第52話 リクト VS ベクター③
龍獄の谷での料理勝負――審査前にとんでもない事態になった。
シルバードラゴンが接近し、スタジアム上空の透明な魔防壁を突き破ったのだ!
魔防壁は小型の魔物のみ侵入を防ぐ透明な魔法の壁で、ガラスではない。
食べ物にガラス片が入ってくることはないが、俺はそれでもたこ焼きを守り抜いた。
一方のベクターは自分の料理そっちのけで、机の下に避難している。
「グアアアオオオオオーッ!」
翼竜の咆哮が、スタジアム全体を槍のごとくつんざく。
やがて竜はスタジアムの奥に降り立った。
でかい……!
「お、おおっ?」
驚いたことに、シルバードラゴンに近づいたのはグレゴリー校長だった。
シルバードラゴンはグレゴリー校長を睨みつけて、スタジアムの芝生に立ちはだかっている。
俺は急いでグレゴリー校長を守ろうとしたが、彼女の言葉を聞いてその足を止めた。
「久しぶりですね、龍獄の谷の王――料理の守護者、銀竜様」
「久しいのう、イルーネ・グレゴリー」
いつの間にか、シルバードラゴンの巨体はマントを羽織った龍神族の影に変化していた。
銀のうろこを全身にまとい、頭に湾曲した角が生えている。
顔立ちは若い青年だが……身長は怪物のごとく2メートル50センチはある。
龍神族――間違いない、携帯端末のニュース画像で見たことがある。
「私にも料理を食べさせてくれるかね? イルーネ」
「もちろんですよ、銀竜様!」
俺はあわてて特別席の最前列に座っていたアイリーンに聞いた。
「な、何者なんだ、あの銀竜って男は?」
「もう~、なーんにも知らないんだから、リクトは」
アイリーンは呆れた声だ。
「銀竜様は料理界の頂点よ。料理雑誌で見たことないの? 現在、千八百歳。世界料理選手権は二十回優勝。生ける伝説よ」
「い、一応聞いたことはある。要するに、あいつも美味いと言わせりゃいいんだろ」
「リクト、口をつつしんで。聞かれるとヤバいよ」
アイリーンが心配そうにしているとき、放送がかかった。
『では――審査を始めてください。ちなみに銀竜様は二回目の審査が同点だった場合、勝者の決定権があります!』
な、なるほど。
料理の王様の判断で完全決着――引き分けはなしってわけかよ。
料理を作り終えた俺とベクターは審査席の前に立った。
審査席に座っているのは、グレゴリー校長(グレゴリー料理アカデミー校長)、リシャール・バルドーン、ボルダー教頭(ランゼルフ料理アカデミー教頭)だ。
そしてスタジアムに特別に設置されているバカでかい玉座に座ったのは、あの銀竜という男だ。
ベクターは声を上げた。
「僕の料理、『チーズホイールソテーとキューブステーキ』を、巨大チーズの器のまま召し上がっていただきます!」
係員たちの手によって巨大な円形チーズが四つ、審査員と銀竜の前に置かれた。
熟成され尖ったチーズの匂いが、余計に食欲をそそった。
中央は皿のごとく掘られているはずが――お、おや?
よく見ると、ボウルを半分にしたような半球体のチーズが上にかぶさっている。
「では失礼」
ベクターが優雅な足取りで前に進み出た。
鍋を片手に、半球体のチーズの上に真っ白い液体を注いでいく。
湯気が立ち上がった……チーズの匂いの中に、ニンニクと蜂蜜のような強い芳香がふわりと周囲を舞って割り込んできた。
この甘い豊かな匂いはニンニク入りの牛乳スープか!
「う、うおおっ、見ろ!」
バルドーンが声を上げた。
チーズが溶けて、中からキューブ状の肉の塊が顔を出した!
表面は焦げた焼き色、中は美しいピンク色。
レアの牛肉ステーキの角切りだ!
観客のため息が聞こえる。
さて――審査員たちはフォークを持ち、まずは素早く周囲の野菜、魚介類を口に運んだ。
「こ、このソテー……」
バルドーンが恍惚とした表情で首を横に振った。
「美味すぎて頬がとろけてしまう!」
そして声を上げた。
「牡蠣の強い風味、カニの繊細な味、ブロッコリーの歯ざわりが相まって……成熟したチーズの香りと塩味が口いっぱいに広がる。どこをとっても一級品だ!」
グレゴリー校長も冷静に審査する。
「牛乳スープのニンニクが効いているわね。どれ、このキューブ状ステーキをいただきましょう」
グレゴリー校長はキューブ状ステーキをナイフで切り、咀嚼する。
「見事だわ……! とろけたチーズの風味、牛乳、ニンニク、レアステーキの柔らかさがここまで合うなんて」
「非常に豊かな料理だ! この肉汁の豊富さから察するに、この肉はランゼルフ地方の高級牛だな」
ステーキの中には緑色のペーストが詰まっている。
「ステーキの中にはバジルペーストを詰めてある! 濃厚なチーズの洪水の中に、相性抜群のハーブのペーストは食欲をそそる」
「しかし、このバジルペーストの深い匂いはそれだけではないな? ベクター」
銀竜がついに口を開き、ベクターを見やった。
「柑橘類の皮! ごく少量だが、バジルペーストの中にレモンの皮とオレンジの皮がすりおろされて入っている!」
その言葉を聞いたベクターは一歩たじろぎ、目を泳がせた。
「そ、それはごく少量ですし、完全な隠し味として公表しないつもりだったのですが……」
ベクターはあきらめたように手で顔をぬぐった。
「と、止まらんっ!」
ボルダー教頭は下品にレアステーキを頬張る。
「チーズが美味すぎるのだ! ステーキの歯ごたえも力強い!」
バルドーンもステーキや魚介類をよく噛みしめ、味わっている。
「器の面白さも迫力満点、最高級の一品だ」
ベクターは胸を張り、舞台俳優のぎとくお辞儀をした。
だが、銀竜に対しては睨みつけていたが……。
さっきの隠し味の解き明かし、よほどショックだったのだろう。
『あ、あのチーズの器とキューブ状ステーキ……。どこかで見たことがあるぜ』
おや?
俺の頭の中でジョウイチの声が響く。
『ちくしょう……! 嫌な予感がするぜ、リクト……』
ジョウイチ……どうしたっていうんだ?
『――では、次にリクト・ロジェの料理を審査していただきましょう!』
……俺の番だ……。
ついに来たぜ!
このたこ焼きを、ランゼルフ王国の人々に披露するときが!
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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