第46話 グレゴリー料理アカデミー、最大の危機!
俺はリクト・ロジェ――元掃除人、料理アカデミーの学生だ。
ここはグレゴリー料理アカデミーのブルークラス……俺たち一年生の教室。
座学の授業を受けているが、一週間後のベクターとの料理勝負が気になってしょうがねえ。
「バカ野郎! リクトッ。授業を聞いとるのか!」
教壇のボウハラ先生の怒声が、弾丸のように俺の耳を打ち抜いた。
「料理勝負は大事だが、お前らの目的は立派な料理人として育つことだ! 授業をちゃんと聞け!」
正論だが、その言葉は俺の耳をかすめるだけだ。
ベクターとの勝負を考えるたび……不安で胸の中の大鍋がぐつぐつと煮立った。
おや?
すると――。
「お、おいっ! なんだ、あいつら!」
生徒たちの指が窓のほうに伸びて騒ぎ始めた。
授業中だってのに、どうしたんだ?
「こ、こら! 授業中だぞ」
ボウハラ先生は生徒に注意しながらも、自分も窓の外に見入っている。
窓の外の校庭には、見たことのない燕尾服を着た老人が立っていた。
俺たちの校舎を石のごとく凝視している。
その周囲には、黒い作業服を着た十名の男たちが立っていた。
その光景はとてつもなく嫌な予感を感じさせた。
◇ ◇ ◇
ここは校長室の応接室……。
俺とアイリーンも呼ばれて、ソファに座らされた。
グレゴリー校長もソファに座って静かに背を伸ばし、茶をすすっていた。
異国の茶の匂いが部屋に広がる。
――その手はいつになく細かく震えていた。
俺たちの目の前のソファには燕尾服の老人が座っている。
彼の背後には黒い作業服を着た屈強そうな男たちが三名、並んで立っていた。
「グレゴリー校長、私がなぜここに来たのか、もう分かっておいででしょうな」
老人がゆっくりとあごひげをさすりながら言い、俺とアイリーンのほうを見た。
「ああ、申し遅れました。私はベクター坊っちゃんの住む、大貴族ローバルフォード家の執事をしております。名はガーリン・フェルドマン――」
「私は了承しておりませんよ!」
グレゴリー校長はいきなり声を荒げた。
「このアカデミーを、ローバルフォード家や闇の晩餐が買収することなど!」
俺とアイリーンは目を丸くして、最も左に座っているグレゴリー校長を見やった。
ば、買収って……?
バルドーンたちが同じようなことを言っていたが、あれは本気だったのか?
「ど、どういうことですか?」
アイリーンが心配そうに、恐る恐るフェルドマン老人に聞いた。
「リクトさん、アイリーンさん。これはね、あなたたち生徒にとって素晴らしいお知らせなんですよ」
フェルドマン氏はにこやかだ。
しかしその目は、狡猾な狐のように異様に光っていた。
「ベクター坊っちゃんやローバルフォード家、闇の晩餐が、この学校をもっと巨大で優秀なものにする! すべての施設、教育がこの世の最高峰のものとなるのです!」
「バカバカしいっ!」
グレゴリー校長は両手でバン、と机を叩いた。
アイリーンが飛び上がる。
「そんな勝手なことはゆるされませんよ!」
「あなたたちが歯向かう場合は、『強制的に排除』するだけです」
老人は後ろの屈強な作業服男たちを見た。
しかしグレゴリー校長は負けてはいない。
「あなたたちがこのアカデミーを支配して、何になるというのです!」
「すべての料理界は、新しいアカデミー、『エンジェミア料理アカデミー』に集まる!」
老人の言葉に、アイリーンは首を傾げた。
「そんな料理アカデミー、聞いたことがありませんけど」
「これから作るのですよ。このアカデミーの跡地にね!」
「バカなっ!」
グレゴリー校長は体を震わせて、室内に響かんばかりに怒鳴った。
「それは古代の伝説の料理アカデミーの名前の借用ではないですか! くだらないわ!」
「くだらない? 伝説の料理アカデミーが現代に蘇るんだ。美しい話でしょう!」
老人は得意げにあごひげと鼻先を指でさすった。
「エンジェミア料理アカデミーが、料理界の頂点になるのだ」
「ありえないわっ!」
グレゴリー校長は身を乗り出した。
「あなたたちの計画は、私たちのアカデミーや生徒は何ら関係ないものです!」
「関係ありますよ。このアカデミーの生徒はエンジェミアに転入してもらいますし……」
俺とアイリーンは顔を見合わせた。
「そもそもグレゴリー料理アカデミーは、ローバルフォード家の資金で学校を運営してきたんですからねえ」
「そ、それは……」
グレゴリー校長がここまで何も言い返せないのは初めて見た。
本当にヤベえって感じだな。
――だが、俺はもう我慢できなかった。
「おい、爺さんよ!」
「何だね? 子どもは黙って座っていれば良いんですよ!」
「つまりあんたらの頂点はベクターなんだろ?」
俺の問いにフェルドマン老人は途端に胸を張った。
「そうです! ベクター坊っちゃんがローバルフォード家の次期当主であり、次世代の料理人の頂点に立つお方です」
「今度の勝負で俺が勝ったら、あんたらの計画は全部無意味だぜ!」
「はははは!」
老人は乾ききった手でパシパシ膝を叩いて笑った。
後ろの作業服の男たちも呆れたように笑っている。
「ありえん! 坊っちゃんが君のような奴隷出身のネズミに勝つなどということは!」
「なぜだ?」
「ローバルフォード家は幼少の頃から、最高の料理教育を受けている。君のような下賤な者に負けるはずは絶対にないのだ!」
「悪ぃな、爺さん」
俺は胸を張って言った。
「勝つのは俺だ。約束しろ、俺が勝ったら、このアカデミーの買収から手を引け!」
しばらく老人はニヤけながら首を横に振っていた。
――やがて面倒くさそうに口を開いた。
「言いたいだけ言っていれば良い! その代わり負けたら、死ぬまで我々の言うことを聞いてもらいますよ。――手続きは勝負の後だ!」
老人は舌打ちし、席を立って外に出ていってしまった。
アイリーンは俺の腕を掴んだ。
「ね、ねえ、リクト! あんなこと言って大丈夫?」
「いや、正直言ってわかんねえ!」
俺の言葉に、アイリーンはソファの上でずっこけた。
「だけど、俺は最高の料理を作れば良いんだろ? その料理で――」
俺は拳を強く握って、宣言した。
今こそ、グレゴリー校長に恩返しするときだ!
「ベクターを完全にぶっ倒す! 俺がグレゴリー料理アカデミーを守ってやる!」
グレゴリー校長は俺をじっと見ていたが、軽くうなずいてハンカチで目頭を押さえていた。
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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