

「何なのよ、もう!」


 何なのよと言われても悪役令嬢ですが、何か?


「もう怒った、私の力を見せてあげるんだから!」


 オリビアは掌を私に向けると、真剣な目をしながらゴニョゴニョと何か呟いた。するとあら不思議、掌にボっと火が灯った。

 は? え? マジかこいつ、学園内で魔法を使いやがったわよ?!

 先日の私を階段から突き落としたこともそうだけど、男爵令嬢が公爵令嬢に手を出すなんて命がいらないのかしら?

 いくら頭のおめでたい彼女でも分かりそうなものだけど……人目のない所でと言っても、今まで運良く虐めの現場を見た目撃者がおらず、加えて気弱なパトリシアが我慢して誰にも言ってなかったから、大事になっていなかっただけなのにね。


 まぁそれはともかくとして、私は大人しく魔法を食らってやるつもりはない……ないのだが、それにしてもショボい火だ。

 あのヒョロヒョロな火では当たっても火傷もしないだろう。


「食らいなさい!」


 とオリビアが叫ぶと爪の先程の火が飛んでくる。

 私はそれを閉じた扇子で払うと、火は儚く散った。


「あああっ、私のファイアボールが!」


 ファイアボール? いやいや、そんな大そうな魔法じゃないでしょ、アレは。

 マジ笑えるわ。昔の……前世のネットスラング風に言うと「草生える」かしら。あははっ!


「ぷっ!」

「あー。笑ったわね、パトリシア様のくせに!」


 なんだそれ、まるで「の〇太のくせに、生意気だぞ!」みたいなノリは。そんなノリは知らない? 知らないならスルーしてちょうだい。


「こ、このぉ! もう本気で怒ったわよ!」


 今までは本気じゃなかったの? という突っ込みは心の中だけにして、オリビアの行動に身構える私。

 今度は物理攻撃……オリビアは私を引っぱたこうと手を振り上げたのだ。

 私は前世の記憶が戻り臆病ではなくなったが、暴力に対して何とかできるのか?

 実は私、パトリシアは元々運動神経は悪くはない。

 それどころか意外なことに結構戦闘センスも高い。

 引っ込み思案な性格だったくせに、屋敷では護身術の訓練を受けていたりする。ただ以前の私はそれを表には出せなかった。

 そう、出さなかったのではなく、出せなかったのだ。

 人前に立つと緊張で動きが硬くなり、責め立てられれば畏縮して身動きもできなかったからだ。

 全く、宝の持ち腐れである。

 そして更に、パトリシアが習得していた護身術以外にも、私には戦う術がある。

 そう、実は前世の私は戦う術を色々と知っており、戦闘に関してはこちらが本命だったりする。

 ええ、前世の私はかなりの格闘マニアだったのだ。

 前世の父が武道家で様々な格闘術等も研究していていた。ええ、武術から格闘技まで色々だ。

 そんな環境で育った前世の私は前世の父に影響を受け、嬉々として父に戦う術の教えを請い、色々な技を覚えていった。

 いやぁハードで辛い修行もあったけど、楽しかったなぁ。


 おっと、今は回想に浸っている場合じゃなかったわね。

 オリビアの平手が私に迫るが、私はそれを余裕で躱しオリビアの手が空を切る。

 そして私はオリビアに対し一歩踏み込み、身体を密着させるくらいに接近させた。


「おっと足が滑りましたわ、鉄山靠!」


 低い体勢からの渾身の体当たり。

 ふっ、ここは一階。オリビアが私を階段の踊り場から突き落とした時よりも安全よ、安心なさい。


「ぐぎゃ!」


 見事にクリーンヒットしてオリビアの身体は宙を舞う。

 流石は名高き八極拳、威力は抜群だ。格闘ゲームとかでも有名な技よね。え、知らない? 要は体当たり攻撃よ。

 え、何故そんな技をって? う~ん、何となく……そうね、お気に入りの技の一つだったからよ、深い意味はない。 

 それはそうと当たり所が良かったのか悪かったのか、オリビアはキャーではなくカエルが潰れたような声を上げていた。

 令嬢らしくないわね。

 次の瞬間、ガシャンとガラスの割れる音が。

 あら、オリビアの飛んだ先には運悪くガラス窓があったみたい。

 私は精々壁に当たるくらいかと思っていたのだが、オリビアはガラス窓を突き破り外へ。

 一階だから落下死はしないと思うけど、問題はガラスよね。

 傷ものにしたら流石に可哀想かしら。

 仕方がない。

 私は腰のポーチからポーション、つまり魔法薬を取り出し、窓の外で血だらけでピクピク身体を痙攣させていたオリビアにぶっかけた。

 おおっ、流石は公爵家御用達が用意してくれたポーションだ。

 見る見るうちにオリビアの傷が癒されていった。

 凄いわね。回復力もだが、体内に入ってしまった異物も取り除くくらいだからかなりお高いポーションなのでしょう。

 ちなみにポーションは魔術師が錬金術とかで作り出した魔法薬なのだそうだ。実にファンタジーで便利、その分お代はお高いけれど。


「おほほほ、今日のところはこれで勘弁してあげましょう」


 私は気を失っているオリビアに対し、満足気に言葉を投げたのであった。

 ええ、悪役令嬢らしくね。


 <>


 オリビアを返り討ちにした翌日、学園に登校したなりライオネル殿下が怒り顔でやってきた。

 いつもは歩くだけで女生徒にキャーキャー(悪い方のキャーではない)言われる殿下だが、あまりの形相に女生徒達は何も言わず道を開けていた。


「パトリシア、君はオリビアに何をした!」

「何をって、ああ、そう言えばポーションで傷を癒して上げましたわ。もしかしてお礼をしたいとか?」

「違う、逆だ逆! オリビアの実家である男爵家にポーション代を請求しただろう? 男爵家が払える金額じゃないってオリビアが泣いていたぞ!」


 あらまぁ、早速オリビアはライオネル殿下に泣きついたのね。


「オリビア様と私の仲です。お代金はお安くする為に仕入れ額までまけておきましたわ。傷が治って良かったではありませんか殿下」

「治って良かったが、その傷を作った原因は君だと聞いたぞ!」

「全く、あれは不幸な事故でしたわ。なので公爵家の名にかけて私が責任をもって治してあげたのですわ」

「それで代金は請求か? 鬼か悪魔か、君は!」

「いえ、悪役令嬢ですわ」


 ライオネル殿下の私を見る目付きはもはや、貴族の令嬢を見る目ではない。まるで化け物でも見る目である。酷い人だ。


「今までの君は僕の目のない所でオリビアを、実に陰険な方法で虐めていたと彼女から聞いていた。それなのに最近は性格が変わったように堂々と虐めているんだな。僕は君のような酷い女とは婚約者になりたくはなかった!」


 前世の記憶が戻る前は虐めていないのに、オリビアの嘘を信じて私がずっとオリビアを虐めていると思い込んでいるライオネル殿下。

 そんな殿下は私と婚約者になりたくはなかったと言う。

 私だってちっとも私を信じてくれない殿下とは、できるなら結婚なんてしたくはない。

 でもまぁ政略結婚だから別れるのは難しいわよね……本当なら。


「殿下が婚約者に……ご結婚されたいのはオリビア様ですか?」


 私の言葉に殿下は目を見開く。

 口を開きかけたが何も言わず、それから視線を背けて頬が若干赤くなった。分かりやすいなぁ。


「ああ、だが……」

「つまりライオネル殿下は真実の愛を見つけた訳ですね」

「し、真実の愛?! そ、そうだ、真実の愛だ!」


 ワナワナと震え出した殿下は、真実の愛という言葉に感銘を受けたのか拳を振り上げ、何度も叫んでいた「真実の愛ー!」と。

 あの、他の生徒達が奇怪なものを見る目でこちらを見ているのですが。主に殿下を。

 まぁ、いいか。


「いいですか殿下」


 私は殿下の正面に立ち、真剣な目で殿下に語りかける。


「私には殿下の未来が見えます。今から半年後の卒業パーティーでライオネル殿下は運命を変えるのです」

「う、運命を?」


 目をキラキラさせて殿下は運命という言葉を繰り返す。

 好きそうねぇ、そんな言葉。


「はい、殿下は卒業パーティーの場でオリビア様を肩に抱きながら私にこう言うのです」


 私が言葉をそこで切ると、ゴクリと殿下が喉を鳴らす。


「パトリシア、君との婚約を破棄する! 僕は真実の愛に目覚めた。オリビアこそ僕の運命の相手だ! と」


 私の言葉を聞き、ワナワナと震える殿下。

 別にトイレを我慢している訳ではない。感動しているのだろう。彼、単純だから。


「お、おおおおっ、し、しかし本当に婚約破棄なんてできるのか?」

「できるできないの問題ではないのです。やるかやらないかの問題です。殿下のオリビア様に対する愛はその程度で挫けてしまうのですか?」


 私にそう叱咤され、俄然やる気を出したライオネル殿下。チョロい。

 まぁ万が一にも上手くいったのなら、私を追放してほしい。そしてお約束のスローライフである。それまでに伝手とお金を用意しておかないとね。

 まぁ上手くいけばですけど、上手くいけば……私の方でも裏工作か何か、できるだけ手を回しておかないとね。やれることはやっておこう。

 無理ならこのポンコツと結婚かぁ、嫌だなぁ。


「パトリシア、僕はやるぞ!」


私と別れる為に燃え上がるライオネル殿下。女としては思うところもあるが、私はこの人のことを好きじゃないから別に構わないわ。


「殿下、私も協力します。国王陛下や私の父である公爵に邪魔をされないように事を進めましょう。殿下とオリビア様の明るい未来の為に」

「おお、僕とオリビアの明るい未来の為に!」


 最初の剣幕は何処へ行ったのやら、殿下は雄叫びを上げて去って行った。

 オリビアはあんなのの何処がいいのか?

 まぁ、顔は良いし権力もお金もあるしなぁ。多分ポーション代は殿下が出してくれたのだろう。

 そう考えれば殿下は優良物件かもね。私は嫌だけど。


 <>


 人混みの中に目立つピンク髪が見える。

 学園の生徒達を掻き分けて、そのピンク髪が私の方に近付いて来た。

 言わずと知れたオリビアだ。

 彼女の左右には取り巻きの令嬢ではなく、今日は青い髪と赤い髪の男性を連れていた。


「見つけたわよ、パトリシア様!」


 私を指差すオリビア。今日も元気なお方である。

 前世を思い出し私の性格が変わってから暫くして、オリビアは人目のない所で私を虐めるのをやめた。

 と言うか逆に返り討ちにしていたら、こそこそ私を虐めるのをやめたと言った方が正しいかな。

 突っかかってくるのはオリビアの方なので、彼女が虐められているって設定は何処にいったの?

 まぁ結局はオリビアが返り討ちにされて、彼女が虐められたように見える状況になっているのが、皮肉であるが。


「御機嫌ようオリビア様。それと……」


 私はオリビアの左右にナイトのように立つ、二人の男性を順に見る。


「ふん、最近悪名を一段と響かせているようではないか。パトリシア・ブルーローズ」


 青髪の男性が眼鏡を中指でクイッと上げて、私に皮肉っぽく言葉を吐く。


「オリビア嬢を色々と困らせているそうじゃないか。虐めは気に食わねぇな」


 赤髪の体格の良い男性が、文字通り上からの視線で喧嘩腰の台詞を口にした。

 男性二人の言葉にオリビアは「フフン」と上機嫌で鼻を鳴らす。

 マウントを取ったと言わんばかりの態度だ。


「あらあら、インテリ眼鏡に脳筋ではないですか、御機嫌よう。第一声から素敵なお言葉ありがとうございますわ」

「インテリ眼鏡……」

「脳筋?」


 二名は私の挨拶に口をポカンと開ける。

 赤髪の方は意味が分かっていないようだ。仕方がないわね。


「脳筋とは素晴らしき筋肉を身体の至る所に纏った偉丈夫のことですわ。ええ、頭の中まで素晴らしい筋肉が行き渡っているという誉め言葉です」

「そ、そうか見る目があるじゃねぇか!」


 フッ、チョロい。


「騙されるなアルベルト! それは頭の中まで筋肉で、考え無しの馬鹿だと言っているんだ!」

「な、なにぃ、マジかよ! 危うく騙されるところだったぜ、ありがとうなローラン」


 チッ、インテリ眼鏡め、余計なことを……まぁ、いいわ。

 ちなみに青髪の眼鏡がローラン。宰相の息子で侯爵の子息である。

 赤髪の筋肉の方はアルベルト。騎士団長の息子で伯爵子息だったはずだ。

 二人共オリビアに気があるが、ライオネル殿下を気遣ってオリビアを見守るに止まるヘタレ野郎共である。

 まぁ将来彼等はライオネル殿下の側近になる方々ですからね。

 ……いや、側近候補なら殿下が婚約者以外の女といつも一緒にいるのを止めるものではないの?

 まぁ止めない方が私にとっては都合がいいから、いいけどね。

 この二人は顔はそこそこ良いが、どうも私はこの二名を好きになれない。まぁ私に対してこんな態度だしね、好意的になれるはずもないわ。私はマゾじゃないし。


「オリビアだけじゃなく俺様まで馬鹿にしやがって、許さねぇぞパトリシア!」

「ああ、僕もインテリ眼鏡などと馬鹿にされたこと、許すつもりはない。勿論、君がオリビアにしてきた酷いこともだ!」


 赤青コンビが私を許さないと脅しをかけてきた。

 上級貴族の子息二名が令嬢一人に……この人達、恥ずかしくないのかしら?


「パトリシア様、謝るのなら今のうちですわよ」


 オリビアが勝ち誇った顔で、私にそう話しかける。

 ここは学園内で人目が多いのにねぇ。周りの生徒達も何事かと集まって来たわよ。


 口の端を上げ、不敵に笑いながらズンズンと私に近付いてくるアルベルト。


「フン、以前のように俺達の前の時だけ、オドオドビクビクしていりゃいいのによ!」


 以前の私、パトリシアはいつもオドオドビクビクしていたわよ。

 この人達にしても殿下にしても、影でオリビアを虐めていたっていう嘘を何で鵜呑みに信じるのかしら? 好きな女性の言葉は無条件で信じるってやつ? 馬鹿じゃないの。

 アルベルトは私の腕を掴もうとするが、彼の伸ばされた手を私は畳んだ扇子でパチンと叩く。


「な、生意気な!」


 アルベルトはムキになって私に掴みかかるが、私は悉くそれを回避する。

 前世の記憶が戻る前の気弱な私だったのなら、畏縮してしまって直ぐに捕まっていただろう。

 パトリシアの身体がこんなに動けるのは、屋敷で真面目に取り組んでいた護衛術の訓練の賜物である。

 それに加え私は前世の記憶が戻り、様々な技を思い出していた。正直腕が鳴るし、つい口の端が上がってしまう。

 前にも言ったが、戦える術があるのにそれを使わないという選択肢は今の私にはない。


「こ、このちょこまかと動きやがって!」


 いちいち声が大きいアルベルトが強引に伸ばしてきた手を、私が逆に掴み取る。

 予想外のことにびっくりしているアルベルト。

 私はチャンスとばかりに身体を反転させ、密着できるくらいの距離まで踏み込んだ。


「な?」


 掴んだ手を引き反対側の手は奥襟を掴んでいる。

 そして背の高いアルベルトの身体を私の腰に乗せるように背負いこむ。

 抵抗しようと踏ん張ろうとしたアルベルトの足を、私の足の裏で引っ掛けるように払った。いえ、勢いよく跳ね上げた。


「おっと、足が滑りましたわ、山嵐!」

「うおおおおっ、ぐげっ!」


 柔よく剛を制す、やはり力と体格差がある相手には柔道である(個人的偏見で異論は認める)、技が山嵐なのは単にお気に入りの技だからで、深い意味はない。

 さて、アルベルトだが、彼は受け身も取れずに頭から床に叩きつけられて撃沈していた。

 石頭でしょうから多分大丈夫でしょ。

 まぁ、駄目そうならまたポーションの出番だね。勿論代金は向こう持ちで。彼は伯爵家だからお金の面は問題ないわよね。

 それにしてもこの脳筋、相手が女だからって油断し過ぎよね。こんなに綺麗に技が決まるなんて思わなかったもの。

 それはともかく、足を跳ね上げるのは控えた方がいいかもね……何事かと集まっていた外野に、おパンツが見えてしまったかもしれませんから、おほほほ。


「ば、馬鹿な、アルベルトが負けただと?!」


 そういえばもう一人いたわ。インテリ眼鏡が。


「くっ、なら僕が相手だ。オリビアに与えた痛みとアルベルトの仇は僕がとる!」


 彼はそう言うと両拳を握りファイティングポーズを取る。

 えっ、頭脳勝負とかじゃなくていいの? いや、いいのなら別にいいけどね。


「くらえ!」


 およそ男性が女性に上げない台詞を叫びながら、握った拳を振り上げ私に襲い掛かるローラン。

 周りのギャラリーもドン引きである。


「では尋常に勝負」


 私はそう言い放ち、彼を真正面から迎え撃つ。

 ローランの構えは素人に毛が生えた程度だ。

 私を油断させる為にわざとそうしているのなら、彼は策士だ。流石インテリ眼鏡である。

 ……だがしかし、そうではなかったようで、ヘロヘロパンチを私に放っててきた。眼鏡にあるまじき無謀さである。


「がっ、ごふっ!」


 相手が拳技ならボクサースタイルで対応した。

 私のフリッカージャブの牽制が決まり、とどめのコークスクリューブローであっさりと沈んだローラン。

 この技の二つともが前世のボクシング漫画とかに出てくる技だ、何故この技なのか、それは格好良いからだ!

 しかし何の盛り上がりもなかったわね。

 周りの生徒……ギャラリーもブーイングの嵐である。


「ああああああっ!」


 頼りの男性二名が地に沈み、頭を抱えて叫び声を上げるオリビア。

 私が無人の野を行く如く歩み出すと、オリビアはピクリと身体を震わせた。


「これですむと思わないことねパトリシア様。覚えておきなさいよ!」


 小物らしい捨て台詞を残してオリビアは赤青コンビを残して逃げ出した。

 チッ、せっかくだからプロレス技のアイアンクローかコブラツイストでもかけてやろうかと思ったのだけど、まぁいいわ。


「ふん、他愛もない。おととい来やがれですわ」


 私は上機嫌で悪役令嬢らしい台詞で締めくくる。

 えっ、全然悪役令嬢らしくないって? 

 ま、まぁいいじゃありませんの。

 オリビアのせいで悪役令嬢をやってやろうと始めたものの、結局何となく雰囲気で悪役令嬢をやっているだけの私だった。


 <>


 あっという間に半年が過ぎ、学業を無事に修めた私達は無事に卒業パーティーの日を迎えた。

 前世の記憶が蘇ったのが半年前だからね、私の悪役令嬢ブームも半年間だけだ。まぁ毒舌はともかく、物理攻撃が悪役令嬢っぽいかどうかは突っ込まないでほしい。

 オリビアやライオネル殿下達にしたら、入学当時から私、パトリシアはオリビアを陰険に虐め続けていたことになっているらしいけど。

 今? 今は赤裸々にいじって……もとい、虐めていますが、それが何か?


 さて、パーティーが始まる。

 王立学園が主催をする、卒業した生徒の貴族子女が集まる大々的なパーティーだ。

 皆さん煌びやかに着飾り、笑顔が絶えませんねぇ。

 ライオネル殿下はオリビアをエスコートしてご入場。二人の後ろにはアルベルトとローランが付き従うように歩いている。

 流石王族、ライオネル殿下の衣装はとても豪奢だ。

 オリビアも負けてはいないほどに着飾っている。もう殿下の婚約者はオリビアにしか見えない感じだ。まぁ別にいいけどね。

 間違いなくオリビアの衣装はライオネル殿下がプレゼントしたのでしょうね。

 それにしてもアルベルトとローランの二人だ。

 彼等二人の性格は決して良いとは言えないが、家柄も顔も良いのできっとエスコートしてほしい御令嬢もいると思うのよね……そんなにオリビアがいいのかしら? 

 そもそもあの二名にも婚約者がいるのではないかしら? 知らないけど。

 

 私の方はボッチ……孤高のお一人様で堂々と胸を張ってパーティー会場へ。

 衣装は公爵令嬢らしいシックな感じの豪華な衣装だ。ええ、勿論婚約者のライオネル殿下にプレゼントされたものではなく、公爵家が用意したものですよ。


 豪華な食事とダンス。楽し気な同期の卒業生達。

 そしてパーティーは佳境に差し掛かる。

 私はライオネル殿下とアイコンタクトを取る。いよいよクライマックスが始まるのだ。

 パーティー会場の中央へ向い、目立つ場所に配置した私達。

 ライオネル殿下は大きく息を吸い込んだ後、声を張り上げた。


「パトリシア・ブルーローズ。君は僕の大切なオリビア・ラングレー男爵令嬢を虐め続けてきたな。君のような女性は王家に相応しくはない。よって、君との……パトリシアとの婚約を破棄する!」


 ババーンと効果音が聞こえるくらいの威勢で、ライオネル殿下が私を断罪する。

 途端に騒めきだすパーティー会場。

 なんという馬鹿王子っぷり。

 ふふふ、思わず目頭が熱くなりましたわ。

 台詞と共にオリビアを抱き寄せるライオネル殿下。

 ライオネル殿下の計算された行動にうっとりしているオリビア。勿論彼女は私とライオネル殿下の立てたこの計画を知らない。満足そうで何よりである。

 よく言ったとばかりに、やはり計画を知らないアルベルトとローランが拍手を送っている。

 私は上出来ですと腰の下でひっそりとサムズアップをすると、殿下もこっそりサムズアップで答えてくれた。

 よしよし、いいぞ。

 私は扇子をパっと広げ口元を隠すと、よよよっとよろめき愕然と肩を落とす。


「そ、そんな殿下……私はライオネル殿下の為を思い、オリビア様のような下級貴族の悪い虫がつかぬようにしていただけですわ」

「黙れパトリシア! 君のそういう所が駄目だと何故気付かんのだ」


 演劇のような見事な台詞回し。毎日練習したかいがあった。

 会心の出来だとお互いひっそりとニンマリとしたのはご愛敬だ。


「パトリシア、僕は王家の者として君を断罪する。君は王都から追放だ、何処へでも行くがいい!」


 国外追放だとちょっと辛いので、ライオネル殿下と打ち合わせをして王都からの追放にしてもらった。

 ふふふ、でもこれでスローライフだ、ヤッター! と喜んではいけない。

 私は悪役令嬢。

 王子の断罪によって王都を追放される身なのだ。

 おい、そこ。ざまぁみろと笑っているんじゃないわよ、オリビア。

 まぁ、いいけどね。

 婚約破棄騒動に騒めくパーティー会場が、追放宣言に更に騒めきが大きくなる。


 ふぅ、よしよし。

 これだけ派手にやれば、参加した卒業生達がこの話を王都中にばらまいてくれるでしょう。

 でもまぁポンコツ殿下……ライオネル殿下の独断だけで婚約破棄が本当にできるとは考えてはいない。

 私、実はお父様である公爵に以前から、あんな馬鹿王子と結婚するくらいなら出家した方がマシだと、涙ながらに訴えてきた。

 いやいや、無駄でしょ? だって王侯貴族の政略結婚だよ、どうにもならないよって思うよね。

 でも可能性はゼロじゃないと思うのよ、だってお父様、びっくりするくらい娘に、私に激甘だから。

 王妃になることがお前の幸せなのだと言い続けていたお父様も、私の涙ながらの嘆願(勿論演技)を何か月も聞き続けていた結果、結構意志がグラついている。

 私のお願いに少なからず悩んでいたお父様が今日の出来事を知ったら、どうなるかしら?

 もしかするとライオネル殿下との結婚は許さないと言ってくれるのではないかしら……言うかもしれないわね……言ったらいいなぁ。


 そう言えばオリビアが私を虐めていた件はお父様は知らないようだった。

 学園内のことは生徒達の自立性に任せて、保護者は関与しない方針になっているからね。

 学園内に諜報員みたいな人はいないのかしら? 知らないけど。

 もしオリビアに虐められていることをお父様が知ったら、オリビアのラングレー男爵家なんて、あっという間に取り潰しになっていただろう。

 本当に怖いもの知らずって、恐ろしいわぁ。


 国王陛下?

 流石にお父様程は上手くはいかないとは思うが、普段から婚約者の私を蔑ろにして下級貴族のオリビアをまるで婚約者のように扱っていると、何度かご相談させてもらっていた。

 最初は婚約者である私の魅力と努力が足りないのではないかと、失礼なことを言っていた陛下だが、王立学園以外の場所でも殿下がオリビアと人目を憚らずイチャイチャしていると他貴族の方や騎士達から耳にしたようで、私のご相談を邪険にしなくなっていた。

 そして極めつけはライオネル殿下が王城にまでオリビアを呼んで、彼女と仲睦ましく一緒にいる姿を陛下ご自身が見てしまってから、考えを改めたようだ。

 その後、私が何度も王城に赴き、陛下に涙ながら(勿論演技)に「私の努力が足りずに申し訳ありません」と謝罪を続けていたら、流石に可哀想に思ったらしく、私に同情してくれるようになった。

 最近は私が陛下にお会いする度にライオネル殿下のことで頭を抱えている。流石にもう、いかにご自分の息子が駄目なのかを知っているはずだ。

 一応国王陛下はライオネル殿下に私を蔑ろにするなと厳重注意をしてくれたようだが、その甲斐なく殿下はオリビアとイチャイチャと続けていた。懲りない男である。


 私なりにできる範囲で裏工作と言える程ではないが、婚約破棄ができるように足掻いてはいたのだった。

 そんなに甘くはない……上手くはいかない可能性の方が高いが、それでも万が一でも上手くいけば、公爵家の領地に戻って心の傷を癒す名目でスローライフの予定である。

 お父様も自分の目の届く公爵領にいるならば、安心してくれるだろう。私も追放されて知らない土地で辛い生活をしたい訳ではないので、それが一番だ。

 万が一にも婚約破棄が認められても、私はいずれ何処かの貴族に嫁がないといけないだろう。

 王族との婚約を破棄された訳だから良い所に嫁ぐことは無理だろうなぁ。

 下級貴族か大商家に行くことになるのかな。でも私はそれでいい、王族や上級貴族なんて面倒事が多いしね。

 王族は勿論、上位貴族にも嫁げなくなることになったら間違いなくお父様はがっかりするだろうけどね。


 とりあえず私なりの悪役令嬢としての役目は果たした。そう、出来レース的だが、ヒロイン(不本意ながらオリビアのこと)を虐め、婚約者に断罪されるところまでだ。

 後顧の憂いが無いとは言えないが、後はなるようになるだろう。

 パーティー会場を後にしようとした私。

 そんな私に声がかかる。


「待ちたまえ、パトリシア・ブルーローズ公爵令嬢。ライオネル・アリエスと婚約破棄したのならば、私と婚約してほしい」


 な、何ですと?

 顔を引きつらせながら振り向き、ふざけたことを口走る声の主を探す。

 あれ、この人って……。


「ジークフリート・タウラス殿下?」

「名前を憶えていてもらえて光栄です、パトリシア嬢」


 まるでぽっと出の登場人物のようだが、それは割とよくある話だから許してほしい。まぁアレだ、隠しキャラみたいなものだ。

 彼は私の同期で、王立学園に留学している隣国、タウラス帝国の王子である。

 う~ん、彼はライオネル殿下とならまだしも、私とは殆ど面識がなかったのに……いったい何処でフラグが立った? フラグも何も接点さえなかったはずだけどね。

 混乱する私に近付いてきたと思ったら、私の手を取り手の甲にキスをする、イケメンの隣国の王子。

 凄いな、一連の動作が流れるように自然だったわ。

 黒いサラサラの髪に覗く、髪と同じく吸い込まれるような漆黒の瞳。

 同じ学園なので何度かお姿は拝見したことはあるが、こんなに近くで見たのは初めてだ。

 この国の王子の婚約者だったのなら会ったことぐらいはあるでしょ、って?

 その婚約者だったライオネル殿下の横にはいつも、私の代わりにオリビアが立っていたからね。私は会話さえしたことがないのだ。

 今日だってオリビアが私のポジションにしっかりと収まっているし。

 だからジークフリート様もオリビアがライオネル殿下の婚約者だと、勘違いしていると思っていたわ。


「あ、あのジークフリート様。私はライオネル殿下から婚約破棄された身です。そんな私がタウラス帝国の王子である貴方に釣り合うはずがありませんわ」


 私がキッパリと断りの言葉を口にすると、ジークフリート様は目を細め口角を上げた。


「問題ない。せっかくフリーになってくれたのだ、このチャンスを逃すほど私は間抜けではない」


 はて、チャンスとは?

 私が首を傾げると、フッと柔らかく笑って話を続けるジークフリート様。


「私は以前からパトリシア嬢のことを好いていたのだが、ライオネルの婚約者だったから諦めていただけだ」


 は? マジですか?


 <>


 実は私が気付いていなかっただけで、ジークフリート様との接点はあったらしい。

 私がオリビアに階段の踊り場から突き落とされて気を失っていた時、偶然通りかかったジークフリート様が医務室まで運んでくれたそうだ。

 いやぁ、それは気付かないわ。だって意識がないのだからね。


 「私はパトリシア嬢はもっとお淑やかな令嬢だと思っていたのだが、本当はかなり活発で物事をはっきり言う令嬢だったのだな」


 ああ、学園生活の途中で性格が変わりましたものね。

 しかし以前のあのウジウジした性格をお淑やかと評するか。

 そして今の毒舌で暴力的な私を、活発ではっきり物事を言う人間と……それは肯定が過ぎるわね。


「正直に言って下さって結構ですわジークフリート様。公爵令嬢らしくないガサツな女だって」


 そう言うとジークフリート様は口の端を上げてニヤリと笑う。


「ガサツだなんて思ってはいない、ただ面白い令嬢だと目が離せなくなっただけだ。だから……くくくっ」


 はて? 急に笑い出したわよ、この人。


「いやすまん。思い出したら笑いが込み上げてきた。パトリシア嬢、君がライオネルやオリビア嬢達にしてきたことを……くくく、あはははっ」


 あ~、私が悪役令嬢らしく振舞っていた所を見ていたのね。そんなに笑うことがあったかしら?


 ともかく向うは私のことをよく知っているようだ。

 まぁ私は何となく雰囲気で悪役令嬢をやっていたのだが、殆ど演技などではなく素の私のままだった気がする。

 つまり彼は私が猫を被らなくても好いてくれるということか。

 ……私が言うのもなんだが、かなりの変り者である。


 一方ジークフリート様の方だが、学園では彼の悪い噂は全然聞いたことがなかった。

 威張ったり見下したりする事は一切なく、礼儀正しく友人や御令嬢達にも優しい。

 彼は隣国から来ているので、この国ではある程度本性を隠して生活しているのかと思っていたが……どうも割と素で生活しているっぽい。

 国は違えどライオネル殿下と同じ王子様なのだが……全然違うわね。勿論ジークフリート様の方がずっと格上な感じがする。


 ジークフリート様から聞いたのだが、以前オリビアからモーションをかけられたことがあるらしい。

 オリビアは節操がないわね。ある意味凄いわ。

 気分を害させないようにしながら適当にあしらっていたら、脈なしと思われたのか段々と纏わりつかなくなったとか。

 災難でしたね。お疲れ様です、ジークフリート様。


 おっとそうだ。ジークフリート様からの婚約の申し込みはどうなったかというと……まぁ、さっきまでの会話で何となく分かると思うが、ジークフリート様の申し出を受けることになった。

 今から思えば渡りに船だったのかもしれない。

 だって彼が婚約を申し込まなければ、国王陛下の命令でライオネル殿下との婚約破棄がなかったことになる可能性があったからね。


 ジークフリート様と婚約することになったのだが、父は嬉しいのか悲しいのか分からない表情をしている。どっちなんだよって感じだ。

 大国の王族に嫁ぐ、父の考える高い権力が持てる嫁ぎ先である。加えて大国タウラス帝国の王族と太いパイプができたことは喜ばしいことだ。

 じゃあ何故悲しい顔もしているのか? 至極単純な話で、私が帝国に行ったらなかなか会うことはできなくなるので寂しいらしい。

 心境が複雑なんだね。申し訳ないパパん。


 一方我が国アリエス王国なのだが、大国タウラス帝国の王子の申し出である、逆らうことはできなかったようだ。

 そもそも婚約破棄されてフリーになった令嬢に婚約を申し込んだわけだし、無理矢理に略奪した訳ではないからね。

 いくら王太子であるライオネル殿下の口で言っただけの婚約破棄だとしてもね。王族の言葉はそれだけ重いということだ。

 ポンコツ王子……ライオネル殿下と結婚しなくて良くなったのは私としてはありがたい。

 彼と学園生活をしてきて、幸福になれる要素が欠片もないことがわかったからだ。うん、もうもの凄く合わない。

 つき合いの浅いジークフリート様と上手くやっていけるかという懸念はあるが、まぁそれはそれ、貴族令嬢なら仕方がない。そもそも政略結婚とはそういうものだ。

 貴族の婚姻は、性格どころか顔も見た事もない見ず知らずの殿方に嫁ぐことさえある世の中なのだ。

 まだ数日しか彼と言葉を交わしていないので、私にとって彼が良い人かどうかは断定はできないが、いくらなんでもライオネル殿下以上に相性が悪いことはないと思う……多分。


 ライオネル殿下とオリビアはどうなったかって?

 ああ、あの二人はね……。

 私を勝手に婚約破棄したとして国王陛下の怒りを買い、ライオネル殿下は廃嫡になったらしいよ。

 加えてライオネル殿下は国王陛下から国政には関わらせないと言われて、王城から追い出されたそうだ。

 王城から追い出されても王都内の貴族街に屋敷を与えられそこに住んでいるらしいけど。

 殿下の失態は勿論私との婚約破棄だ。

 婚約破棄によってブルーローズ公爵家が王家から距離を取ることになったことが、廃嫡の原因らしい。

 王国内には派閥があり、国王派だったブルーローズ公爵家は国王派から離れ、反国王派にはならなかったものの中立の立場となった。

 公爵家が離れるって国王派にとってはかなりの痛手だろう。そりゃ廃嫡にもなりますわ。

 ちなみに王太子にはライオネル殿下の弟君がつくらしい。

 まだ幼いそうだけど、王太子教育はちゃんとやってほしい。ライオネル殿下のようにならないようにね。


 将来王妃になれなくなったオリビアはライオネル殿下と別れると言いだしたが認めてもらえず、ライオネル殿下と結婚させられるらしい。

 どうやらオリビアは王妃になりたかったみたいね。私の父の公爵と話が合いそうで嫌だわ。

 オリビアは当初の目的が叶いライオネル殿下の婚約者になったが、なりたかった王妃様にはなれないという訳だ。オリビア本人からしたら納得できないのだろう。

 でもさ、ライオネル殿下は廃嫡にはなったけどまだ王族のままなんだし、別れなくてもいいと思うのよね……そもそも学園ではあんなにべったりしていたのに。

 殿下の失態により殿下の婚約者となったオリビアは、今まで参加していたパーティーやお茶会などにも参加できなくなった。

 それでも王都の貴族街で暮らせるのだから、いいじゃんと私なんかは思うがオリビアには耐えられないらしい。

 元々男爵家なんだから、実家より良い暮らしができるだろうに。

 余談だが、オリビアは信じられないことに、新しく王太子となったライオネル殿下の弟君の婚約者にしてくれと国王陛下に直訴したらしい。

 流石に却下されたそうだ。それどころか陛下のお怒りを買いオリビアどころかラングレー男爵家が取り潰しになるところだった。

 ……まぁオリビアの父、ラングレー男爵が陛下に誠心誠意謝罪して事なきを得たらしいけど。


 ちなみにオリビアは魔法の適正があるので、そちらの方面の仕事に就かされるのかと思ったのだが、能力が低すぎて魔法を扱う協会から別に必要ないと言われたらしい。

 全体数は少ないが、平民でもオリビアより魔法を扱う能力のある者はそれなりにいるらしい。

 オリビアは選ばれた者にはなれなかったようだ。残念ですね。


 ジークフリート様は卒業生パーティーが終われば、直ぐにタウラス帝国に帰る予定だったらしい。

 だが私との婚約で、もう少しアリエス王国に滞在することになった。

 ジークフリート様と一緒にアリエス王国に来ていた高官が忙しそうだ。すみませんね、お手数かけて。

 後は私の実家のブルーローズ公爵家の準備が整えば、私は彼と共にタウラス王国に行くことになる。


 ちなみにジークフリート様は第三王子で王太子ではない。

 うん、王妃って面倒臭いしやりたくなかったのよね。

 ジークフリート様は将来王弟なので権力もあるし、お金にも困らないだろう。彼は国に戻ったら王宮魔術師として王城に勤めることに……え、ちょっと待って、今何て言いましたジークフリート様?

 王宮魔術師とか聞こえましたけど、聞き間違いですか?

 魔法が使えると知られると色々面倒だから黙っていたと、成程。

 ちなみに魔法はどれほど使えます? ああ、勿論オリビアよりも使えるって、そりゃそうでしょ。魔術師ってくらいだから、結構実力はあるみたいだ。

 

 あ~私、タウラス帝国に行くのよね。あっちの人達と上手くやれるかしら? 少し胃が痛いわぁ。

 当初の予定だったスローライフとは真逆なことになって溜息を吐きたくなるが、そんな気も知らずにジークフリート様は私にべったりだ。

 ええい、鬱陶しい。イケメンなら何でも許されると思うなよ、あなた距離が近過ぎるのよ! ああ、もう、突き放したからって、そんな捨てられた子犬のような目をするな!


「パトリシアは俺のことが嫌いなのか?」


 既に私のことは呼び捨て、そして一人称は俺と言っているジークフリート様。

 私の前では余所行きモードはしなくなっていた。


「嫌いだったら、自ら進んで婚約を受けませんよ。少なくともライオネル殿下よりも好きです」

「その表現は嬉しくない。ライオネルの嫌われ具合を知っているからな」


 そう言いながらも破顔した笑顔を私に向ける。

 彼の噂を聞くに、ここまで無邪気な笑顔は学園でもしてこなかっただろう。多分私の前だけだ。

 ふむ、愛い奴め。

 しかし今更だが、私の何処が良くて婚約をしたのだか、面白い奴だとは言われたけどね。どこで好きになったのさ?

 え、私が階段から落ちて医務室に運ぶ際にお姫様抱っこした時に、覗き込んだ顔がとても可愛くて好みだった? なにそれ、初耳ですけど?!


 それはともかくとして、彼はかなりの優良物件だ。

 タウラス帝国では婚約者がいなかったと聞いたのだが、何故だろう?

 実はタウラス帝国では黒い髪は不吉だとか言われていて、なかなか婚約者が決まらなかったそうだ。

 彼の父である皇帝陛下から留学先のアリエス王国で、嫁を探してこいと言われたらしい。

 まんまと私が釣れた訳だ。

 まぁ前世の記憶では、悪役令嬢が隣国の王子と結婚して幸せになるなんて展開の話もあった気がする。

 なら何の問題はないわね。

 万が一タウラス帝国で虐められるようなことがあれば、また悪役令嬢を演じればいいのだし。

 大丈夫なのかって?

 問題ないわ、だってその悪役令嬢は、ジークフリート様がとても面白がっていて、凄く好いてくれているのですもの。

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