第57話 決着!
特製抹茶かき氷の下には、四センチ角の赤い立方体が震えて鎮座している。
これは俺の秘密兵器――「和の赤いゼリー」だ!
「な、なんだ? この赤い物体は……」
ボルダー教頭はふくよかな顔を、立方体のゼリーに近づけた。
「き、奇妙なものを見せつけおって! リクトめ、さっさと食って終わらせてやる」
ボルダー教頭がゼリーをスプーンですくって、勢いよく口に運んだ。
「……ん? こ、これは?」
「な、なんだ? この独特な味わいは!」
見るとバルドーンが次々にゼリーを口に運んでいる。
「酸っぱい……塩味がある……。プラムの酢漬け? いや、そんなものとはまるで違う」
「これは『梅干し』のゼリーですよ。そうですね、リクト!」
グレゴリー校長が姿勢を正しつつ、俺に言った。
校長はジョウイチの奥さんだったんだっけ。
やはり梅干しを知ってるのか。
「おっしゃる通り、これは梅干しゼリーです」
俺はそう審査員に話した。
『梅干しこそ和の中の和の味だぜ! 基本だ』
ジョウイチの満足そうな声が頭の中で響いた。
「ウメボシだと? うぬうううっ! バ、バカな……こ、こんな」
ボルダー教頭が、汗を拭きつつバクバクとゼリーをすくって食べている。
強い酸味に魅了されたようだな。
「な、なぜか手が止まらんっ!」
「梅干しは強い酸味と塩味を持っています」
俺は口を開いた。
「この『梅干しゼリー』は梅干しをペーストし砂糖を加え、ゼラチンで固めたもの。――皆さんが食べたデザートは甘味の強いものだった」
俺は説明してやった。
「デザートを食べると逆に強い酸味と塩味が欲しくなる。口の中を安定させたい。だから梅干しゼリーが『味の締め』に適役なのです!」
「そ、そこまでの計算を! こしゃくな……」
バルドーンが悔しそうにしながらも、梅干しゼリーを食べる手が止まらない。
「ふうむ! まさしく甘味を堪能した。リクトの特製抹茶かき氷は――」
銀竜は巨大な翼竜の姿に戻り、玉座を踏み潰した。
木がメキリ、バキリという悲鳴をあげ、玉座を完全に破壊してしまった。
「至高のデザートだった。見た目、味、匂い、そして最後の梅干しゼリーの心配りなど、すべてにおいて高い次元であった!」
『そ、それでは審査員のお三方、評決を!』
放送がふいに掛かる。
俺もアイリーンたちも「はっ」として審査員のほうを見た。
ベクターは……厨房の椅子に座ってぼんやりしている。
おや? 王財の影がいないぞ?
「見て!」
アイリーンが叫んだ。
今回もすぐに、グレゴリー校長が俺――リクト・ロジェの札を掲げてくれた。
問題はベクターの味方である、ボルダー教頭とバルドーンだが……。
まーた目配せしてやがる。
すると……。
「な、なにいいっ?」
俺は思わず声を上げた。
ボルダー教頭とバルドーンは俺とベクターの札を……地面に放り捨てたのだ!
ボルダー教頭はキョロキョロしつつ、汗を拭きながら笑顔で言った。
「えー……。こ、今回も我々は評決を棄権する!」
「あ、味の優劣は決められん」
バルドーンも偉そうな顔をしながら、周囲の反応をうかがいつつ口を開いた。
おいおい……一回戦に続き、また逃げやがったのかよ。
ん? となると勝敗は?
『あ……えっ? えーっと……勝敗は……』
魔導放送の係員も迷ってやがるな。
嫌な予感がする!
『む、無効試合! 無効試合となります!』
ええええーっ?
まさしく会場中から驚きの声が聞こえた。
「バカ言ってんじゃねえよ!」
「料理人たちに失礼だろうが」
放送委員はあわてて『お、お静かに!』と説明を加えてきた。
『ええと、公式の料理勝負ルールでは【審査員の棄権回数が三回~四回を超える試合は無効試合】と定められています! したがってこの試合は【無効】となります』
マジなのか……おい。
俺は体の力が抜けそうになり、厨房に手をついた。
「なるほど、ボルダー教頭たちはこの公式ルールを狙っていたのね。一回戦でベクターが1-0で負けている。この二回戦であの二人が、ベクターを勝たせても引き分けにしかならない」
アイリーンが腕組みしつつ、ボルダー教頭とバルドーンを睨みつけた。
「引き分けは、プライドが高いローバルフォード一族の長老たちが絶対にゆるさない。だから試合を無かったことにしたわけか。……卑怯な……!」
スタジアムの観客からは罵声が飛び始めた。
「ブーッ!」
「バカ野郎!」
「なんなんだ、この試合はよ!」
ブーイングが会場中に響いた。
俺だって文句を言いたいけどよ……。
すると、おや?
グレゴリー校長が翼竜となった銀竜のほうへ立ち上がり、頭を下げた。
「では……よろしくお願いします」
「よかろう! この料理勝負、料理界を司る、この銀竜が裁定しよう!」
銀竜が吠えた。
「な、なに? バ、バカな」
ボルダー教頭がバルドーンと顔を見合わせた。
アイリーンが指をスナップした。
「そ、そうか! 料理界の頂点、銀竜様がこの場におられたわ。これはひょっとして……」
『ぎ、銀竜様の裁定を認めます! 公式ルールでは【料理界の長がその場にいる場合、その者の裁定に従う】とある。銀竜様が希望すれば無効試合も覆ります!』
放送が響くと同時に観客はどよめいた。
すぐに、銀竜はスタジアム全体に響く咆哮のような声で叫んだ。
「まずは料理の感想を述べさせていただく! ベクターと王財よ、君たちのフルーツパイは見事だった。そしてリクト・ロジェよ。君の特製抹茶かき氷も特別なものだった」
銀竜は言葉を切り、龍獄の谷スタジアムを愛でるようにゆっくり見回した。
「私は宣言する! この料理勝負の無効試合を撤回し、完璧な勝負をつけさせる!」
どおおおおっ
観客の興奮でスタジアム全体が揺れた。
りょ、料理審査続行――すげえ!
「さ、さすが銀竜だ」
「偉いっ」
「ボルダーとバルドーンはさっさと帰れよ!」
銀竜は満足げな表情で話を続けた。
「フルーツパイ……。美味かったが」
銀竜はベクターたちのフルーツパイの皿を見やった。
「しかしながら層状のミルフィーユ状のフルーツは、重ね合わせたせいで味がぼやけた。それぞれの素材の味が楽しめないのは大きな減点!」
ベクターは椅子に座りつつ、宙をぼんやり見ている。
観客は静かに銀竜の声を聞いている――。
「一方、特製抹茶かき氷はシンプルな抹茶の味わいと梅干しゼリーの心配りがあった。私の心を見事に捉えた。よって、この勝負――味わいのシンプルさを考慮し!」
銀竜は一気に言った。
「特製抹茶かき氷の勝ち! リクト・ロジェの勝ちとする!」
スタジアムは興奮と歓喜がこだまし、はちきれそうになった。
俺の胸の中で何かが解放される感覚がして、腹の虫がぐぅと鳴った。
腹減ったなあ……。
アイリーンは俺に抱きついて泣いていた。
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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