第56話 リクト VS ベクター⑦
『では、審査員の皆様、試食してください! まずはベクター・ローバルフォードのデザート!【獄川流麺のフルーツパイ】です』
ベクターは悪魔的な笑みを浮かべながら、自分でデザートを審査員たちに配膳した。
「むむ……なんとも奇妙なデザートだ」
ボルダー教頭は、皿に乗っかった三角形のパイを見やりながらうなった。
「麺を大量に重ねてパイにし、その中にフルーツのスライスがミルフィール状に重なっている!」
ボルダー教頭は勢いよくフォークで突き刺し、ザクリとパイを噛み潰した。
「お、おお!」
彼は声を上げた――観客は感想を待っており静かだ。
「――美味い!」
観客の静かなざわめきがさざなみのように広がった。
「麺のパイがサクサクと口の中で、優しく崩れていく! 心地よいフルーツの甘さとパイ、アーモンドの粉の香ばしさが広がる!」
「とくに柿のスライスが面白い」
バルドーンもパイを頬張りながらうなずいた。
「自然な甘さが、パイの歯ごたえと絶妙に合っている」
「……それだけじゃないわ」
グレゴリー校長が、上品にフォークで口に運びつつ言った。
「この不思議なクニャリとしたアクセント……口の中に草原のようなさわやかな香りが広がる!」
『それはヨモギ餅だ!』
ベクターが腹に響くような低い声を発した。
まだ王財のおっさんが取り憑いているのかよ。
『ヨモギ餅はもち米とヨモギというハーブのペーストを加えて練った、上品な食べ物だ!』
「ヨモギだと? そのようなハーブは初めて聞いた。ミントともバジルとも違う。だがハーブには間違いない」
ボルダー教頭は感心していたが、ベクターはニヤリと笑ってうなずいた。
『パイの中に薄く挟み込んである。これが独特なさわやかさの秘密だ!』
悪霊の王財は自信たっぷりに、ベクターの口を借りて説明した。
「ふむ。だが、それだけではないな」
銀竜が審査員の後ろから声を上げた。
「このフルーツパイ自体にかかっている糖蜜――シロップも普通のものではないな、王財とやら。砂糖の味からして非常にきめ細やかだ」
『ほほう、さすが銀竜』
ベクターは不敵に笑った。
『これは非常に貴重な砂糖でな……。【和三盆】という』
「ワサンボン……?」
ボルダー教頭が首を傾げている。
『とある異世界の地域の砂糖きびから丹念に絞り出された、極上の砂糖だ。見よ!』
ベクターは皿の上に持った粉――和三盆をボルダー教頭に見せた。
ふんわりとした粉末が皿の上に盛ってある。
「これは砂糖なのか? 何となく黄色がかっているような……」
『貴重な砂糖だ。そのまま固めて菓子にして食すこともある』
「うむ、美味かった! 見事なりっ!」
バルドーンが拍手をした。
ボルダー教頭と目配せをしているのが気になるが……。
『では次に、リクト・ロジェのデザートの試食と参りましょう!』
おっと、放送がかかった。
俺は、紫芋のモンブランが周囲に装飾された大皿を取り出した。
そして審査員に見えないように「赤い秘密兵器」を中央に置いて……。
アイリーンたちは次々にかき氷器を回し始めた。
フワフワとした氷の雪化粧が、どんどんと皿に積みあがっていく。
「こ、氷だけだと?」
ボルダー教頭が目を丸くした。
「リクト! 頭がおかしくなったのか? お前、これはさすがに……」
ボルダー教頭が眉をひそめて氷の山を見ているとき、俺は声を上げた。
「この『特製抹茶かき氷』は氷菓子の頂点に立つデザートだ!」
俺は、アイリーンたちが削りだした氷の山に鮮やかな緑色のシロップを大量にかけた。
緑色のシロップが氷の山を染めつつ、溶かしてゆっくりと崩していく。
「こ、これが『マッチャ』というものか……!」
バルドーンが配膳された抹茶かき氷を前にして、目を丸くしている。
「まさかここまで鮮やかな緑色だとは」
「周囲の赤紫のモンブランも異様だ……。これは本当に芋なのか?」
ボルダー教頭は眉をしかめていたが、一番最初にスプーンを手に取ったのはグレゴリー校長だった。
「ふむ……。ああ、これは素晴らしい!」
グレゴリー校長は氷を一さじ口の中に入れて、俺を見てうなずいた。
「甘味の中に茶葉の渋みやうま味があり、単なる氷菓子とはまるで次元が違う!」
観客たちは静かにざわめき、顔を見合わせている。
「う、む……」
ボルダー教頭もスプーンを口に運んだ。
「む……。なんというかぐわしい匂いだ。この抹茶というもの自体が、口の中を清浄化させていく!」
「見事なのはこの氷だ!」
バルドーンがスプーンを固く握りしめた。
「こ、こんなに美味い氷は食べたことがない。私は酒を飲む際、氷を口に含むが……。氷が口の中で一瞬に溶けてしまうのは経験したことがない!」
「それが天然氷の美味さです!」
俺は胸を張って説明した。
「天然氷は不純物がほぼありません。また、とてもきめ細かく、シロップが水っぽくならないのが特徴です!」
「な、なんと? 水っぽくならない氷だと?」
「しかも柔らかいですね。冷たい綿毛を食べているのかと錯覚する」
グレゴリー校長は眼鏡を直した。
「そして周囲の紫芋のモンブラン! 何と味わい深い甘さだこと。この抹茶の奥に隠された渋みとよく合います」
『クククッ』
またベクターの後ろに張り付いた王財のおっさんが笑った。
しかし声が震えている。
『だが、単に甘ったるいかき氷というだけだろう? 味も単調だしモンブランにも色以外の驚きはないな!』
「そうかな? 王財のおっさん」
「な、何?」
王財の声が響いたとき、後ろから大きな声が上がった。
「皆、このかき氷の下の隠された秘密のデザートを見よ!」
銀竜の声だ。
観客はどよめいた。
「な、何だ? ありゃ」
「真っ赤だぞ」
「四角い……」
抹茶かき氷の下には、四センチ角の赤い立方体が震えて鎮座している。
「な、何だこれは? 抹茶の緑の次は真っ赤な代物か」
銀竜はじっとその赤い立方体を見ている。
これが俺の「赤い秘密兵器」!
これこそが俺のこの料理勝負、最後の工夫だ!
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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