第58話 英雄リクト【第一部 完】
「特製抹茶かき氷の勝ち! リクト・ロジェの勝ちとする!」
銀竜はそう声を上げ、巨大な翼を広げ空に羽ばたいて帰っていった。
俺の腕にはアイリーンがすがりついている。
「あっ、こ、これは……!」
自分の興奮に気づいたアイリーンの顔は真っ赤だ。
あわてたように、俺の腕を素早く振りほどいた。
「べ、別にあんたが勝ったことなんか、嬉しくもなんともないんだからね! ま、まあ今日はちょっとだけ褒めてあげるけど……」
「よう、すごかったなあ。リクト君」
特別席に座って観戦していた日本人の応援団が、俺を取り囲んだ。
「たこ焼きに抹茶かき氷……。異世界の料理勝負で日本食がこんなに大活躍するとはね」
「痛快だったぜ!」
「最後の梅干しゼリー……ありゃ日本人として最高だな」
するとラーメン屋やその他料理人が、嬉しそうに俺の前に立った。
「リクト……。今度はラーメンを作れよ。まあ奥が深すぎて沼にハマること間違いなしだがな」
「ラーメンよりソバを作ろうぜ」
「豆腐料理はどうだ? お前なら俺の後を継げる」
「――時間だそうです!」
ミタムラという男が、渓谷の川の桟橋で声を上げた。
「早く水上バスで戻らないと、日本に帰れなくなるそうです。早く、駆け足!」
「じょ、冗談じゃねえや。じゃあな」
日本人の応援団やラーメン屋たちは、川のほうに走っていってしまった。
「沢村先生! 素晴らしい試合でした。また会いましょう!」
ミタムラはこっちのほうに手を振ると、自分も素早く水上バスに乗り込んでしまった。
スタジアムの大半の客は残っている。
誰一人帰ろうとしない――勝負の余韻に浸っているのだろう。
「沢村先生……」
俺の担任のボウハラ先生が、俺の中にいるジョウイチに話しかけた。
「リクトの中に存在しているとは思いませんでしたよ」
『坊原……。久しぶりだな。お前は王財がいなくなったあと、三田村と一緒に副料理長になったらしいな』
「王財の野郎、悪霊になってまで料理をしているとは思いませんでした」
『まったくだぜ。肉体があるなら、お前と飲みにでも行くんだがな』
ボウハラ先生はジョウイチと知り合いだったのか?
ジョウイチたちが話をしているとき、俺の目にはベクターの姿が映った。
「貴様……リクト! よくも大貴族の僕に恥をかかせてくれたな……!」
ベクターはやつれた表情で、俺の胸ぐらをつかんできた。
おいおい……料理に負けたからって暴力か?
だが、力が入ってないぜ――お前も色々あって疲れてるんだろ。
すると……。
「よしなさい、ベクター」
周囲にしわがれた柔和な声が響いた。
すると観客席の最前列から、小さい朗らかそうな中年男が杖をついて歩いてきた。
「パ、パパ……」
この杖の男、ベクターの父親か!
小柄だし、けっこう年をとっているんだな。
「お前はよく戦った。ローバルフォード家の一員として」
「パパ、ゆるして……」
「ゆるす?」
ベクターの父親はその瞬間、柔和な顔が鬼のような顔になった。
「鍛え直してやるっ! バカがっ」
その小さい拳で、ベクターを思い切り殴りつけた。
鈍い音がして、ベクターがよろめいた。
「お前はローバルフォード家の黒歴史だ! 帰って鍛え直せ!」
「は、はいいい!」
小柄な父親に蹴られ殴られたベクターは、花道を通って逃げ出した。
「あなたはラインボルト・ローバルフォードさんですね」
グレゴリー校長が俺を守るように前に立ち、ベクターの父親に言った。
「あなたが私たちのアカデミーの支配を画策した黒幕……!」
「ホッホッホ……。黒幕とな? 画策とな? 商売と言ってくれ、グレゴリー校長」
「あなた方はリクト・ロジェに負けた」
グレゴリー校長はホッと息をつき、眼鏡の位置を直した。
「私たちのアカデミーの支配から、手を引いてくださいますね?」
「……残念ながらそういうわけにはいかん! ただ、計画を練り直す必要がある」
ローバルフォード氏は悔しそうに唇を噛んだ。
俺やアイリーンたちはホッとして顔を見合わせた。
なんとかアカデミーの命運を繋げることができたようだ。
しかしこの男、まだ何か企んでいそうだぜ!
「だが、新エンジェミア料理アカデミーは、計画通り創立させる!」
ローバルフォード氏はグレゴリー校長に向かって口を開いた。
「な、なんですって?」
グレゴリー校長が眉をひそめる。
ローバルフォード氏は舌打ちし、俺を睨みつけた。
「次回の対決は来年――『学校対抗料理選手権』だ。新しいエンジェミア料理アカデミーの精鋭を見たら、お前たちは腰を抜かすほど驚くだろう」
そして吐き捨てるように叫んだ。
「リクト……。貴様を倒す!」
ローバルフォード氏はそう言って、観客席にいる取り巻きのほうに戻っていってしまった。
一方、ボルダー教頭とバルドーンは観客にものを投げつけられながら、逃げ回っているのが見えた。
偉そうにしてたのに滑稽だぜ。
そのとき!
『さあ、リクト・ロジェ選手! グレゴリー料理アカデミーの代表として、表彰台に上がってください!』
放送だ。
え? お、俺がか?
アイリーンが俺の腕をつついた。
「あんたの出番よ」
「お前が表彰台に立たなければ締まらない。お前は英雄だ……。ちょっと妬けるがな」
一緒に戦ったレイチェルも晴れやかな表情をしている。
『さあ、リクト選手!』
俺は壊された玉座の上にある、階段を上っていった。
そこは高台にある表彰台になっていて、スタジアム全体を眺めることができる。
夕日が観客席を金に染め上げ、涼やかな風が俺を優しく包む。
スタジアムの観客はほとんどが帰らず、祝福と大きな拍手が俺一人に向けられている。
「――リクト・ロジェ! 見事なり」
高台の入り口から現れたのは王冠を被った男だった。
ん?
どこかで見たことがあるような……。
「え……う、うわっ!」
俺は声がひっくり返り、腰を抜かしそうになった。
携帯端末のニュース画像でよく見る、ランゼルフ王国の国王が現れたのだ!
ヒゲをたくわえた本物の国王だ……!
「君の戦いぶりは、来賓席で見ていたよ」
国王の威厳と優しさを感じ、俺の背筋は自然と伸びる。
手にはトロフィーを持っており、俺に手渡してくれた。
「さあ、この伝統の『料理王のトロフィー』を持って、スタジアムの皆に掲げてみせてあげなさい」
「はい!」
俺はずっしりとしたトロフィーを両手で授かり、ゆっくりと掲げた。
うおおおおおーっ!
スタジアム全体が歓声と歓喜の声に包まれ、俺は胸が熱くなった。
「よくやったぞ、リクト!」
「お前はすげぇ奴だ」
「最強の料理人だ!」
レイチェルやミア、ニコルやポレットは笑顔で拍手してくれている。
アイリーンは涙をハンカチでぬぐい、グレゴリー校長に頭をなでてもらっている。
俺の挑戦は終わらない。
そうだろ、ジョウイチ!
『その通りだ』
ジョウイチの声が頭の中で響いた。
『次は学校対抗料理選手権だ!【異次元デパ地下】と俺のアドバイスで――勝つぞ!』
俺の物語は始まったばかりだ!
【異世界料理アカデミー 第一部 完】
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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