第49話 リクト、龍獄の谷スタジアムへ!
俺――リクト・ロジェはクラスメート……仲間と一緒に馬車でランゼルフ地方の南部へと向かっている。
目指すは龍獄の谷――この国で最大最古のスタジアムがある巨大渓谷に行かなくてはならなくなった。
俺とベクターはそこで料理勝負をする――。
本気かよ?
「どうしてこんな辺境の地で戦うんだ?」
俺は馬車の客車から見える荒野を見つつ、ため息をついた。
目の前に座っているミアは眼鏡の位置を直しつつ答えた。
「それはランゼルフ王国の料理の発祥の地だからです」
「そうよ、リクト」
ミアの隣に座っているアイリーンは楽しそうに言った。
「龍獄の谷は世界最古の料理アカデミー、古代エンジェミア料理アカデミーがあった場所だからね」
「お前だって、それ知らなかったろ」
俺が文句を言うと、アイリーンは顔をあからめて「う、うるさいわね」とつぶやいた。
「だけど、こんなところで試合するのは危険だろ……。主催している校長もローバルフォード家も何考えてんだよ」
俺は空を見上げた。
小さい翼竜が空を飛び交っている!
おいおい……勝負の前に俺らが喰われちまうぞ!
「さすがに客はこねえだろうな……。静かな決闘になりそうだ」
しかし俺の予感は大外れになった。
◇ ◇ ◇
龍獄の谷に到着するやいなや、俺はとんでもない光景を見た。
渓谷の底に、プラチナ色の金属とガラスでできた近代的なスタジアムがある!
渓谷の岩肌そのものがまさしくスタジアムの壁になっている。
自然と技術が抱き合い共存――こ、これが伝説の龍獄の谷スタジアムか!
近代的な設備は昼の太陽を反射し、半ばすり鉢状になったスタジアムは超満員の観客の声をこだまさせた。
「おいおい……。こりゃすげえぞ!」
と、とにかくとんでもなくでけえスタジアムだ。
世界最大って話も、あながちウソじゃなさそうだぜ。
超満員でスタジアムがはちきれそうになっている!
「どうしてこんな辺境の場所に客がこんなに来てんだ?」
「携帯端末で、あなたたちの料理勝負が噂が噂を呼んだからです」
後ろにはグレゴリー校長が立っていた。
すでに来ていたのか……。
「新聞や携帯端末の情報共有で、ローバルフォード家が煽ったらしいのです。それも億単位のお金をかけてね――商売ですよ」
「そ、そういうことか。でも、なぜこんなに近代的な施設なんですか?」
俺がグレゴリー校長に聞く。
「ここには料理の神官が存在し、常に設備を整えているからです。一般には知られていませんが」
でもどうしてこんな辺境の地で試合を……。
俺が聞こうとしたとき、誰かの声が頭の中で響いた。
(リクト! お前の晴れ舞台だ。霊界が人の直観に作用して用意してくれたんだ。つべこべ言うんじゃねえ!)
ジョウイチか。
なんなんだよ、「レイカイが人の直観」って……意味分かんねえこと言うなよな。
◇ ◇ ◇
俺たちが渓谷の階段を降り、巨大スタジアムに入ろうとしたとき――。
不思議な形の船が、渓谷沿いに流れている大きな川に停泊しているのを見かけた。
やがてその船からぞろぞろとたくさんの人が出てきた。
「君がリクト君かい?」
乗客の一人が俺に声をかけてきた。
「僕は三田村という者だ」
「ミタムラ……?」
「君の前世の沢村丈一の弟子だ」
「……は? えええ?」
沢村丈一って……そういや、ジョウイチの本名だったな。
弟子がいたのかよ。
「信じられないのも無理はないが、事実だ。日本からあの水上バスに乗ってやってきた」
そのミタムラという中年の男は、渓谷の川に浮かんだ大きな船を指さした。
「沢村丈一先生が霊体となって、日本に戻って僕らをここに呼んでくださったんだ」
意味が分からんけど、ジョウイチが色々何か手を回したのか?
ご苦労なことで……。
ジョウイチのクスクス笑う声が、俺の頭の中で響いた。
ミタムラという男は満足そうに口を開いた。
「約三百名の日本の応援団が、リクト君、君を応援する」
「――おい、お前がリクトか?」
不思議な船から降り立った、大柄な男が俺に話しかけてきた。
頭にタオルを巻いている。
「俺はラーメン屋という料理店をやっている。ラーメン……分かるか?」
ラーメン……?
ああ――。
ジョウイチの故郷の食いモンだろ。
知ってるよ。
「まさか……まさか本当に異世界があるなんてよ」
タオル男は仲間と一緒に周囲の渓谷を見回している。
こいつら、本当に異世界の日本から来たのかよ。
着ている服がなんとも奇妙だ。
「どでかい料理勝負をするんだろ。俺は日本の料理人として、お前がどんな料理を作るのか見届けさせてもらうぜ」
「リクト、モモピーのサインをもらいたいんだ。お前が勝つとグッズももらえるそうだから、勝ってくれ!」
「つーか危険な上空に変な魔物が飛んでるぞ……。やべえとこ来ちまった」
ラーメン屋とやらの店主や他の日本人たちは口々にそう言いつつ、スタジアムの席の特別席のほうに向かっていった。
……モモピーってなんだ?
『リクト、さあ、力を発揮するときだ』
ジョウイチの声が力強く響いた。
『日本の観客を呼んできたのは、霊界や大人の都合だ。お前はいちいち気にするな。お前は存分に自由に料理しろ。――この最高の舞台でな!』
◇ ◇ ◇
俺は龍獄の谷スタジアムの控え室に入った。
ひえ……壁には偉そうな人物の肖像画が飾られ、まるで王族の城のロビーみたいに豪華だぜ。
だが今はスタジアムの様子が気になる――俺は窓のカーテンに指をかけた。
「うっ、うおおおおっ!」
すげえ……!
近くで見ると、もっとすごい迫力だ……!
特別席、一階席、二階席、三階席まで全部、客で埋まってるぞ。
超満員だ!
上空にはガーゴイルまで飛んでやがる――魔法で防壁を張っているんだろうが、本物の巨龍がきたらそんなの打ち破られるぞ。
おや?
「おらああっ! 奴隷野郎、さっさと出てこい!」
「リクトってヤツ、性格悪いんだろ、ベクターがやっつけてくれるだろうよ」
「リクトを潰せ!」
ベクター側の客席から俺に対する罵声が響く。
ど、どうなってんだよ。
ランゼルフ王国の料理勝負観戦は国民的行事だが、学生の対決に対して熱くなりすぎだろ。
渓谷で料理勝負するから、みんな興奮してんのか?
「グレゴリー校長もさっき言っていたが、お前とベクターの因縁は、新聞各紙によって報道されている」
一緒に控え室に来てくれたレイチェルが説明した。
「だが……見ろ、この報道の惨状を!」
レイチェルは苦い顔で、俺に携帯端末Wendyのニュースを見せた。
『みすぼらしい奴隷少年と高貴なる大貴族の料理勝負、今日開催!』
『売名行為を目的としたリクトと、料理にすべてをかけるベクター少年が対決!』
『いじめ行為が発覚してランゼルフ料理アカデミーを追放されたリクトが、正義の料理人、ベクターの制裁を受ける!』
おいおいおいおい!
なんじゃあああ、こりゃあ!
俺が売名?
いじめ行為?
ウソばっかりじゃねえか。
『お前が不利なのは明白だ……。霊界はそのことを気にしていた。このかつてない偉大な勝負がなるべく平等なものになるようにな!』
ジョウイチの声だ。
――俺の応援を少しでも増やそうとしてくれたのは、このこともあったのか!
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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