瘴気と商才と筋肉
早いもので入学して三ヶ月、学業と聖女業との両立にも大分慣れたと思う。
農業方面の改善はほぼ終わったし、力の調整も楽になってきた。最近では専ら瘴気の対応をしているが、ステータスを筋肉に振ったのが幸いしたらしく……特に疲れを感じることもない。
今日もすっかり日課になった鍛錬の真っ最中だ。
「殿下とはどうだ」
「最近ルド様が頑張ってくれてるみたいで、大人しいね」
「それは何よりだ。
キーリィも、突っかかって来る度に強制参加させたら大人しくなったしな!」
「最近ちょっと体格良くなって来てない?」
リリナも絡んで強制参加させられるのは嫌だったのか、絡まれる頻度も、夜の頻度も減った。
さて、ガルツが筋肉で全て解決した――訳ではないが、生徒会のメンバーとの関係も最初ほど悪くない。ヴァンとだけ中々関わる機会がないが、商売をやっているからだろうか。まあ、やかましくて別ベクトルで面倒な奴だからいいのだけれど。
「流石に瘴気をほっとかれたら困っちゃうからね!」
――底抜けに明るい声が頭上から降って来る。
別に聖女パワーでテレパシー的なものを飛ばして呼んだとかではない、何でいるんだお前。
噂をすればなんとやら、か?
口に出していないのに?
「ヴァン様、ごきげんよう」
「距離〜!ヴァン!で、敬語いらない!」
「はあ……どうしたの」
腹筋の姿勢から起き上がる。
ヴァン・ロッソ伯爵令息。彼は貴族であり、類い稀なる商才で、若くして自分の店をいくつか構えている事業家だ。
背は然程高くなく、全体的に可愛らしい雰囲気が女生徒の心を掴み――そのまま顧客にしているらしい。それも才能と言えばそうだが……人の懐に入り込むのが上手いのだ。実際、何回か会話をしただけで私も何だかんだ絆されてしまった。
「瘴気で塞がってた航路、あったでしょ?ミツルが浄化してくれたお陰で貿易再会!隣国で流行りの靴とか鞄が入って来て僕の店も大繁盛!いやぁ、さっすが聖女様!」
「で?忙しくて礼も言えなかったから来た訳か」
「何だよガルツ〜、邪魔しないでよ」
「止めなきゃずっと喋ってるだろ」
「だって久し振りなんだもん。
ミツル、改めてありがとね!」
手を握ってぶんぶんと振る様はまさに少年――いや、まだ17歳なのだからぎりぎり少年といえばそうかも知れないが、もっと幼く見えてしまう。私よりも背が低いのも一因だろう……いや、これに関しては私が高いのか。
「今小さいって思ったでしょ」
「思ってない、ないない」
「嘘。あとさ……。
僕が小さいんじゃなくて自分が大きいとか、そんなことも考えたでしょ」
「読心術使った?」
「ねえ、ガルツ。
この聖女様自分が分かりやすいって自覚ないよ!」
「……明日から表情筋も追加するか」
「ガルツ?」
聖女の務めがあるので、平凡な学生ライフとは言い難いが、友が居て放課後に他愛もない会話が出来るのは幸せなことだと思う。
……まあ、ちょっと筋肉馬鹿で、ちょっとうるさいけれど。
「そう言えば……なかったな」
ふと、思い出す。
ヴァンに初めて関わった時も記憶が蘇ることはなかった。
何か条件があるのだろうか?
――気にする必要はない?
……本当に?
「ミツル?」
「あ、何でもない」
「そう?」
問いかけても記憶は黙ったままだった。
ヴァンに手を引かれ、二人と一緒に喫茶店に連れて行かれるまで上の空だった私は、その後聞かされた『ある話』に盛大にお茶を吹き出すのだが知る由もなかった。
読んで頂きありがとうございます〜〜〜〜!
ざっくり身長差
ガルツ190cm、ミツル170cm、ヴァン165cmくらいのイメージです。