第48話 沢村丈一の冒険②【ジョウイチ視点②】
俺――沢村丈一は霊界の大天使に依頼され、久しぶりに日本へやってきた。
俺の説明を聞いた三田村は、半ば困惑した表情で頭をかいていた。
「はあ、異世界へ転生……。親戚の子が読んでるライトノベルみたいな話っスね……。実際にあるんだな、そんなこと」
「分かってくれて助かったぜ。とにかく日本人を異世界に連れてきて、料理勝負の応援に来てもらいたいんだ」
「そもそも人を集めるってのが難しい……」
しかし三田村は思いついたように膝をポンと打った。
「――今日来る客に、国民的女優の吉岡桃音がいます。予約が入ってまして。彼女にSNSで情報を拡散してもらえれば……」
「桃音ってあの桃音か?」
俺がここに勤めていた時代、母親に連れられてよく来ていた吉岡桃音という少女がいた。
女優の卵……つまり子役だ。
家は金持ちだったが、あまり人気が出ずいつも泣いてたっけな。
この帝神レストランで美味い飯を食い、腹いっぱいになってやっと泣き止んだってわけだ。
「桃音はいまだにこのレストランに来てくれますよ。もう二十代前半かな? ただ、この話を理解してくれるとは限りませんけどね……」
「お、おい! 大チャンスじゃねえか! 桃音は国民的女優になってんだろ」
三田村の話では、吉岡桃音はモモピーとあだ名され、いまや日本国民全体のアイドル女優となっているそうだ。
夜の20時……その吉岡桃音は来たが……。
しかし!
◇ ◇ ◇
「あはは! なんですかそれ」
閉店時間を迎えた帝神レストランで、三田村を前にした若く美しい女性……吉岡桃音は笑った。
子役時代の面影を残しているが、すっかり二十代の大人の女になった。
上品に笑いつつ、デザートのプリンをすくう仕草はテレビドラマのようだ。
プリンは三田村がサービスした。
「桃音さん、頼むよ。日本の全国民に『異世界で行われる料理勝負があるから、浅草駅前に来てほしい』とSNSで知らせて欲しいんだ」
「はあ……。でもそんなことをSNSに書いたら、吉岡桃音がおかしくなったと笑われちゃいますよ。私、これでも国民的女優よ」
吉岡桃音は冗談だと思って、クスクス笑っている。
笑顔は幼いまんまだな。
俺は横の席に座っていたが、桃音に近づいて口を開いた。
「まったく、あの泣き虫子役が生意気に大きくなりやがって」
「あら? 警備員の町川さんじゃないの。レストランに警備に来たの?」
「俺は町川じゃない。沢村丈一だ」
「……え? 沢村丈一って……ジョーさんのこと? 何言ってんの。料理人のジョーさんは……亡くなられたでしょ」
どいつもこいつも疑いやがって……。
ちなみにジョーさんとは、桃音が子役時代に俺につけたあだ名だ。
仕方ねえ、分からせてやるか。
「桃音、お前は子役時代、好き嫌いがはげしくて母親にこのレストランに連れてこられた。そのとき、ニンジンとオレンジのゼリーを食わしてやったよな」
「え? な、なんでそれを?」
「アメリカでの撮影の前日、飛行機に乗るのが怖くてわんわん泣いてたな。このレストランで俺のふわとろオムライスを食ったら泣き止んだ」
「まさか……そんな……どうして私とジョーさんとの思い出を知ってるの?」
「お前の好きなデザートは、本場のマスカルポーネを使った特製ティラミスだ。お前、俺に言ったろ。『大女優になって、たらふくジョーさんのティラミスを食べたい』って」
「あ、ああ……。そ、そんな。ジョーさん」
吉岡桃音のまつ毛にたまっていた涙の雫が、流れ落ちる。
「ほ、本当にジョーさんなの? 沢村丈一さんなの?」
「そうだよ。町川の体を借りて喋っている。説明は省くが、疑わないで聞いてくれ」
桃音は三田村に助けを求めた。
三田村がうなずいたので、桃音は涙をふきつつ真剣な顔になった。
「俺は異世界で『リクト・ロジェ』という少年の体に入って、料理を指導している」
「そ、そんな……ライトノベルみたいな! マジの話?」
「そうだ! リクトは最大の敵と戦おうとしている。ヤツは俺の意志を受け継ぎ、日本の料理――和食を作り続けている。日本の応援団が欲しい。お前の力で応援団を集めて欲しいんだ」
「ど、どうやって日本人が異世界に行くのよ」
「それは霊の世界の力でなんとかするそうだ」
「……よく分かんないけど、私がSNSに何か書けばいいの? ジョーさんの頼みだから、やってみるわ」
吉岡桃音はスマホを取り出した。
俺は口を開き、丁寧に話した。
「では、こう書いてくれ。『異世界で料理勝負があります。応援してくれる方は、参加希望と書いて【浅草駅前】に集まってください 吉岡桃音より』とな」
◇ ◇ ◇
三日後の日曜日……。
浅草駅前には、たくさんの人の波ができていた。その数、約千人……!
熱気がすげえ。おいおい……予想以上だぞ、こりゃ。
『皆さん、これから異世界に行って、リクト君を応援しましょー!』
桃音の姿は近くのビルの屋外大型ビジョンに映し出され、皆に声をかけている。
さすがに危険だから、大人数のファンの前には出せない。
そこに集まった連中はどよめいた。
「おおー! マジだ。モモピーがいるぞ!」
「モモピーのためなら、俺、何でもやるぜ」
「異世界にでも何でも、連れていってくれ!」
「バカ、異世界とか言って……いつものモモピーギャグだろ。分かんねえのかよ」
集まったモモピーファンはあれこれ言っているが、俺は町川の姿で必死に説明した。
「では、俺が異世界に案内する。異世界にいってリクトを応援してくれたヤツには、吉岡桃音手書きのサイン入り色紙がもらえるぞ!」
「おい、誰だよ、このおっさん。モモピーの生の姿を見たいぜ」
「信じてやるけどよぉ。サイン、本当にくれるんだろうなぁ」
俺は大型ビジョンを指さした。
桃音が一生懸命、サイン入り色紙を書いている場面が映し出された。
「うおおおおおー! 俺らのためにサイン書いてる!」
「おっさん、ついて行きます」
「おいおいおい……。異世界なんてギャグだろ……。皆、なんでマジになってんの」
色々意見はあるが……ま、まあ、ある程度うまくいったようだな。
すると、頭にタオルを巻いた大柄な男と、その仲間のグループが俺を取り囲んだ。
食用油がしみ込んだ匂いがする――同業者だな。
「おっさんよ、俺は吉岡桃音なんかに興味はねえぜ。俺はラーメン屋だ。料理人仲間も連れてきた」
「ほう」
俺は久しぶりに日本にきて、初めて手が震えた。
俺自身が料理と勝負を求めているのに気が付いた。
「俺らは異世界の料理と料理勝負とやらに興味があるんだ。本当に異世界なんて場所があるんだったらな……」
俺はニヤリと笑った。
「では、ついてこい」
俺は浅草駅近くの隅田川に浮かぶ、大型水上バスを指さした。
約三百名が乗船できる水上バスだ。
「これに乗って東京湾に出る。しばらくしたらそこはもう、異世界だ!」
俺は胸を張って言った。
大天使の計画通りに話した。
「本当かよ」
「船で異世界……」
桃音ファンや料理人たちは、眉をひそめて顔を見合わせていた。
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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