第45話 獄川王財【ベクター視点②】
ここはランゼルフ地区郊外にある『闇の晩餐』の本部――。
ほの暗いランプが、建物三階にある大ホール内を揺らめくように照らしていた。
そのホールの円卓の前には僕――ベクター・ローバルフォードが座っている。
「ベクター! 貴様……もう一度言ってみろ!」
「正気なのか、この若造は?」
ホール内に、古くから組織に居据わる老人たちの声が響き渡った。
「も、もう一度、発言の機会をやろう。――お前の目的は何だ!」
最古参の会員、ラゴーテ老がカラスのような甲高い声で叫んだ。
老人たちと僕、姉のドロシーは円卓を囲んでいる。
円卓の上座には闇の晩餐、主催者のリシャール・バルドーンが腕組みをして座っていた。
「さっきも言ったでしょ?」
僕は髪の毛を直しながら、ため息をついた。
「――闇の晩餐と料理界の支配ですよ」
僕は老害どもの血圧を落ち着かせるために、ゆっくり話したつもりだ。
しかし彼らは目を血走らせて怒鳴りだした。
「や、闇の晩餐の支配だと!」
「このアホが!」
「主催者のバルドーン様の御前で……!」
肝心のリシャール・バルドーンは微笑んで僕を見ている。
僕はバルドーンの微笑みが気に障ったが、自分の考えを述べた。
「バルドーン、あなたの行動は遅すぎる! 機会を逃せば、支配という美味いパンがカビだらけになってしまう!」
だがこの巨体の老人――バルドーンはクスクス笑っている。
くそ……や、やはりバルドーンの反応は他の老人とは違う。
僕はこの老害どもの古い考えを叩き壊し、新しい闇の晩餐を作り上げたいだけだ。
「もっと料理界の支配を強化する――。例えば、明日からでもすぐに料理アカデミーを一つずつ潰していく」
僕はバルドーンを挑発するように言った。
バルドーンを含めた老人どもよ、いかにあんたたちの行動が遅いか、分かるか?
――時代が違ってきているんだよ。
「グレゴリー料理アカデミーだけじゃない。闇の晩餐は、すべての料理アカデミーを支配するべきです!」
姉のドロシーは僕に最新型の携帯端末「Preghiera」の画面を見せた。
議論の時間は三十分を過ぎている――何という時間のムダなのか。
「そうすれば、未来の料理人も我らのものとなります!」
すると老人たちは困惑したように声を上げた。
「バルドーン様! ベクターは危険な考えの持ち主ですぞ」
「この若造は自制というものを知らん! 口ばっかりだ!」
「我らにとって異分子です! 幹部会から外しましょう」
さあ、どう出る?
闇の晩餐の主催者、バルドーンよ。
「ベクター……。お前が闇の晩餐の主催者にふさわしいか、リクトとの料理勝負を見て決めよう」
な、何いっ?
……僕が主催者の座にふさわしいか、試すだと?
僕はバルドーンの余裕に、多少あわてた。
「ほ、本気ですか?」
「お前はリクトに勝てるのかね?」
「……ヤツに必勝する秘策があります。――これから皆に見てもらいたい場所がありますので、外出しましょう」
老人たちは困惑して顔を見合わせていたが、バルドーンだけは愉快そうに笑っていた。
くそ……バルドーン……喰えない男だ……!
◇ ◇ ◇
夜1時――僕らはバルドーンたちを連れて馬車に乗り込み、闇の晩餐本部を出発した。
後方のもう一台の馬車には、我がローバルフォード家の妖術師たちが五名乗車している。
街頭に照らされた僕らの二台の馬車は、静かに蹄の音を反響させていた。
「一体、どういうつもりでこんな真夜中に……!」
ラゴーテ老たちはブツブツ文句を垂れている。
馬車はランゼルフ地区郊外を出て、グレゴリー島に入っていく。
やがてグレゴリー島中央、グレゴリー料理アカデミーにたどり着いた。
「ここに僕の勝利への秘策があります」
「な、何だと? お前の嫌う料理アカデミーではないか!」
ラゴーテ老は首を傾げながら、アカデミーの門を見やった。
夜なので校門は閉まっていたが、ドロシーの携帯端末Preghieraを操作すると、いとも簡単に鍵が開いた。
――中に入り、学生寮の前にきた。
「なぜ学生寮に?」
バルドーンは聞いてきた。
湿っぽい夜の匂いと潮風が入り交じっている――僕は答えた。
「この学生寮はローバルフォード家が建てたものなのです。寮自体には用はありません。ついてきてください」
この学生寮の入り口も、ドロシーの端末操作でたやすく開いた。
学生たち――リクトたちは寮内にいるだろうが、就寝中なので出くわさないだろう。
「地下に行きます」
廊下の突き当りに階段があり、廊下を歩くと重々しい鉄の扉があった。
それを開けると――。
「ほほう?」
バルドーンが声を上げた。
扉の中は祭壇と洗礼所があった。
祭壇の手前にプールがあり、毒々しい真っ赤な血が溜まっている。
「ローバルフォード家の秘密の儀式場です。学生寮の地下ならば、誰にも気づかれません」
「プールに溜まっている血は、動物の血か、悪魔の血か……」
バルドーンはつぶやいた。
錆びた鉄を削ったような血液の臭いが、僕ら喉や鼻を刺した。
すると馬車で一緒に来ていた、ローバルフォード家の妖術師たちが祭壇部屋に入ってきた。
「地獄界に住む、料理の悪魔たちと契約を結びます。それが僕――ベクター・ローバルフォードのスキル……『料理悪魔契約』です」
「くっくっく……。そうきたか」
「料理悪魔とは古き時代に、悪の限りを尽くし死んだ料理人たちです」
僕は自分から血の洗礼所に入った。
ドロシーがPreghieraを操作すると、洗礼所の血が波打った。
そしてドロシーと妖術師たちが同時に叫んだ。
「日本の料理界の闇帝王――オウザイ・ゴクカワ――地獄から甦れ!」
「どなたかな? そのオウザイという男は?」
バルドーンは笑みを浮かべている。
「獄川王財はリクトの前世――沢村丈一をトラックという乗り物で轢き殺した男――」
僕の血に染まった背中に、悪魔のささやきが張りついた。
「元帝神ホテル副総理長――! 沢村丈一の盟友だった男です」
さあ、僕にリクトを料理で抹殺する力を与えるが良い――獄川王財よ!
【作者・武野あんず からのお知らせ】
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